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29. 気になること(レジナルド殿下視点)

 


「嫌ぁぁぁぁーー! 牢屋は嫌ーー! せめて他の所にしてぇぇぇーー」


 メイウェザー子爵家の三人は、それぞれ見苦しい抵抗をしながら僕が呼んだ護衛にズルズル引き摺られて牢屋へと連行されていった。

 その様子を静かに見守っていたリネットが軽くフラついたので慌てて支える。


「──リネット! 大丈夫か?」

「レジナルド……様」


 三人が退場したことで気が抜けたのかもしれない。

 最後まで騒がしかったし、ジュリエッタは恐怖の目でこっちを睨んで叫んでいた。

 離宮の牢屋は昔から“何かいる”と噂になりがちだ。

 昨夜一晩過ごしただけでもかなり怖かったのだろう。

 よほど牢屋が嫌で逃げたかったのか、ジュリエッタは昨夜、牢番を誘惑して何度も外に出ようと試みていたと今朝、報告を受けている。

 結局、誘惑は失敗に終わりジュリエッタは驚くくらいボロボロになっていたが。


(果たして今日からだと何日くらい持つかな?)

 

 そんなことを考えていたらリネットが僕の腕の中で動いた。


「リネット?」

「すみません……色々気を張ったり考えたりしていたから……ちょっと疲れちゃったみたいです」


(無理もない……)


 僕は力無く笑う彼女をそっと抱きしめた。

 すると、リネットは少し驚いた様子で身じろいだ。

 でも、すぐにレジナルド様、あたたかい……と可愛く笑って僕を抱き締め返してくれる。


(うっ!)


 僕の胸がキュンとした。

 リネットのこういう仕草……すごく可愛いと思う。

 でもきっとリネット自身は無意識なんだろうな。


「レジナルド様。たくさん調べてくれてありがとうございました」

「いや、お礼なんて……」


 だって、ここまでしたのは全部、僕がリネットが欲しくてしたことだ。

 たとえリネットが本当に没落した元貴族令嬢で現在が平民だったとしても、無理やり妃にすることは出来る。

 王太子の兄上だったら絶対に認められないと思うけど、僕は第二王子だから。

 けれど、それを強行した場合、周囲の目はそんなに優しくはないだろう。

 無理やり妃に据えても周囲に冷ややかな目で見られて傷つくのはリネットの方だ。

 僕はリネットにそんな思いをさせたくない。


(だから───……)


「レジナルド様のお世話係にならなかったら、私はきっとあの人たち……メイウェザー子爵家の三人にいいように使われて終わるだけの人生だったと思います」

「リネット……」

「お父様の爵位も知らないうちに本当に失うことになって、トリストン伯爵家もお金だけをむしり取られて……あの人たちだけが幸せ……そんな人生です」

「……」


 リネットの言う通りだ。

 援助を続けていた伯爵家もそのうち何かがおかしいと気付く時が来たかもしれないが、きっとその頃には全てが手遅れになっていただろう。


「じゃあ、僕は間抜けだけど階段から転落して良かったのかな?」

「え……──いえっ! それは違います……!」


 リネットは勢いよく否定しながら顔を上げると僕の頬をガシッと両手で挟む。

 そしてグイッと近付くと僕の目をまっすぐ見つめて来た。

 その瞳が大きく揺れていた。


「あなたの事故は失明する可能性だってあったんですよ?」

「わ、分かっている……」

 

(ち、近い……)


 そんなこと考えている場合じゃないのに、怒っていても可愛いリネットの顔が近くにあって胸がドキドキしてしまう。


「レジナルド様、どうしました?」

「い……いや」


 ドキドキが止めらない胸をギュッと押さえた。

 もしも僕があのまま手術を受けることを拒否し続けていたら、今みたいなリネットの可愛い顔は見られなかったんだな、と今更ながら思った。


「レジナルド様と出会えたことには感謝していますけど……その原因を思うと複雑です」

 

 うーんのそう思い悩むリネットがやっぱり可愛くて僕は苦笑する、

 そして、そのまま顔を近付けてチュッとキスするとさらに真っ赤になってもっと可愛くなった。


 ────



 リネットがもう大丈夫だと言うので、僕たちはそのまま手を繋いで爵位返還の手続きのため王宮へと向かう。

 与えられた期間の半分は過ぎてしまっているので、手続きは早い方がいい。


「まだ、期限内で良かった」

「……そうですね」


 リネットの目に薄ら涙が見える。


「お父様もきっと安心してくれると思います」

「うん」


 それはそうとして、僕はリネットのことを色々調べながら疑問に思っていることがある。


(聞いてもいいのだろうか───)


 リネット自身もどこまで把握しているのか分からないのと、余計なことを聞くことでリネットの心を傷つけてしまったら……そう思ってずっと聞けずにいる。


「レジナルド様? 黙り込んでしまってどうかしました?」

「あのさ……リネット」


 でも、彼女は目敏いからすぐにちょっとした変化に気付いてしまうんだ。

 ここは下手に誤魔化す方が良くないだろう。

 そう思って訊ねることにした。


「その……セルウィン伯爵夫妻、君の両親のことだけど」

「……」


 リネットが無言のまま静かに僕の顔を見る。

 そして少し悲しげに微笑んだ。

 その瞬間、彼女は僕の聞きたかったことを理解したのだと思った。


「二人は相次いで亡くなっていますけど、お母様は病死……お父様は事故死ですよ?」

「うん……それは知っているんだ、けど」


 セルウィン伯爵家について調べた報告書にも確かにそう書かれていた。

 でも……


「……レジナルド様はメイウェザー子爵夫妻……叔父と叔母のことを疑っているんですね?」

「っ!」


 ほら、やっぱり。すっかり僕の考えはリネットにはお見通しだった。

 僕が潔く頷くとリネットは静かに笑った。


「……お父様の事故に関しては無関係だと思います」

「……」

「お父様はお母様のお墓参りの帰りに、馬車に轢かれそうになった子供を助けて代わりに……お父様を轢いた馬車も身を呈して庇って助けた子供もメイウェザー子爵家との繋がりは取れていません」

「そうか」


(リネットはちゃんと自分で調べていたのか……)


 では、母親は?

 そう思った。

 子爵夫人の様子から言ってかなり自分の姉のことを憎んでいる様子だったが。

 

「お母様は……」

「……」


 リネットが言葉を切ったので、ゴクリと唾を飲み込む。

 もし、セルウィン伯爵夫人の死にメイウェザー子爵夫妻が関与していたら彼らの罪はもっと重くなる。

 リネットは困惑顔で目を伏せた。


「正直、申し上げると分からないのです」

「分からない?」

「はい……お母様はある日突然倒れました。子供だった私にはずっと元気だったように見えていましたので本当に驚きました……」

「……」


 そう言われて、在りし日の夫人の姿を思い出す。

 身体が弱いなんて話は聞かなかったし、確かにいつも元気そうだった記憶しかない。


「ですが……子供だったのでもう記憶が薄らなんですけど、倒れたお母様に付き添っているお父様の口から“毒”という言葉を聞いた気がします」

「それは……!」


 決して穏やかな話ではないじゃないか!


「……ですが、メイウェザー子爵家がお母様に何かしたという証拠はありません。お母様は子爵家の人たちと顔を合わせることはあっても物のやり取りは一切していなかったようなので」

「え?」

「叔母がお母様に何か渡そうとしても、いつも頑なにお断りしていました。屋敷に荷物が送り付けられてもすぐに処分していましたから」

「処分……そこまで徹底して?」

「はい」


(やっぱり姉妹の仲はすさまじく悪いな……)


 だが別の方法で……ということも考えられなくはない。


「リネット」


 僕はギュッとリネットの手を強く握りしめる。


「この件は僕も調べてみてもいいだろうか?」

「レジナルド様が?」

「メイウェザー子爵夫妻やジュリエッタは今のままでも充分罪を重ねているから裁かれることは間違いないけど、もし……」


 もし、リネットの母親の死に関与していたら───……

 リネットは小さく微笑んだ。


「レジナルド様……ありがとうございます。もう両親……お母様の死のことは誰も気にしていないことだと思っていた……ので」

「リネット?」

「こうして気にかけてもらえて嬉しいです」


 そう言って静かに照れ臭そうにはにかむリネットに僕の胸がキュンとする。


(リネット……)


 たまらなくなった僕はここが廊下の真ん中だと分かっていながら、足を止めてリネットをギュッと抱きしめる。


「レジナルド様?」


 びっくりした顔できょとんとしているリネットが可愛い。

 このままキスしてしまいたいけれど、さすがにここではリネットも困るだろう。

 だけど、後で二人きりになった時は……とこの場では何とか我慢する。


「───リネット、君が好きだよ」

「え?」

「大好きだ」


 僕がそう告げるとリネットは嬉しそうに笑ってくれた。


 キミの可愛いこの笑顔のためなら……

 この先、どんなことからも彼女を守ろう───僕は改めて強く強くそう誓った。


 

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