第3話「いまさら、Ωなんて」
ずっと元気が取り柄で仕事してたのに、なんだかぼんやりするし、熱っぽいし。
なんだか息があがったり――そんなある日、倒れてしまった。
医者にいろいろ見て貰った結果。
びっくりな事実が告げられた。
βだと言われていた第二次性。ただ特徴の発現が遅かっただけで、本当はΩだった、という事実だった。
この具合の悪さも、ヒートの始まりなのだと言われた。
何とか、家に帰り着いて、父さんと母さんにそれを伝えた。驚いていたけど。とりあえず、寝させて、と部屋にこもった。
両手足を投げ出してベッドに寝転がって、天井の明かりを、ぼんやりと見つめる。
――Ωって、いまさら……?
クロムが居たとき、オレがΩだったら、あの手を取れたんだろうか、と思ったことはある、けど。
でも、それでも……クロムみたいなアルファとじゃ、釣り合わない、とも思った。
それにもう、あれから二年も経ってる。
クロムの周りにはきっと、素敵な人がたくさんいるだろうし。婚約、とかの話も出てるらしいし。
あの時でも無理だと思ったんだから、ほんと、どうしようもない。
「Ω、かぁ……」
医者が言うには、もともとΩだったってことらしい。
そんな要素、全くなかったのになぁ……。
ていうか。
寝転がっていたベッドで、がば、と起き上がる。
「仕事……」
仕事は、どうなるんだろう。
これから、仕入れも担当させてもらえて、色んな街や国に行って、掘り出し物とか探してこようと思ってたのに。
王都に行けたら、クロムにも会えるかもと思っていたのに。
頑張ればこのまま、仕事もできるだろうか。
いろいろ考えていたけれど、はぁ、と大きなため息とともに、もう一度ベッドに倒れた。
――Ωじゃ、仕入れ担当なんてやっぱり無理だと思う。
いつ発情期がくるかもわからない。
特にオレは、しばらく様子を見ないと、自分の発情の周期、どれくらいの発情になるかは、人それぞれだから、分からない。
全部これからだ。
……って、そうだ。
店長に連絡しないと。
オレは部屋を出て、父さんと母さんが居る部屋に戻った。ちょっと深刻そうな雰囲気で話していた二人は、オレが部屋のドアを開けると、ぱっと笑顔に切り替えた。
「何か食べる?」
母さんの言葉に、ううん、と首を振って、「店長に電話するね」と伝えた。
「ああ、そうだね……席、外してようか?」
父さんが言うけど、オレはそれを「大丈夫」と断って、そのまま店に電話を掛けた。二人が居るところで、店長に説明をした。
Ωだったということに、店長は驚いて、そんなことあるんだなぁ、と繰り返していた。
仕事については、またこれから考えようって。とりあえず今のヒートが落ち着くまでは、家で休むように、言ってくれた。
今までもβみたいに過ごしてきたし、そんなにひどくなくてヒートの管理ができるなら、仕入れの仕事も出来るかもしれないし、と、店長は前向きなことを言ってくれる。
しばらく話して、電話を切った。
なんとなく店長の声も聞こえていたらしい父さんと母さんは、オレが電話を切って振り返ると、なんだかうんうんと頷きながら、オレを見つめた。
「とりあえずこのヒートが収まるまではゆっくりしましょ」
「うん。そだね。ごめんね、おどろかせちゃって……」
オレがそう言うと、二人はにっこり笑って、首を振った。
「発情の周期が分かれば、対処も出来るし、また仕事も出来るだろうから」
父さんの言葉に、うん、と頷く。
確かに。昔よりはいい薬もあるらしいし、薬がちゃんと効けば、働けるかも。店長もそう言ってくれてたことで、少し救われた。
「αと番になれば、発情ももっと楽に管理できるから、ゆっくり相手を探してもいいかもしれないね」
と母さんが微笑む。
「まだまだ父さんたちも、一人息子の面倒くらい見れるから、心配するな」
父さんもそう言って、笑ってくれる。
「ありがと。……ごめん、ちょっと、さっき飲んだ薬で眠くて……寝てくるね」
「美味しいもの、買ってくるから。起きたら食べようね」
「ありがと」
笑顔でお礼を言ってから、オレは、部屋に入った。ドアを閉めて、そのままよりかかる。
父母も、店長も、優しいしあったかい。すごく感謝しながらも――気分は落ち込む。
せっかく楽しい仕事で頑張ってきて、これからまた新たな仕事が出来る筈だったのに。
やっぱり、落ち着くまでは、休んだ方がいいって。
でもそうだよね。
店で発情期が始まったらとんでもないし、そんな奴は、無理だよね。それはそうだ。
それに――。
αと番になったら、かぁ……。
番。
――番になりたいなんて、もしも、願っていいなら。
その相手は、たった一人なんだけど。
ベッドの上に寝転がって、仰向けになって、手で目を覆った。
クロム――。
オレ、Ωだったんだって。
クロムに言ったら、何て言うかなぁ。
いまさら、そんなこと言っても、もうクロムには、関係ないのは分かってるけど。
電話でも、手紙でも。連絡を取ろうと思えばすぐ出来るのに。
クロムから、一度も何も、来なかった。
オレは、誘いを断ってしまったから、自分からは出来なくて。
クロムから来たら、オレからもしよう、なんて思っていたら、毎日はどんどん流れていって。
すっかり、音信不通になってしまった。
一人、泣きたい気分になる。
クロム。
元気にしてるかな。
……って、元気だろうけど。
すごく働いて、みんなの人気者で。
婚約者の話がほんとなら……その人は、Ωで番なのかな。
……オレのこと、もう、忘れちゃった、のかなぁ。
じわ、と涙が滲む。
ずっと、なるべく、泣かないように、笑顔でやってきたのに。
Ωになると、心も弱くなったりするのかな。
毛布を抱き締めるようにして、目を伏せた。
──うとうとし出して、意識がゆっくり溶けていく。