第2話「変化の兆し」
学校を卒業する少し前。王都に働きに行きたいと改めてクロムが言った。
前から聞いていたから、やっぱりそうなんだ、と思った時。
リンも一緒に行かないか、って言ってくれた。
嬉しかった。すごく。
でも。オレには――断る選択肢しかなかった。
クロムの家に行って、オレは、こう言った。
クロムのことは好きだけど、クロムはαだから。友達としてでも、一緒に居るのは大変だと思う。
クロムの周りにはαやΩが集まるし、その内、Ωと番になって生きてくだろうし。
その隣には、居られない。
誘ってくれて、ほんとに嬉しかったけど……ごめんね、無理だと思う。
そういうようなことを、一生懸命伝えたら、クロムは、それ以上は誘うことはなく、分かった、と頷いた。今まで見たこともないくらい、悲しそうな顔をさせてしまって、胸がぎゅっと痛んだけど。
それでも、どうしようもなかった。
きっと、オレの言ったことは、クロムも、分かってたんだと思う。
多分、誰だってそう思う。αはそれだけ、特別な存在なんだってことも、みんな、知ってる。
その中でも、クロムはかなり、もっと特別な人になりそうだって、クロムを知る人は、皆思ってたと思う。
それなのに、誘ってくれたことは、本当に嬉しかったし。
それだけでも、ありがたいと思わなきゃ、と思っていた。
学校を卒業して、王都に行く日。クロムが、訪ねてきた。
可愛い袋に入った、甘い甘いお菓子を手渡された。「何でこれ?」と聞いたら。
「これ、リンが昔くれたお菓子だから。母さんが死んじゃった夜、持ってきてくれた。覚えてない?」
「覚えてる。だから、何でこれなのかなって……」
「オレにとって……特別なお菓子だったから」
クロムの声が震えた気がした。
頭一つ高いその顔を見上げようとした瞬間、引き寄せられて抱き締められた。
「リンが、元気で幸せなこと、ずっと祈ってる」
そんな言葉を残して、クロムは、顔も見せてくれずに、部屋を出て行った。
胸が痛すぎて。ずっと泣きながら、オレは、その甘いお菓子を、食べた。
あれから二年。どうやらクロムは、王都の「交易士」になったらしい。文化や物資を繋いだり、物流の要をつくる仕事だ。
柔軟で、頭の回転が速く、会話のスキルも必要。雑多な知識も必要だし、何よりも信頼できると思わせないと、出来ない仕事だ。
それを選んだことを、クロムのお父さんから聞いた時は、クロムにぴったりだと思った。
クロムには会えてない。連絡も、していない。
この先も、なかなか会えそうにはないけど――王都で頑張ってるんだろうなって、誇らしくもあった。
たまに王都に行って帰ってきた奴らの噂で、すごくモテてることとか、見合いとか婚約とかの噂も回ってくる。クロムのことには、まだ皆も興味があって、聞きたくなくても、情報は、入ってくる。
……モテてるんだろうなぁ。って、当たり前か。
あんな人が近くに居たら、みんな、頑張るよね。
……何でオレに、一緒に行きたいなんて言ってくれたんだろ。……今でも、不思議。
幼馴染として仲良かったかもしれないけど……。
今でもあれは、人生で、一番嬉しかった出来事だったと思う。
同時に、断るしか無くて、切ない出来事でも、あったけど。
オレは、王都には出ず、地元の街で一番大きな、雑貨屋の店員になった。
商品の管理や、接客がメインの仕事。商品の知識を頭に叩き込んで、お客さんとおしゃべりするのが楽しい。
掘り出し物を見つけた時のお客さんのワクワクした顔が好き。
店長が信頼してくれて、これからは、仕入れもやってみないかと言ってくれた。
王都にも行くことがあるから、もしかして、クロムの顔くらい、見れるかも。
連絡してみてもいいかな。顔、見れるかな。そんなことを、思っていた矢先だった。
なんだか体調が悪い日が、何日かつづいた 。