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24. 今夜は……

 

(せいぜい愛人───)


「……」


 ジュリエッタは自信満々に私を追い詰めたような顔をしたけれど、殿下は全く動揺しなかった。

 むしろ微笑んですらいる。

 そんな殿下の様子にジュリエッタから笑みが消えた。


「な……なんで? そんな余裕綽々な顔をする、んですか……」

「……」


 思っていた反応と違ったことにジュリエッタの方が動揺していた。

 確かに、ジュリエッタの発言は最もなことで。


(ジュリエッタの言うほど極端ではなくても、私は彼の妃になれるのかしら?)


 やっぱりどこかの家との養子縁組?

 殿下のこの余裕っぷり。もしかして既に候補の目星はつけているとか?

 世話係は身分問わずと言っていたけれど、さすがに結婚相手は最低でも貴族でないと認められない。

 そんな疑問は告白とプロポーズされた時から私の頭の中にあるにはあった。

 でも、殿下は大丈夫だから心配いらないと私にはっきり言ってくれている。

 だから私はその言葉を信じることにしていた。


(そうよ! レジナルド様が私を愛人にするはずがないわ!)


 私がチラッと殿下の顔を見ると“大丈夫だ”そんな顔を私に向けてくれる。


(ええ───私はレジナルド様を信じるわ)


 そう思った私も大きく頷くとギュッと殿下に抱きついた。

 殿下も満足そうに頷き返してくれたあと、すぐにジュリエッタの方に顔を向けた。


「───リネットもだが、君も何も知らないようだな」

「え? 知らない……?」


 ジュリエッタが自信満々の顔を崩して不安そうな表情になる。


「───そうだ。だが、その話は君の両親からも詳しく話を聞かないといけないから──……」

「お、お父様とお母様に!?」

「ああ。だが今夜はもう遅い。続きは明日、彼らを呼び出して話をすることにしようか」


 時計を見るともうすぐ日付が変わるところだった。

 さすがにいくらなんでもこんな時間にあの人たちを呼び出すわけにはいかない。


「あ、明日って……じゃあ、今夜は……?」


 ジュリエッタの目が不安そうに揺れている。

 今更ながら、現在自分の置かれている状況を思い出したのかもしれない。

 殿下を誘惑して既成事実を作るどころか、ただの不法侵入者となっていることを。

 ジュリエッタを一瞥した殿下はククッと笑う。


「今夜? そうだな。君は一晩牢屋で頭を冷やして過ごすといい」

「ひっ! ろ、牢……牢屋!?」


 小さな悲鳴をあげたジュリエッタにむけて殿下はにっこりと笑いかける。


「当然だろう? まさか、僕の寝室に不法侵入しておいて、何事も無かったように自分の部屋に帰れるとでも?」

「う~~っ……!」


 ジュリエッタは真っ青になるとガタガタと身体を震わせた。

 そして、力が抜けたのかがっくりとその場に膝をつく。



 その後、ジュリエッタは殿下に呼ばれた護衛達の手で地下にある牢へと連れて行かれた。

 嫌ぁぁーーと泣き叫んでいたけれど見事に無視されてズルズルと引きずられていた。


(たった一晩だけとはいえ、牢屋って怖いところ、よね?)


 しかも、この離宮は古い。きっとその怖さは倍増。

 想像するだけで私の体も震える。

 これで少しは頭が冷えるといいのだけど……と引きずられていくジュリエッタを見ながら思った。




「……リネット」

「レジナルド様?」


 ジュリエッタや護衛の皆が出ていった部屋で私たちはやっと二人きりになる。

 殿下はギューーッと強く私を抱きしめた。


(もしかしたら、ジュリエッタに色々言われて私が嫌な思いしていないか心配してくれている……?)


 殿下のそんな思いを感じ取った。


「レジナルド様。私、大丈夫ですよ?」

「リネット?」

「だって、ジュリエッタにあれこれ言われるのは、とっくに慣れ───う?」


 殿下はすかさずガシッと私の両頬を手で挟んできた。


(な、何をするのーー?)


 これ絶対すごい顔になっていると思うのだけど!?

 そんな私に殿下は強く訴えてきた。


「頼むから……そんなことに慣れないでくれ!」

「!」


 チュッ

 目が合った! と思ったと同時に殿下はそのまま私の顔を持ち上げて軽くキスを落とした。


「……リネットが」

「わ、私が?」

「伯爵夫妻から与えられるはずだった、十年分の愛情はこれから僕が君に贈る」

「え? レジナルド様が?」

「そうだ。そしてもちろん、この先もだ───」


(この先も……)


 そう言われてギュッと抱きしめられた。

 私はこの上なく優しくて幸せな愛情に包まれた。




「……さて、今夜も遅い。そろそろお互い寝なくてはいけない」

「そうですね……」


 離れるの名残惜しくてずっと抱きしめあっていたら、殿下が私の背中を優しく撫でる。


「……だが、僕は今夜あそこに寝るのだけは勘弁だ」

「え? あ!」


 あそこ……そう言って殿下はチラッと自分の寝室を見た。

 ジュリエッタが潜んでいた寝室───おそらくベッドに彼女は隠れていたはず。

 そんなベッドで眠れるかと問われたら……答えは無理! 一択だ。


「だ、大丈夫ですか?」

「うん──リネットを部屋に送ってから今夜は別の部屋を用意させるよ」

「別の……?」


 殿下は力無く笑ってそう言った。




 それから、殿下の部屋を出て手を繋いで私の部屋まで一緒に歩いた。

 そして、私の部屋の前まで辿り着くと軽く額にキスをされる。


「おやすみ───リネットも今日は疲れただろう? ゆっくり休んでくれ」

「……」

「朝一でメイウェザー子爵夫妻に手紙を送って登城させる。その時はリネットも同……」

「あ、あの!」


 私は殿下の言葉を遮った。

 だって今、このタイミングを逃したら言えない気がする。


「リネット?」


 不思議そうに私の顔を覗き込む殿下。

 そんな彼に向かって真っ赤になりながら顔を上げた。


(ほ、頬が熱い……でも、言え! 言うのよ……私!)


「今夜は、わ、わ、私の部屋で……眠りませんか!?」

「………………え?」


 殿下はパシパシと目を瞬かせてそのまま固まる。

 私は私でとっても恥ずかしい。


(は、はやまった? いえ、はしたないお誘いだった?)


 口にしてからぐるぐると頭の中でそう考えたけれど、もう後には引けない。

 ずっと自分の部屋に向かう途中考えていた。

 殿下だってかなりお疲れのはずなのに、これから別の部屋を用意させてベッドを整えて……それではいったいあなたは何時に眠れるの?

 それならば私の部屋で休んで欲しい───と。


「…………リネット」

「は、はい」


 ようやくカチコチに固まっていた殿下が覚醒したようで口を開いてくれた。

 その顔は耳まで真っ赤っか。


「……僕は君のことが大好きだと告げた」

「はい」

「君を愛しているんだ」

「は、はい……」


 好きだとか愛してるとか改めて口にされると、とてもドキドキする。

 殿下の手がそっと私の頬に触れてきたので、ますます胸がドキドキした。


「そんな僕を部屋に入れる? ……しかも泊まっていけ、と」

「はい。レジナルド様にも早く休んで欲しいです。それに私の部屋ってソファもあるんですよ。ですから一晩くらいなら私はソファで眠っても大丈……」

「リネット」


 私の言葉を遮った殿下がさっきも見た肉食獣のような目になった……気がする。


「……えっと? レジナルド、さま?」

「……」

「え!」


 殿下は無言で私の手を握るとそのままドアを開けて部屋に入る。

 そしてグイグイと引っ張られてあっという間に私のベッドの前に辿り着く。


(ん? なに……?)


 ポスンッ!

 そうして、殿下はそのまま私をベッドに押し倒した。

 私の脳内がパニックに陥る。


(な、なんで!?)

 

 私に覆い被さっている殿下が声を荒らげた。


「……リネットの育った環境的にこれは仕方がないのだろうと頭では分かっているけど!」

「レ、レジナルド様? あ、あの……」


 チュッと上からキスが降ってくる。


「──こうして君を愛してやまない男の前で、いくらなんでもそれは無防備すぎる!」

「は、はい?」

「いいか? そもそも、リネットは僕を介抱している時から距離感というものが────」


 そのまま甘い雰囲気になるかと思いきや、続けて急にお説教? が始まった。




(えっと───とりあえず……)


 殿下のお絶許により、どうやら私は男心が分かっていない、ということは理解した。

 でも……


「レジナルド様だって女心を理解していませんわ!」

「え? 女心?」

「そうですわ! 私だって、あなたが……レジナルド様が大切なのです。ゆっくり休んで欲しいのです!!」

「リネット……」


 私は涙目になりながらそう訴えて、下から殿下の首に腕を回して強く抱きしめる。

 抱きつかれた殿下は明らかに声も動きも動揺していた。


「リ、リネット! ……き、君は!」

「どうしました?」

「な、なんでもない。ただ僕は一生君には敵わない気がする……」

「なんですか、それ」


 そう言われる理由が全く分からないです、と呟いたら殿下は苦笑していた。





 ───その夜、夢を見た。

 子供の頃の夢。

 まだ、お父様とお母様が生きていた頃の夢。


 いつものようにピアノを弾いていたらお母様が私に言った。


『そうだわ、リネット。あのね? 私のピアノを気に入ってくれている男の子がいるのよ』

『おかあさまの? わたしもおかあさまのピアノだいすき!』


 お揃いね! そう言ったらお母様は嬉しそうに微笑んだ。


『あらあら、それなら二人は気が合いそうね? 歳も近いし……うん、いい友達になれるかも』

『おともだち?』


 私の目がキラッと輝く。

 だって歳の近い知り合いなんて、いとこのジュリエッタしかいなかったから。

 でも、ジュリエッタは私をよく睨んでくるから好きじゃない。


『それにね、その子は外国語も好きらしいわよ!』

『ほんとう!?』


 ますます、いいおともだちになれるかもって思った。

 いつかその男の子に会いたい!



 ……ずっとそう思っていたけれど。

 お母様が亡くなってしまったことで、その願いは叶わなくなったんだった───……


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