21. どうしてこうなった? (ジュリエッタ視点)
✣
(───は? なに? ちょっと待ってよ)
これはどういうこと?
ここはレジナルド殿下の私室よ?
なんでリネットが素顔晒して殿下と部屋に入ってくるわけ!?
しかも、普通に喋っているじゃないの……
(どういうこと? どういうこと? どういうことなのよ!)
意味が分からなくて私の身体が震える。
こんなことは有り得ないのに────……!
殿下の様子がどんどんおかしくなっていった。
このままではプロポーズをされないかもという危機を感じた私は、強硬手段をとることに決めた。
そう。
なかなか私のことを選んでくれないなら、多少強引でも“私”を選ばざるを得ない状況を作ればいいのではと考え、既成事実を作るために夜に殿下の部屋へ忍び込むことにした。
殿下だって年頃の男性だもの。
魅力的な私に迫られて悪い気はしないはず。
そのまま関係を持てれば妃になれる。
万が一、手を出されなかったとしても、下着姿の私が殿下の部屋……それも寝室で目撃されれば殿下だって後には引けなくなるはずよ!
その計画は、今夜決行すると決めた。
殿下の部屋の前には見張りがいつもいないことは知っている。
だから、侵入するのはとっても簡単。
王宮と違ってここは離宮だからと油断しているのだと思う。
あとは、夕食を終えた殿下が戻って来るのを待つだけ。
ガウンの下はお父様とお母様に、殿下への誘惑用として贈られた悩殺下着を着用したので、これで何もかも完璧……!
そう思った。
…………なのに!
(どういうことーー!?)
もともと部屋に入って来た時から、怪しい雰囲気だった二人。
二人の会話の様子からピアノを弾くためにこの部屋に来たのだと分かった。
なぜ、私ではなくリネットに弾かせるの?
それに何でリネットが素顔を出していて、しかも喋っている?
(うそっ……)
これはもう、リネットが私の身代わりだったとすっかりバレてしまっていることはもう明らかだった。
(まずい……)
私の顔からはどんどん血の気が引いていく。
一体いつ?
いつバレたというの?
あの眼鏡でリネットの表情を分からなくさせて髪色も変えさせて喋らせなかったのに。
何が……?
何がいけなかった……?
混乱しながらも私は二人の姿を寝室からじっと見つめ続ける。
そして、ようやくリネットが殿下の前で1曲ピアノを披露を始めた。
その様子を見て私はニヤリと笑う。
(やーっぱり、リネットのピアノなんて大したことないわね!)
ジュリエッタ──この私の素晴らしい演奏と比べて下手だなとがっかりされればいいわ!
そう思った。
それなのに、二人はピアノの前でどこからどう見てもイチャイチャし始めて……
しかも、殿下は“リネットの演奏”を好きとか言い出している。
これまでの会話で完全に身代わりがバレていることは理解した。
けれど、殿下がリネットのピアノが好きということにはどうしてもどうしても納得がいかない。
(私の方が技術もあって上手いはずよ!)
伯爵令嬢だった頃のリネットが伯母の手解きでピアノを教わってよく弾いていたことはもちろん知っている。
相次いで両親を亡くして我が家に来てから、ピアノを見ては恋しそうにしていた。
だから、お前なんかには絶対に触らせないと命令して、これみよがしにリネットの前で散々弾いてやった。
その時の悲しそうな顔……あれは最高に最高に気持ちよかったのに!
(あんなに楽しそうに……)
子供の頃までしかピアノを習っていないリネットとずっと習って来た私、ジュリエッタでは実力に天と地の差があるはず。
実際、リネットが今、殿下の前で披露した曲は非常につまらない曲だった。
伯母の作った曲だかなんだか知らないけど、大したことのない曲───……
やっぱりリネットの実力はこの程度ね、と私は鼻で笑ったのに、何故か殿下はとても嬉しそうだった。
(なんなのよ! 殿下のあのデレデレした嬉しそうな表情は!)
私の怒りがどんどん溜まっていく。
だけど今、ここで飛び出すわけにはいかない。
私はグッと我慢して二人を見守る。
けれど、その後の二人はソファに移動して……
私とリネットは似ていないだのなんだのと言いたい放題!
さらに、殿下は意味不明な言葉でリネットに話しかけてもいた。
そんな殿下に対してリネットは何故か同じように意味不明の言葉で答えていた。
(あれはなんだったの……? 二人は何の会話をしていたわけ……?)
疑問に思いつつも様子を見ていると、その後の二人はまたまた甘い雰囲気になって私の前で抱き合って───……
「……ん、レジナルド……さま」
「リネット……」
(な、何しているのよーーーー!)
私は自分の目と耳を疑った。
そして心の中で盛大な悲鳴をあげる。
ソファに座っている殿下とリネットは何度も何度も熱いキス交わしていた。
なんだか寝室ではなく、このままその場で色々始まってしまいそうな雰囲気に私の顔はどんどん真っ青になっていく。
(は? 嘘でしょう? 何してるのよ……今夜殿下とそうなるのは私のはずで……)
目の前の光景が信じられない。
だけど、殿下は今にも蕩けそうな表情でリネットに声をかける。
そんな顔、私は知らない。見たことがない……
「……リネットの顔が真っ赤だ……うん、可愛いな。もっとよく見せて?」
「こ、これはレ、レジナルド様のせいですっ!」
「ははは、目が見えない間、ずっと想像していたんだよ───実際は想像していたよりも可愛いくて堪らない」
二人の会話はデロデロに甘かった。
「ううっ……もう!」
「もう?」
「こんなの、み、耳が蕩けそう……です」
真っ赤な顔でそんな言葉を口にしたリネットに、殿下はまたしても小さな声で可愛い……となどと呟くと、今度はリネットに覆い被さるようにして唇を塞ぐ。
(いい加減にしてよーーーー!)
照れまくっているリネットに、とにかく殿下が甘い言葉を吐いて迫っている。
そして、リネットも恥ずかしがってはいるけれど全然嫌がっていない……
(何これ、何これ、何これ!)
手術後から殿下の傍にずっといたのは私なのに!
君の顔が見たかった──
最初にそうは言ってくれたけれど、そばにいても可愛いなんて一言も言われなかった。
それなのに、私とそっくりな素顔を持つリネットには“可愛い”と言いまくっている。
なんなら、私たちは似ていないとも言っていた……
(どこが違うというの? 顔も声もそっくりでしょう?)
私はギリッと唇を噛む。
(許せない!)
このままでは、リネットなんかが王子の妃に選ばれてしまう。
そんなことのためにリネットを世話係の身代わりに立てたわけじゃないのよ!
リネットのくせに裏切りやがって!
「……リネット、今夜は君を部屋に帰したくない」
「え!?」
「このまま朝まで僕とこの部屋で───」
──ブチッ
殿下のリネットを誘う色っぽいその声に私の中の何かがキレた。
私室と寝室に無断侵入したことをバレないようにするなら、このまま大人しくしておいて脱出の隙を窺うべきだと頭では分かっていた。
でも、このまま二人が(本来は私と過ごすはずだった)熱い夜を迎えようとしていると思ったら、もう我慢出来なかった。
「やめて! ───ふざけないでよ! リネットのくせに何しているのよ。そんなの私は認めないわ!」
そう怒鳴り声を上げながら私は寝室から二人の前に飛び出した。
(ふっ! なぜこんな所に? と、驚くでしょう! ビビって離れなさいよ!)
だけど──……
てっきり驚いて悲鳴くらいを上げると思っていた二人は私の姿を見ても全く驚いていない。
ただ、じっとこっちを見ている。
(───ど、どういうこと?)
「ようやくお出まし、か……思っていた以上に辛抱強くて驚いたよ」
「え……」
「こっちは早く、本当にリネットと二人きりになって、もっともっと思う存分触れ合いたいと思っていたのに」
殿下がふぅ……と大きなため息を吐きながらそんなことを言った。
しかも、その手はリネットをがっちり抱きしめていて離そうともしていない。
(え……? は? 何これ、どういうこと……?)
状況が理解出来ずに脅える私に殿下はこれまで見たことのない良い笑顔を向けた。
「───君が出てくるのを待っていたよ。僕にとっては偽者……だけど、本物のジュリエッタ・メイウェザー子爵令嬢?」
「あ! ……うっ……?」
その言葉を聞いた瞬間、自分の行動はとっくに全て見透かされていて、嵌められていたことに気付いた。