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9. あなたの“見たいもの”



「え? 外に?」

「そうです! お医者様に聞きました。殿下が事故の際に負った身体の怪我はもう回復したそうですね?」

「……」


 私の言葉に殿下が黙り込む。

 少し強引すぎたかしら、と思いつつそれでも提案してみた。


「動けるようになったなら、身体を動かして外に出て陽の光を浴びるのもいいと思ったのですけど」

「……君は、ここに来たばかりの時もそう言ってこの部屋の窓のカーテンを開けさせなかったか?」

「だって、離宮全体が薄暗くてジメッとしていましたから。あれは衛生的にも環境的にも療養にもよくありません!」


 面接でこの部屋に入った時、かなり薄暗い部屋だと思った。

 なのでお世話係に採用されてすぐに私は、窓のカーテンを開けませんか? と、提案した。

「どうせ、見えないのだから関係ないじゃないか」

 そう言って投げやりな様子の殿下を私はなんとか説き伏せた。

 おかげで今、部屋は明るくなっている。


「──君はどうして…………」

「どうして?」

「……クリフが言っていた。この部屋に花を飾ったらどうかと提案したのも君だと」

「ええ、そうですわ。今朝も私が本宮に出向いて庭師さんからわけてもらいました!」


 部屋は薄暗いし、殺風景だし。

 華やかさが足りないわと思ってこれもまた提案させていただいた。


「……僕には見えないんだぞ? そんなことをしても無駄だと思わないのか?」

「無駄? どうしてですか?」

「え……?」


 私の否定の言葉に殿下の声が震える。


「庭師さんにお願いして、少々香りのあるお花を選んでもらっていますの」

「香り……?」

「確かに殿下の目にお花は見えていませんけど、でも香りは感じるでしょう?」


 食事の時に匂いが……と言っていた殿下だから、ちゃんと匂いは感じているはず。


「クリフさんや他の使用人の方に聞きました。本宮の殿下のお部屋にはいつも花が飾られていた、と」

「それは……」

「見えなくても“感じる”って大事だと思いますわ。私の部屋なんて───……あ、何でもありません……」


 私は慌てて口を噤む。

 子爵家での私の部屋なんて、机と硬いベッドしか置かれておらず、殺風景で窓もない物置のような部屋なんですよ?

 思わずそう口にしてしまいそうになった。

 言えるはずない───ジュリエッタは明るい陽射しのいい部屋で、毎晩ふかふかのベッドで眠っているのだから。


「私の部屋なんて?」

「……な、何でもありません! ですが、ここ……離宮に比べると我が家は狭いなぁと思っただけですわ!」


 とりあえずどうにか誤魔化した。

 不謹慎だけどこういう時、顔を見られないのは助かると思う。


「……一応、これでも王子様だからな」

「それ、自分で言います?」

「……うっ」


 私が突っ込むと殿下が恥ずかしそうに押し黙る。

 その様子がおかしくて私は笑いが堪えられなかった。


「ふふ」

「…………くっ、笑うな!」

「無理です……だって、ふふ、ふふふ」


 私はそのまま笑ってしまう。

 殿下は何か言いたそうな様子だったけれど何も言わなかった。


「……」


 そうして私の笑いが落ち着いた頃、殿下は少し不貞腐れた声でポソリと言った。


「…………外、行ってみても……いい」

「!」


 その言葉が嬉しくて、思わず笑顔がこぼれた。



────



「では、私に掴まって……そう、大丈夫ですか?」

「……」

「歩きにくくないですか? 痛いところは……」


 久しぶりにベッドから起き上がった殿下は怖々とした様子だった。

 それでもなんとか歩き出す。


(やっぱり見えないって不安……よね)


「……だ、大丈夫、だ!」


 言葉では強がっているけれど、どこか不安そうな殿下を私はそっと手引きした。




「……風が気持ちいいな」


 ゆっくりだけど、どうにか外まで出れた瞬間、殿下はそう呟いた。


「今日は雲一つない青空が広がっていて、とてもいい天気なんですよ?」

「青空……か」


 私がそう説明すると殿下は空を見上げた。


「……目が見えないと、言われないとそんなことも分からないんだな」

「仕方がないですよ」


 殿下は、見えていた頃の当たり前が当たり前でなくなったことを実感しているのだと思う。

 そんなことを思っていたら空を見上げたままの殿下が私に訊ねる。


「なぁ……君はこの一ヶ月、僕のそばにいながら一度も“手術を受けろ”とは言わない。なぜだ?」

「え?」

「お世話係──そうは言うけれど、要するに君は僕が目の手術を受ける気になるように元気付けたり、励ましたりする為に雇われたのだろう?」

「そうですね」


 私は頷く。

 “ジュリエッタ”たちの狙いはその先もあるけれど。


「…………君は確かに僕を元気づけるという意味では、その役目を果たしている……」

「そうですか? 良かったですわ」

「そうして、強引な君に振り回されて、こうして外にまで出て来てしまった」

「気持ちいいでしょう?」


 殿下はコクリと頷く。

 やっぱり素直な人なのだなと思った。


「だが。君はこの一ヶ月、ここまで僕を振り回してきたのに“手術を受ける気はないのか?”と僕に一度も言わない。それが仕事なのに、だ」

「殿下……」


 なるほど。

 クリフさんや他の使用人たちは殿下に何度もその話を持ちかけては断られた、と言っていた。

 だから、私が何も言わないのを不思議に思っていたらしい。


「そんなことはないですよ?」

「え?」

「今日、こうして外に連れ出したのも、健康のためという理由の他に殿下に自然を感じてもらって“また自分の目で見たい”そう思わせるという目的も含んでいますわ」

「な、に?」


 殿下は驚いているみたいだった。

 空を見上げていたのをやめて、私の方に顔を向ける。

 私はそのまま続けた。


「殿下は今、見えないけれど空を見上げていました。それは、私が今日は雲一つない青空だと言ったからですよね?」

「あ、ああ……」

「空を見上げながら……自分の目で見たいな。そう思いませんでしたか?」

「!」


 殿下がハッとした様子を見せる。

 私は静かに微笑んだ。


「言葉で“手術を受けてください”と言うのはとても簡単です」

「……」

「でも、私は“言われたから”ではなくて、“見たいものがあるから”という気持ちで、殿下には手術を受ける気になって欲しいのですわ」

「……」


 一ヶ月、殿下の傍で過ごして彼を見てきて思った。

 手術を受けることを嫌がる理由の中に、万が一失敗したら?

 そんな怖さもあるのではと私は思っている。

 だって、この世に“絶対”なんてないから。


 それなら、自然とまた自分の目で見てみたいと思えることの方が重要じゃない?

 そう思った。


「……それ、明かしちゃうんだ?」

「ええ。このまま黙っていても殿下ならそのうち気付かれると思いますし」

「それは……買いかぶりすぎだ」


 殿下は顔を逸らすと小さな声でそう言った。


「では質問ですわ! ───殿下は目が元のように見えるようになったらまず何が見たいですか?」

「え?」


 そんな質問されると思っていなかったのか、殿下はすごく間抜けな声を上げた。

 そしてそのまま黙り込む。


(それでいい。たくさん考えて?)


 そうしてあなたの“見たいもの”が増えた時、手術を受ける気になってくれればそれでいい……

 そう思っていたら、突然殿下が私の手を取って握りしめた。


「──!?」

「……あんなに色んな曲を弾きこなすから、どんな手かと思っていたが」

「え……」

「…………思っていたより小さい手、なんだな」

「~~~っっ!?」


 こんな行動は予想していなくて、私の方が大きく動揺してしまう。

 それが伝わったのか、殿下の口角がニヤリと上がる。


「たまには逆転もいいな。僕はいつも君に驚かされてばかりだったからな」

「よ、よくないですわ!」


 私が反論すると殿下は今度は声を上げて笑った。

 そして、そのまま何故か手で私の顔に触れてくる。


(こ、これはなにごとーーーー!?)


「……そうだな。目が見えるようになったら、君の顔が見たいな」

「え!?」

「毎回毎回、いったいどんな顔して僕のことを振り回しているのか……」

「……!」

「そして、今みたいに動揺して赤くなっているであろう顔も見たいかな」


(み、見抜かれているーー!)


「あ、赤くなんてなっていませんわ!」

「ははは、そうかなぁ?」


 私がプイッと顔を逸らすと殿下は楽しそうに笑った。

 そして、そのまま私の顔中に触れてくる。


「そうですわ! ああ! もう、そんなペタペタ顔を触らないで下さいませ!!」

「いや? だってこれは見えないからこそ手で確かめている……仕方がないことなんだ!」

「な、何をキリッと格好つけた風な発言しているんです!?」

「ははは!」


 気まぐれな殿下の行動に私の胸が破裂しそうなほどドキドキさせられた。

 同時にまた胸がチクリと痛む。


 ───たとえ、あなたがこの先、手術を受けて目が見えるようになったとしても、その時に見る顔は私じゃない。

 本物のジュリエッタの顔なのだと───……


 

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