ネペテンスの宝珠
異変
レシスとルストが、マウート王国に戻って、一年近い月日が流れた。
レシスは、城仕えの魔導士。ルストは。城仕えの剣士として、過ごしていた。
そんな、ある日。
「最近、魔物による被害が増えている。騎士団による魔物討伐だけでは、手が足りない。実践経験のある魔導士も協力してほしい」
マウート国王は、通達を出した。
二人が旅から戻って、半年ばかり過ぎた頃から、町の外や街道で、魔物が人や家畜を襲う事件が増え始めた。それ以来、目撃や遭遇、襲われたということはあった。でもそれは、毎日ではなかった。
が、魔物が凶暴化していると人々は恐れれるようになった。
冬に入り、それは酷くなり、町の近くでも被害が増えたのだ。
レシスは一人、町から離れた所にある古代遺跡の辺りを見回っていた。
この辺りは、以前から魔物が出没する場所。遺跡との関係は判っていない。
レシスは、魔物避けの魔法結界を張って回っていた。
一通り張り終えて、帰っていると、ルストに会った。
「レシス。お前も、魔物の討伐か?」
「ええ。命を受けてね。魔物が多く出る辺りに、魔物避けの結界を張って回っていたところ」
「なんか、最近変だよな。以前は、こんなに魔物は出なかったけど」
と、ルスト。
「そうね。なにかが、おかしい。空気も淀んでいるし。旅をしていた時も、魔物は出ていたけれど、ここまで凶暴ではなかった」
レシスは、考え込む。
「なあ。魔物も人間みたいに、イライラするのか?」
ふと、ルストが言った。
「うーん。そんな気もするけれど……。前は、魔物の縄張りとか、喰うために襲ってた。このところ、殺しにきている感じはする」
「――そういえ」
二人が、会話をしているところに、
「おーい。人が魔物に襲われている」
見回りをしていた兵士の叫び声が響いた。
レシスとルストは、頷き合うと走り出した。
駆けつけた場所で、魔物に囲まれている人がいた。
「女の人が。助けないと」
兵士は、二人に言う。
「あの人は」
ルストが剣を抜く。
「オフィキナリスさん。――ナリスさん!」
レシスが言った。
オフィキナリスは、数匹の獣の魔物に囲まれていた。
「知り合いですか?」
兵士の一人が問う。レシスは頷き、踏み出そうとする。
「今、下手に近づくと危険です」
兵士は、レシスを制する。
「大丈夫」
レシスは言って
「ナリスさん、伏せてください」
と叫んだ。ナリスは、その声に気付いて頭を抱えて座り込んだ。
「――北の極地に住みしモノ。永久凍土の大地を吹きゆく風、輝く欠片凍てつく風、集い来たりて力となれ」
レシスは、氷の魔法を解き放った。
輝く氷の嵐が、魔物達を包みこんで氷漬けにすると、そのまま砕け散った。
「大丈夫ですか?」
ルストが駆け寄り、座り込んでいるナリスに手を差し伸べる。
「ええ、助かりました」
その手をとり、ナリスはヨロヨロと立ち上がった。
「ナリスさん。平気? ちょっと無茶したかな……」
と、レシス。
「大丈夫です。魔物が怖かっただけです。ありがとう」
ナリスは、服の裾を払いながら言った。
「ところで、どうしてマウートに?」
レシスが問う。
「はい。あのあと、私は、世界を見て回ろうと各地を巡っていました」
ナリスは答えた。
「そうだ。ねえ、宿は? まだなら、うちに来ない? 色々と話を聞きたいし、他になにかあるのでしょう?」
レシスが言う。
「え、いいのですか? ありがとう」
その夜、レシスはナリスを家へ招き、ルスト家族も加えて夕食会を開いた。
「突然なのに、よろしかったのですか?」
ナリスは、シェイラに言った。
「構いませんよ。レシスのお友達ですから」
シェイラは微笑んで答えた。
「それにしても、よく似ていますね」
ナリスは、レシスとシェイラを交互に見た。
「よく間違いられたよな」
笑って、ルストは言った。
そこへ、レシスの父・神官長クレフと、ルストの父で騎士団長ソアが、連れ立って帰ってきた。
「ふーん。各地で、同じ様に魔物が騒いでいるのか」
と、ルスト。
「ええ。街道も以前より、人が少なくなりました。討伐隊とか冒険者ハンターが、動いているようですが。冒険者も行商人も皆、武装していますね」
ナリスは、見てきたことを話した。
「それで、ふと、レシスさん達は、どうしているのだろうと思って。魔物の増加や凶暴化について、なにか知らないかと……。それなら、マウートへ来てみようと」
「ナリスさんも、変だと思っているんだよね?」
クレフが問う。
「はい。ずっと、各地を旅していましたから」
「レシスは。原因を思いつかないのか?」
と、クレフ。
「――解らない。遺跡も、問題なかったし」
「困ったな。原因がハッキリしないと、悪い方へ考えてしまう」
ゾアが言った。
「もしかして、魔族?」
ルストの母、ミラが言った、
「魔族……」
シェイラは、その言葉を聞き考え込んだ。
「どうかしたの?」
レシスが問う。
「いや。考え過ぎなのかも。もし、魔族が絡んでいるのなら、魔物だけでなく、魔族の目撃や出没もあるはずでしょう? 遺跡も多いし昔から、魔物が出てくる。なにか、関係があるのかと……ね」
「以前、レシスが言っていた、幽冥の遺跡の吸血鬼の話。そのように、他の遺跡にも、人ならぬ存在が封じられているとしたら。その封印もヤバいかも、な」
クレフが言った。
「でも、聖なる遺跡もあるよ」
と、レシス。
「この土地には、色々な気が集まるみたいだし」
「ねえ。レシスさん。もし、クペレの宝珠が関係しているとしたら?」
ナリスが言った。
「でも、あの場所へは、俺達しか行けれないのでは?」
と、ルスト。
「確かに、呼ばれた者だけ……。もし、奪う者がいたとしても、あの番人の試練や番人自身に勝てる者は、そうそういないと」
レシスは考え込む。
「エルフの協力も必要だし。でも……」
ナリスは、レシスを見て
「気になりますね」
と、言った。
「――ヘルヴェオ殿」
レシスは、無意識に呟いた。
「え?」
ルストやシェイラ、クレフもレシスを見た。
「お前、兄弟子を疑うのか?」
クレフが言う。
「イディオム様が、ヘルヴェオ殿の考え方を叱りつけたと。そして、ヘルヴェオ殿は、神殿を出奔して行方不明だと」
レシスは、イディオムから聞かされた話しを話た。
「野心のある人だと、思っていたけれど」
溜息混じりに、レシスは言った。
「なあ、ヘルヴェオ殿もクペレの宝珠を探していたとかは?」
ルストが問う。
「そうだけど。諦めたって……」
レシスは、なにか言いたそうにしていたが、口を噤んだ。
「イディオム様も、ヘルヴェオ殿には触れたくない感じがした。もっと、話をするべきだったかな」
再び、レシスは溜息を吐いた。
その夜……
けたたましい警鐘の音で、レシス達は目を覚ました。
慌て外へ出ると、町は炎と煙に覆われ、叫び声が響いていた。
「私達は、城へ行くから」
クレフとソアは、急いで城へと向った。
「えっ……。魔物に混じって、魔族も?」
レシスが言った。
「レシス、魔物は任せる。怪我しないように気を付けてね」
シェイラが言う。
「うん。母様も、気を付けて」
母娘は頷き合う。
「オフィキナリスさん。治癒魔法は? 怪我人をお願い」
ルストの母が言った。
「仕えます」
ナリスは頷き、ルストの母に続いた。
「数が多いな」
ルストは、魔物を切り倒していく
「何処かに、魔物を操っている奴がいるはず、そいつを見つけないと」
レシスは、ルストの背後を固める。
「魔族もいるが」
「魔族から、倒す」
「わかった」
レシスとルストは、魔物のあいだを走って回る。
「――見つけた」
レシスは、町の高台から見下ろしている魔族を見つけると、そこへと走って行く。
「ちょっと、なんてことしてくれるのよ!}
レシスは、その魔族の前へと立つ。
「ほう……、お前が、レシスか」
その魔族は、レシスを見て、ニヤニヤ笑った。
「そうよ。それがどうしたの? これは、どういうことよ」
レシスが言う。
「我が主の命により、マウートを焼き払う」
「は? どういうことよ?」
「我が主が、貴様を欲していてな、死体でもいいから持って来るようにと、言われてな」
魔族は、相変わらず嫌な笑いを浮かべている。
「誰よ」
レシスは、剣を抜いた。
「ノーコメント。でも、貴様も知っている人物だよ」
ニヤニヤ笑って、レシスとの距離を詰める。
「どういうことか、知らないけれど、あなたを倒せば済むってことね」
レシスは、剣を一閃させた。
「ふん」
魔族は、身を翻す。
「あなたに、どうこうされたくない」
剣先を突き付ける。
「我はガーレ。闇王様の下僕。貴様の死体を、闇王様のもとへ」
魔物を、レシスに向かわせる。
「闇王」
レシスは呟く。
レシスは、剣で魔物を蹴散らしていたが
「――剣じゃあ、ダメか」
剣を鞘に収めると、間合いをとって、詠唱を始めた。
「貴様に魔法を使われると、やっかいだ」
ガーレが、魔法を放つ。
レシスは、ソレを躱したが、魔物の爪が肩を抉った。
バランスを崩した、レシスに魔物達が襲いかかる。
「終わりだ」
ガーレが笑う。
「イスピアス」
声と同時に、無数の氷が、ガーレと魔物達に降り注いだ。
「誰だ」
氷を振り払いならが、ガーレが言った。
「っと、父様」
レシスは、振り返る。
「レシス、大丈夫か?」
クレフは、レシスに駆け寄ると治癒魔法をかけた。
「なんとか」
肩の傷を押さえる。
「ちっ、邪魔が入ったか。でも、これで終わりではない」
ガーレが言うと、再び魔物達がレシス達を囲む。
「父娘、仲良く、あの世へ行くがよい」
ガーレが勝ち誇ったように言った。
「っつ」
レシスは、ふらつきならが立ち上がる。
「レシス、まだ無理だ」
クレフは、レシスを制する。
「もう大丈夫。一気に、片付ける」
レシスの言葉を耳にしたのか、ガーレは
「出来るものなら、やってみろ」
と言った。
「――いいわ、見せてあげる」
レシスは不敵に笑い
「……アヴェジェクド・ルーイン」
レシスは、呪文を呟いた。
「なんの呪文だ」
ガーレは、笑みを浮かべる。
「さあ。どうだか。その身を持って知ればいいよ、ガーレ」
レシスは、ニヤリと笑った。
「ぐああ」
見えない力に押さえつけられるような感じで、ガーレは叫んだ。
「ぐううぶ、な、何故。こんな人間の小娘に、闇魔法が使える」
ガーレが言う。
「さあね」
と、レシス。
「ぐうう、へーるぶーおさ、ま」
断末魔の叫びをあげて、ガーレは見えない力によって消えていった。
「ふーう」
レシスは、大きく息を吐く。
「大丈夫なのか? まだ、傷は塞がっていないぞ」
父は、治癒魔法を続ける。
「傀儡を離れた魔物の始末をしないと」
レシスは言って、魔物達を見た。
夜明けとともに、魔物達を退けることが出来た。
「ガイアナ国の、イディオム様に会いに行く」
未だ慌ただしくしているマウートを見て、レシスは言った。
「墓守と番人にも、会う必要があるし」
「でも、以前のように、自由には……」
と、ルスト。
「わかっている。だから、許可をもらう」
レシスは言って
「この異変の中心には、クペレの宝珠があるのだから」
未だ燻っている町を見つめた。
「え?」
ルストが驚く。
「ルスト、あなたも関わった。だから」
「――わかった。王様に話そう」
マウートの町が落ち着くのを待ってから、レシスとルストは、マウート国王に謁見して説明をした。
「なるほど。魔族とクペレの宝珠が、関係していると」
老齢の国王は難しい顔をして
「そう理由付けすれば、この異変は放ってはおけないな」
と、言った。
「はい。魔物を率いていたのも魔族だった。世界でも異変が起きていると、友人が申していましたし」
レシスは、ナリスから聞いた話をした。
国王には、クペレの宝珠に関係することを話していた。それは、闇王のことまでも。
「旅の許可を出そう。ついでに、各国と今回の事を話し合いたいので、特使としてな。どの国も、おそらく魔物に怯えているだろう、力になれるのなら、力になってくれ」
国王は言った。
レシスとルストは、頷いた。
「行けるところまででいい。各国王なりに宛てた書簡を用意しよう。気を付けてな」
国王とは、幼い頃から仲の良い間柄だ。まるで、二人のお爺ちゃんのみたいな。
だから、二人にも理解があった。
旅立ち
港国ハバートまで、レシス達は、早馬で送ってもらった。
街道沿いの町や村にも、魔物達の痕跡があった。途中、魔物と遭遇しなかったのは運が良かったのか。
ハバートでは、魔物の被害はそれほどでもないといったけれど、ガイアナへの船は、この船が最後だと言われた。理由は、ガイアナ国から船が戻らないのと、海の魔物も見られるようになったのもひとつ。
レシスは、船の甲板に一人佇み、海を眺めていた。
魔族ガーレが、叫んだ断末魔。あれは、叫び声ではなく名前だった。
そして、その名前は……。
考えれば、考えるほど心の中に不安がざわめく。
じっと、海の彼方を見つめる。
「――レシスさん」
後ろで声がする。振り返ると、ナリスが立っていた。
「ああ、ナリスさん」
「船酔い……ではなさそうで。大丈夫ですか?」
「うん。平気。少し考え事。魔族の事を考えていたんだ」
レシスは、視線を海へと戻す。
「あの魔族ですか?」
「アイツは、クペレの宝珠に関わっている。そのことと、裏で糸を引いている存在のこと」
「番人が言っていた、後者ですね。奪う者」
ナリスが言う。
「そう。もしそうなら、クペレの宝珠が”私達”を呼んだとして、それは、奪う者の存在を知っていて、その時の為だった、と」
レシスは言った。
「闇王ですか」
ナリスは言い、レシスは頷いた。
「もっと情報がいる。イディオム様やエルフの長に会って、話さないと」
レシスは言って、息を吐く。
「付き合いますよ。私も、クペレの宝珠に関わった一人ですから」
ナリスは、ぎこちなく微笑んで言った。
「ありがとう」
レシスは、少し笑った。
ガイアナの港が霞んで見えてくると、その異変に驚く。それは、レシス達だけでなく、船に乗っている者皆だった。
港町は、戦火の跡みたいに煙がくすんで、瓦礫が重なり合っていた。
停泊している船も、殆どがダメージを受けていて、中には沈みかけているものもあった。
「魔物の一団が……」
船頭が言った。
かろうじて、接岸は出来たが、街は酷い状態だった。
ガイアナ国 大地の神殿
「えっ? 嘘でしょう? イディオム様がお亡くなりに……」
レシスは、狼狽した。
「昨日。魔族と魔物の集団が、街を襲って。騎士団や魔導士、冒険者達で応戦しました。神殿の者も戦って……」
と、神官シリアが説明する。
「イディオム様も、共に戦うと仰られて。それで、魔族らしき者と……」
言い淀む。
「おそらく、その者に致命傷を受けて」
神職達も傷を負っていた。神殿は、悲しみと困惑で溢れていた。
「そんな」
レシスは、唇を噛んだ。
「ヘルヴェオ殿は? あの人がいるなら、こんな事には」
と、ルスト。
「――ヘルヴェオ殿は、数年前に出ていかれました」
深い溜息と共に、神官の一人は答えた。
「レシスさん。悲しみのなかですが。イディオム様から、手紙を預かっています」
顔見知りの神官が、レシスに手紙を渡した。
レシスは、涙を拭って、手紙を開いた。
【レシス。お前には、辛い話になる。もしかしたら、気付いているのかもしれんが、クペレの宝珠を求めていたのは、お前だけではない。ヘルヴェオもまた、クペレの宝珠を求めて、いや渇望していた。他にも、求めていた者はいただろう。だけど、クペレの宝珠に呼ばれた者しか、辿り着けないのだろう? ヘルヴェオは、そのことで悩んでいた。そのことで、あいつと対立してしまうようになった。世界を支える宝珠を自分の手にすれば、クペレの宝珠と同じ力を得れるのではと、考えるようになった。故に、私は、あいつが出ていくのを止めなかったし、むしろ神殿にとっては良いことではと、思った。それが、このような事になろうとは。レシス、お前がヘルヴェオを止めてくれ。きっと、呼ばれていたのは、この時の為だったのかと、思う。お前を信じている。――イディオム】
手紙を読み、涙を零した。
「イディオム様。――ヘルヴェオ殿、私は、あなたを赦さない」
涙を拭くと、レシスは言った。
「まさか。あの堅物のヘルヴェオ様が?」
その場にいた、神職者のあいだで動揺が走る。
「他言しないでください。すべては、私が」
レシスは言う。だけど、思うように言葉は出なかった。
レシスの様子を見て、神職達は黙り込んで互いに顔を見る。
「イディオム様の敵は、私が討ちます」
言葉に詰まりながらも、レシスは言った。
その日は、神殿に泊まった。
翌日、マウート国の特使として、ガイアナ国王に謁見した。
「そうか、マウート国も襲撃を受けたのか……。魔物だけでなく、魔族も」
まだ若い女王は、疲れている。
「はい」
「それに、大賢者イディオムを喪ってしまうとは……。まるで、神殿を狙っていたかのような、襲われ方だった」
深い溜息を吐いた。
「……そうですか」
レシスは、相槌を打つのが精一杯だった。
「このところ、毎日のように魔物の襲撃があって、民は不安。城の討伐隊も疲弊しています。それに、城の者も、ピリピリしています」
大臣が言う。
「――レシス。そなた、大地神を降ろせるか?」
女王は、急に話を振った。
「対話をしたことは、ありますが。神降ろしはないです。なにか、あるのですか?」
「大地祭を行って、民を励まそうと思ってな」
と、レシスを見た。
「神殿には、巫女がいるでしょう? なぜ、私に?」
「いや。何故か、お前でないと、いけない気がしてな」
「はあ」
レシスは、暫く考えて
「わかりました」
と、答えた。
「ただ、知識はありますが、手順までは」
「そこは、神殿の者に任せる。だれか、神官を」
女王は言う。
少しして、一人の神官が来る。
「お呼びですか。……レシス? なぜ、お前がここに」
その神官は、レシスを見て驚く。
「え、ラジュお祖父様」
レシスも驚く。
「なんだ。知り合い、身内なのか?」
女王が問う。
「はい陛下。シェイラの娘です」
初老の男ラジュは、答えた。
「なるほど、あの娘の子か」
「母様が、どうかしたのですか?」
「いや、改めて見ると、似ているなと。――とにかく、頼んだぞ」
女王は、念を押した。
「大地祭、対地の神殿に仕える者として、心して執り行います」
ラジュは言って。頭を下げた。
大地の神殿では、神職総出で大地裁の準備が始まった。
「――そういうことに、なったから」
レシスは、ナリスに説明した。
「私は、構いませんよ。それで、皆が元気になるのならば。それに、傷を負った人達の手当を頼まれましたので」
ナリスは言った。
「出発は、港の修復が終わるまで船を出せないから。俺も、魔物討伐に協力するので、レシスは、レシスのことを」
と、ルスト。
レシスは、少し笑って頷いた。
二人が神殿を出たあと、レシスは大地祭へ向けての禊を始めた。
神殿の奥院に籠もって、心を落ち着かせる。
「……」
それでも、師イディオムを喪ったこと、それが兄弟子あるヘルヴェオの手によって。
心は、そのことで激しく波打っていた。
そのことを知る巫女は
「大丈夫ですか?」
心配そうに問う。
「どうかな?」
レシスは、作り笑いを浮かべる。
「でも、私自身、大地神に話したいし力を借りたい。やれるだけ、やってみるよ」
と、答えた。
大地最を行い、民を励ますという王命で、小さいながらも神殿前広場は、飾り付けられた。
大地神の力を、ガイアナ全土に広める為に神降ろしを行う。神殿を中心に、大地神の力が広まれば、魔物を退けれるというものだった。
神殿の禁足地。ここは、限られた者しか入れない。
その部屋に、大地の宝珠が安置されていた。
宝珠に力を宿らせているので、大祭の度に新しい宝珠に、力を移し変えるの繰り返し。
祈るレシスに、大地神は語りかけてきた。
『――すでに解っていると思うが、この異変には、クペレの宝珠が関わっている。クペレの宝珠を奪って者は闇王となった。このままでは、世界の理と均衡が崩れてしまい、破滅を喜びにする魔族が徘徊し、魔物が溢れてしまい、やがて大地は果ててしまう。我が力を失いかけているのと同じで、生命神もまた。そなたは「呼ばれた者」そして、ホープと同じ魂を持つ者。リカリニアの遥か西にある大陸。そこにある「ネペテンスの宝珠」を手にし、世界の均衡を護ってくれ……』
大地神は告げた。
レシスの問いに、大地神は、生命神の元へ行けと言うだけだった。
レシスは、その言葉に従い、リカリニアへ向こうことにした。
そのことを、ルストとナリスに話すと
「そうね。リカリニアへ行けば、ハイドに会えるかもしれない」
と、ナリスは言った。
リカリニアの港には、多くの船が停泊していた。
賑わっていると、いう感じではなかった。よくみれば、停泊している船はキズがついてた。
「逃げてきているのです」
と、水夫は言って
「魔物に襲われたり、その話を聞いた人達が、大国であるリカリニアへ来れば、魔物から守られると」
言って、溜息を吐いた。
レシス達は、港を歩く。
「避難民って、ことか」
と、ルスト。
「そうね。私が旅してきた時は、ここまでではなかったわ」
ナリスが言った。
港を往来している人達は、疲れ切った顔で歩いていた。
「ハイドと出会えるかな?」
ルストが見回す。
「大地神の導きを信じているわ」
レシスが言った。
リカリニアに着き、数日。
港を歩いていると、人混みの中で、こちらを見て立ち止まった男がいた。
「ハイド?」
レシスが言った。
ルストとナリスも立ち止まり、信じられないという顔になる。
「――久しぶりだな」
再会を嬉しく思う反面
「よく、わかったな。こんな人混みで」
と、ルスト。
「まあな。勘は良い方だ……というより、教えて貰ったのさ、大地の聖霊に、今日、ここへ来いと」
レシス達は、人混みから離れた路地裏で、話す。
「――そうか、西の大陸か。あそこも、普通では行けないな。岩礁に囲まれているうえ潮流が激しい。往来出来るのは、年に数日だけの大陸だ」
ハイドが、西の大陸について話た。
「その大陸い、ホープの意思を継ぐ者とネペンテスの宝珠なるモノがあると、言われたの。でも、ソレがなんなのかまでは……」
レシスは、大地神から聞いた話しをした。
「よくわからんな。でも、異変をどうにかするには、行くしかないのか」
頷く、ハイド。
「久遠の舟」
ナリスが言った。
「そうね。お願いしないと」
頷きある。
「その前に、リカリニア王にマウート王から、預かった書状を渡さないと」
翌日。レシスとルストは身分を明かして、王に謁見することに。
「なるほど。世界各地で、その様なことが。この国周辺からでも、多くの者が逃げて来ている。このままでは、いずれ、ここも襲われうかもしれない」
長く伸ばした顎髭を擦りながら、難しい顔で言った。
「大地母神のお力で、護られているが……。実は、な。生命の宝珠の輝きが弱まっておって。その原因が判らんのじゃよ。だから、神殿へ行って、力になってくれぬか」
リカリニア王の頼みを聞き、レシス達は、生命の神殿へ向った。
神殿へ着くと、ルサールが出迎えた。
「生命の宝珠が弱っているって聞いたのですが。理由は、解らないのですか?」
レシスの問いに、リサールは首を振り、
「魔物が活発になり、魔族の噂が流れ始めた頃からだと思います」
と、言った。
レシスは、生命の宝珠を見つめて、そっと触れた。
瞬間、光が溢れて白一色になった。
その場にいた者は、驚いて目を閉じた。
『――レシス。呼ばれし者よ。クペレの宝珠が奪われ、新たなる闇王が出現しました。このままでは、クペレの宝珠が暴走して、世界の均衡が崩れてしまう。その前に、闇王を討ち封じなければなりません。かつて、ホーブがそうしたように……。貴女の母上には、恩があります。それを今、力として、、貴女に授けましょう。「生命の呪法」です。なにかの役に立つでしょう。そして、西の大陸にある、ネペンテスへ、ホーブのもとへ……。久遠の舟に乗って』
光が収まると、生命の宝珠は静かに光を湛えていた。
「レシスさん、今のは?」
ルサールが問う。
「生命神の言葉。やっぱり、クペレの宝珠を取り戻さないと」
レシスは答えた。
「どうするのです? 策はあるのですか?」
「西の大陸へ行きます」
レシスは答え、仲間達を見た。仲間達は、頷いた。
「生命の宝珠に光がもどった」
ルサールや神職達は、生命の宝珠を見て驚いた。
「完璧ではないです。このままでは、闇に咽まれて力を失いかねない」
と、レシスは話し
「だから、私達は、闇王を討ちに行きます」
と、言った。
レシス達は、生命の森へと来た。
途中、何度か魔物と戦った。以前は、姿を見せなかった凶暴な魔物にも遭遇した。
以前は賑わっていた大きな街道も、今は寂れていた。
森の辺りの集落も、魔物に怯えていた。
「結界があるんじゃないのか?」
ルストが言った。
「レシスさん、解呪出来ますか?」
と、ナリス。
「その必要は、ないみたいだ」
ハイドは、森の奥を見て言った。
「プラティ? 里長?」
森の奥から道が現れ、聖霊プラティと、エルフの長が歩いてきた。
「みんな、久しぶり」
プラティは。レシス達の周りを飛ぶと、レシスの肩に座った。
「要件は、解っている。ネペンテスへ向かうのだろう?」
エルフの長は言う。
「生命神に、久遠の舟を貸すように言われてな。それで、待っておった」
森の中を歩きながら、異変について話した。
以前は、生気や活気に溢れていた森も、静まり返っていた。
レシス達は、塔の神殿へ登り、久遠の舟に。
「さあ、行きなされ。この世界を守ってくれ」
エルフの長は言って、レシス達を見送った。
久遠の舟は、沈みゆく太陽を追って西へと空を進んだ。
「まだ、信じられない」
レシスは言った。
「ヘルヴェオ殿が。あの、真面目そうな人が?」
レシスから話しを聞いた、ルストは驚いた。
「ねえ。その兄弟子って、どんな人だったの?」
プラティが問う。
「どうって……。とても優秀な人。しっかりしていて、聡明。あらゆるコトに長けていた。憧れる知識量だし。だからと言って、ソレを鼻に掛けることもないし。人望もあった人……」
と、レシスは言い
「そういば、ヘルヴェオ殿。魔族の研究、書物を集めていた。さらなる魔力を求めるにはと」
考え込んだ。
「魔力が欲しい……」
ナリスが呟く。
「なんのために? 次期、神殿長を約束されるほどなら、魔力は関係無いと思うが」
と、ハイド。
「そこまでは。でも、もっと知識や魔力をってのが、口癖だった。その、それで、ヘルヴェオ殿はクペレの宝珠を奪った。それだけで、師であるイディオム様を手にかけた」
レシスは、唇を噛んだ。
「――心の闇に、喰われる、か」
ハイドは、ポツリと呟いた。
墓守や番人の言葉を思い出し、沈黙してしまう。
「見えてきたよ」
プラティが言った。
「西の大陸。殆ど、交流のない土地」
ナリスが、眼下に見えてきた大地を見つめて言った。
「伝説では、あらゆる種族が共に暮らしていると」
と、レシス。
「そうだよ。生きとし生きる者の楽園。だから、行きたいと、言っていた聖霊もいるんだよ」
プラティは、嬉しそうに言った。
「楽園のような場所」
ナリスは呟いた。
と、その時だった。
久遠の舟は、光に包まれる。
その光の中で、何者かが、レシス達に語りかけた。
「よく来てくれました。意志を継いでくれる者よ。さあ、神殿へ降りて下さい」
その光に導かれ、久遠の舟は、透明なる神殿へ降り立った。
透明なる神殿は。一面の花畑に囲まれていた。
「ここふぁ、全ての生命が共に暮らす土地……」
レシスは、辺りを見回す。
遠くには山々。花畑の向こうには、果実をつけた木々の森。鳥の囀りが聞こえてくる。
「生命ありしものが、共に暮らす土地。人間やエルフ、魔族や古い種族、聖霊や妖精がともに生きて暮らす。互いに、思い合い」
神殿の奥より、輝く光の結晶が現れる。
「なんだ?」
ルストは、身構える。
「私は、ホープの意志の欠片。闇王、現れし時の為に、意志を継いでくれる者に”ネペンテスの宝珠”を渡す為に」
光は言った。
「ホープ。墓守と番人が言っていた。名前」
と、ハイド。
「ヘルヴェオ殿を、止める術はありますか?」
レシスは、光に問う。
「その話は、彼等に聞いて下さい」
光が言うと、二つの人影が現れる。
「――久しぶりだな」
「墓守……」
ハイドが驚く。
「すまない。我等は、墓守失格だ」
と、デル。
「なにがあったのですか?」
疲れ切った二人を見て。ナリスが問う。
「封印されていた闇王が、蘇ってしまった」
「新しい闇王によって」
二人は、溜息混じりに言った。
「……ヘルヴェオ殿」
レシスは呟いた。
「レシス。辛いでしょうが、貴女でないと、彼を討てないでしょう」
光は言った。
「どうして。レシスが、兄弟子と戦わ無いといけないんだ」
ルストが声を上げた。
「それは、ヘルヴェオが……いえ。レシスでならないといけないのです。彼女が一人の人間として向き合わないと」
光は言う。
「一人の人間として?」
レシスが問う。
「そう、貴女の心の力で」
「どういう意味です?」
「ネペンテスの宝珠」
光は言った。
「宝珠って、力の結晶ではないの?」
「宝珠と呼ばれるものは、それぞれの神の力の一部。神々の力を、人の世に置くには依代である珠に、宿す必要があった。それゆえに、宝珠と呼ばれる」
光は説明する。
「――そうですね。宝珠の創まりから話しましょう」
光は語り始めた。
「神が創りしモノは、大地と生命。故に、それぞれに宝珠があります。でも、クペレの宝珠が生まれたのは、神が創りしモノではなく、生命ある者達すべての想いが集まったモノ。それがいつのまにか、”いかなる願い”を叶える宝珠と呼ばれるように。そうしたら、欲望を持ち探し求めるように、奪い合うようになった。クペレの宝珠は、心に反応する。心の闇を暴走させてしまう。負の力も持っていた。だから、手にした者は、闇王となってしまう者がいる。闇王は、欲望に負け闇に喰われて、世界を喰い荒らす。故に、世界は均衡を失い滅びに向かい、人々は絶望した。
そんな時、一人の少女が立ち上がった。少女の名前は、ホープ。しかし、いかに魔導を極めた者とはいえ、闇王に傷を負わせることは出来なかった。かろうじて、クペレの宝珠を取り戻せた。そして、欠片となっていたクペレの宝珠に、願った。『すべての人々が悲しみから、救われるよう。これ以上、悲しまないように。すべての生命が共に暮らせる、優しさの溢れる世界を』と、すると、クペレの宝珠の欠片から、光が溢れる。優しい光を放つ宝珠が、ホープの手の中に生まれた。
それが、ネペンテスの宝珠。人をいたわり、生命のぬくもりによって生まれた、もう一つの宝珠。人が生み出した、もう一つの宝珠。すべての生命の輝きを生むモノ。いたわりの心。それが、ネペンテスの宝珠です」
レシスの前に、光が集まり掌ほどの珠となった。
「すべての生命の願い、ネペンテスの宝珠です」
レシスが受け取ると、ネペンテスの宝珠は、レシスの中へと吸い込まれるように消えた。
「なんだか、凄く暖かで優しい光……」
レシスは、涙を零した。
「誰かが誰かを想い続く限り、ネペンテスの宝珠は存在し、世界を包んでくれるのです。想いやる心がある限り」
光の結晶は、語った。
「誰かを想う心」
ハイドが呟く。
「一番身近で、大切なモノなのに。一番難しいコトかも知れませんね」
と、ナリス。
「なら、なおさら、ヘルヴェオド殿を止めなければ」
ルストは、レシスに言った。
「――大丈夫、解っているわ」
レシスは、自分に言い聞かせるように言った。
「我等も、共に行く」
デルが言った。
「墓守として、目覚めた闇王を再び眠らせる為に」
ギルは言う。
「大丈夫」
レシスは、心の中で呟いた。
「行きましょう」
レシスは、顔を上げ振り向くと、仲間達に言った。
仲間達は頷く。
「さあ。世界を、生命達が愛する世界を護って下さい」
光が溢れた。
光が収まると、そこは久遠の舟の中だった。
久遠の舟は、既に上空に浮かんでいた。
世界の空は、赤く染まっている。
「嫌な赤色だな」
ハイドが言った。
「生命が流す血の色とでも。――すでに、国の一つ二つ」
デルは言った。
「その闇王とは、いったい何人いるのですか?」
ナリスが問う。
「古の時代より、四人。ヘルヴェオとで、五人だ」
ギルが答える。
「そんなのどうやって倒すんだ? そもそも、倒せる相手なのか?」
ルストが、墓守に問う。
「さあ、どうだろう……」
墓守は、空の向こうへ目をやる。
「見ろ、アレが闇王達だ……?」
デルは言いかけて、息を飲んだ。
「――共喰いしている、だと?」
ギルも、言葉を失う。
「どういうことだ? やはり、欲望に咽まれた者らしいってことか?」
と、ハイド。
「いや、過去の闇王は、ヘルヴェオの餌に過ぎないんだ」
デルは言った。
闇王達は、互いが互いを食い合っていた。すると、闇色の珠が現れて、闇王を吸収した。
レシスが、なにかに気付き、そちらを見て
「ヘルヴェオ殿」
と、悲痛な叫び声を上げた。
その声に気付いたのか、ヘルヴェオは、ゆっくりとレシス達を見た。
「――レシスか」
もはや、人間でも魔族でもない姿。人のカタチをしていなければ、ヘルヴェオだとは思えない。
ヘルヴェオは、長身の細身で長い銀髪の青年だった。
「どういうつもりです?」
レシスが問うと、ヘルヴェオはレシスを見据え
「なにを? お前の言った通りにしただけだ」
ヘルヴェオは、淡々と答えた。
「私の言っていた通り?」
「レシス、なにかあったのか?」
ルストが問う。
「私が言ったのは、夢は叶えられるよ。なのに、こんな世界にして」
「夢か? 私の夢は、この世界を……」
ヘルヴェオは、そこまで言い、言い淀み
「闇神となりて、世界を喰い尽くす」
ヘルヴェオは、まるで獣の咆哮のように言った。
「闇神。かつて、魔族が崇めていた邪神。クペレの宝珠は、そのようなコトまで」
デルが身構える。
「もはや、常人ではないぞ」
と、ギル。
「レシス」
ヘルヴェオが言った。
「どうして?」
「知りたいか? こういうことだ」
ヘルヴェオは、手を振り下ろした。
「うわっ」
全員が声を上げた。
「ルスト!」
レシスが叫んだ。
闇の矢が、ルストを貫いたのだ。
慌てて、レシスが駆け寄った。
「ルスト」
レシスは、治癒魔法をかける。
「私も」
ナリスも、治癒魔法をかけた。
「――なに、この傷口は」
ナリスは、たじろぐ。
ルストの傷口は、闇色に変色していた。
「治癒魔法が、効かない」
ナリスは、何度も治癒魔法をかけるが、効果はなかった。
「当たり前だ。それは、呪いの一種。解呪が必要だ」
眉を顰めて、ギルは言った。
「どういうつもりだ。お前は、レシスの兄弟子ではなかったのか?」
ハイドが、叫んだ。
「もう、昔のことだ。なあ、レシス。私と、共に来ないか?」
ヘルヴェオは、手を伸ばす。
「……」
レシスは、じっと、ヘルヴェオを見つめる。
「レシス?」
と、ハイド。
「さあ、私と」
ヘルヴェオが言う。
レシスは黙ったまま、ヘルヴェオを睨みつける。
「おい、レシス?」
ハイドが言う。
「まだ、足りぬか」
「おい、貴様。レシスを巻き込むつもりか?」
ハイドは、剣を抜いた。
「空中戦でもするつもりか?」
ギルが驚く。
「お前も、我が力で、ルストの二の前にしてやろう」
ヘルヴェオは、ハイド目掛けて、闇の矢を飛ばした。
「くっ」
ハイドは、闇の矢を交わしきれず、その場に倒れ込む。
「ハイド」
レシスは、叫んだ。
「レシス。いい子だから、私と共に来るのだ。お前の魔力を持てば、この世界だけでなく、全ての時を支配出来るのだ。さあ、共に」
ヘルヴェオは、再び手を伸ばす。
「れしす?」
不安そうに、ナリスは問う。
「どうするつもりだ」
と、ギル。
「奴と、行くつもりか?」
デルが言う。
「――そうね、ヘルヴェオ殿」
「来てくれるのか?」
「はあ。誰が、誰が行くと言いましたか? ――あなたはもう、私の兄弟子でも何でもありません」
レシスは、ハッキリとした口調で言った。
「なにを」
ヘルヴェオは、一瞬戸惑った顔をした。
「あなたが、マウート国を襲い、ガイアナ国を襲った。そして、我が師イディオムを手にかけた。そんな人が、私の兄弟子なんかじゃない」
レシスは、ヘルヴェオを見つめ言った。
「優しく聡明だった、兄弟子は消えた。――闇神よ。私は、あなたを討つ」
レシスは、そう言い切った。
ヘルヴェオは、溜息を吐き
「――もういい。私を討ちたければ、エレドへと来い。そこで、お前達に、神なる私を討てるか試してやろう」
そう言い残し、ヘルヴェオは闇の中に消えた。
レシスは、ヘルヴェオが消えた虚空を見つめていた。
「レシス?」
ナリスが、肩越しに声をかけた。
「だ、大丈夫」
と、言ったものの、レシスは涙を流していた。
「二人は、どう?」
涙を拭き、レシスは二人のもとへ
「……」
ナリスは、首を振る。
「呪いの進行はと、少し遅らせれるが。治すには、奴を倒さなければ」
ギルが言う。
「レシス。これを持って」
ギルが、虚空から槍を取り出し、レシスに渡す」
「これは?」
槍を、受け取る。
「――と、云う名の槍だ。人の言葉では言えない名前だが。運命の鎖を断ち切ると云う意味だ。久遠より繰り返されたモノを終わりを告げる。滅びと再生のダクエの神話」
ギルが言った。
「ダクエの神話?」
「古い古い昔にあった、神話だ。それに、出てくるもの。そなたなら使えるだろう」
と、ギル。
レシスは話しを聞き、槍を握り頷いた。
久遠の舟は、最果ての島エレドを目指し進んでいた。
「結界の外は、まるで闇の嵐だな」
デルが言った。
「樹海の皆は、どうしているんだろう」
プラティは、空を見上げて言った。
「―私、ヘルヴォル殿の気持ち、知っていたけれど」
レシスは呟いた。
「気付かないふりしていたから」
と。
「だから、マウートや、あっちこっちを」
ルストが言った。
「喋らないほうが」
ナリスが言う。
「ヘルヴォル殿は、野心家だった。クペレの宝珠にも詳しくて、私が探したいと言っても、無理だと言わずに頷いてくれた。その裏で、自分もクペレの宝珠を求めていたなんで」
レシスは言い
「これは、決まっていたことなのかもしれない」
レシスは、槍を握りしめた。
「――エレドだ」
ギルが言った。
「それじゃあ、私、行くから」
レシスは、少し微笑んで言う。
「我等も、行かせてもらう」
「闇王の墓守として、その魂の眠りを護る者として」
墓守の二人が言った。
「私も」
プラティが言った。
「プラティは、ここにいて。ナリスさんと、二人を助けて」
レシスは言う。
プラティは、なにか言いたそうにしていたが、黙って頷いた。
「じゃあ、言ってくる」
レシスは、墓守と共に転移魔法で消えた。
転移したのは、神殿だった。
「結界が……」
ギルが呟く。
「番人がいたのでは?」
レシスが問う。
「無事だと良いが」
デルが言った。
「待っていたぞ、レシス」
ヘルヴォルが、姿を現した。
「――墓守か」
二人を見て、ヘルヴォルは呟いた。
「お前に眠りを与え、かつての闇王の魂を鎮めん」
ギルが言った。
「眠り? 闇王の魂なんか喰ってやったぞ」
ヘルヴォルは言う。
「だが、お前の力を封じるくらいは出来る」
デルは、剣を構えた。
ギルも、剣を構える。
「ほう。それが、神話時代より伝わる、イチイの剣とヒュプ剣か。そんなものでは、この私は討てん」
ヘルヴォルは、笑った。
闇の波動を、デルとギルに向けた。二人は、避けきれず、吹っ飛ばされた。
「デル、ギル」
レシスは、駆け寄る。
「レシス。本当に、私を倒すのか? そんなことより、私と手を組まないか」
ヘルヴォルが言う。
「私は、お断りしたはずです。私は、あなたを倒して、世界を安心させなければならないの。師の仇、平穏な日々を奪われた人々の涙の為に」
レシスは、槍先をヘルヴォルに向けた。
「正義を語るのは、お前らしくないな」
ヘルヴォルは、笑った。
「正義なんかじゃない。誰だって、平穏に暮らしたいだけ」
「でも、お前は平穏とは遠い場所にいたではないか。いつも、冒険とかで危険な遺跡とかに忍び込んで」
「それは、平穏な世界だから出来たの。あなたは、ソレを壊した」
「どうだろう? 人間というものは、いつも欲ばっかりで生きている。己が為なら、他人なんてどうでもいいだろう? レシス」
ヘルヴォルは、レシスに詰め寄る。
「少なくても、私は違うね」
レシスは言って、槍を構える。
「すべてが終わり、新たなる時を刻む時、運命の鎖を断ち切れる。日が沈み、夜の闇に閉ざされても、日が昇れば光が戻る。終わりと創まり、破壊と再生……」
レシスは、詠唱しながら槍に力を込める。
「なんの呪文だ? まさか、ダグエの神話? なんのつもりだ、レシス。そんな、作り話など」
ヘルヴォルは、笑った。
「……レクラオメガダクエ」
レシスは、槍を一閃させた。
辺り一面、白い光に包まれた。
「レシス。私は、お前のことが」
光の中で、ヘルヴォルの声がした。
「知っていましたよ。だから、素直に伝えてくれれば、良かったのに」
レシスは、涙を零した。
「ああ、私には、勇気がなかった」
「私にとって、あなたは兄みたいな存在でしたよ」
「兄か……そうか。――すまなかった」
それが、最後の言葉だった。
約束の街
そこは、光に包まれた空間。
「……レシス?」
ルストが声をかけた。
「ルスト。もう、大丈夫なの?」
「ああ。気がついたら、なんともなかった」
身体を見回し、ルストは答えた。
「それで、ヘルヴェオ殿は?」
ためらいながら、ルストは問う。
「運命から開放された」
レシスは、特に感情も無く答えた。
「そうか。これから、どうするんだ? クペレの宝珠は?」
「霧散した。おそらく、暴走して力を使い切った」
ギルが答えた。
「もともと、カタチの無いモノだからな。宝珠と言われるのは、神が創った力を宝珠に宿らせていたから。その宝珠自体にも、それなりの価値があったからな」
と、デル。
「それで、もう一つの宝珠は……?」
ハイドが問う。
「ネペテンスの宝珠は、想いの宝珠。だから、世界の再生を想ったの」
レシスは答えた。
レシスの掌には、小さな光がある。
「これは、誰も手の届かない場所に還さないと」
言って、レシスは手を高く掲げた。
小さな光は、天空へと昇っていき消えた。
「クペレの宝珠は、本当に消えてしまったの?」
ナリスは、墓守に問う。
「消えた。でも、そのうち、世界中の願いや欲望が集まって新たなるクペレの宝珠が生まれる」
「そういうモノだ」
墓守は答えた。
「……そういうモノ」
ナリスは、納得いかなそうな顔をする。
「数千年は、誰も手出し出来ない。今は、クペレの宝珠は存在していないのだから」
「そんなもの無くても、いいじゃん」
ルストは、言った。
「そう。今は無くてもいい。だって、確かに存在していたのを、この目で見れたから。でも、クペレの宝珠によって、世界が滅茶苦茶になったのも真実……」
レシスは、皆に背を向けたまま言う。
「新しい記録を綴らないと」
と。
その言葉に、皆は顔を見合わせて頷く。
「さて、我等は行かせてもらう」
「墓守としての後始末があるから、な」
墓守は言う。
「ヘルヴェオ殿をよろしく」
レシスは、墓守に言う。
「ああ」
墓守は頷いて、その姿を消した。
光に包まれている空間の、光が収まると、久遠の舟の中だった。
「これから、どうするんだ?」
ルストが問う。
「舟を返したら、マウートに帰ろう」
レシスが答えた。
「私は、また世界を旅して回ろうかな。ハイドさんは?」
と、ナリス。
「俺は……。世界を放浪してもいいが、その前にやる事があった。生まれ育った森に、一度帰り、森を戻す力になりたい。皆、木を植えている。地道だけど、百年先を信じている。俺は、復讐しか頭になかったから、手伝ったことがないんだ」
照れ臭そうに、ハイドは言った。
「その国は、どうなったの?」
プラティが問う。
「自滅した。王位争いと内乱で。今は、リカリニアの公国になっているらしい」
「じゃあ、もしかして木を植えるのは、リカリニアの?」
と、レシス。
「どちらかというと、生命の神殿。大地母神の神職や信者が、率先して。生き残った者と一緒に。俺も、当事者なのに、任せっきりでは示しがつかない。だから……」
ハイドは、天空を見上げた。
「恨み辛みは、封印する」
言って、笑った。
「そうね。それが良いね」
プラティは、言った。
仲間達は、互いを見て微笑んだ。
「そろそろ、生命の森だね」
プラティは、舟から地上を覗き込んだ。
眼下には、豊かな森が広がっている。そして、森の中央には神殿が聳えていた。
久遠の舟は、神殿へと接岸する。
エルフの長は、レシス達を迎え入れた。
そして、レシス達の話を聞くと、それを記録し末永く伝えると言った。
リカリニアの港は、相変わらず避難してきた船や人が多かった。
それでも、人々の間には安心感があり、笑顔が戻っていた。
「前も、ここで別れたよね」
ふと、ナリスが言った。
「ああ」
と、ハイド。
「あの時は、こんなコトになるとは思わなかったな。ヘルヴェオ殿は、どうして、あんなことを」
ルストは、レシスに問う。
「さあ? 野心が欲望になった、膨大な知識と力を求め手にしたけれど、それを上手く使えなかった。それだけよ……」
そう答え、レシスは口を噤んだ。
ルストは、それ以上、聞くことはしなかった。
「そろそろ、船が出る頃だから、俺は行く。また、何処かで会えるといいな。その時は、平穏な世界で」
ハイドは言うと、人混みに姿を消した。
「ハイドさん、表情が優しくなりましたね」
ナリスが言う。
三人が、話していると
「も、もし。貴女は、医法術士では、ありませんか?」
慌てた様子で、男が駆けてくる。
「はい、そうですが。なにか……?」
「うちの嫁さん、こ、子供が産まれそうで。産婆さんだけでは、手がたりないって」
と、あたふたしながら、説明する。
「わかりました。何処です?」
ナリスが応える。
「それじゃあ、バタバタしたけど。私は、こちらの方に」
「ナリスさん。また何処かで」
レシスは言って、ナリスを見送った。
「ナリスさんも、自信ついたんだね」
と、レシスは呟いた。
「大丈夫だね。きっと、名を残すような優しい医法術士になるよ」
プラティが言う。
「俺も、優秀な剣士になる」
ハイドが、高らかに言ったので、レシスとプラティは笑ってしまった。
「帰りましょう、マウートへ」
レシスは、空を見上げた。
見上げた空は、何処までも高く青く澄み渡っていた。
終わりに、始まりの物語を
マウートに戻った二人は、国王に一連の出来事を報告した。
報告を終えた、レシスは、城の屋根から町を見つめていた。
暮れゆく町を眺めながら、大きな息を吐いた。
「レシス。こんなところに、いたのか」
父クレフが、回廊から上を見て言った。そして、レシスの横へと来る。
「陛下から聞いた。そう、沈むんじゃないと言いたいが。ヘルヴェオのことは、残念だったな」
クレフは、言う。
「なにも、お前一人で抱え込むこともないだろう?」
と。
「けど、きちんと向き合うことは、出来なかった」
「それでも、ヘルヴェオは、お前のことを想ってくれたんだろ」
「……うん。でも、ヘルヴェオ殿、気になることと言えば、他の男の人といると嫌な顔を一瞬したんだよね。だから、あの時も、ルストとハイドを傷付けた」
「まあ。それは、男の身からは理解出来なくもないが……。ヘルヴェオは、不器用だったんだな」
クレフは溜息を吐き、言った。
「なあ、レシス。お前、やりたいことや、やり残したコトがあるのなら、それをすればいい。無理に、マウートに留まることもない。なら、そうすればいい」
と。
「父様」
レシスが、顔を上げる。
「さあ、母様が待っているから、帰ろう」
クレフは立ち上がり、レシスに手を差し伸べた。
「うん」
レシスは、その手をとって立ち上がった。
数日後……。
「レシス。国を出るって、どういうことだよ?」
ルストが言った。
「旅に出るの」
「なんで? 帰ってきたばっかりなのに?」
「もう、決めたの。というか、帰る前から決めていたことなの」
レシスが、ゆっくりと歩き出す。
「父様、母様も背中を押してくれた。陛下も、理解して下さった」
「俺に、相談なしで?」
残念そうに、ルストは言う。
「ごめん。これは、ただの流離いの旅ではないの」
レシスは言って、空を見上げた。
初夏の日差しが、眩しく輝いている。
「これからの旅は、慰霊と巡礼だから。そして、贖罪」
レシスは、空を見上げたまま言った。
ルストは、何も言えなかった。
「そ、それじゃあ、ハバートまで送るよ。それなら、大丈夫だろう?」
しばらく考えて、ルストは言った。
「あはは、変わらないね。それじゃあ、ハバートまで」
レシスは、笑って言った。
「よし、決まり」
ルストの、元気な声が空に響いた。




