繚乱のファンタズマゴリア 02
1.
「はぁ……」
王都の大通りにある小洒落た喫茶店。
そのカウンター席で、あたしは静かに溜息をつく。
平日とはいえ華やかさと賑やかさを失わない午後の王都の喧騒も、放課後の時間を過ごすために来店した学生たちの話し声も、ここには届かない。
正確には、私には届いて来ない。
要は気分ではないのだ。そういう喧騒に耳を傾けるような。
カップに残った紅茶を飲み干す。そして、空になったカップを見つめながらもう一度溜息をつく。
私、アサヒ・タチバナを評する人は、皆一様な言葉を紡ぐ。「普通」と。
容姿平均、成績平均、体力平均。《無能》。
自分でもよくぞここまで平凡な人間に育ったと感心するほどだ。
せめて外見を少しでも華やかにしようと元々は黒かった髪を金に染めてみたものの、いまいちパッとしない結果。
別に没個性がイヤな訳ではない。むしろ個が埋没していた方が色々とやりやすくはある。
ただ、時々この平凡な状況に甘え切っている自分が嫌になるのだ。今みたいに。
「アサヒさん。お替りはいかがですか?」
カウンターの奥からかけられた言葉に、俯いていた顔を上げる。
そこに立っていたのは、一人の見知った少年。
「ナシュト君。こっちに帰って来てたんだ」
私の言葉に、ナシュト君はハイ、と笑顔で返す。
ナシュト・ケム。
砂漠地方出身の健康的な褐色の肌と深い赤の髪を持つ、ひとつ年下の王立ロードレシア学院1年次生の子だ。
私の行きつけのこの喫茶店『ロシェ』でアルバイトをしていて、多少の縁があってそれなりに話をする関係になっている。
「昨日のお昼頃に帰って来て、今日からまた学院に復帰です」
この子は私と違って普通じゃない。
容姿は整ってるけど、格好いいというよりは可愛いと言ったほうがいいかもしれない。同じ学年の、去年は同じクラスだったブルーサスと近いタイプだ。
でも、ブルーサスはこう……彼には失礼だけど女の子みたいな顔立ちの可愛さだけど、この子は少年的な可愛さ。
成績はよく知らない。
出席率はある理由で少し悪いけど、ちゃんと授業にはついていけてるらしいし問題ないのだろう。
ある理由。それは、彼の夢にあった。
それは冒険家になること。いつか世界を旅し、見たこともないものに出逢ってみたいという、少年的な見た目にピッタリな夢のある夢。
だからこの子はまだ学生の段階でそこそこ名の通った冒険家に同行して、その知識と経験を学んでいるのだ。
どうやらその冒険家は王家からもたまに調査の依頼がくる程の実力があるらしい。
その関係で、出席率に関しては目を瞑ってもらってると前に教えてくれた。
「……どうしました?」
私にじっと見られて、ナシュト君は首を傾げる。
「ううん、なんでもない。もう一杯お願いね」
「かしこまりました」
注文に、早速ナシュト君は作業に取り掛かった。
このロシェは学生に限り飲み物のお替り自由になっていて、お金のない学生にとっては非常にありがたい場所だ。
いや、その分少しばかり一杯目が高いのだが、それでも今の私みたいに黄昏たい気分の学生や、長々とお喋りのしたい学生なら十分元は取れる。
のんびりとナシュト君が紅茶を淹れているのを眺めていた私は、ふとある事に気が付いた。
喫茶店の制服を着た彼の右腰。そこに見慣れない物がある。
普段とは違う革製の小さな鞘が付いたベルトだ。そしてそこから柄を覗かせるナイフ。いや、短剣だろうか?
「お待たせしました」
「ありがと、ナシュト君。……ところで、その腰のは?」
淹れたての紅茶を私の前に置くナシュト君に、その事を尋ねてみた。
「ああ、これですか?」
そう言ってナシュト君は、鞘からそれを取り出し、私に見せてくれた。
それは予想通り短剣だった。
両刃で、腹が平らになっている。だけど普通の短剣じゃない。
だってその刀身、ううん全体がうっすらと光っている。
光を反射してるんじゃない。短剣そのものが不思議な光を放っている。
うっすらとしたとした紫色だけど、たまに赤色にも見える。
そして更に奇妙なことに、短剣に奇妙な文字が書かれた布を巻きつけてある。
……奇妙な文字。だけど、知識としてそれが何なのかということは知っていた。
魔術言語。専門的な物じゃなくて、こういう風に者に効果を付与したりだとか、錬金術に使用したりする普遍的(一般人には殆ど縁はないけど、誰でも習得できるという意味で)なものだ。
「……もしかして、今回の冒険の収穫?」
「はい。今回は王家直轄の遺跡の調査で、レイフォン師匠が陛下に掛け合って報酬のひとつとして僕に下さったんです」
ナシュト君の言葉に、私は一瞬眩暈を覚えた。王家直轄の遺跡。ということはこの短剣は実質王家所有の物だったことになる。この歳で、間接的にとはいえ国王陛下から宝を賜ったのだ、彼は。私にとっては呆れかえるほどの成果。
「でも、その布は? 魔術文字が書いてあるけど……」
「ええ、封印布っていって、異能とかを抑制する為の術式が書いてあるんです」
「異能の制御?」
「この場合は、この短剣『バースト』の能力の抑制ですね。どうもこの剣、魔術的な方法で鍛造されたらしくって少々扱いづらい能力があるんですよ」
「へぇ。どんな能力なの?」
「うーん、何と説明していいか。レイフォン師匠が仕組みを教えてくれたんですけど、どうも複雑で……。ごく簡単に説明してしまえば、振るうとこの切っ先よりも離れた場所を斬ることが出来るものなんです。だから、こうして普段は封印布を巻いておかないと、危なっかしくて」
「確かにそれは危ないわね。っていうか、こんなの使う機会あるの?」
「んー。岩ぐらいなら斬れるそうなので、トラップ対策でしょうかね?」
「岩を、ねぇ……」
というか、岩を斬る必要があるトラップって一体……? やっぱり、定番の岩玉が転がってくるやつとか?
短剣をナシュト君に返して、新しい紅茶を口にする。
「ハァ……」
そして溜息をついた、その時だった。後ろから私の肩に手を掛けられたのは。
「よぉ。相変わらず辛気くせぇな」
「げっ……」
声を掛けてきたのは、3年次生のリョウ先輩だった。学院の制服ではなく、私服を着ている。
(私、この人苦手なのよね……)
件のブルーサスや私の友人の一人のオルフェとつるんでいる人で、私もよく今みたいに絡まれるけど……。
正直、こういう不良っぽい人は好きじゃない。
自警団をやっている辺り正義感は強いのかもしれないけど、組んでいる相手共々ガラが悪すぎる。
「辛気臭いのは重々承知してますし、今のは少し深呼吸しただけです」
「そうかい。ナシュト、コーヒー一杯」
先輩はナシュト君に注文を出すと、わざわざ私の隣に座ってきた。
「珍しいですね、一人でこの店にくるなんて」
先輩はここで会う時はいつも誰か―――主にブルーサスやオルフェ―――と一緒だったけど、今日は一人だけだった。
「いや、本当は店の前でブルーサスたちと待ち合わせる予定だったんだけどな……帰りに、オルフェが“あの人”に絡まれてな。ブルーサスも見物してからこっちに来るって言ってたし、時間がかかりそうだから先に店に入ってきたんだよ」
「ああ、“あの人”ですか……」
「そう、“あの人”だよ」
まったく、オルフェも“あの人”もよく飽きないものだと感心する。
平民の私が言うのも何だけど、オルフェはもう少し貴族らしい振る舞いをしてもいいと思う。
そもそも平民と対等に接し、あまつさえ友人になっている時点で貴族としての自覚がないと思われても仕方がないんじゃないかとこちらが心配になる(もっとも、その関係に甘んじている私が言えたことではないけど)。
もっとも、オルフェ曰く。
『それは私自身の主義でもありますけど、同時にアルメテウス家の貴族としての在り方がそういうものだからそうなっただけです』だそうだ。
どういう在り方だと余計に疑問が沸いてくるけど、まあそのうち聞く事にしよう。
しばらくの間、私とリョウ先輩の間に沈黙が流れる。
正直、非常に気まずい。向こうから話しかけてきたんだから先輩が何か話題を出せばいいのに、当の本人はただ黙ってナシュト君から受け取ったコーヒーをちまちまと飲むだけだ。
(いっそもう帰っちゃおうかな………)
そう考えたところで、ふいに先輩が口を開いた。
「ああ、そうそう。あんま遅くならないうちに帰った方がいいぜ」
丁度そうしようと思ってたところだという言葉は飲み込んで、理由を尋ねる。
いや、聞かずとも言わんとすることは分かってはいるけど、念のため。
「吸血鬼事件だよ。オフレコ―――未発表の話だが、今の所被害者は全員女だ。まあ、夜に出歩いてる時点でロクな職業じゃないのは分かると思うが……。とにかく、目標を女に絞ってるのは確かだからな」
被害者が全員女性。それは初めて聞いた情報だ。
先輩の口ぶりだと、恐らくは娼婦。
ということは犯人はその客なのか、と聞いたらそれも違うらしい。
「俺も最初はそう考えたが、どうやら違うらしい。話によると、事件のあった日にはどの被害者も客を取ってないみたいだ。そもそも事件が起きるのは毎回小道のど真ん中。“ジャック・ザ・リッパー”よろしく路地裏で殺したりはしてねぇ」
「ジャック……?」
聞き慣れない言葉に私は聞き返す。だけどリョウ先輩はサラッと流した。
「昔ある町で起きた事件だよ。まあ、その話はいい。とにかく、暗くならないうちに帰った方が良いぜ」
「私を心配してくれてるんですか?」
「そりゃそうだ。お前はオルフェの友達だからな。お前に何かあると、アイツが悲しむ」
「ああ、そうですか……」
期待して損した。結局の所、というよりやっぱり理由はオルフェか。
オルフェと先輩が互いにそういう感情を持っているのは知ってるし、なんとなく予想はしていたけど。
「……ご忠告ありがとうございます」
一応の礼をして、会計の為にナシュト君を呼ぶ。
そしてお金を払って店を出ようとした時、ふと思う。
(―――そういえば)
いつも―――特に、オルフェといる時―――は笑っていた(それはニコニコだったり、ニヤニヤだったり)先輩が、さっきは一度も笑ってなかったな、と。