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2. 命じられた身代わり

 


 その日、私がいつものように屋敷内を掃除して回っていると、出かけていたはずの叔父であるメイウェザー子爵が

「大変だぞ! 王宮は大騒ぎだ!」

 と慌てて戻って来た。


「あら、お父様? そんな血相を変えてどうなさったの?」


 ジュリエッタが訊ねると叔父は身振り手振りで今、耳にしたことを話し始めた。


「え? ……まぁ! あのレジナルド殿下が?」

「そうなんだ。階段から落下して……頭も強く打っているとか……それで今は意識不明らしい」

「そんな……!」


(レジナルド殿下って確か第二王子よね?)


 こっそり叔父とジュリエッタの会話を耳に挟みながら私は考える。

 社交界デビュー前に没落した令嬢の私は、当然お目にかかったことすらない方だけれど。


 それにしても何だか不穏な話……

 だって王子なら護衛とか周りにいそうなものだし、そんな簡単に階段から落下するものかしら?

 これって実は誰かに命を──……


(なんてね! 考えすぎだし、私には関係ない話だわーー)


 そんなことよりも今は、掃除を早く終わらせないと!

 叔母はとにかく細かい所までチェックしてうるさい人だから。

 この後は洗濯物を干すという仕事も待っている。私のやることは沢山だ。


(私のお母様は大らかな性格の人だったのに)


 双子でも必ずしも性格が似るとは限らないものなのね……

 そんなことを考えながら私は仕事に戻った。



 第二王子の落下事故、は私にとってそのくらいの認識で終わるはず…………だった。



────



 しかし。

 その日以降、よっぽど今の王宮は第二王子落下事故の話で持ちきりなのか、子爵家内でも常にこの件が話題に上がるようになっていた。


「それでは……殿下は一命は取り留めたのね? お父様」

「そうらしい。だが頭を強く打ったのが原因で視力に問題が起きているなんて話も……」


 どうやら命は助かったものの王子様には他に問題が起きているらしい。


「レジナルド殿下は舞踏会に参加されると、とても優雅に踊られている方だったのに……もうあのダンスが見れなくなってしまうのは残念。一度くらいはお相手してもらいたかったのに」


 ジュリエッタが嘆いていた。

 さすがに子爵家の令嬢では 王子様との接点はなく遠すぎるのでこれは夢のまた夢。


 だけど……

 数日後、そこに意外な話が飛び込んで来た。





「───リネット! いるわよね?」

「!?」


 突然、ノックも無しに私の与えられている部屋の扉がバーンと開けられた。

 びっくりして振り返るとそこには仁王立ちしたジュリエッタの姿。


(……嫌な予感しかしない)


 全力で関わることは遠慮したかった。

 けれど当然、ジュリエッタが逃がしてくれるはずがない。

 私はこっそり息を吐くと諦めてジュリエッタの方に体を向けて顔を上げる。


「いるなら返事くらいしなさいよ!」

「……」


 ジュリエッタは私を一瞥すると、はんっと鼻で笑った。

 そして、わざとらしく咳き込んだ。


「あー……ケホケホッ。嫌ね、相変わらず辛気臭い部屋だこと」

「……」

「まぁ、辛気臭いリネットにはぴったりだけど~」

「……」


 辛気臭い部屋なのは、私に与えられた部屋が物置のような部屋なのだから仕方のないこと。

 なのでそこに文句言われても正直、困る。


 それより用事は何かしらと思って黙って見つめていると、ジュリエッタは今度はニヤリとした笑いを浮かべた。


「喜びなさい、リネット! 今から私があなたに、と~っておきの素敵な仕事を与えてあ・げ・る!」

「……」


 ジュリエッタのこの笑顔だけで分かる。

 これは絶対に素敵な仕事なんかじゃない、と。


「うふふふふ、十年前、その辺で野垂れ死にしてもおかしくなかったあなたをわざわざ助けてこの屋敷に置いてあげているんだから、あなたが感謝の印としてせいぜい私のお役に立つのは当然よね?」

「……」


 私は悟った。

 これは素敵どころか絶対にろくでもない内容の仕事だ、と。





「おお、来たかリネット。そして相変わらず辛気臭いな!」

「……」


 ジュリエッタに半ば強引に引き摺られるようにして叔父の元へと連れていかれた。

 そこで久しぶりに視界の中に私という存在を入れた叔父が、私の顔を見るなりそう言った。

 こういう時、本当に心の底から思う。


(ジュリエッタと親子の血を感じるわ)


 叔父は豪快に笑った。


「ははは、喜べ。お前のような厄介者でもとっておきの素晴らしい仕事を与えてやろう!」


(ほらそっくり。やっぱり親子だわ)


 そんなことを思いながら無言で叔父を見つめていると叔父も私をじっと見てくる。


「ふむ。まずはその辛気臭さを倍増させる眼鏡だな。これはいかん」


 そう言って叔父は無理やり私の顔から眼鏡をひったくる。

 その際に、そもそもなぜお前はこんなものを掛けているんだ? と首を捻っていた。

 ジュリエッタはそれを傍らで聞いていたけど素知らぬ顔をしていた。


「ほう。よし、顔は大丈夫そうだな」

「?」


 顔は大丈夫とは?

 意味が分からずにいると、叔父は今度はじっと私の髪に視線を向けてくる。


「髪の毛……確か、これは染めていたな? つまり色を落とせば……そうだ。元はジュリエッタと同じ色だったはず……」


 今度は髪色の話?

 いったいなんの話をしているの?


 なんてことを考えていたら、叔父はくどくど語り出した。

 それは先日からたびたび小耳に挟んでいた第二王子落下事故の話。

 王宮で起きた事故とメイウェザー子爵家との繋がりがさっぱり分からず、話半分で聞いていたところ、ようやく話が核心部分へと触れようとしていた。


「───事故後の殿下はかなり元気を失くしているようなのだ」

「仕方ないわよ、お父様。失明の恐れがあるだなんて言われたら……」

「だが、手術をすれば治る可能性があるのに、殿下は拒否しているという。これには周囲も困っているらしい」


 叔父とジュリエッタの二人は神妙そうな表情で頷きあっている。


「───そこで、だ。リネット! お前はこれからジュリエッタになって殿下のお世話係になるんだ! そしてレジナルド殿下の花嫁の座を掴んでこい!」

「おせ? …………は、い?」

 

 突然話が飛んだかと思えば、全く意味の分からない内容。

 この時ばかりはさすがの私も久しぶりに声が出た。



────



「……えっと、つまり?」


 話が終わり、自分の部屋という名の物置に戻った私は叔父に言われた内容を整理する。


 あの例の事故にあったという第二王子レジナルド殿下は、事故後、失明の危機に陥りすっかり生きる気力と元気を失くしてしまっている。

 しかも当人は手術を拒否。

 困った王宮の人たちは王子に手術を受ける決心をつけさせるため、お世話係と称した令嬢を募集。しかも身分問わず。


 ──いいか? リネット。

 そのお世話係とは……つまりは王子の花嫁のことを指す!

 世話係に選ばれるということは、即ち王子の婚約者になれるということと同義なのだ!


 叔父はそう言っていた。


「うーん……確かにレジナルド殿下に婚約者はいないらしいけど?」


 果たして、これはそういう話なのかしらという疑問が湧く。

 そして、世話係という名の王子の花嫁の座を狙っているのはジュリエッタなのになぜ、私に代わりに行かせようとしているのかというと───


「貴族令嬢は、ひと通りの家事が出来ること……ね」


 この募集にはすでに多くの高位貴族から下位の貴族令嬢までたくさん押しかけたのだという。

 だけど、殿下は誰のことも選ばなかった。

 しかし、さすがにそれでは王宮側も困ってしまい説得にかかったところ、殿下はそれならばと条件を突きつけたという。

 それが……家事が出来る令嬢ならよい! だったと説明された。


「家事が出来るって、絶対に殿下は最初から選ぶ気ないでしょう……」


 話を聞きながらそう思っていた私にジュリエッタはニヤニヤしながら告げた。


 ───私、面倒なことは嫌いなのよね。だから、殿下が手術を終えて回復するまでリネットは“私”として過ごしなさい? ああ、安心して? その後のことは私が引き受けてあげるから。


(それはつまり面倒な部分は私に押し付けて、後はいいところ取りをするつもり、ということ──)


「……痛っ」


 そっと頬を押さえる。

 叩かれた所が痛い。

 そんなことは嫌です、と口にしたら当然のように叔父に叩かれた。


「逃げられない……か」


 今夜は髪色を元に戻すという。

 ジュリエッタと同じ髪色に────


「はっ! そうよ! それなら私がさっさと落とされればいいのよね? これまでの令嬢のように追い返されれば……それで終われるわ」


 きっと怒られて殴られて嫌味もたくさん言われるだろう。

 でも、きっとそれが一番平和的に解決する!


「それに、そもそも私なんかが選ばれることは有り得ないもの!」


 そう信じて私は一度だけジュリエッタのフリをして王宮に行くことにした。


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