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淡く光る君へ  作者: 若城
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34話 後悔

 クリス達の事務所から少し離れたところにある小さな公園にて、ミリはブランコに腰がけて深いため息を吐いた。

 思い出したかった記憶を取り戻せた時、喜びと同時に恐怖と怒りも胸の内から湧き上がってきた。ミリやカイトの前では平静を装う事が出来たが、本当はその場に座り込んで叫びたかった。

 父は刑務所の中にいるが、出所してしまったら再びあの地獄のような毎日が待っている。カイト達なら手を差し伸べてくれるのだろうが、彼らに迷惑をかけたくない。

 元の体に戻ったら、一刻も早く自立しなければならない。


『私って……何をしたら……』


 そう嘆いている中、何者かが公園内に入ってくるのが見えた。

 目を凝らして、その人物を確認する。

 ニールだ。


『ニールさん?』

「ここに来るのは久しぶりだなぁ。近くにあるほど、行かなくなるね」


 ニールは懐かしげに呟き、周辺を見渡した後、ミリの座っているブランコの隣となるブランコに腰がける。


「これも懐かしいな。あれから二〇年以上か。感慨深いよ、ほんとに」


 ひとりごとにしては、妙に饒舌だ。カイトやクリスと話すのと同等の口数なのもあり、本当に喋るのが好きなのだろう。


「カイトくんもミストの事で躍起になってるみたいだし、クリスには歳上として色々サポートしてあげるべきだな。僕はそこらへんの知識はないから見てるだけだけど」


 それにしても喋りすぎだ。

 側から見れば、目に見えない誰かに語りかけている不審者にも取れてしまう程だ。悪い人ではないのは分かるが、少し怖くなってきた。


『独特な人に好かれましたね、クリスさん……』


 クリスは異性なら誰もが美人と口を揃える。それでいて、鼻にかける事もないし誰とでも仲良くなってしまう。知識に関しても還し屋関連はもちろん、知らないものはないのではないかと思ってしまうほどに、彼女が疑問に唸る姿を見なかった。

 それなのに、二十代半ばという若さ。自分よりも幾つか上なだけなのに、それ以上の魅力を持ち合わせている。

 自分が彼女の歳になっても、到底なれるとは思えない。

 還し屋になるとすれば、彼女の下で学びたい。

 唯一の欠点とすれば、少し子供っぽいところが時折見せるところだろうか。普段は大人の女性なのだが、カイトに対してのみ、その節がある。気心を知れている、と言えばそれまでだが、それだけ取れば彼女には、少し落ち着いた男性がお似合いなのかもしれない。


『少なくとも、この人ではないですね……』

「それに対してもサポートも必要だし、僕が適任だと思う――」


 ニールはさも当然のように、じろりと隣に座るミリに向け、


「君もそう思わないかい?」


 笑みを浮かべさせた。

 思いもよらない出来事に、ミリは言葉を失う。そして、数秒遅れて大きく体を震わせた。

 何故、彼がこちらを視認する事が出来る。ミストを視る事が出来るのは、還し屋としての眼の施術を行った者だけだ。


『どう……して……?』


 クリス達に言っていないだけで、ニールも還し屋と一瞬思ったが、還し屋に関する知識が少ないと先程、彼の口から出ている。

先天性的にミストを視る事が出来る体質、というのがあるとは思えない。

 答えの見つからない思考を巡らせていると、困惑するミリに対して笑うニールが、自分の目元をなぞる。


「単純に僕にもやってあるんだよ」


 隠すようなこともせず、言ってのける。


『でも……それは還し屋の資格を得た人にしか……』

「そうだね。確かに、僕は還し屋じゃないし、なれる程の力量もない。この施術も、資格のない人にするのは重罰ものだし、したがる人なんて皆無だろうね」


 ニールは少し困った様子で顎を撫でる。


「それでも施術する人の一人に結構歳いった人が居てね。頼んでみた訳さ。まぁ、当然断られた。けど、残りの人生を買ってやると言えば、手の平を返してくれんだよね」

『どうしてそこまで……?』

「どうして?」


 彼は笑みを浮かべる。


「決まってるじゃないか。君たち、ミストを知る為さ。その為なら、僕は何でもするよ?」


 あいつはミストの正体を知る為に殺人を犯したじゃないか。そんな事をしても、いずれは何処かで綻びが出て捕まってしまう。そんなリスクある事なんてしない」


 空を仰ぎ、両手を広げる。


「リスクを負い、ミストの全てを知る前に捕まっては意味がない。だから、僕は還し屋の資金提供者になった。そして、クリスと出会った。独立願望があった彼女のパトロンになれば、ミストについて教えてくれると踏んだけど、思ったより口が固くてね。全く教えてくれなかったよ。若いし、そのあたりは杜撰だと思ったんだけどねぇ……」

『クリスさんはそんな人じゃありません。それに、教えてくれなかったのなら、どうして今も関係を持っているんですか? 目的が叶わないなら、手を切ればいいのに』


 手を切ったとして、次の還し屋がミストについて教えてくれるとは限らない。それ以前に、ミストが人間であると知らずに職務に付く者も居るのだと、クリスは言っていた。もし、そのような還し屋に当たれば、無駄足に過ぎない。


「そうすれば、確かに楽だった。けど、一つ問題があってね。……単純に、クリスの事を好いていたからさ」


 ニールはクリスの顔を思い出しているのか、目を細めさせる。


「僕が描く女性像にもっとも近い存在だったからね。それを教えてくれないからさよならなんて出来ない。多少の損なんて何とも思わない」


 それに、と続け。


「恋人や夫婦になれば、正体にも近づける」


 その言葉に、ミリは思わず目を逸らす。

 恋心の中に、黒いものが見えた。目的の為なら、己の恋心をも活用しようとする執念が、恐ろしく思えたからだ。


『…そもそも、ミストの正体が私達人間というのを知っていた確証もないじゃないですか。クリスさんも知らなければ、正体に近づくことなんて――』

「確証はあったよ」

『え』

「ある時、クリスの顔が妙に暗かった時期があった。それに、人気のないところでぶつぶつ独り言を喋っているのを何度か見かけた事あったし、そんな話を聞いた。ストレスでそうなったと何人か言っていたけど、誰かと話しているように見えた。今思えば、一緒に居たのはミストだったんだね」


 常日頃からクリスを観察していたような口振りに、ミリは嫌悪感を抱く。

 独立する前にはミストの正体を知っていたからこそ、自分を目の当たりにしても大した反応を示さなかったのか。そして、どのような対処をするべきなのかも理解している。

だが、自分は何処かで生きている。それだけが、彼女にとって大きな誤算なのだろう。だからこそ、何処かに存在する体を探し出さなければならないのだ。


「しっかし、クリスの世話焼きには呆れるよ。世話になったからっていうだけで、会った事もない子の身元引受け人になるなんてさ」


 突然立ち上がり、自分が座っていたブランコを力任せに蹴り上げる。


「独立の援助までして、漸く軌道に乗ろうかとしていた時に……僕に相談もなくカイトを連れてきた。あそこは孤児院じゃないんだぞ……」


 カイトに対する敬称も失せ、苛だたしげに吐き捨てる。


「僕とクリスの事務所だ。それでいて、城だ。何が還し屋にするだ……何が私の家族だ……」

『愛の巣、ですか? 恋人同士でもないのに、その発言はありえませんよ?』


 記憶が戻った事で、荒れた人生の中に眠っていた感情が徐々に溢れてくる。自分が自分ではないような、妙な気持ち悪さがあった。

戻る前なら、その単語は憧れるものだったかもしれない。だが、今では手に届きそうにない未知なるものでしかない。

 幸せに対して、悲観的なのだと感じた。


「邪魔なんだよ……僕の計画には……」

『カイトさんはいい人です! 口はそんなに良くないですけど、私に優しくしてくれます』

「女の君からあいつをどう見えるかなんて知ったこっちゃないよ。それに、今まで優しくされてこなかった奴のその『優しさ』っていうレベルは低いもんだね?」

『それってどういう――』

「誰からも愛されず、飢えているからあいつに固執しているんじゃないのかい? ミリカ・ハイラント?」

『ど、どうして私の名前を……?』


 自分の名前を思い出したのは、ほんの先日。カイトやセレカティアも名前を知ったのも同じ頃だ。誰かが話していたという事もない。その場にニールは居なかった。

 盗み聞きか。いや、それもありえない。ミスト関連の話をする時、関係のない者が居ないか入念に確認した上でしていた。


「質問が多いね。これだから学のない子共は困るんだ。知っていたからに決まってるじゃないか。君がカイトと会う前から」


 ニールは吐き捨てる。


「それに、やっとカイトを始末出来ると思ってたのに、君やクリスが邪魔に入るから…こんなことになった。つくづく手間を掛けさせるね、君達は」


 自分やクリスが邪魔に入った出来事となれば、一つしか思い浮かばない。

 黒ずくめの者達と怒り狂ったミストによる襲撃。


『まさか、あれって――』


 事の元凶が目の前に居た。今までの事を近くで見て、タイミングを図っていたというのか。カイト達との会話を眺めていた時も、彼は常にこちらの存在を認識し、捕まえる時を窺っていた。

 ミリは立ち上がり、彼から距離を取る。

 彼と一緒に居てはいけない。一刻も早く、この事をカイト達に知らせなければならない。自分達の敵がすぐそばに居たのだ。


「クリスのとこに行くのかい? それもそうか。信じられる人間が実は敵でしたなんて、面白い展開だ」

『当たり前です。クリスさんとカイトさんに言って、あなたを捕まえてもらいます!』

「行ったとして、信じてくれるかな? いくら優しくしてくれたと言っても、所詮は一ヶ月も満たない奴の事を信じてもらえるなんて思ってるのかい?」


 それに、と続ける。


「君がカイトに助けもらえる資格なんてないのに」

『意味がわかりません! 私はカイトを助けられるし、助けてくれます!』

「ふーん? じゃあ、君はカイトとあのお嬢さんが倒れたのは何故なのか知ってるのかい?」


 笑みを浮かべて問いかけてくるニールに苛立ちを覚えながら、ミリは答える。


『二人は喧嘩して、その拍子に頭をぶつけて――』

「そんなことで木を失う程の衝撃があの部屋で起こると思ってるのかい? それに加え、物の散乱」

『それくらい凄まじかったって事じゃないですか!』

「それだけで成立するものじゃないよ。」


 ニールは数回舌を鳴らし、


「結論を言おう」

 片目を見開かせると、不気味な笑みを浮かべた。

「彼らをそうさせたのは君だよ。ミリカくん」

『え……あ……?』


 そんな筈はない。二人は口を揃えて頭をぶつけたと言っていた。一人だけならともかく、当事者二人が言っていれば、それは事実ではないか。それを何故、無理矢理覆すような発言するのだ。


『お二人は、頭を……』

「それをちゃんと見ていなかったのかい? そばに居たのに。なんでだい?」

『それは……』


 何故だ。思い出せない。確かに自分はカイトとセレカティアと事務所に居た。そして、記憶を取り戻すと彼女が宣言し――。


『――――っ』


 そこから記憶が曖昧だ。

 ミリは頭を押さえ、顰めさせる。

 薄っすらと浮かぶのは慌てた様子で駆け寄ってくるクリスの姿。その後ろで眺めているニール。

 クリスが自分に向けて何かしている。


『あ……っ! そ、んな……っ!』


 繋がってしまった。

 意識がはっきりした時に、既にカイト達は倒れていた。記憶を呼び起こす催眠療法で寝てしまったのではなく、意識を自分でコントロール出来ていなかったから。

 父親に対する感情が二人に危害を加えてしまった、という事実がミリに襲いかかる。

 埋められた記憶に凄まじい頭痛を起こし、ミリはブランコから落ちる。

 頭を鈍器で殴られるような酷い痛みに呻いていると、頭上からニールの声が降ってきた。


「恩を仇で返すような事をして覚えていませんじゃ、カイト達も怒ってるだろうね。表向きでは平静を装っていても、内心は警戒している筈だ」

『あ……くっ……私は……なんて、事を……っ!』


 今思えば、カイトに記憶の事を話題に挙げると無理矢理別の話題へと変えようしていた。それは、記憶を取り戻す行為が再び、危害を及ぶ事を恐れての事だったのだろう。

 彼は怒りを、恐怖を覚えたのか。救いの手を差し伸べたのに攻撃され、幻滅したのか。関わりたくないと思ったのか。


『ふっ……うっ……うぅぅ……っ』


 申し訳なさと情けなさで涙が留まることなく溢れてくる。

 落ちる涙は地面濡らす事なく、ミリの顎から滴り落ちるなり消えていく。


「あぁあぁ、泣いているのかい? それもそうだよねぇ。君のせいで彼らは傷付いた。そう、君のせいで」


 けど、と彼は続ける。


「事の発端は、一体誰なんだろうね? 君の父親だよね?」


 その言葉に、ミリは静かに彼を見上げる。

「そうだろ? 君の父親が君や母親に暴力を振るわなければ、こんな事にはならなかった。父親さえ居なければ、君は心置きなく還し屋になる夢を追う事も出来た。そうだろ?」


 そうだ。元を言えば、全て父親が自分に進みたい道を悉く踏みにじってきた。学校行きたくても、十分に通えず、学力を身に付ける事が叶わなかった。働きに出て、勉学勤しむ同い年くらいの男女を羨望の眼差しで見つめる日々。稼いだ金も父親の酒代などで消えていき、太っていく彼に、痩せていく自分の身体。働き先の花屋の店長からは、何かと気をかけてくれ、食事に誘ってくれた事はあった。しかし、決まった時間に帰ってきていたのが災いし、遅れて帰ってしまえば容赦のない暴力を受けてしまう。そのため、食事を頂くのは昼食時のみだった。それも当然、頻繁ではなく稀に程度で、己の空腹を誤魔化すには途轍もない工夫が必要だった。

 還し屋になる夢を見つけても、彼は邪魔をし、挙げ句の果てには階段から突き落とされた。

 何処までも自分が歩む道を妨げ、谷の底へと引きずり込もうとする。

 鬱陶しい。消えてほしい。

 ふつふつと湧き上がってくる感情が顔に出ていたのか、ニールは笑みを最大にまで引き上げ、ジャケットの内ポケットから何かを取り出す。


「君には復讐出来る力持っているんだよ。だからさ――」


 黒い正方形の箱をミリの目の前に持っていく。


「僕に身を委ねなよ」


 それは、あの黒ずくめの三人が持っていた物と同じ形状をしていた。

 ミストを閉じ込め、負の感情を増幅させてしまう失敗作。

 本来ならば、ニールから逃げるべきなのだろう。だが、どうしたわけか、逃げたいという思考すら頭に到達しない。

逃げたところで、自分の何が変わるのだろう。

 カイトの下に駆け込んでも、煙たがれる。クリスもセレカティアもそうだ。同じ反応をされる。

 どうやっても、一人なのか。


『……私は――』


 ミリは霞む視界と絶望から逃げるように目を閉じ、


『どうしたら幸せになれるの?』


 嗚咽を漏らした。


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