31. 元身代わり令嬢の幸せ
──────
「し、知らないわ! 私はそんな話、知らないんだから!!」
「……」
「そんなことより、早く私たちをここから私を出しなさいよ! いつまで閉じ込めておくつもりなのよ!」
「……」
叔母が牢屋にはまっている格子を掴みながらすごい勢いでこっちに捲し立ててくる。
牢屋に入れられた子爵家の三人は精神的にかなり参っているという報告を受けていたのだけれど、この人だけはある意味元気よね、と思った。
(ジュリエッタなんて……)
チラッとジュリエッタに視線を向ける。
げっそりやつれていて生気を感じない。
そんなジュリエッタを庇うように叔母が吼える。
「毎晩毎晩、ジュリエッタなんてすすり泣きしているのよ! 可哀想だと思わないの!?」
「え? 可哀想? 全く思いませんけど……」
だって、ジュリエッタはどう考えても自業自得なのだから。
そう思って首を横に降ると叔母は真っ赤な顔で怒鳴った。
「リネット! ~~なんて子なの! ここまで育ててやった恩も忘れて!」
「リネットを育てた? ふざけたことを言うな。無理やり引き取って使い勝手のよい使用人にした、の間違いだろう?」
「……ぐっ!」
殿下に冷たくあしらわれて叔母が悔しそうに黙り込む。
私はそんな叔母の姿をじっと見つめる。
(やっぱりこの人ならやりかねない……)
お母様の病死の裏にはメイウェザー子爵家……叔母が絡んでいるのでは?
そんな疑問を持って調べていたところ……
直接的な証拠となるものは見つからないままだったけれど、トリストン伯爵家から送られてきた手紙の中で“もしかして”と思う記述があった。
「叔母様! いい加減、しらばっくれていないで答えてください!」
「だから、私は何もしていないわ! 知らないって言っているでしょう!」
「……」
でも、叔母は頑なに認めようとしない。
……トリストン伯爵家からの手紙にはこう書かれていた。
───実はよく“一緒に姉さんに渡して欲しい”と頼まれた物も同封して伯爵家に送っていた。
これはつまり、叔母がお母様宛に用意した物をトリストン伯爵の名前で送っていたということになる。
お母様はメイウェザー子爵家の名のものだけに注意していたはずだから、これではすり抜けてしまう。
「……お母様も叔母様も子供の頃から病弱というほどではなかったけれど、風邪を引きやすくて特に喉が腫れやすかったそうですね?」
「!」
うるさいくらい喚いていた叔母がビクッと身体を震わせた後すっと静かになった。
「その時には二人とも必ず決まった特定の薬を飲んでいたとか……」
「う、煩いわよ! そ、それが何だと言うのよ!」
「お母様が嫁いでからも、お祖父様───トリストン伯爵家はその薬をお母様に送り続けていたようですね。よく叔母様がお母様に送る分の薬も分けてくれていた……とか」
「……」
叔母がスッと私から目を逸らす。
「叔母様? ……その中身、本当に“薬”でしたか?」
「っっっ!」
明らかにビクッとしたけれど叔母は黙ったまま。
ただし、顔色は悪い。
当時、お母様が使用していたという薬はもう残っていない。
なので、それが“毒”だったかどうかはもう調べることは出来ない。
だけど私は限りなく黒だと思っている。
(おそらく、薬の中に遅効性の毒を仕込んでいたのでは? と思うのよね)
それと、これはもしかしたら結婚する前の実家にいた頃からやっていたことなのかもしれない。
叔母からすれば、毒が効いてくれたらラッキーくらいの気持ちで……お母様自身も気付かないうちに毒を身体に入れていたんじゃないかしら、と私は思った。
「……」
証拠がない今、これらを罪に問うためには叔母が自白すること。
でも、残念ながら口を割る気配は……ない。
それならばと私も堂々と嘘をつく。
「──喋りたくないならそれでも構いません。残されていた薬の成分を調べれば分かりますからね」
(もちろん、これは真っ赤な嘘だけど)
私がそう言うと叔母の目の色が変わった。
顔色は悪かったけれど勝ち誇ったように笑い出す。
「残されていた薬? そんなのあるはずないでしょ! 嘘つくならもっとましなものになさい?」
「……」
「調べられたら毒の混入がバレて困るもの! だから薬は全て徹底して処分していたのよ? だから残っているはずなんて無───あっ!」
叔母は慌てて口を押さえたけれどもう遅い。
真っ青になっていく叔母に向かって殿下は冷たく言った。
「……ようやく認めたな。これらの発言と僕の調べた報告書、事情聴取の結果を吟味してメイウェザー子爵家の罪を問うことにする」
「えっ……嘘……いえ、今のは、待って……」
「待たない。話は以上だ────行こう、リネット」
「はい」
殿下は私に手を差し出してくれたので私はしっかりその手を取ると強く握り返した。
(……お母様)
部屋へと戻る途中、私の頭の中はお母様のことでいっぱいだった。
「リネット、大丈夫か?」
殿下が心配そうに私の顔を覗きこむ。
「……大丈夫です。ありがとうございます」
私が微笑み返すと殿下は優しく私の頭を撫でてくれた。
(悔しい、許せないという気持ちはきっと一生消えない。でも……)
レジナルド様のこの優しい手と温もりがあれば、私はこの先も大丈夫。
そう思えるから──……
────それから……
「……リネットの荷物は少ないな」
「そうですか?」
今日は離宮から王宮の本宮へのお引越し。
メイウェザー子爵家の三人が離宮から出て、裁判を受けてそれぞれの処罰が確定したこのタイミングで私たちも移ることに決めた。
メイウェザー子爵家は取り潰しが決定。
その判決を聞いた瞬間のジュリエッタは泣き叫んでいた。
叔父と叔母はそれぞれ刑務所に収容される。
王家を謀った罪、そしてお母様を死に追いやった罪……
刑期は無期限となっているので、この先私は二度と二人と会うことはないだろう。
ジュリエッタは無一文の平民として放り出すか修道院に送るかで意見が割れていた。
結果として、放り出すと叔母のように私に逆恨みしかねないとのことで、厳しい監視のある修道院送致が決定した。
「新しいお部屋、楽しみです」
私がそう言うと殿下が笑顔で答えた。
「部屋は僕の部屋と繋がっている。そうそうピアノも置いてもらった」
「ふふ、ありがとうございます。レジナルド様の為にたくさん弾きますね!」
「ありがとう。それから母上もリネットのピアノを聞きたがっているから、そのうち弾いてくれると嬉しい」
「王妃様が? ……分かりました!」
私も笑顔で応える。
私の奏でる音色はまだまだお母様には遠く及ばないけれど、それでも王妃様にも喜んでもらえたら嬉しい。
「それから、今夜からの寝室だけど」
「寝室?」
私が首を傾げると、ニヤリと笑った殿下がそっと耳打ちをする。
(~~~!?)
まさかの言葉を耳打ちされて私の顔が赤くなる。
「え? い、一緒!? 私たち、ま、まだ結婚……前……ですよ!?」
「でも、僕の妃になるのはリネットしかいないんだからって皆、快く許してくれたよ?」
「ええ……嘘でしょう!?」
私が動揺していると、殿下はにこにこ笑っている。
その余裕そうな笑みが大変憎らしい。
私はムムッと眉間に皺を寄せる。
(そうだわ! そっちがその気なら……)
前に侍女仲間から聞いた、ちょっと際どい夜着とやらを用意して出迎えちゃおうかしら?
そう、ジュリエッタが寝室に忍んでいた時みたいな生地の薄いやつ……
レジナルド様なら絶対にびっくりして顔を真っ赤にして固まってくれるはず!
(そうと決まったら今すぐ用意してもらわなくちゃ!)
「リネット? なんか楽しそうだけど、どうかした?」
「……そうですか? 特に変わらないですよ?」
殿下は、そうかなぁ……と言いながら首を傾げている。
私はそんなに殿下を見てふふ、見てなさいと笑った。
───だけど、そんなことを企んだその日の夜。
私は自分が思っていた以上に殿下の愛の重さを知ることになった。
肉食獣の目ようなをしたレジナルド様の愛はとてもとても深く……
だけど、それもまたやっぱり幸せだった。
(身代わりのはずだったのに……まさかこんな未来が待っていたなんて)
役目を終えたらいなくなるはずだった私。
選ばれるはずのなかった私。
でも────……
「───リネット、愛しているよ」
「私もです、レジナルド様!」
私たちは見つめ合いながら互いに愛を告げる。
この出会いに感謝して、身代わりだった私はこれからこの人と共に生きていく────
~完~
これで完結です。
ここまでお読み下さりありがとうございました!
他サイト投稿時よりもちょいちょい加筆してお届けしておりまして……
無事に最終話まで更新出来てホッとしています。
私がこの話で何が書きたかったって、やっぱり一途なヒーローです。
殿下はブレることなく、惑わされずにちゃんとリネットを見つけてくれました!
そんな話でしたが、楽しんでもらえていたら嬉しいです。
また、ここまでブクマ、評価などの色々もありがとうございました!
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