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淡く光る君へ  作者: 若城
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最終話 還し屋

ミリとの別れから三ヶ月。


「今日は、リーンって奴のとこに行くでいいのか?」


 カイトはソファ前のテーブルに広げられた書類に目を落としながら、コーヒーを飲むクリスに問いかけた。


「そそ、初めての依頼だから細かい詳細を聞くようにお願いね」


 椅子に座り、彼女も広げられた書類を眺めながら答えてくる。

 いつもの日常に戻って来て、早三ヶ月。本来の形に戻ったにも関わらず、ミリの居ない日常に違和感を覚えてしまう。一ヶ月と少し期間でも、居なくなると寂しいものだ。


「おい、これって結構離れてんじゃねぇか? まさか、車かなんか乗らねぇといけねぇんじゃ……」

「あぁ……かもね」

「じゃあパスだ。お前が行け」


 乗り物酔いの後に長時間の調査と説明するのは勘弁してもらいたい。


「えぇっ、私がするとこと逆なの。効率悪くなるじゃない」

「そもそも、遠過ぎんだろ……。歩きだと、一時間できかねぇぞ。管轄外じゃないのか?」

「ギリギリうちらのとこ」

「まじかよ……」


 管轄内ならば、受けた以上行かなければならない。乗り物酔いによる精神的疲労と徒歩での肉体的疲労のどちらを取るべきか悩ましいところだ。

 書類とにらめっこしていると、立て付けの悪いドアがゆっくり開かれ、植木鉢を抱えたセレカティアがご機嫌で入ってきた。


「こんにちはぁ……って、仕事中か」

「いらっしゃい。あら、綺麗な花」


 クリスが書類から顔を上げるなり、小さく笑う。


「でしょう? プレゼントです!」

「嬉しいけど……」


 そう言い、テーブルや自身の机、窓辺の植木鉢に目をやる。


「置き場に困るね……」


 あれからセレカティアはミリが働く花屋に毎日、足しげく通っている。その度、花を買い、自宅で育てているらしい。それだけでなく、事務所にも花を飾るようになっており、置き場がなくなってきていた。


「ここを植物園する気か! ここにも置くようにしやがって……」


 カイトはテーブルにも置かれている植木鉢を床に置き、セレカティアに怒鳴る。


「うるさいわねぇ。見栄え良くなるからいいじゃないのよ!」

「世話する俺の身にもなれよ! 虫が鬱陶しい!」


 一つの花を世話するくらいなら大した労力はいらないのだが、日に日に増えていくとそれも大変になってくる。放置してしまいたいくらいだが、普段ダラダラしているクリスすら世話をする。それに、ミリが見繕った花となると、故意に枯らせられない。


「人の世話の事前練習になるから良かったじゃない。あたしに感謝しなさいよ」

「お節介者になるつもりはねぇよ」

「あ、そういえば姐さん」

「聞けよ!」


 セレカティアはコーヒー台に植木鉢を置き、クリスに駆け寄ると一つの本を取り出した。


「今度、還し屋の参考書を渡そうと思うんですけど、どうですか?」

「ん? いいと思うけど、もう少しあの子の生活が落ち着くのを待ったら?」

「でも、もう三ヶ月ですよ?」

「されど三ヶ月よ。あの子の体調は?」

「まだ痩せっぽちですけど、前よりかは全然お肉付いてきてます。ぷっくりです!」


 胸を張り、嬉しそうに言うミリを見て、カイトは安心した。

 栄養失調の状態だった彼女が仕事に復帰出来るほどに回復したのは喜ばしい事だ。これからは、稼いだ金を奪う者もいないので、健康的な生活を送っていける。


「それは良かった。私も今度、顔を出しに行こうかな」

「行きましょう行きましょう!」

「カイトはどうする? 行く?」


 クリスが笑みを浮かべ、尋ねてくるが、それに対して首を左右に振った。


「いかねぇよ。俺が行っても仕方ないしな。元々会うことなかったんだからな」

「とか言って、名刺渡してたじゃん。未練たらたらじゃない」


 セレカティアに言われ、舌打ちする。

 たしかに、会う筈がなかった相手なら自分の名前、所属する事務所を教える必要もない。その反対の行動している時点で、心のどこかで再び関係を持ちたいと思っていたのかもしれない。

 その言葉に、クリスは露骨に笑みを深め、突っ込んでくる。


「へぇ、それは聞いてなかったなぁ? そうなの?」

「……うるせぇな。べつにいいだろ……」

「口はそう言っても、心は正直。かぁわいい」

「とにかく、俺はいかねぇ……」

「ふぅん?」


 別に自分がいなくても、彼女は幸せになれる。心に大小の闇を抱えていても、セレカティアがいれば大丈夫。誰にでも優しく、愛される存在だ。容姿も申し分ないし、彼女に想いを寄せる男も出てくるだろう。

 きっと。いや、必ず幸せになれる。自分はその彼女を見られるだけで十分なのだ。


「意固地になるのはいいけどさ」


 クリスはガラス張りの窓を覗き込むように見下ろし、小さく笑う。


「そうもいかないかもよ?」

「どういう意味だよ」


 彼女の言葉の意味を図りかねていると、誰かが階段を上がってくる音が聞こえてきた。

ドアノブが回させる。だが、立て付けの悪いため、スムーズに開かれず、何度も音を立てる。


「あら、お客さん。カイト、開けてあげて」

「ったく、はいはい」


 カイトはドアへと歩み寄り、ドアを開けてやる。


「あ、すみません。ありがとうございます」


女性の声。


「悪いな、立て付けわる――」


 開かれた先にいる少女。

 三ヶ月ぶりに聞いた声。


「お前……」


 カイトは一歩後ろに下がり、足のつま先から、頭頂部まで見て呟く。


「あ、あの時の……それに、セレカティアさん。こんにちは」

「遠かったじゃない? 大丈夫だった?」

「はい。あ、すみません……自己紹介がまだでした」


 少女はハッと口元に手を当て、慌てて頭を下げる。


「ミリカ・ハイラントと言います!」


顔を上げ、笑みを浮かべた。

 セレカティアが言っていた通り、ミストの時より少し痩せている。だが、三ヶ月前と比べると健康的な肌をしていた。

 言葉よりも、自分の目で確認出来て、心底安心出来た。それと同時に胸を突いてくる。

こうして顔を合わせる事はないと思っていたのに。

 クリスも笑みを浮かべ、軽く手を振り、自己紹介する。


「はじめまして、所長のクリス・サリウスよ。よろしくね」

「はい! よろしくお願いします」


 初対面のような挨拶する彼女に違和感を覚えるが、ミリカとして会うのは初めてなので、間違ってはいない。


「綺麗なお花ありがとね。気に入ってるよ」

「あ、いえ……喜んでいただけて私も嬉しいです」

「それもだけど、お花屋さんのミリカちゃんがどうしたの? 依頼?」

「依頼……ではないです」


 ミリカは胸の前で手を組み、忙しなく動かす。

 緊張し、言おうとしているのが思うように出ないようだ。しかし、いつまでもそうしている訳にもいかないのも分かっているようだ。

 目を閉じ、数回深呼吸した後、彼女は見開く。


「私……還し屋になりたいんです!」

「……へぇ?」


 クリスは頬杖を着き、笑みを深める。一方で、セレカティアが『やった!』と言わんばかりに嬉しそうな顔をしていた。


「でも、なんでここなの? あなたの住んでるところだと、もっと近い事務所がいいんじゃない?」

「それは……」


 ミリカは一度、こちらを見る。


「還し屋になるなら、ここで学びたいと思ったから……です。曖昧な理由ですみません……」

「なるほど。分かってると思うけど、あまり良く見られない仕事よ? 華のあるわけでもないし」

「はい! それでも、私は人の為の事をしたいんです!」


 横顔から見える迷いのない瞳。

 胸の内に押さえ込まれていた夢が今、彼女の口から解き放たれる。言葉にしたことより、彼女の顔は華やかに彩られ、未来へと希望を抱かせているようだった。

 クリスは数回頷き、椅子から立ち上がる。


「よし、じゃあ今から行きましょうか」


 突拍子もなく言う彼女に、場にいた三人が目を見開かせた。


「ちょ、ちょっと待てよ。順序ってもんがあるだろ!?」

「そうですよ! まず、還し屋がどんなものかって――」


 カイトとセレカティアがクリスの行動を諌めるが、彼女は止まることはなかった。


「還し屋になりたいって言うなら、まず現場から学べるところがあるじゃない。ミリカちゃん、いい?」


 クリスの問いかけにミリカは笑顔で答える。


「はい! 私、頑張ります!」

「決まりぃ。張り切っていくわよー」


 クリスは椅子に掛けていたジャケットを羽織り、外に向かって駆け出す。その際、呆然としていたセレカティアの手を引いていく。


「ね、姐さんっ!?」

「戸締りよろしく。下で待ってるからねぇ」


 嵐のように駆け抜けていくクリスに、ミリカは呆気に取られた様子でも駆け下りていく背後を眺めていた。


「元気な方ですね……」

「いい歳して恥ずかしい奴だよ。けど、尊敬出来る」


 カイトはミリカに向き直り、手を差し伸べる。


「カイト・ローレンス。これからよろしくな」


 ミリカもカイトに向き直ると、綺麗な笑みを浮かべる。


「存じ上げています。ミリカ・ハイラントです。よろしくお願いします、カイトさん」


 そう言い、カイトの手を握り締める。

 彼女の手から温もりが伝わってくる。

 ミストではなく、ミリでもない彼女が目の前にいる。今までの記憶が失われても、あの時と変わらない意思を持っていた。会わないと決めても、こうして関係を紡いでいくことになるなら仕方がない。彼女の為に、出来る限りの事をしよう。


「クリスはめんどくさいぞ。覚悟しとけよ?」

「私の先生になる人です。そんな事気にしませんよ」

「よく言うじゃねぇか」


 カイトは笑う。

 還し屋として肩を並べて仕事が出来るのが待ち遠しく思った。


「早く来なさいってばぁ! 置いてくよぉ!?」


クリスの不満げな声が下から聞こえてくる。


「……ったく、行くか、ミリカ」

「はい! カイトさん」


 カイトとミリカはドアの鍵を閉め、階段を駆け下りる。


 一人の少女から始まった出来事がまさか、こんなことになるとは夢にも思わなかった。だが、そのおかげで今まで気づけなかったことに気づく事が出来た。

 大切な人に死してもなお、愛してくれていた事。人のために祈る事。

 これからも還し屋として、この世に留まる者達をかえしていく。一人でも多く、次の人生を。幸せの道を歩んでいけるように。


 それが、還し屋だ。


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