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28. 不穏(ジュリエッタ視点)

 

 ✣



「───まずは、リネットへの謝罪から始めてもらおうか?」


 殿下が冷ややかな目で私たち家族を見ながらそう言った。

 私は嘘でしょ? と思った。

 リネットに謝るですって!?


(嫌、嫌、嫌……そんなの絶対に嫌っっ!)


 どうしてこの私がリネットなんかに謝らなくちゃいけないのよ!


(こんなの意味が分からない……!)


 いったいどうしてこんなことになってしまったの?

 次から次へと明かされていく話に私はついて行くのに精一杯だった。

 分厚い眼鏡を外し、髪色を元の銀色に戻し、堂々とした姿で喋るリネット。

 嘘でしょう? これは本当にリネットなの……?

 私が散々馬鹿にして踏みつけて来たはずのリネットは今、私の焦がれた殿下の隣に立ちながら愛されオーラを出して輝いていた。


(おかしい!)


 どうして私がこんなにみすぼらしくボロボロなのにリネットだけが輝いているのよ!

 昨夜は一睡も出来なかった。

 牢屋なんかに連れていかれた屈辱と……そして、何よりもあそこの怖さ。

 離宮が古いせいなのか、地下のはずなのにどこかの隙間から入ってくる風の音が人の声に聞こえて眠れずに一晩中怯えて震えていた。

 今はここに来る前に着替えだけはさせてもらったけれど、昨夜は格好もスケスケの下着にガウンを羽織っただけ……寒いなんてものじゃなかった。

 あんな所……二度と入るのはごめんよ。


(私が牢屋の中で怯えている間にリネットは殿下と過ごしていたっていうの?)


 想像するだけで悔しい。

 入れ替わるまでは全てが順調だったはずなのに。

 

(ピアノ……)


 私の自慢のピアノを独りよがりだとコケにされた。

 相手のことを気遣う? 人を思いやる心を込めた演奏? 何それ?

 そんなこと一度だって考えて弾いたたことなんてなかった。


「───いつまでそうして固まっているつもりだ?」

「……っ!」


 殿下に声をかけられてハッとする。

 おそるおそる顔を上げて前を見ると殿下は大事そうにリネットを胸の中に囲っていた。

 その光景が悔しくてまた唇を噛んだ。

 噛みすぎてそろそろ血が出そう。


「ジュリエッタ。君が長年リネットにし続けたことは簡単に許されることではない」

「!」


 まるで定期的にリネットをストレスの捌け口にしていたことがバレているかのような発言にビクッと震えたけど、やっぱりどう考えても私は自分が悪いことをしていたなんて思えない。


(そうでしょう? だって私は何も知らなかったのよ!)


 没落したはずの伯爵位は王家預りだった?

 だからリネットが伯爵家を継ぐ?

 私は子爵令嬢なのに? リネットの方が上?

 リネットは落ちぶれた平民ではなかった?

 そんなの知らない! 私は何も聞いてない!

 お父様とお母様は私にもその話を隠していたのだから。

 それに……

 私はチラッとテーブルの上にある手紙に目を向ける。


(あの手紙……覚えがある)


 我が家はあまり裕福ではないという自覚はあったのに、定期的にお父様とお母様がニコニコ笑顔でドレスや宝石をたくさん買ってくれる時があった。

 こんなに大丈夫なの?

 そう聞いてみたらお母様が───

「私の実家がね、可愛い孫のジュリエッタのためにってお金をくれているのよ」

 確かにそう言っていた。

「だから、お礼の手紙を書きましょうね?」

 お母様は私にそう言った。

 リネットだって孫のはずなのに私だけ……

 そんな私だけの特別扱いが嬉しくて嬉しくて言われるがままにお礼の手紙を書いた……わ。


(でも、そうだった……お母様は最後に名前まで書かなくてもいいのよって……)


 自分の手紙と一緒に同封するし、名前なんか書かなくてもジュリエッタからだと分かるから構わないわ。

 そうも言っていた……

 だから、あれはどこからどう見ても私の書いた手紙。

 なんの誤魔化しもしていない。

 つまり調べられたら……すぐに私の筆跡だと分かってしまう。


(どうしよう……とにかく……私は悪くないってことを訴えなくちゃ!)


 お母様が亡くなった伯母をどれだけ恨んでるかなんて私は知らない。

 とにかく言われるがまま謝ってどうにか……どうにか()()()()()()()()穏便に済ませてもらう。

 これしかない!

 そう決めた私は瞬時に目に涙を浮かべる。

 泣き真似は得意だからこんなの簡単よ!

 あとは適当に謝罪の言葉を並べておけばいいんでしょ?


(簡単、簡単、リネットは単純だから涙を流しておけばコロッと騙されるてくれるはず……)


 そう思って私はポロッと涙を流しながら頭を下げる。

 

「……くすん、ごめんなさい、リネット……」

「……」

「そんなつもりじゃなかったの……だって私、何も知らされていなかったし……」

「……」


 この私が涙を流しながら謝ってやっているのに何故かリネットからの反応がない。

 そっと顔を上げると無表情のリネットと目が合った。

 ドクンッと私の心臓が嫌な音を立てる。


(な、に……その顔……リネットのこんな顔───知らない!!)


「ジュリエッタ……私にはどう考えても分からないことがあるのだけれど」

「な、なによ?」


 無表情のままリネットが私を見ながら口を開く。


「何も知らされていなかったら、頭から水をかけても許されるの? 気分で熱湯の入ったポットを投げつけても問題にはならないの?」

「え……?」

「あなたがこれまで私にしてきた行為に、叔父と叔母……子爵夫妻の企みを知っていたとか知らなかったとかは関係ないと私は思うの」


 しまった……と思った。

 自己弁護に走りすぎた?

 余計なことは言わずに上辺だけでもいいから謝罪の言葉だけを述べておけばよかったと後悔する。


「……それから、ジュリエッタって泣き真似が得意なのよね?」

「えっ」


 またドクンッと心臓が嫌な音を立てた。

 見抜かれてる? 嘘っ……なんで? リネットのくせに?


「今も私なんかに見抜かれるなんてって驚いているのでしょうけど……」

「!?」

「ジュリエッタ。あなたの考えていることは分かりやすくて全て顔に出ているわ」


 顔に!?

 そう言われて反射的に自分の顔をペタペタ手で触る。


「散々、馬鹿にしてきた私に謝罪をしろと言われて、どんな反応するのか見てみたかったのだけど……あなたも叔母様と一緒なのね。適当に口先だけで謝っておけばいいと思っている」


 リネットのその言葉でお母様の顔を見ると悔しそうな表情をしていた。


「私はこの後、レジナルド殿下と一緒に爵位の返還についての話をしに行くわ。その際にきっちりメイウェザー子爵家のことも報告させてもらいます」


 リネットはそう言いながら殿下が用意していた資料や手紙を手に取って抱える。

 あれを……全部提出……する?


「これだけの証拠が揃っているんだもの。言い逃れは出来ないでしょうね」

「ああ。事情聴取と裁判がこれから行われることになるだろう。子爵家の三人はそれまでは──そうだな。逃げられたら大変だから牢屋にいてもらおうか」


 殿下がチラッと私の顔を横目で見ながらそう言った。

 私の顔が恐怖で引き攣る。


「牢……っ!」


 殿下はきっと昨夜、私が牢屋の中で恐怖で震えながら一睡も出来ていなかったことを知っていてわざと言っているのだと分かった。

 酷い……

 絶対に嫌だと目で訴えたけど無視された。


(まさかとは思うけど、子爵家……お取り潰しとかにはならない……わよね?)


 そんな不安が頭の中を過ぎっていく。

 どうして?

 リネットにはこれから誰もが羨む幸せが待っているのに私はこのまま落ちぶれていくというの───……?


「……あ」


 ツーッと冷たい汗が私の背中を流れてゆく。

 これまで散々リネットをバカにしてきた分の大きな大きなしっぺ返しが今、私に迫ってきている。

 そんな予感がした。

 

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