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18. ずっとずっと……

 

 まさかの言葉に私は息を呑んだ。

 聞き間違いなんかじゃない。

 今、殿下は私のことを“恩人のジュリエッタ”だと……言った。


(どうして?)


「僕はジュリエッタ……君の姿を見たくて手術を受けることにしたんだ」

「……」


 そう言って殿下は私の顔に掛けてある眼鏡に触れるとそっと顔から外す。

 私はされるがままで動けない。

 そして、殿下は突然目を瞑ると、いつかのように私の顔にペタペタと手を触れた。


「~~っ!」

「うん……この感じ。ほら、やっぱり君だ」

「!」

「あの頃の僕は見えていなかった分、感覚が鋭くなっていた。こうして触れるとよく分かる───君だって」


 ああ……と思った。

 これはもう無理。誤魔化せない。

 目の見えない人の感覚の鋭さがここまで凄いのだと私は分かっていなかった。


「──手術後。目が見えるようになってから僕のそばにいてくれる“ジュリエッタ”にはすぐに違和感を覚えた」

「!」


 すぐに……という言葉に驚かされた。

 殿下は寂しそうに笑う。


「でも、他の人は僕と違ってずっとジュリエッタの姿を見ていたはずなのに“前とは違う”とは誰も言わなかった……」

「……」


 そこで言葉を切った殿下の目が真っ直ぐ私を射抜く。


「それくらい君たちの見た目はよく似ている」

「……」


 だったら何故? そんなすぐに殿下には分かってしまったのか。

 殿下はそんな私の気持ちを読んだようにクスリと笑う。


「これも、僕の目が見えていなかったからなんだろうね。僕は視覚情報以外でずっと君を……“ジュリエッタ”を感じ取っていたから」

「!」


 完全に考え方が真逆だったのだと知る。

 見えていないから入れ替わってもバレないよね、じゃない。

 目が見えていなかった殿下だからこそ、視覚情報に惑わされず他の人たちみたいには誤魔化されない。

 だから、こうしてバレてしまった。


「リネット……」

「……!」


 殿下がじっと私の顔を見つめてくる。

 目を逸らさなくちゃと思うのに逸らせない。


「君の本当の髪色は偽者……いや、本物? ……ややこしいな。あの嘘つきなジュリエッタと同じ銀色なのだろう?」

「っっ!」


 私が身体を震わせたのが分かったのか、殿下は私を見つめたまま優しく笑う。


「何で分かるのかって? だって、君の母親であるセルウィン伯爵夫人はとても綺麗な銀色の髪だったじゃないか」

「!!」

「おそらく、あっちのジュリエッタに髪色を変えるようにと強制されていたのだろう? ──それも、昨日今日じゃない。ずっと昔から」

「……っ!」


 殿下の言葉に驚かされた私は更に目を大きく見開く。

 そこまで分かって?

 そうじゃない。

 ……殿下はすでにきちんと調べたうえでこの話をしているのだと知る。


(だけど、なぜ殿下はお母様のことを髪色なんて細かい所まで知っていたの……?)


 それだけがよく分からない。


「メイウェザー子爵家の使用人“リネット”のことを調べたら黒色の髪という話なのに、セルウィン伯爵令嬢のリネットは銀色の髪だったという話だったからね」


 私はそっと目を逸らす。


「これは染めさせられたのだろうなと思ったよ」

「……」

「そして、極めつけは“喋るな”かな?」


(ひぇっ!? な、何をする!?)


 腕を伸ばした殿下の親指が私の唇に触れてそっと撫でる。

 その色っぽい仕草に私の心臓がバクバクと大変なことになった。

 殿下は私の唇を撫でながら険しい表情を浮かべた。


「余計なことを喋らせないためなのか、声の多少の違いを隠すためか……どちらにせよ酷い命令だ」

「……」

「リネット。どうか僕に君を守らせてくれ」

「!」


 殿下から発せられたその言葉に耳を疑う。

 守らせて?

 殿下が私を守る……?

 怪訝そうな表情を浮かべる私の肩を殿下が掴む。


「両親を亡くしてたった一人残された幼い娘を引き取っておいて、使用人扱いして髪色も変えさせ声までも奪う……そんな家に君を帰すわけにはいかない!」

「!」

「僕と過ごした三ヶ月……君はあんなにも生き生きと喋っていたじゃないか。今だって声を出せないことが窮屈そうに見える。こんなの許せない!」


(もしかして)


 殿下は怒ってくれている、の?

 私のために……? そして守りたいって……

 もう、そんなことを私に……リネットに言ってくれる人なんて居ないって……思っていた……のに。


 そう思った俊寛、私の目から涙がポロッと溢れた。


「──リネット!」

「……っ!」


 肩から手を離した殿下が今度はギュッと私を抱きしめる。

 そのあたたかい温もりを感じて更に涙が溢れそうになって声を詰まらせた。


「────……っ」

「いいんだ。思いっきり泣いていいんだよ、リネット」


 殿下はそう言いながら私の後頭部を優しく撫でる。


「こんな胸でよければいつでも貸す。そうだ、いっそのことリネット専用の泣き場所にしようか?」

「!」


 何を言っているのかと思わず笑ってしまった。


「あ! 今、少し笑った? 笑ったよね?」


 殿下が嬉しそうに弾んだ声を出した。

 びっくりするくらい見抜かれてしまっている。

 それが何だかとっても恥ずかしかった。

 さらに殿下はそのまま私を抱きしめ続けて離してくれない。


「───好きだよ、リネット」


 ビクッ

 殿下のその言葉に私の身体が大きく跳ねた。

 好き……? 好きって……

 突然の告白に動揺する私に殿下は畳み掛けていく。


「君がジュリエッタとして過ごしていた三ヶ月……僕はすっかり君に骨抜きにされてしまった」

「!?」

「君といたら味のしなかった面白くもない食事が楽しくて美味しくなった」

「……」

「君の弾くピアノの音色に毎日癒されていた……ああ、また聞きたいな」

「……」

「君は語学が堪能だから……他国語で会話をするのも楽しかったな」


 そう言って小さく笑った殿下はわざとなのか、私の耳元に顔を寄せる。


 《───君が誰よりも愛しい、リネット》

「……!」

 《僕の最愛はたった一人。君だけだ───》


 殿下が耳元で囁いた言語は古代語。

 古代語での愛の告白───……

 耐え切れなくなった私の顔がボンッと音を立ててた。

 頬は真っ赤になりほんのり熱を持つ。


「ほら、その反応。ちゃんと古代語も理解してくれている。やっぱり君だ」

「……~~っっ」


 私が真っ赤になったまま答えられずにいると、殿下は今度は優しく私の背中をポンポンと叩く。


「リネット。僕はうっかり階段から足を滑らせて落下して頭を打って失明の危機を迎えたとても情けなくて間抜けな男だけど」

「……?」


 急な自虐に何事かと首を傾げる。


「これでも、この国の王子なんだよね」

「?」


 彼が王子様なのはもちろん知っている。

 そして、事故はうっかり事故だったのね……と今更ながら知る。


(実は変な陰謀とか裏にあるのでは……なんてつい、考えてしまっていたわよ)


 本の読みすぎかもしれない。


「──だから、君をメイウェザー子爵家から連れ出して守れるくらいの権力はあるんだ」

「……!」

「だから僕とこの先を一緒に生きていくことを考えてくれないか?」


 殿下のその言葉に私の頬が更にジワジワと熱を持っていく。

 だって、だって、だって……


(こ、これって、まさかプロポーズ……?)


 プロポーズにしか聞こえない……!


「何度でも言う。君が好きだ、リネット」


 レジナルド殿下がどんな人かは分かっている。

 嘘をつくような人じゃない。

 だから、これは本当に本当の心からの殿下の気持ち。


(私を……望んでくれている?)


 そう思うだけで嬉しくて嬉しくて胸の中が温かくなっていく。


「───ところでさ、リネット……僕はそろそろ、久しぶりに君の声が聞きたいな」

「!」

「どうか僕の名前を呼んでくれないか?」

「……っ」


 私が躊躇っていると殿下はクスリと笑う。


「僕は、リネットの声も優しくて甘くて可愛くて好きなんだよ」

「──なっ…………あ!」


 甘くて可愛い? 思わずそれってどんな声!? と思ってしまい慌てたら声が出てしまう。

 その声を聞き逃さなかった殿下が笑顔を見せた。


「はは、ようやくリネットのその可愛い声を聞けた」

「……で、殿下」

「うん。やっぱり三ヶ月間、僕を励まし続けてくれた声だ……ありがとう。やっと顔を見てお礼が言える」

「殿下……」


 そこで、私たちの目が合う。

 殿下は蕩けそうなほど甘い目で私のことを見つめていた。


「……でも、殿下じゃなくて名前で呼ばれたいな」

「え?」

「君に……リネットのその甘くて可愛い声で名前を呼ばれたい」

「なっ!?」


 この王子様、なんというキラキラな目をして注文してくるの!

 私は真っ赤になり盛大に照れる。


「駄目?」

「くっ……」


 じっと見つめられ、逃げ場のない私はおそるおそる口を開く。


「レ、レジナルド……殿下」

「うん──でも、殿下はいらないな」

「……!」


 要求が増えた!

 そして殿下はまたしてもキラキラした期待の目で私を見てくる。


「……レ、レジナルド……様」

「うん。リネット!」


 おそるおそる私が名前を口にした瞬間、殿下は今まで見たことがないくらいの顔で嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見ただけで私の胸もキュンとなる。


「ははは……ようやくリネットの“その顔”が見れた」

「え? その顔……?」


 どういう意味かと思って聞き返すと殿下はニンマリ笑う。


「照れて赤くなる顔だよ。君のこの顔もずっとずっと見たかったんだ」

「う……」

「うん、思った通り可愛い」

「か、可愛いとか……は、恥ずかしいです、から!」


 私はあまりの恥ずかしさに自分の顔を両手で覆って隠そうとした。

 けれど、殿下の手があっさり剥がしてしまう。


「無理だよ。僕はリネットのことが可愛くて可愛くて仕方がないんだ」

「殿……」

「あ、もう戻ってる。レジナルド、だよね?」

「うっ!」


 つい癖で殿下と言いそうになったら、軽く拗ねたような表情になった。

 こんな顔もするんだと、ちょっと可愛く思える。


「すみません、まだ、な、慣れなくて」

「うん……でも早く慣れてくれたら嬉しい」

「が、頑張ります……」

「……リネット」


 私が照れながらそう答えたら、殿下の手がそっと私の頬に触れる。

 そしてそのまま殿下の美しい顔が近付いてくる。


(え? これって、あ……)


 ──チュッ


 もしかして───そう思った時には私の唇は殿下の唇によって塞がれていた。

 

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殿下!手が、はやすぎますぜ(いいぞもっとやれ)(*´ω`*)
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