同じ目的を持つ者
同じ目的を持つ者
ガイアナ大陸の南にある大陸。世界最大の山脈や大樹海がある。
二人は、その山脈を目指していた。
「南の大陸。迷いの森を抜けた先にある、大陸を別ける大山脈の、山頂には古の神殿がある。そこへ行けば、手掛かりになるモノがあるかもしれん」
イディオムは、レシスとルストに話した。
ガイアナを出た船は、南の大陸の、カラト国の港に着いた。
カラト国は、緑の国と呼ばれている。大樹海があるので、そう名が付けられた。
生暖かい風が、街道を吹き抜けていく。ポツポツと雨が落ちてくる。すると、街道の両脇に広がる森の中から、無数の蛙の声が聞こえてきた。それは、雨を待っていたかのように。
「あー雨だ。雨の季節に入った。マウートより、ずっと南にあるから季節も違うのかな」
レシスは、フードを被る。
「とりあえず、濡れてしまわないうちに、宿に入ろうぜ」
ルストも、フードを被った。
街道を行き交う人も、急ぎ足。雨は、やがて大粒となって落ちてきた。
二人は、町へ入ってすぐにある、大きな宿へと入った。
「いらっしゃいませ。―よろしければ、着替えを用意しますが」
宿屋の主人は、タオルを渡してくれた。
「大丈夫です。部屋を二つお願いします」
と、レシス。
「では、二階の部屋で。食堂は一階の奥にありますので」
そう、宿の主人に案内してもらっている時だった。
通路の奥から、幼子を抱えた女性が駆けて来た。
「主人さん。お医者様を呼んでください、坊やが――」
母親は、慌てていた。
宿屋の主人は、抱かれている幼子を覗き込み、額に触れた。
「坊や、凄い熱じゃない。いつからですか?」
「ああ。今朝は、どうもなかったのですが」
母親は、狼狽している。
「しかし、この雨では」
雨は、滝のように激しく降っていた。
すると、ルストは
「レシス、お前の治癒魔法では治せないのか?」
と、問う。
レシスは、少し考えて、幼子に触れる。
「熱が、凄く高いし、呼吸も……」
「あの、お医者様ですか?」
母親が問う。
「いえ。少しばかり治癒魔法が使えるので」
レシスは、触れたまま呪文を呟くが
「――駄目だわ。私の使える治癒魔法では。それに、ただの発熱ではないと思う」
レシスは、考え込んだ。
と、その時
「私が、代わりましょう」
二階から、一人の女性が降りてきた。
「貴女は?」
「……流れの者です」
女性は答え、幼子に触れた。
「ご主人、白湯を一杯お願いします」
女性は言った。
「は、はい」
宿屋の主人は、食堂へと急いだ。
「貴女の魔法は、傷を癒やすのには特化していますが。病には病に応じた魔法があります。でも、魔法だけで癒やすのではなくて」
女性は、レシスを見て言った。
宿屋の主人が戻ってきて、女性に白湯の入った器を渡した。
女性は、小さな包を出して、中身を白湯に溶かすと、それを幼子に飲ませて
「……母なる源の力……優しき瞬き……久遠の恵みを」
と、呟く。
「これは、この形式は医法術?」
レシスは、驚いて女性を見つめた。
「――これで、もう大丈夫です。あとは、この包みの中身を湯に溶かして、飲ませてあげて。雨の季節によくある熱病ですよ」
言って、女性は薬草の包を渡した。
「あ、ありがとうございます。あの、お代は?
「お代はいいです。私では、たいした力にはなりませんから」
女性は立ち上がる。
「では、お名前だけでも」
母親の言葉に、女性は小さく溜息
「オフィキナリス」
と、小さな声で言った。
その言葉に、レシスはハッとして、女性を見た。
「オフィキナリス。古代薬神の名前」
と、呟いた。
「たいそれた名前でしょう? そのような名前など……」
彼女は、吐き捨てるように呟くと、遠い目をし
「――知恵と力が欲しい。名前負けしない程の。もし、叶うのであれば、クペレの宝珠があるのならば」
自傷気味に言う。
「クペレの宝珠」
レシスは、思わず言う。すると、オフィキナリスは、少し和らいだ表情で
「いかなる願いを叶える、神様が隠した宝珠」
と、言った。
「貴女も、探しているの?」
レシスが問う。
「ええ。手にした者の願いをね。そういう、貴女方も叶えたいものがあるのですか?」
オフィキナリスが、問う。
「別になんもないけれど。もし、本当に存在しているのなら、この目で見てみたいだけ。伝説を」
レシスが答えると、オフィキナリスの瞳に光が宿った。
「場所を知っているのですか?」
やや力の入った声で、問う。
「うーん。伝説は伝承はね。この大陸の東方にある、万年雪を抱く山脈に、手掛かりがあると聞いていると」
と、レシス。
「詳しいですね。―お話を聞かせてくれませんか?」
食事をしながら、クペレの宝珠について話すことになった。
食堂の隅の席で
「万年雪を抱く山脈イス。その頂きにある古の神殿があって、そこにクペレの宝珠に繋がるモノがある。でも、その地には魔物だけでなく魔族の住処でもあると……」
自己紹介のあと、レシスは一通り話した。
「―そうですか。だとしたら、到底無理なこと。やっぱり諦めるしか、ないみたいですね」
オフィキナリスは、悔しそうに言った。
「まあ。最近は魔物も活発だし、土地によっては魔族も人里で目撃されている。物騒だから、俺達も行けるところまでしか」
と、ルストは言う。
オフィキナリスは、二人を見つめる。
そして
「私も同行させてください」
意を決して言った。
「あなた方は、探しているのでしょう? イスへ行くなら、それなりの覚悟をしているのでは? 私の覚悟は出来ています。でも、腕力はなく攻撃魔法もあまり使えませんし……」
ナリスは、これまでのことを、語り始めた
「私は、ルーダという小さな島国で育ちました」
その言葉を聞いたレシスは、ハッとする。
「ルーダといえば、数年前、悪質な流行病で」
「そうです。数年前に、暗斑病で多くの人が亡くなりました。医術導師だった、私の両親も手を尽くしたけれど……」
ナリスは、瞳を閉じた。
「無力だった。ずっと、もっと出来ることがあったのかと。もっと地意識と力があったら、皆を助けれることが……そんな思いの中、クペレの宝珠の伝説を知った。もし伝説が本当だったら、私の無力さを、なんとか出来るのかと……」
と、溜息。
「薬神オフィキナリス。そんな、たいそれた名前なんて……。だから、ナリスで。呼ぶなら、ナリスと呼んで」
目尻を、なぞって言った。
クペレ宝珠を求める、オフィキナリスを加え、三人で探す旅路となった。
雨の季節。束の間の青空。
東へ向かう街道。樹の国だけあって、殆どの街道は、森の中を通っている。
東に向かえば広大な樹海があり、場所によっては人の立ち入りを拒んでいる。その為、迷いの森とも呼ばれたりしていて、その何処かには、エルフや聖霊が住んでいると云われている。
「――樹海の最深部に暮らしていると、伝え聞いています」
ナリスが言った。
「イスの人ならぬモノとは、また違うんだ」
と、レシス。
「はい。この国では、人間以外、特にエルフを指しているようです」
話を聞いていた、ルストが
「なあ、エルフって妖精の仲間なのか? また、魔族とは違うんだろう?」
と、問う。
「エルフは古代族で、高度な魔法を持っている。自然を尊び、人間を嫌っている。だから、この国のような自然が豊かで、人間が踏み込めない土地には、そういう伝承が多いんだ」
レシスが答えた。
ルストは、ふーんと頷いた。
「それにしても、よく晴れましたね」
ナリスは、ソレを見上げた。
「そうね。ずっと雨だったし、そう聞いていたから。それにしても、すごい蒸暑い」
レシスは、パタパタと扇ぐ。
「風が吹けば、少しはマシなんだけどな」
と、ルスト。
「風ねぇ。吹く気配すらないよ」
言って、レシスは水を飲んだ。
「もともと、この地方は風が吹き抜けることが少ないと。地形のせいなのか、木々が多い為なのか。だから。この土地には、風土病が多いのです」
ナリスは言った。
東へ向かうにつれて、森は深くなっていく。
その街道の遙か先に、万年雪を抱く山脈が霞んで見える。
「あの山脈。あそこの頂まで行かないといけない」
レシスは、霞んで見える山脈を見つめた。
「かなり遠いよな。この街道には、馬車はないのか?」
ルストが問う。
「以前は、あったと聞いていますが、魔物が多くなり廃止に」
溜息混じりに、ナリスは言った。
「――なにか、大きなモノが蠢いているのは、本当なのかな」
レシスは、呟いた。
それから、暫く街道を進んだ。幸い魔物に出くわすことはなかった。街道は、緩やかな登りになっていて、森の中を登って行く感じだった。
そのまま歩いていると、開けた場所に出た。
「だいぶ登ったな。おー、凄いな」
ルストは、足を止めて言った。
そこからは、山脈の麓まで広がっている大樹海が見渡せた。
今日は、そこで野営することにした。
太陽は西へ傾き、木々に隠れた。携帯食などを食べながら、火を囲む。
日が沈むと、湿り気のある冷気が漂い始めた。
「昼間は、蒸し暑かったのに」
吐く息が白い。
「万年雪の山脈イスから、夜になると風が吹き下ろしてきます。この辺りは街に比べて、標高が高いと。ここは、気候が不思議」
と、ナリス。
「ナリスさんは、旅慣れているんだな」
ルストが言う。
「そんなことありませんよ。ただ、流離っているだけです」
炎を見つめて、ナリスは答えた。
日の出とともに東へ。そこから、樹海の中を通る街道へ。樹海の中の街道は、荒れていた。
この辺りは、ナリスも来るのは始めてだという。魔物や魔族の影響から、樹海を迂回する街道が新しく造られて以来、こちらは寂れたのだと、ナリスは話した。
昼間の蒸し暑さと、夜の湿気を帯びた冷気。そして、降り続く雨が、体力を消耗させた。
「思ったより、過酷だ」
レシスは言った。
野営の炎は、魔法の炎なので雨で消えることはない。
樹海の闇の中は、虫や獣の気配が、あちらこちらでしていた。
ナリスは、木々の奥を見つめ
「なにかいます」
と、言った。
レシスも、ナリスの視線の先を見る。
闇の奥に、小さく光るものが動いていた。
「魔物?」
ルストが、剣に手をかける。
「―誰?」
レシスが、ルストを制して、その小さな光に呼びかけた。
「妖精?」
レシスの声に反応して、光が集まって来た。
「――珍しいわ。私達を視ることのできる人間がいるなんて。でも、妖精ではないよ。私達は、この樹海の聖霊」
木々の奥で、声がした。
「聖霊……?」
レシスは、光を見つめる。
両手より少し大きな、光を纏った蝶の羽のようなものを背中につけた、人型。
昔話に出てくるような絵のイメージ。
「俺には、ただの光玉にしか見えない」
「私は、光の中にぼんやりと」
光――聖霊達は、レシスの周りを舞う。
「ねえ。この人、あの人と似ていない?」
聖霊の一人が言う。
「でも、少し違うよ」
「そうだ、シェイラに似ているんだ」
囁く声が聞こえる。
「シェイラは、私の母様だけど。どうして?」
レシスは、聖霊の一人に問う。
「ええ。あなた、シェイラの娘なの? 私、知っているわ」
「シェイラは、私達の恩人なんだ。昔、この辺りに巣食っていた魔物を、退治してくれたんだ」
精霊達の答えに、レシスは驚いた。
「母様。そんな話しは……。でも、冒険者として、諸国を旅していたと」
そんな話しをしていた、時だった。
ざわっと、空気が動き、強烈な獣臭がした。
それと同時に、精霊達は怯えだした。
「やばい。アイツが来るよ」
聖霊の一人が言った。
ルストは剣を抜き、精霊達が出てきた木々の奥を見た。
「アイツ?」
「魔族が作った魔物。魔族と魔物の混血ヴドット。動物の血肉に飽きたら、私達を食べにくる」
言って、レシスの背後の木々の間へと逃げ込んだ。
「ナリスさん。気を付けて、来るよ」
レシスが言った、その時――
「聖霊どもを追いかけていたら、もっと喰いがいのある、獲物か」
木々と薙ぎ倒し、茂みを踏み潰して姿を表したのは、猿に似ている魔物。
ルストが、二人の前に出て、ヴドットに剣先を向けた。
「最近は、行商人も旅人も減っていた。ようやく、喰いがいのある人間が来た」
涎を滴り落としながら、ヴドットは言った。
「はあ」
レシスは、わざとらしく溜息を吐いた。
「なんだぁ?」
レシスの態度が気に入らなかったのか、不満そうにレシスを見た。
「面倒だけど、片付けないと」
「おい、レシス。大丈夫なのか?」
レシスは、ルストの前に立つ。
「小娘が、何を言うんだ」
と、ヴドット。
レシスは、ヴドットを見つめながら、囁くような声で詠唱する。
その呪文を聞いたヴドットは
「お前、神官かぁ」
身を仰け反らす。
「さあ? ――ここに、光の制裁を」
レシスは、不敵に笑い魔法を放った。
樹海の闇の中に、眩い光が弾けた。
その光の中で、ヴドットの絶叫が響いた。
「レシスさん。貴女……?」
ナリスが驚く。
「お前、賢者見習いレベルじゃあないだろう? レシス、本当は」
と、ルスト。
「一応、賢者の資格はある。冒険者としては、魔導剣士」
一息吐き、レシスは言った。
「す、凄い。さすが、シェイラの娘ね。ちょっと短期なところや、気に入らないものに対して、手加減しないところは、よく似ているわ」
聖霊の一人は、しげしげとレシスを見つめて、言った。
「そうなの? 母様、あまり昔のことは、話してくれないから」
「ねえ。あなた達って、クペレの宝珠を探しているの?」
別の聖霊が問う。
「そうだよ。伝承では、万年雪を抱く山脈イスに、手掛かりがあると……」
レシスは答えた。
すると、聖霊達はヒソヒソと話し合い。
「だったら、このコを一緒に連れってあげてよ」
一人の聖霊が、レシスの前に来た。
「私は、プラティ。どうしても、伝説の宝珠を見てみたいの」
嬉しそうに言った。
「聖霊でも、そういうモノに興味があるのですね」
ナリスが言った。
「あなたも見えるんだ」
「今までは、光の中に姿が朧気だったけど、気配に集中していたら、見えるようになったわ」
ナリスは、答えた。
「……俺には、喋る光の塊にしか」
ルストは、じぃーと目を凝らした。
「そのうち、視えるようになるよ」
レシスは、笑って言った。
聖霊プラティが加わり、レシス達は樹海の街道を進んで、万年雪を抱く山脈イスを目指す。
「この街道は、樹海の中を真っ直ぐ通っているから、近いんだけど、魔物が増えてからは、新しく樹海を迂回するように南に街道を造ってからは、急ぐ人くらいしか通らなくなって、ここまで荒れたんだと、皆が言っていた」
と、プラティは話す。
「その魔物が増えた時に、レシスの母様が魔物をやっつけてくれた」
プラティはレシスの肩に座る。
「母様は、何をしていたんだろう。母様自身の昔話は聞いたことないよ」
レシスは溜息を吐き
「だけど、クペレの宝珠についての物語だけは詳しかったな」
荒れた街道。何度か魔物と戦い退けて、レシス達は進んだ。
万年雪を抱く山脈・イス
カラト国の最東にある村ウエト
山脈の麓にある、この村はイスへと向かう冒険者が立ち寄る、最後の村。
イスでは、珍しい素材が採れるので、ソレを目当てに冒険者やハンターが集まり、それらを買い取る商人も集まる村。
ウエトの村は、ひっそりとしていた。山から吹き下ろす風は、凍えるほど冷たかった。宿屋へ入ると、レシス達の他、客はいなかった。
「あんたら、もしかして、イスへ行くのかい?」
驚いたように、宿屋の主人が言った。
「そうですが?」
ナリスが答えた。
「いや。珍しいなと。この時期はもう、雪が降り積もっていて、山道は雪で閉ざされていると思いけれど。それに、雪山ブーツが無いと無理だよ」
宿屋の主人は溜息を吐き
「――それにさ、ここ数年、イスへ向った人は、まともに戻って来ていない。こないだも、狩りに行った数名が、凶暴な魔物に遭ってしまい、命からがら戻って来た。ここは、栄えていたけれど、魔物やら魔族が、出るようになって以来、寂れてしまった。この時期だと、良い獲物や採取出来る植物が多い、行きたい人は、いるけれど、魔物魔族が恐ろしい」
と、話した。
「大丈夫です、それなりに戦えますから」
ルストは、自信を込めて行った。
「まあ。それでも、雪山装備は必要だよ」
宿屋の主人は、少し困った顔をして言った。
雪山装備を買いに行った雑貨屋でも、イスの話を聞かされる。
以前は、イスで採れる珍しい素材を集める、冒険者が来ていたが、魔族の噂や魔物の凶暴化で、村の者でさえ、イスへ行くものは稀になり寂れたと。
ここでも、魔族や魔物の話があった。
翌朝。
東の森を抜けて、イスを目指す。森は、樹海と違って静かだった。
地元の狩人が使っているという、細い道が木々の間のある。その森を抜けると、荒涼とした大地が壁の様に聳えるイスへと続いていた。その頂は、雲に隠れていて見えない。
「話通り、木々が無い代わりに低木植物が中心みたいね。樹海と比べると両極端な土地」
ナリスが言った。
「珍しい植物がありそうだけど」
プラティは、低木に咲いている白い花を見た。
「んー、今は、そうじゃないかぁ」
プラティは、レシスの肩に戻った。
「空の色がヤバいな。雨が降らないと、いいけれど」
ルストは、雲を見る。
「雨というより、雪かもね。この雪山装備ですら、底冷えが伝わってくる。風の匂いが、雪の気配」
レシスは、襟元を締めた。
森を抜けた少し先までは、簡易的な道が造られていたが、そこを過ぎると、ゴツゴツとした足場の悪い地面になった。足場の悪い地面は、斜面となっていて、斜面は上に行くに連れ急になっていた。
「地面の下は、永久凍土なのかしら」
ナシスは、杖の先で地面を突付く。だけど、地面の砂が少し削れただけ。
「ずっと深い所は、ずっと昔の氷が広がっているって、聞いたことがあるよ」
プラティは、辺りを飛び回り言った。
「国や土地によって、そんな違いもあるんだな。―世界は不思議だ」
ルストは、頷き言った。
プラティは、そんなルストの周りを飛び上空へ
荒涼とした大地。急な斜面に、所々に凍った雪がある。そして、その向こうには深い谷。
「魔物?」
ルストは、剣に手をかけた。
「うん、魔物。なんていうか、かなり恐い」
プラティは答えて、レシスのもとへ
吹き下ろしの風に、生臭い気配がこちらへ押し寄せてきた。
「自生の魔物? にしては……」
ナリスは、数歩下がった。
ルストは、そんなナリスを庇うように前に出た。
ナリスは
「このような場所に生息する魔物なら、動物と同じで毛深いはずなのに?」
と、魔物を見て驚いた。
魔物の姿は、全身鱗のようなものに覆われていて、見た目は巨大な爬虫類のようで、顔面には複数の目。六本足の爪は、硬い地面を抉っていた。
「――嘘でしょう? まさか、魔界の魔物?」
レシスは、プラティに問う。
「え、たぶん。もしかしたら、噂の魔物かもしれない」
プラティは、怯えながら答えた。
異形の魔物は、レシス達を目掛けて飛びかかってきた。
ルストは、振り下ろされた爪を剣で受け止めたが、押されてしまう。
それを見ながら、レシスは詠唱を始めた。レシスが詠唱していると、ルストがバランスを崩す。
「いけない」
ナリスが、初歩の攻撃魔法を放った。
魔物は一瞬、動きを止めた。ルストは、体勢を立て直す。魔物は、後ろに飛び跳ねると、今度は、レシスを狙い飛びかかった。
レシスの攻撃魔法が発動するのと同時に魔物は、レシスへ。
そして、レシスは魔物もろとも、斜面を滑り落ちていき谷へと消えた。
「レシス!」
ルストは、谷の方へと呼びかけるが、足場が悪くて駆けつけれない。
「私が、行ってくる」
プラティは、ナリスに言うと、レシスを追って谷へと降りて行く。
「――った、いたた」
レシスは、身体を起こしながら息を吐く。
魔物が飛びかかってきたと同時に、攻撃魔法は炸裂したが……。
レシスは、自分の身体を確かめ、怪我がないのを確認した。
「レシス」
プラティの声で、意識がハッキリする。
レシスは、自分の下に魔物がいることに気付いた。魔物は、息絶えていた。
「なんとか。コイツが下になってくれたから」
レシスは、溜息を吐いた。
息は白く凍りつく。
「……大丈夫みたいね。でも、この辺りから上へ登れるようなところは、ないけれど。どうるする?」
プラティは、ホッとした。
レシスは、魔物の上から降りて、谷の上を見上げて
「うーん。探してみる。もし、目印になるようなものがあるなら、そこで合流できるかな。とりあえず、二人には大丈夫だと伝えて」
と、言った。
「わかったわ。伝えたら戻って来るから、一緒に探そう」
答えて、プラティは谷の上へ飛んで行った。
谷の上では、心配そうに谷底を見ている二人がいた。飛んできた、プラティに気付いたナリスは
「レシスさんは?」
と、問う。
「大丈夫。怪我していないよ。登れる場所がないから、とりあえず何処か合流できる場所ないかな」
「でも、闇雲には」
ナリスは困惑する。
「そうねぇ……」
プラティは、飛び上がり辺りを見回した。
「あそこ。あそこに、四角い岩が見える。あの岩は、谷の下からでも見えていたから。そこで、合流しようよ。どっちみち、あの辺りへ行くつもりだったし」
と、プラティ。
「それじゃあ、そこで」
ナリスが頷く。
「レシスに、無茶するなと伝えてくれ」
ルストは、プラティに言った。
「わかった。これ、目印」
と、天へ伸びる光を投げた。
「それじゃあ、あそこで」
プラティは言って、谷の下へと戻って行った。
「それじゃあ、レシスはプラティにまかせて、俺達はあそこへ」
ルストは、言った。
レシスは、プラティから目印のことを聞いた。
その目印を目指し、レシスは歩き始めた。歩いていても、崖には登れそうな場所は無かった。
しばらく歩いたとこで、レシスは足を止めた。
「う――氷漬けの人?」
岸壁にある小さな横穴で、横たわっているものを見つけた。
「冒険者だよね? この人も、クペレの宝珠を探していたのかな」
と、プラティ。
「―たぶん 。この人は、きっと運が悪かったのかな。こんなところでは、吹雪も寒さも防げないのに」
レシスは、その遺体に魂の浄化魔法をかけると、再び歩き出した。
「この辺りって、妙な気配がある。気配そのものが気流になっている感じ」
プラティは、キョロキョロしながら言った。
「解っているよ。たぶん、魔族だ。嫌な気配がしている。急いで合流したほうが良いかも」
と、レシスは急ぎ足から走り始めた。
「ちょ、レシス。そんなに急ぐと――ああ、遅かった」
プラティは、転んで滑っていくレシスを追いかけた。
レシスは、転んだまま滑り続けた。
ようやく止まった場所は、凍てついた沢だった。
「ふーう。いてて」
レシスは、腰を擦りながら立ち上がった。
「でも、ここからなら、登れそう」
と、レシスは、凍てついた沢を登り始めた。
「もー。レシスったら、気をつけないと」
溜息混じりに言うと、レシスの肩に座った。
「解っているよ。よく言われるけど、思い立ったら突撃性格だけど、ね」
と、言った。
凍てついた沢のゴツゴツとした岩肌は、凍っていなかったので、そこを足場にして登っていく。
目印の光の方へ沢は続いていた。
沢を登った、レシスは辺りを見回した。そして、目を閉じて気配を探った。
「どうしたの?」
プラティが問う。
「ルスト達、以外の人間の気配がする。それに、魔族の邪気と殺気が」
レシスは、その気配を辿った。
岩陰から出ると、そこで、人間の男が、二人の魔族と睨み合っていた。
「魔族」
プラティが、身構える。
「プラティ、あの人に治癒魔法を。私は、魔族を引き付けるから」
と言うと、レシスは剣を抜いて駆け出した。
「ちょっと、レシス―」
プラティは、レシスを止めようとしたが、その前にレシスは動いていた。
二人の魔族は、青年を前後から詰めていた。
「人間のくせに、魔族に歯向かうとは」
「馬鹿なのか?」
と、笑っている。
青年は、体勢を立て直す。
「終わりだ。暇つぶしも飽きた」
魔族の片方が、剣先を向けた。
「荒ぶる吹雪、凍える槍」
レシスは、魔族目掛けて氷の魔法を放った。
不意を突かれた、魔族は剣を落とした。
「な、なんだー?」
剣を拾いながら、レシスを見た。
「また、人間?」
魔族は、眉をひそめた。
「あのね。ここは、大昔は山越えの街道があったの。厳冬期を除けば、人間は少なからず通っていた。山脈を迂回する新しい街道が出来る前の話だけど。それに、山頂には女神神殿があるし」
レシスは、青年と魔族の間に入り、言った。
「お前は?」
青年は、よろめきながら言った。
「レシスよ。仲間を逸れて探していたところ、あなたを見つけた」
「……」
ゼイゼイと肩で息をしながら青年は、レシスと魔族を交互に見る。
「ほう、ほかにも人間があいるんだな」
「久しぶりに、人間を痛振れる」
魔族は、ニヤニヤしている。
そこへ追いついたプラティは、青年に治癒魔法をかける。その気配に気付いたのか、青年は、プラティを見た。
「ふーん、樹海の聖霊が一匹」
小馬鹿にする。
「――やみーのー」
魔族の一人が呟き始める。
「暗黒魔法? ヤバいよ。レシス」
プラティが言う。
「なら、私は」
レシスと、魔族の詠唱が
「――闇を貫く光は武器とならん、ホーリーライト」
レシスの方が早く詠唱を終え魔法を放った。
「ぐああ」
魔族二人の魔法は未完のまま、虚空に消える。
「くそ、だから面倒なんだ」
魔族の一人は苛立ちを露わにし、剣を振りかざして突っ込んできた。
「―武器と言ったよね。私の手には、聖なる槍がある」
レシスは、魔族目掛けて、魔力の槍を解き放った。
「ぎやあああ」
魔族は、ドス黒い血を吐く。
そして、突き刺さった聖なる槍が、四散するとともに、その魔族は光の中に消えた。
「魔族を、ほぼ一撃で。しかも、魔法で」
青年は驚いて、レシスを見た。
青年は、ルストより年上で体格体幹もしっかりとしている。
「あなた、大丈夫?」
「ああ。その光……聖霊が治してくれた」
と、プラティを見た。
「おのれ、よくも。詠唱なしでもいけるわ――闇刃嵐」
魔族の片割れが、魔法を放つ。
「あっと、光のベール」
プラティは、防御魔法を使った。
レシスと青年に、襲いかかろうとしていた闇刃は、その光のベールに吸い込まれて消えた。
魔族は動揺する。
「こっちだって、やられっぱなしは、嫌だね」
青年は、取り乱している魔族の隙をついて、斬りかかった。
不意打ち。青年の剣の腕が凄いのか、一振りで討ち取った。
「――助かった。すまない。俺は、ハイド。ワケありの流れ者だ」
ハイドと名乗った青年は、レシスとプラティに礼を言った。
「おーい。レシス」
手を振りながら、ルストとナリスがやってきた。
「よかった。なんとか、合流できましたね。そちらの方は?」
ナリスが問う。
「俺は、ハイド。魔族に襲われていたところを、レシスとプラティに助けられた。――もしかして、山頂の神殿を目指しているのか?」
ハイドは、三人を見た。
「あなたも、そうなの?」
ナリスが問う。
「――俺は、力が欲しい。伝承が本当なら、山頂の神殿には、クペレの宝珠に関係するモノがあると」
ハイドは。頂を方を見つめ、ギュッと拳を握った。
山頂を目指しながら、ハイドはポツポツと話す。
「クペレの宝珠は、いかなる望みを叶えてくれる。俺は、ソレを求めている」
ハイドは、語る
「俺は、森の神殿を護るエルフ達と、共に暮らす一族だった。ある日、森に炎が放たれた。そして、一族・家族ものとも殺された。幼かった俺は、エルフの長老に連れられ、逃げ落ちた。後で知ったことだが、ソレはカラト国の南にあるテラン国の王軍だった。俺は、奴らに敵を討ちたかったが、圧倒的に力が無い。力を求める中で、クペレの宝珠の事を思い出した。それが、伝説の話だとしても」
ハイドは、深い息を吐いた。
「私、その出来事を知っているわ。森の神殿には、不老不死の力を秘めたモノが納められていた。ソレが大樹海の源だったとか、あるいはもっと違うモノで『封印』していないと、いけないモノだったとか」
プラティは言う。
「だから、樹海は枯れかけているのか?」
と、ハイド。
「うーん。私は、詳しくないんだけれど。関係はしていると思う。あのあとから、魔物が増え魔族が現れるようになったのも、やっぱり神殿が襲われてからだよ」
プラティは、言う。
「目的は同じですね。なんだか、境遇が似ている感じ……。レシスさんは、どうしてです? ただの興味でこんなところまで?」
唐突に、ナリスは問う。
レシスは、少し戸惑い
「私は……。クペレの宝珠に、ソレに関係する何者かに呼ばれている。ソレが、何を意味しているのか、クペレの宝珠になるモノに辿り着ければ、解るかな、と」
と、答えた。
「もしかしたら、何処かで繋がっているのかもしれん」
ハイドが言った。
「俺は、レシスに付き合っているだけだから。いまいち解らないけれど。まあ、魔族に絡まれると困るから一緒に行こう」
と、ルスト。
「ああ。よろしくたのむ」
クペレの宝珠を共に求め、四人は山頂を目指した。
その姿を見つめる、ひとつの影があった。




