自称陰キャの清楚系女子がヤリ◯ンだった
高校二年になった僕に一つの楽しみができた。
「真守くん、お疲れ様です」
「あ、古川さん。お疲れ」
今までの人生は、良くも悪くも何もない穏やかすぎて刺激のないものだった。優しい家族、少ない男友達。彼女はいたことない……というより女友達もいたことがない。
そんな僕のささやかな楽しみは、文芸部に新しく入部した一年の古川優奈さんと話せる時間だった。
「今日も真守くんだけだね」
「あはは……そうだね。幽霊部員の巣窟だからね」
学校の決まりで全生徒は部活に所属することになっている。その抜け道として管理の杜撰な文芸部は幽霊部員ばかりで、基本的に僕と古川さんしか活動していない。でも僕にとってはこれ以上ない都合の良い事だった。
古川さんは困り眉を作りながら微笑むと、僕の真正面の椅子に座った。数ある椅子の中から敢えて僕の前を選んでくれる。決して彼女に特別な思いはないと分かってはいるけど許されている感じがした。
古川さんは黒髪のショートボブで、小動物感のある大人しそうな人だ。眉の形は細長くて綺麗だし、目は大きくて小顔でとても可愛らしい女子だ。僕はそんな彼女に密かな思いを抱いていた。
僕以外にもそんな男子はいるだろう。そう思って僕は古川さんに遠回しにモテそうみたいな事を言ったことがある。だが彼女曰く「私、陰キャだしイケメンは苦手なんだ」とのこと。僕はそんな彼女に親近感のようなものを覚えていた。
もっと彼女のことを知りたい。自分との共通点を探りたい。そう思っていた。
「真守くん、指長いよね」
「え? そうかな。初めて言われた」
「そうなの? いつも思ってたよ。触ってみたいなって」
「い、いや……そんな」
分かっている。多分軽い気持ちでというかリップサービスで言ってるって。ただ僕には「触ってみる?」だなんて冗談を言える勇気がなかったし、そういう事を言うのがダサいみたいな、変な逆張り精神が邪魔をしていた。
チラッと上目遣いで古川さんを見ると、彼女は困り眉を作って顎を引く。自然となる上目遣いを見て、僕は可愛いなと思ってしまい一人でドキドキしていた。この瞬間が幸せだった。
「ちょっとトイレ行ってきますね」
古川さんはそう言うと部室を出いった。変に見つめすぎただろうか。気持ち悪がられてなきゃ良いのだけど……。先程のまでの幸福感は、反転したかのように焦りと不安に変わる。
僕は古川さんの清楚な感じというかピュアそうな感じが好きだ。本当はもっと彼女と仲良くなりたいと思っている。ただ古川さんがどういう人が好きなのかも分からないし、それを探る術を僕は知らない。
古川さんが部室を出て行ってから結構な時間が経っていた。考えるのは失礼だけどお腹痛いのかななんて思っていた。そんな時だった。部室の扉が開いた。そこに立っていた古川さんの顔は違和感のあるものだった。
どこか艶やかというかなんか脱力したような感じというか、それは僕の脳内では形容し難いものだった。
「お、おかえり」
「ただいま」
古川さんは椅子に座るとスマホを取り出して何やら文字を打ち始めた。僕はそれが気にはなるけど気にしないフリをしながら部活動をしていた。
「あ、あの……古川さんは男子のどういうところが好き……とかある? いや、小説の参考にしたいというか」
我ながら情けない探りの入れ方だ。心臓が早鐘を打ち呼吸が乱れそうになる。
古川さんはスマホを机の上に置くと、両手で顔の下半分を隠しながら恥ずかしそうにする。
「私のしたい事にとことん付き合ってくれる人が好きかも」
何度も瞬きをして、たまに僕から目を逸らしながら彼女はそう答えた。僕も恥ずかしくなって思わず目を逸らす。その時、彼女のスマホ画面が目に入った。
画面上部からフェードインするラインの通知。その内容は「俺も早くやりたい」というものだった。
何をだろうと思いながらも、なんだか胸がざわつき始める。
「そ、そうなんだ。したい事って買い物とか? そのウィンドウショッピングみたいな?」
「んー、ちょっと違うけど似た感じ」
「そっか。ありがとう。参考にするね」
本当はもっと深掘りしたいし、都合よく彼女の理想に無理矢理合わせにいきたかったけどできなかった。
「真守くんはどう人が好きなの?」
「え? 俺?」
そう聞き返すと古川さんは小さく頷く。その表情は恥ずかしそうな感じで、僕にもそれが伝わってきて緊張感が高まる。
「僕は……その……清楚な感じで優しくて笑顔が可愛い人とかが……良いなって」
顔が燃え上がりそうなくらい熱い気がした。古川さんの顔が見れなくて目の前のタブレット端末に視線を落とす。
「そうなんだ。私、当てはまるかな?」
心臓が跳ね上がる。視線を少し上げると照れているような感じの古川さんが微笑んでいた。
僕はその言葉をどう受け取れば良いか戸惑っていた。何度否定しようとしても都合よく受け取りたい自分が出てくる。
また古川さんのスマホにラインの通知が来た。画面ロックが解除されっぱなしなので送り主の名前が見える。先程とは違う人の名前。多分男の人だ。その内容は「優奈、急で悪いけどやりてえわ」と書いてあった。
鼓動が壊れそうなほど早くなる。さっきまでのこそばゆい感覚じゃない。分からないけど壊れてしまいそうなほど荒々しい感じだ。
俺の視線に気がついたのか、古川さんの視線がスマホに向いた。
「あ! ごめんなさい。真守くん、ちょっと急用で帰らないといけなくなりました」
「え……? あぁ、うん! 分かった! また明日ね」
「はい! また明日」
鞄に荷物を仕舞う古川さんの横顔を見ながら、僕は改めて思う。可愛いなって。ただそれと同時にモヤモヤとした掴み用がない不快感に襲われる。
「古川さん! 誰かと会うの?」
しなくて良い質問をしてしまった。ただどうしても聞きたくなってしまった。一瞬の沈黙が走ると、古川さんはお腹の前で指を絡めながら身体を少し揺らす。そして赤面しながら言った。
「セフレに会いに……」