S級冒険者に転生した俺は、この異世界で無双すると思われたが
別段、ブラックでもホワイトでもない、普通にコンプライアンスを守って給料もそこそこ良い、そんな中小企業に努めていたサラリーマンの俺だが、トラックに轢かれて死んだ。
トラックの運転手さんには申し訳ないが、これは物語の導入部分なので致し方ない。そんなわけで、女神の前にやってきた。
「はい。じゃああなたはS級冒険者に転生してもらうので、精々人生楽しんでね。はい次」
ものすごくおざなりな対応ではあったが、これで俺は夢にまで見た『異世界で俺tueeeeeeeeeeeして無双してハーレム』な人生を送れるのだ。とくに現世に不満があったわけではないが、どうせなら、さらに楽しい人生を送りたい。
………………
俺が目覚めたのは、森の中だった。
なんだ? 身体がきしむ。よく見たら、着ている鎧が割れ、おびただしい血がこびりついて乾いている。
なるほど。恐らく、この冒険者は旅の途中で、致命的な傷を負って死んでしまったのだろう。そこに俺の魂が入って、生き返ったというわけだ。傷などが全て治っているのは、ありがたい。
冒険者の持っている荷物を物色する。助かる、地図がある。それと、なんだろう。妙に綺麗で大きな宝石。あとは非常食と水。剣もあったので持ってみたが、重い。俺には扱えないな。まぁ、武器なんて持ったこともないけど。
とりあえず、地図に描かれている街っぽいところに向かう。このままここに残っていてもしょうがない。
数日歩いて、大きな都市に着いた。やっと休める。ただ、いかつい門と門番がいる。入れるのだろうか? 門番に話しかけてみる。
「あの、すみません」
「あっ。おかえりなさい。今回は日数がかかりましたね、やはりそれほど困難な任務でしたか。ささ、冒険者ギルドへどうぞ。皆さん、お待ちかねです」
よくわからないが、そのままギルドとやらへ案内された。受付の人に言われるがまま、よくわからない大きくて綺麗な宝石を渡したら、その場にいる全員がわっと沸いた。
「やっぱりS級冒険者は違うぜ」
「あのバケモノをソロで狩ってきたってのか?」
「素敵、抱いて」
なんなんだ、この熱狂は。というか、この時間帯にこの人たちはここで酒を飲んでいて大丈夫なのか? 小説やマンガ、アニメではよく見られた光景だが、実際に目の当たりにするととっても気になる。
俺がよく読んでいた作品にも、依頼を斡旋する場所にたむろって、酒を飲んで、主人公の一挙手一投足に注目しているモブたちがいたが、彼らの生活を心配していた俺である。いやな読者だ。
と、ここでいかにもなギルドマスターとやらが出てきた。
「やはり、お前ならやってくれると思っていた。さぁ、これでお前は名実ともに、あのS級ダンジョンへの挑戦権を得たわけだ。胸を張って、行ってこい!」
は?
休みたいのですが?
「ガハハハハハ。何を言うておるか。S級冒険者であるお前なら、一日で何度も出撃できるではないか。それだけのスキルを所有しておるだろう。さぁ、皆のもの! 勇者を送り出すのだ!」
なんだこのブラック企業も真っ青な環境は。なんだスキルって。もしかして、俺はものすごいやつなのか。
とりあえず、そのS級ダンジョンとやらの前まで送ってもらった。というか、連行された。
仕方がないので入ってみる。明るい。ヒカリゴケのようなものか?
ご都合主義的だが、非常に助かる。後ろを見て、誰も付いてきていないことを確認して、とりあえず今の自分の状態を確認してみる。
剣。重くて振るえない。
鎧。重い。暑い。脱ぎたい。
スキル。何もない。
魔法。使えない。
つまり俺は、S級冒険者に転生はしたものの、能力値は現実の世界と何も変わっていないのである。つまり、ザコである。つまりつまりである。
当たり前だ。元の世界での俺は、どちらかというと事務作業や営業などの仕事が主で、体力など必要最低限しかない。この世界で言うと、恐らくそこら辺の子供未満だろう。
ところで、冒険者のランクは、このようになるとのこと。
F級:冒険者なりたて
E級:ちょっとこなれてきた
D級:受けられる依頼が増えるよ
C級:やっとこ生活が出来るよ
B級:一目置かれるようになるよ
A級:国家の依頼を受けられるし、もはや騎士団に入っていてもおかしくないよ
S級:騎士団一個大隊の実力があるよ。その気になれば、国のひとつやふたつ滅ぼせるよ
B級からA、S級の評価の駆け上がり具合がよくわからないが、おおむねこういうことらしい。そして俺は、その頂点のS級だそうだ。
冗談じゃない。ガワはそうかもしれないが、中身はザコである。
そんな俺が、今、国のひとつやふたつ滅ぼせるレベルの人間がクリア出来るかどうかわからないダンジョンにいるのである。これは何かの間違いだ。でもこれで逃げ戻ったら、多分なんかもっとひどいことになりそうな気がする。
仕方がないので、進むことにする。幸い、なにかの気配がするとか、凶悪な何かが跋扈していたりはしないようだ。とりあえず進んで、なにかその証拠になるようなものを拾って帰ることにしよう。
「なぁ。お前、あれをどう見る?」
「どうって。人間の冒険者だろ。見たところ、害はなさそうだが」
「人間の間で、このダンジョンがどう見られているか、知っているか」
「知ってるよ。S級とか、なんか超危険で近寄りたくもない感じなんだろ」
「じゃああいつはなんなんだ。強そうでもないし、魔力もないし、びくびくしてるぞ」
「知らねぇよ」
遠巻きに、こちらを伺っている魔族たちがいる。
それに気付かない俺は、泣き言を言いながら、びくびくきょろきょろ、へっぴり腰でおっかなびっくり歩いている。独り言を言わないと、怖くて進めない。
そんな俺の様子をただ、とにかくただ眺めている魔族たち。
「なぁ。なんか可哀想になってきたんだけど」
「あいつの目的は知らないが、とにかくボスの部屋まで行ってもらえれば気が済むだろう」
「そうだな。見つからないように案内してやろう。あとはボスがなんとかするだろ」
そうして、俺は気付かないうちに魔族たちの手助けを借りながら、ボスの部屋にたどり着いた。単なる現代人の俺にだって感じられる、ちりちりとした威圧感。
見た目は美しい女性だが、わかるのだ。あの女性が左手をクンッてやったら、多分俺は塵も残らない。
「貴様が、来訪者か。報告は受けている。何用じゃ」
「ひぃぃ。ごめんなさい。俺、いや僕もよくわからなくて」
「よくわかりもせぬのに、他人の家に上がり込むのか貴様は」
「ふぇぇ。ごめんなさい。インターホンがなかったもので」
もう何を言っているのか、自分でもわからない。
「実は僕、この前まで別の世界にいたもので」
「ふむ? どういうことかの」
「あのですね、かくかくしかじか」
自分の境遇を語って聞かせると、ボスはえらく興味を示してきた。
「ほう。異世界か。面白そうじゃ。いろいろ聞かせてくれぬか」
「はい。ええとですね、俺が住んでいたところでは」
すごく長い間、話をしていた気がするが、このボスがまたとても聞き上手で、話しているこちらも、とても楽しい時間を過ごせた。
「なるほど、楽しかったぞ。貴様をこちらへ導いてくれた部下どもには、感謝せねばならぬな」
「いえ、こちらとしても楽しんでいただけてなによりです」
「褒美として、この宝玉を授けよう。貴様を送り出した人間に見せれば、わかってくれよう」
これもまた、美しい青の宝石で、しかも淡く光っている。どういう原理だろう。
「よろしいのですか? これ、相当高価なものでは」
「よいよい。楽しい時間を過ごさせてもらった。良かったら、また遊びに来てくれ。おうい、お客人のお帰りだ。地上まで送ってやってくれ」
ごっつい魔族たちが、俺を肩に乗せて猛スピードで地上まで送り届けてくれた。ボスのあんな楽しそうな顔は久しぶりに見た、これは我らからのお礼だと、いろいろ貰った。俺にはその価値は計り知れないが。
「どうもありがとう」
「こちらこそ」
そうして、俺は都市に戻った。
ギルドどころか、街中大騒ぎだった。そもそも俺は死体で戻ってくる前提だったそうで、それが生きて帰ってきたうえに財宝まで持ってきたものだから、俺の名声はまたたく間に国中に広がった。
国王が会いに来るとか、一生この都市でS級冒険者として助けてくれとか、さんざん言われたので、俺はこの都市を出る決意を固めた。
これ以上ここにいては、今度こそ殺されるかもしれない。
「お前なら、貴族にもなれるぞ。一生安泰だから残らないか」
「もったいないお言葉ですが、僕は、この世界を見て回りたいのです」
適当なことを言って逃げた。
なんだよ。S級冒険者で無双して暮らせるんじゃないのかよ。ふざけんなよ。ガワだけS級では意味がないんだよ。アホ神様め。
悪態をつきながら街道を歩いていると、知らない人が助けを求めてきた。
「あ、あんたS級冒険者だろ。助けてくれ。俺の荷馬車が山賊に襲われているんだ」
「他に被害者はいませんか」
「いないし、馬も逃げてくれた。だが、積荷が」
「ああ、だったら逃げましょう。命あっての物種だ」
「え。あんた、S級冒険者だろ」
「S級ですよ。実力も器も、S級ですがね」




