3. 目指せ、不合格!
(な、なんてこと……)
無理やり分厚い眼鏡を外され、髪色も戻した私。
鏡を見て慄いた。
(ジュリエッタにしか見えない!)
まさか、こんなにもそっくりだったなんて。
少しだけジュリエッタが嫌がった気持ちが分かってしまったわ。
これは、うん。私も嫌よ……
(でも我慢、我慢……)
ジュリエッタのフリをするのはたった一回で終わるはず。
終わったらまた髪を染ればいいのだから。
────
「殿下は、また令嬢を追い返したそうだ。今日はなんと侯爵家の令嬢もいたそうだが……」
「ええ? お父様、本当に? 侯爵令嬢まで?」
その日の叔父の話によると、レジナルド殿下の態度は相変わらずらしい。
身分関係なく令嬢たちを集めてもいるけれど、どんな身分であってもあっさり払い除けているようだった。
つまり、この調子でいけば“ジュリエッタ”が同じ目に合うことは間違いないと言える。
(よし!)
「───リネット」
「……っ」
目指せ不合格! の気合いを入れたと同時にジュリエッタの鋭い声が飛んで来た。
(今の見られた……?)
私はおそるおそる振り返る。
「リネット? もちろん分かっているわよね?」
「……」
ジュリエッタのその目は絶対に失敗は許さない───そう言っていた。
そして、それから数日間。
完全に付け焼き刃もいい所といえるようなマナーやら貴族としての教養を叔母にこれでもかと叩き込まれることになった。
「はぁ、リネットって本当に物覚えが悪いのねぇ~? これも姉さんに似たのかしら?」
「……」
「まあ? 顔だけで伯爵様を落としたような姉さんの娘だから教養がなくても仕方がないわよね~」
「……」
「それに比べて私の可愛い可愛いジュリエッタは、身分こそ! 子爵令嬢だけどきちんとマナーも教養も教え込んだ出来る子なのよ」
「……」
「いいこと? ジュリエッタは殿下の花嫁になっても決して見劣りはしない子なんだから! だから、お前もジュリエッタになりきるならしっかりやりなさい!」
「……」
叔母の独り言はとにかく長かった。
だけど……
顔だけって言うけれど、そもそもお母様と叔母様は双子だったわよね? つまり同じ顔では?
とか、
マナーや教養をきちんと叩き込まれたはずのあなたの娘は、使用人に頭から水をかけてくるんですけど?
とかとか、色々言いたいことはあったけれど、それを口にしたら更に嫌味地獄の恐ろしいことになるので黙っておく。
「不本意だけど、家事“だけ”ならリネット、お前の方が得意なんだから。いいこと? そこはしっかりアピールするのよ!」
「……」
私はそっと自分の手を見る。
料理は料理人がいるのでほとんど私が関わることはない。
けれど、掃除や洗濯といった水仕事はほぼ私の役目。
そのせいで手荒れが酷い。
(貴族令嬢はこんなガサガサな手をしていないと思うのよね)
これをアピールしたらどんな結果が待っているかしら?
ジュリエッタの身代わりを命じられてから手荒れ用クリームを渡されている。
けれど、これが数日でどうにかなるとは思えなかった。
私がそんなことを考えている間も叔母の独り言は続いていた。
「第二王子だからさすがに王妃までは無理に望めないけれど……王子妃! それでも王子妃よ。私の娘、ジュリエッタが王子妃となる……いい響きだわ。ふふ、姉さん……これで私の勝ちね……!」
「……!」
(ものすごいコンプレックスの塊だわ)
叔母が姉である私のお母様を嫌っている理由の一つに、若い頃、私のお父様に振られたからという噂を、まだ両親が生きている頃に聞いた覚えがある。
この勝ち誇った様子だと真実なのかもしれない。
あと叔母は、かなり身分にコンプレックスを抱いているようなので、姉であるお母様が伯爵家に嫁ぎ、自分の嫁ぎ先が子爵家だったことも気に入らなかったのでは? と思っている。
ジュリエッタもそんな叔母の性格を引き継いでいるようで、昔から高位貴族に嫁ぐことばかりを夢見ていた。
だからこそ、今回の殿下のお世話係の役目は何がなんでも……大嫌いな私に縋ってでも手に入れたい話なのだと理解した。
(だからといって目指せ合格! とは全く思えないけれども)
───そして、それから数日後。
とうとう、“ジュリエッタ・メイウェザー子爵令嬢”の番がやって来た。
「───メイウェザー子爵令嬢でいらっしゃいますね? 準備が出来次第ご案内しますのでこちらの部屋でお待ちください」
「はい」
王宮に着くと、部屋へと通されたもののまずは待機を命じられた。
扉を開けると既に数人の令嬢が待機していた。
彼女たちが一斉にこちらに目を向ける。
(すごーい、皆、気合いが入っているわ!)
ここはパーティー会場か舞踏会?
そう言いたくなるくらいの気合いの入ったドレスに髪型にアクセサリー……
私は圧倒された。
(うーん、もしかして私……シンプルすぎた?)
ジュリエッタも派手なドレスが大好きなので、最初はゴテゴテのドレスを着せられそうになった。
けれど、それは全力でお断りした。
叔父も叔母も渋っていたけれど、慣れないそのドレスで転んでもいいのなら……と言ったらあっさり引き下がったので、思わず笑いそうになった。
でも、結果的に選んだこのシンプルめの装いは場違いだったのか、令嬢たちは私の姿を見てプッと吹き出しては「地味……」と呟く。
(地味だからという理由で落とされるならそれも本望よ……)
そんなことを思いながら、私は周りの雑音は気にせずに用意されていた椅子に腰掛けてジュリエッタの名前が呼ばれるのを待つことにした。
(……遅くない?)
部屋に案内されてからそれなりに時間が経った……気がするけれど一向に人が呼びに来る気配がない。
私たちは完全に放置されていた。
そしてそれは他の令嬢たちも同じことを思っていたようで───
「ねぇ、遅くない?」
「いつまでわたくしたちを待たせるつもりなのかしら?」
かなり待たされていることにイライラし始めた令嬢たち。
誰か一人が不満を口にしたことをきっかけに我も我もと不満と文句が開始した。
「このわたくしをここまで放置するなんて……! いくら殿下といえ、どういうつもりなの!」
「もしかしてわたしたち、忘れられているんでしょうか……? そんなの酷い!」
「いい加減にして欲しいですわ」
「わざわざこうして出向いたのに?」
そんな令嬢たちの不満が爆発する中、私はと言うと……
(面白ーい!)
ここに集まっている令嬢たち、誰が誰なのかさっぱり分からないし知らないけれど、なんとなくそれぞれの令嬢の身分が避けて見える!
口調とか態度とか座り方とか……同じようにしているようで随分と違いがあるものなのね?
……なるほど! 貴族令嬢ってこんな感じなのね? と、人間観察に励んでいた。
普段はジュリエッタとしか接しないので色々な令嬢の様子が見られてとても新鮮な気持ちでいっぱいだった。
(もしもお父様とお母様が生きていたら、私も伯爵令嬢としてこういった輪の中に入っていたのかしら?)
そんな想像をしながら呑気に待ち時間を楽しんでいた。
───それからも待つこと数分。
さらに待たされ令嬢たちの苛立ちがピークに達したその時、ようやく扉が開いた。
顔を出したのは最初にこの部屋へと案内してくれた人。おそらく殿下の従者かと思われる。
そんな彼の顔を見て令嬢たちの顔がやっとなのね! と言わんばかりにパッと華やいだ。
「───皆様、大変お待たせ致しました。これより、面接のご案内を申し上げます」
いよいよかと皆がゴクリと唾を飲んだ。
「それでは皆様。えー……そちらにいらっしゃるジュリエッタ・メイウェザー子爵令嬢以外の方々は、残念ですがここでお帰りください」
ざわっと室内に驚きの声が広がる。
(へー、待機していただけなのにもう帰らされてしまうの? 随分と早…………ん?)
気のせいでなければ、ジュリエッタの名前だけが呼ばれたような気がした。