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繚乱のファンタズマゴリア  作者: USK
プロローグ
4/33

繚乱のファンタズマゴリア 04

1.


 ふぅ、と溜息を吐いて、僕―――ブルーサスは、自室のベッドに仰向けに倒れ込んだ。

 初日の夜警は何事もなく終了し、つい先程寮に帰ってきたところだ。

 既に陽は昇っていて、街道にはまばらながらも通行人が増えてきている。

 今日は休日で学校も休みなので一日ゆっくりと休もうかとも考えたが、折角の休日にずっとぐうたらしているのも勿体ない。

 なにせここは王都、セフィリエ共和国の中心。

 それが最もにぎわう休日は、幾つになっても心躍るものだ。

 かといって今すぐ出掛けるというのは流石に尚早だ。

 少しだけ眠る事にしよう。そう思って瞳を閉じる。疲れていたからか、すぐに意識が沈んで行った。

 ―――この時は、まだ。

 自分のすべてを変える出会いがある事なんて、知る由もなかった。



2.


「さて。ラヴィーネ、そろそろ出発しようか」

 小さな袋に入った旅荷を肩に掛けながら、僕は少し後ろで柵に腰掛け退屈そうにしているラヴィーネに告げた。

 荷物は旅人のものにしては異様に少ないけど、僕たちはこれで十分。

 のんびり気ままに旅をするのならこの方が楽だし、なにより旅をしているという実感がわく。

 空は今日も快晴。

 暖かく、まさに旅日和といえる朝だ(もっとも、昼過ぎには王都に到着する程度の距離だけど)。

 ここから王都へは平原を越えるだけの楽な道。

 どうせ急ぐ理由もないし、ラヴィーネは嫌がるかもしれないけどピクニック気分で休憩しつつ向かうのも悪くはないかもしれない。

 そう思っていた。この時は。

 そう、この時はまだ、だ。それは―――

「まさか、こんな所で貴方と出会うことになるとはな。良縁とはこのことか?」

 ―――背後からこの男が声を掛けてくるまでは。

 ラヴィーネが柵から飛び降りて警戒を露わにし、僕もすぐさま振り向く。

 振り向いた先には、宝石の如き輝きの鎧で構成された馬に跨った男。

 その髪は瑠璃色、猛禽類を思い浮かべる鋭利な眼が宿す色もまた瑠璃。

 口元に浮かべた笑みは鋭い三日月の如く。

 この男を、僕は知っていた。

「《貴石の騎士(ジェームスト・ワン)》ネロ・ノートリア!? 君が、なぜこんな場所に」

 油断なく構えつつ言う。

 この男がどういう存在かを知っていれば、警戒を解くはずもない。

 ネロ・ノートリア。

 セフィリア共和国とアドネス帝国、そのどちらにも属さない武力組織魔術協会騎士団が一人。

 両国の境界に本拠地を置く彼らは、少数ながらも質の高い魔術師を抱えるがゆえに一国に等しい戦力を持ち、両国の間に再び戦乱が起こらぬよう監視する使命を帯びている。

 そしてこの男こそ魔術協会騎士団最強の騎士。

 使用する魔術から《貴石の騎士》の二つ名を与えられたこの男の外見は、数百年の時を生きているにもかかわらず青年のもの。

 彼の乗る魔鎧馬ですら、雑兵どころかあらゆる地形も意にも介せず疾走することができると確信を持てるほどの魔力密度だ。

 もっとも。長寿というのならそれは僕も同じ事。

「そういう貴方はどうなんだ? 《契約者》ギュスターヴ。それに死神(ヴァルキリー)ロタ……いや、今はラヴィーネだったか」

 魔鎧馬から飛び降りながら、彼は逆に尋ねる。

 ギュスターヴ。それが僕の名。

 彼よりも更に数百年以上生きている《契約者》たる僕が、まだ只の人間だった頃から唯一持ち続けているもの。

「随分なご挨拶じゃない、ネロ・ノートリア。大先輩に向かって、口の利きかたがなってないんじゃないのかしら。もしかして貴方も王都へ向かうというの? それとも今更私たちを始末しに来たとでも言うの?」

 忌々しさを隠そうともせず、ラヴィーネが吐き捨てるように言う。

 先程まで暖かだった空気は、しかし今寒さを感じる程の冷たさ。

「200年も生きればもうそんなものどうでもいいだろう。それと残念ながら俺の目的は前者だ。大祖母が何かが王都で起ころうとしているから向かえと命を受けたからな。ついでに早く行けば良縁があるとのことだったが、それが貴方がたとは思いもしなかったが」

(大祖母様が?)

 大祖母。彼女の事は僕自身も良く知っていた。

 僕よりも5、600歳以上は年下だが、その慧眼と達観を称えて僕も大祖母の呼称を用いている。

 僕にとってネロ、ひいては魔術協会騎士団は敵にも等しい関係だけども、彼女の言葉のみは信頼に足ると考えている。

「ネロ。その話、詳しく聞かせてもらえるかな?」

「詳しくと言われても。大祖母曰く、予知が出来なくなったそうだ。視えるのは王都に大きな“うねり”があるということだけらしい」

「予知が?」

「ああそうだ。これから王都で何が起こるのかは分からない。それが王都、ひいてはセフィリア共和国を巻き込む程度で済むのか、それともアドネス帝国も含めた大陸全体を巻き込む問題なのか。いや、それとも―――」

 一度区切り、ネロは表情を変える。

 その口元はひどく楽しそうに歪み、けれども瞳には憎悪が見え隠れする。矛盾した表情。

「―――それとも、世界そのものを巻き込むものか。今はまだ、分からない」

 楽しげに、忌々しげに、言葉を続ける。

 その仕草は、僕にとってはひどく不快で。

 そしてラヴィーネも、また同じ感情を抱いたことは、《契約》により繋がる僕にも伝わってきた。

 この嫌悪感が、目の前の男が“敵”であることを僕たちに自覚させる。

 けれども。彼が次に口にしたのは、僕たちの予想を超えたものだった。

「そこで、だ。何が起こるか分からない以上、俺としては万全を期したい。丁度ここには《アートレータ・アエテルヌム》が二人もいる。―――言いたいことは分かるな」

「さあ、分からないな。まさかすべてを水に流して組もう、なんて言いだす気じゃないだろうね?」

「水に流してとまでは言わんさ。ただ、しばらくは休戦して組もう、と言いたいんだ。俺達はまだ刃を交える程敵対はしていないだろう?」

「ええ。確かに刃は交えてませんわ。ですが、私たちの渇望と貴方の渇望は相容れぬもの。相対する渇望を持った王がなんとか戦わずにいるだけで、敵対していることに変わりはありません。その事をわかっていながら、よくもまあ抜け抜けと」

 ラヴィーネがネロに鋭い視線を送る。声には明確な怒りが込められていた。

「俺は別に組まずともいいさ。だがな、お前達には組む理由があるだろう。貴方たちの渇望ならば、尚更」

「………」

 痛いところを突かれ、歯を噛み締める。

 何かが起こったら首を突っ込むのが僕たちだ。

 それは使命とか趣味とかを越えて、そういう在り方だから。

 しかもそれがどれ程のものか分からなければ尚更。

 彼程の者に手を組もうと提案されれば、頷かざるを得ない。

 例えそれが明日は敵になる相手だとしても、だ。

「僕は…」

 答えを告げようとした、その刹那。

 《契約者》として幻想存在と同じ超越的な感覚をもつ僕のこの耳は、“それ”を捉えた。

「―――!?」

 彼方から飛来してくるものがある。

 翼が暴風を巻き起こし、大気を震わす咆哮を放つもの。

「これは―――」

 ネロも、“それ”を捉えたようだ。

 そして僕たちの上空を、緋い影が通り過ぎる。

 王都の方向へ、真っ直ぐに。それは―――

「竜―――!!」

 ―――遥かに下級の悪鬼に襲われる、緋の竜。



3.


「~~~♪」

 鼻歌交じりに、オレ―――ナシュト・ケムは賑わう街道を歩く。

 右手にはレイフォン師匠から受け取った報酬で買った本や果物が入った袋。

 上機嫌なのはもちろん自分の力で稼いだ(それもオレが報酬を払いたいほど勉強になる仕事で!)お金で物を買ったということもあるけど、何より、オレは人の多い休日の王都が好きだった。

 王都には、いろんな人が集まる。

 その人たちは、これまでどんな道を歩んできたのだろう。そして、どんな道を歩むのだろう。

 旅。歩き続ける事。

 時に立ち止り身を休め、時に悲しみに暮れ、時に喜びに震える。

 それが人の在り方なんだとオレは思う。

 だからオレはこの休日の王都が好きだ。

 旅の到着点であり、旅の通過点であり、旅の出発点である、この王都が。

「さて、と……」

 一通り買い物を終え、一休みするために中央通りの真ん中にある噴水の縁に腰掛ける。

 王都の中で一番大きな噴水で、良く待ち合わせに使われている。

 特になにか待ち合わせをしているわけじゃないけど、行き交う人を眺めながらゆっくりするのにはうってつけだ。

 袋から赤い果実を取り出し、一口齧る。

 咀嚼するごとに甘さが口の中いっぱいに広がる。

(これからどうしようかな……)

 果実を齧りつつ、漠然と考える。

 休みは今日と明日だけど、明日は遺跡調査に行っていた分の勉強をしなきゃいけないから、実質休みは今日だけ。

 用事はもう済んだし、これといってやることもない。

 戦闘訓練でもしようかとも思ったけど、今からそれが出来る場所まで出かけるのは面倒だ。

 ―――気付けば、果実はもう芯だけになっていた。

(よし。考えてても仕方ないし、適当に歩いてようかな)

 そう決めて立ち上がった、その時だった。

「ど、どいてください!!」

「え? ―――わっ!?」

 声のした方に目を向ける。

 その瞬間、誰かがぶつかってきた。その勢いで尻餅をついてしまう。

 それと一緒に、ぶつかってきた誰かも倒れ込んできた。

「きゃあっ!!」

(女の子……?)

 ぶつかってきたのは女の子だった。

 水色の髪の、多分同じぐらいの年齢の色白な女の子。

「だ、大丈夫……?」

「ご、ごめんなさい……」

 女の子が、僕を見る。その顔が、僕のすぐ目の前に。

 ―――可愛い。まず浮かんだのは、そんな感想だった。

 少し幼げな印象を受ける大きな目は空色。

 身体は華奢で、高価そうな服を着ている。

 そして、陽の光を浴びて、なんというかきらきらとしている。

「あ、わっ!」

 見惚れていたら、自分が女の子を抱きとめるような体制になっていることに気付いて、慌てた声を上げてしまう。

 女の子の方もそれに気付いたようで、慌てて立ち上がった。それに続いてオレも立ち上がる。

「え、えっと……大丈夫ですか?」

「は、はい―――あの! 助けてください! 追われてるんです!!」

「え、え!?」

 女の子の突然の言葉に、頭が混乱する。

 追われてる? 誰に? ―――その疑問は、すぐに晴れた。

「いたぞ! あそこだ!!」

「―――!!」

 人ごみから、一人の男がこちらを指さして叫ぶ。

 その姿を見て、すぐにオレは女の子の手をとって走り出していた。

 その男が只者じゃないことはすぐに分かったから。

 纏っている雰囲気が、普通のものじゃない。

 しかも、少なくともこの国の騎士じゃない。ましてや自警団でも。

 どうしてこの子が追われているのかは分からない。

 けれども、追っているヤツの得体が知れない以上、この子を連れて逃げるのが得策だと考えた。

 一度、後ろを振り返る。

 追手は二人。男と女の二人組。

 人ごみを掻き分けて、こちらを追い掛けてくる。

 このままだと逃げ切るのは無理だ。なら―――。

「こっち!」

 そう言って、狭い路地に駆け込む。

 追手を振り切るよりも、上手く撒いたほうがいい。

 追手が王都の道を熟知しているのならそれは難しいけど、それでもこっちの方が逃げ切る可能性は高いと判断した。

 右へ左へ、裏路地を女の子の手を引いて駆け抜ける。

 もう一度振り返ると、二人の姿は見えない。

 どうやら作戦は成功した様だ。

 更に少し進んだ場所で少し立ち止まる。

 オレはそれほどでもないけど、女の子は息を切らしている。

「あ、ありがとうございます……」

 微笑みながら、女の子がお礼を言う。

「い、いや、その……。困ってる子を見捨てるわけにはいかないし……。そ、それよりも、さ。名前がまだだったね。オレはナシュト。ナシュト・ケム。君は?」

 妙にドギマギしつつ、自己紹介をする。

「ナシュトさん、ですね。私はセレスと申します」

 女の子も、スカートの裾をつまみ上品に礼をしつつ自己紹介をした。

 もしかして、貴族の子なのかな? だとしたら、無礼じゃなかっただろうか。

 ―――それにしても。

 改めてセレスをまじまじと見つめる。

(あれ、そういえば……この子に似た顔を、どこかで見たような……)

「おやおや、これはこれはセレス嬢。こんな所で何をなさっているのですかねぇ」

「―――!!」

「グラウディス―――!」

 向かいから、一人の女が姿を現す。

 東方民族特有の衣装を身に纏った、狐目の、セレスがグラウディスと呼んだ女。

 こちらも只者ではない。

 いや、口調こそ穏やかだけど、纏っている空気はさっきの男女よりも遥かに剣呑だ。

(後退する? いや―――)

 セレスを庇うように前に出る。

 右手を腰に提げたバーストに掛けつつ、油断なく。

 後ろに逃げようかとも思ったが、研ぎ澄ました耳がこちらに向かって来る二人分の足音を捉えた以上、一人少ない正面を突破する以外に道はない。

「おや、セレス嬢、そちらの少年は? ―――いやいや、成程成程。いえ、勇敢な人は嫌いではないんですがねぇ。少々無謀ですよ、君。こちらとしては、あまりセレス嬢に関わって欲しくないので、ええ」

 一人でなにかに納得したように頷いて、女が笑みを浮かべる。

 五感が「こいつは危険だ」と警告を告げている。

 けれども、引くわけにもいかないし、かといって事情も分からないままセレスを渡す訳にもいかない。

 なら―――。

「―――要はこう言いたいのですよ。命が惜しければセレス嬢を返せ、と」

 ―――先手必勝。

 オレの足元に、紺色の光放つ図が顕れる。六芒星の形状をした、オレの異能の領域と所属を表す陣が。

 すなわち、その内に72の魔なるものを秘めしソロモンの域、そのウァプラなる魔に属せし、この異能を表す陣が。

 そして足元の陣から漏れ出した紺色の、まるで水の様にゆらゆらと、ぐねぐねと形をかえる光がオレの周りに浮かび上がり、カタチをなす。

 ―――それは小さな鳥のカタチをしていた。

 オレの異能《幻想》。

 オレの内にある幾つもの幻想にカタチを与え、使役する能力。

「行けっ!!」

 オレの声に従って、鳥型の幻想たちが矢の様に女へ向かって放たれる。

 ―――あまり威力は込めていない。

 相手を倒すためではなく、あくまで目眩しのための攻撃だったから。

 同時に、セレスの手を引いて走り出そうとする。

 ―――けれども、オレたちは走り出せなかった。

「おや」

 女へ向けて放たれた小鳥たちは、けれども女に届く前にすべて“掻き消えた”。

「なっ―――!?」

 女が何かしたのか? 異能が発動したようには―――いや。

 オレは気付いた。

 女の右手。さっきまで素手だったのに、今、そこには紙の様に薄い刀身を持った大剣が。

 恐らく、異能で作られた剣。

(もしかして―――)

 あれで斬ったっていうのか。

 だとしたら、なんて剣速だ! 目にも止まらぬ、なんてレベルじゃない。

 オレの眼には、女が微動だにしていないように見えた。

「見つけた!!」

 後ろから、さっきの二人組が表れる。

 丁度退路を断たれた形だ。

 絶体絶命―――。

 そんな言葉が頭をよぎった、その時だった。

「おうおう! 女連れを襲おうたぁいい根性じゃねぇか。ましてや、俺の後輩をよぉ!」

 叫びと共に、僕と女の間に一人の青年が着地する。

 それはナシュトが良く知る人物だった。

「リョウ先輩!?」



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