謎の声
それは、季節が春から夏に変わり始める頃のことでした。
夜になると聞こえてくる、謎の声がありました。
「わ~ら……、わ~ら……」
中年男性ぽい声で、スピーカーから流れているような音の響きです。
声は遠くから聞こえ始め、だんだん近付いてきたと思ったらまた遠くへ離れていくんです。
「あの声、なに?」
寮生活開始から2ヶ月ほど経った頃、僕たちは謎の声に首を傾げました。
日没後になると流れてくる音声は、学園前の道路を通過しているようです。
道路から離れた寮内にいる僕たちには「わ~ら」しか聞こえません。
「『わ~ら』って言ってる?」
「ワラ、呼ばれてるよ」
「はーい、なぁに~?」
「って、それ向こうに聞こえないから」
窓を開けて音を聞き取ろうとする僕の後ろで、冗談を言うジュン、ノリで返事するワラ、ツッコミを入れるエイ。
謎の声が聞こえ始めた3日目の夜、僕とワラは思い切って部屋から出て、声の正体を確かめに行きました。
時刻は夜20時、まだ門限ではないので、寮監に叱られたりはしません。
正門まで近付いたところで、声がハッキリ聞こえてきました。
「わ~らびもち、わ~らびもち」
それは、軽トラで街を回る【わらび餅売り】の音声でした。
僕もワラも、石焼き芋の移動販売は見たことあるけれど、わらび餅の移動販売を見たのは初めてでした。
「おじさ~ん! わらび餅を売ってるの?」
「お財布取ってくるから待ってて!」
ワラがわらび餅売りを引き止めている間に、僕はダッシュで部屋に戻り、お金を持って軽トラに駆け寄りました。
「わらび餅2パック下さい」
「まいど!」
初めて買った移動販売わらび餅は、金属製の保冷タンクで冷やされていました。
タンクの中は見えなかったけれど、氷と水が入っているようでした。
わらび餅はザルで掬い上げられ水切り後、使い捨てのプラ容器に移されました。
「はいよ、オマケしといたよ」
「ありがとう」
オジサンはわらび餅を入れたプラ容器を白いビニール袋に入れて、きな粉の小袋と一緒に渡してくれました。
僕は財布から百円玉を2枚出してオジサンに手渡し、わらび餅が入った袋を受け取って、ワラと共に寮へ帰りました。
「わらび餅買ってきたよ!」
「みんなで食べよう!」
「「美味しそう~!」」
わらび餅を買って帰ったら、部屋にいた2人も大喜びでした。
移動販売のわらび餅は、スーパーで売られているものより量がかなり多くてお得な感じがします。
食べる直前まで冷水に浸かっていたからか、スーパーのよりもツルツルプルプルで喉越しも良く、とても美味しいものでした。
以来、「わ~ら」の声が聞こえると、ひんやり甘味を求めて買いに走る僕たちがいました。
値段は当時で1パック100円。
その頃はガソリン代が1リットル90円の時代でした。
オジサン、それ採算取れてるの?
わらび餅売りは、学園周辺でしか見たことがないけど、他の地域にもあるのでしょうか。




