第9話「一途」
「シャワー先にありがと。クロムも浴びてきて?」
そう言ってクロムの側に寄ると、クロムはオレをじっと見つめた。ドキ、と胸が震えて固まっていると、そっと頬に触れられた。
「クロム……?」
首を傾げた瞬間、はっとした顔をして、クロムがオレから手を離した。
「オレも浴びてくる。待ってて」
「あ、うん」
「何か飲んでるといいよ」
「うん。ありがと」
優しい声に、自然と顔が綻ぶ。すると、クロムはふっとオレを見つめて、それから、行ってくる、とバスルームに消えていった。
なんか変だけど……緊張してるのかな、クロムも。――オレと一緒かな。
お水を飲んで、窓から外を眺めた後、ソファに腰かけた。
昨日から起きたこと、ぼーっと思い返していると、しばらくしてクロムが出てきた。
同じローブなんだけど……なんだか壮絶に色っぽく見える。かっこよすぎるかも。
オレ、こんな人と、ほんとに結婚するの……?? 謎すぎる。
そう思いながら、「おかえり」とだけ何とか口に出した。「ん」と微笑んだクロムは、自分の荷物から何かを取り出すと、オレの隣に腰かけた。
「リン」
「……なに?」
目の前で開かれる、小さな箱に入っていたのは。
「指輪?」
「うん――オレの母さんの国ではね。結婚する二人が、お揃いで指輪を付けるんだって」
「そうなの?」
「左手の薬指が、愛情が宿る心臓と繋がってるって考えられてたんだって。オレ、その話を母さんに聞いてから、ずっと……」
「うん」
「……ずっと、リンとお揃いにしたいって思ってて」
ためらいがちに言われた言葉に、そうなんだ、と答えかけて、ふと止まる。
クロムのお母さんが亡くなったのって、すごく子供の頃で……??
「え、いつから?」
「五歳くらいかな。オレ、その頃からリンが好きだったから……」
思わず、目を大きくして、クロムを見上げてしまう。
なんだかちょっときまりが悪そうなこの感じって……え、本気??
「というか、会った時に可愛いって思ったの、すごく覚えてるんだよ」
えっと? 会ったときって。
……三歳くらいじゃなかったっけ? オレ、全然覚えてないけど。
「ひかれるかと思って、言ってなかったんだけど……」
「ひかないけど……記憶力すごいなって思ってる」
ついクスクス笑ってしまいながら言うと、クロムはホッとしたように微笑んだ。
目の前に差し出されている銀色の指輪は、とても綺麗な細工が施されていた。
サイズが大きめの方には琥珀色の石、ちいさめの方には濃い青の石が埋め込まれている。
これって、オレたちの瞳と同じ色かな。
「えと……左手……?」
左手を少しあげて、薬指を見たオレの手を取って、クロムが「つけてもいい?」と聞いてきた。
「……クロム?」
「うん?」
「――ほんとに……オレでいいの?」
「違う――オレは、リンが、いいんだよ」
即答してくれた言葉に、オレは少し唇を噛んだ。泣きそうで。
そんなオレを見つめてから、クロムは、オレの指に、指輪をはめた。青の石がキラキラして見える。
「ぴったりなの、どうして?」
「これくらいかなぁって……あってたね」
「うん。すごい…………クロム、これって、いつ買ったの?」
どう見ても、特注な気がする。こんな石と飾りの入ったサイズぴったりの指輪、なんて。
「だから……告白しにこようって思ってたって言ったよね?」
「……プロポーズ、するつもりだったの?」
「そう。ずっと考えてて――ちょうど指輪ができた時だったんだよ」
「――」
オレ、クロムの気持ちがここまでなんて、本当に知らなかったんだなと思い知るような……。
まだ夢みたいだけど。
「こっちは、クロムのだよね?」
「そう。つけてくれる?」
「うん」
頷いて手を伸ばすけど。なんだか手が震えそうで、いちど手をこすり合わせた。
「……緊張する」
「はは……可愛いな、リン」
「……っ」
……なんだか、もう、可愛いって何回言うんだろ。
「クロム、ほんとに王都で可愛いって言いなれてきたんじゃ……?」
思わず聞くと、クロムは、心外だなと言った顔でオレを見つめる。
「だからないってば」
「誰かとつきあったことはある、でしょ?」
「無いよ? ――オレ、ほんとにリンに一途だったからね」
あるわけないでしょ、みたいな言い方に、ただただクロムを見つめてしまう。
「――なんか、クロムに婚約者がいる、とかいう噂もあったんだけど……」
「噂だけなら、いろいろあったみたいだよ。でも、いっこも真実じゃなかったし、興味ないから詳しくは知らないけど」
「――――」
オレ、結構その噂に、実はかなり落ち込んでいたのだけれど。
「ほんとに、噂だけなの……?」
「なんというか……噂立てて、周りを牽制しようとしたり、オレの周りって、そういうのが多くてさ。なんでだろうね」
「んー。それは、どうあっても、クロムとそうなりたかったんじゃないかとしか、思えないんだけど」
「オレは、そういう練った作戦で近づいてくる人とか、ほんと無理だから――そういうとこでも、オレはリンが大好きでさ……」
「――オレの、何が?」
「素直でしょ。分かりやすくてさ、うそつけなくて。優しくて、涙もろくて。人の痛みに敏感で――ずっと好きでしょうがなかった」
そんな風に言ってくれるクロムにちょっと感動……。もう、オレ。
……本当に、クロムのこと、好きでいていいのかも、って、思った。
「……オレね、クロム」
「うん……?」
「クロムのこと、好きになっちゃいけないと思ってた。ただの友達で……ただ、家が近くて、それだけって、自分に言い聞かせてたというか」
ちょっと困った顔で、クロムがオレを見つめる。
「王都に誘ってくれた時も、ほんとは、βでもついていきたいって思ってた。でも、絶対無いって思っちゃって」
「うん……」
「――二年間……婚約者がいるみたいって聞いた時も、おめでとうって思おうとしてたけど、すごい、落ち込んだし」
「うん」
「……ずっと、会いたかった」
そう言えた瞬間、じわ、と涙が滲んだ。困ったように少しだけ笑って、クロムがオレの頭を撫でた。
「――リン、これ。オレにはめて」
クロムは、ふ、と微笑みながら、ケースから指輪を引き抜いて、オレの手の上にそっと指輪を置いてくれた。オレは、そっと指輪を手に取った。……本当に、緊張する。
クロムの左手をとって、左手の薬指に、そっと指輪を通した。
その瞬間。
ぎゅ、と抱き締められた。
「リン……」
頬に触れる手が熱い。それにつられるみたいに、顔が熱を持つ。
至近距離で見つめ合って――ゆっくり、近づいてきた、クロムの唇が、オレの唇に触れた。
心臓が、壊れる。
そう思ったけど。
優しいキスが、何度も何度も、繰り返されて。
ただ、クロムに任せている内に、急に息が荒くなって、体が熱くなっていく。
ヒート、かも……。どうしよう。
焦ってクロムを見つめると――クロムはまっすぐにオレを見つめてて。
「大丈夫。任せて」
「……ん」
クロムの息も、熱い。
唇が触れて――嬉しくて滲む涙に、オレは、目を伏せた。
そのまま、クロムに身を任せた。