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11. 殿下と鉢合わせ

 


 ~~♪


(また、ピアノの音が聞こえる……)


 私は顔を上げてチラッと時計を見た。

 時間的にも朝食を終えて殿下がピアノを弾いてと欲しいとジュリエッタにリクエストしたってところかなと想像した。

 それにしても、だ。


(ジュリエッタ……朝から激しい曲を弾いているわね)


 あまり朝の気分に相応しい曲ではないような気もするけれど……

 そんなことを思いながら私は今日の仕事に向かった。




「リネットさん、外に干しに行くのでしょう? こっちもお願い」

「!」

「ああ、ちょっと待って。ついでにこれも!」

「!」


 うっわぁ、と思わず声が出そうになった。

 私の目の前にどんどん洗濯物が積まれていく。


(こ、これは運んで干すだけでかなりの重労働ね)


 そんなことを考えて苦笑する。


「じゃ、よろしくねー」

「……」


 私はペコリとお辞儀をすると、大量の洗濯物を抱えて部屋を出た。

 これらを干すのが今、私に与えられた仕事。

 なので、そのまま外に向かって不安定な足取りでフラフラ歩く。


(うーん、さすがに前が……見づらい)


 身代わりの役目を終えたのに屋敷にも戻れずにジュリエッタの専属侍女となった私。

 だけど、ジュリエッタは“主の命令”として“皆の役に立つようになさい”と言って、私に普段は離宮の使用人として働くようにと命じた。

 私への嫌がらせのために侍女として召し上げたものの、実際は私と二人っきりで部屋で過ごすのが嫌だったからだと思う。


(私もジュリエッタと過ごすくらいなら、こうして働いている方がいいわ)


 そういうわけで、殿下の相手をしなくなったことと、ジュリエッタの世話が増えたこと以外は、これまでとあまり変わらない日々を送っている。


(今日はこの洗濯物を干したあとは、侍女の仕事に戻ってジュリエッタのお茶の準備をして──……うーん、やることは沢山だわ)


 歩きながらそんなことを頭の中で考えながら、ふと窓の外を見上げた。


(今日もいい天気──)


 殿下はこの後、ピアノを弾き終えたジュリエッタと散歩でもするのかしら?

 私としていたみたいに手を繋いで……

 思わずそんな想像をしてしまう。


(って、駄目駄目! ……もう二人のことは考えないって決めたでしょう!)


 ブンブンと私は首を思いっきり横に降って自分に喝を入れた。

 そんな考えごとしていたせいで、心ここに在らず。

 また、ただでさえ前がよく見えていないのに全く前を見ておらず、考えごとをしたせいで角から人が現れたことにも気付けなかった。

 ──ドンッ

 抱えていた洗濯物ごと人にぶつかってしまった。

 突然の衝撃に驚いて運んでいた洗濯物を落としてしまう。


「───っ!?」

「痛た……びっくりしたな。ん? 何だこれ? 洗濯物?」

「……!」


(こ、この声は───)


 胸がドクンッと大きく跳ねたのと同時に私の背中に冷たい汗が流れる。


(なんてこと……)


 だって私がこの声を聞き間違えるはずがないもの。

 どうしてここにいるの? ピアノは? 散歩は?

 混乱しながらも顔を上げるとそこに居たのは───


「あれ? 君は確か……」

「……!」


 思った通りレジナルド殿下だった。

 殿下は私の周りに散らばった洗濯物を見て眉をひそめた。


「……」

「なんで君が洗濯物を持って……あぁ、そういえば君は侍女兼使用人として働いてくれているんだっけ」

「……」


 コクコクと私は頷く。

 そして、やっぱり真っ直ぐ殿下の顔が見れない。

 包帯を外した素顔がかっこいいというのもあるけれど、身代わりの件がバレやしないかとヒヤヒヤしたり、ドキドキしたりと心臓も騒がしくて破裂しそう。


「そうか。お疲れ様、ありがとう」

「……」


 殿下が私に向かって優しい笑顔を見せる。

 その笑顔を見て、いつも見えていなかった包帯の下でもこんな目で笑っていたのかな、と思った。


「ん? 待てよ。でも、これ、もしかして洗い直し……か?」


 だけど殿下は散らばった洗濯物を見てハッとし表情を曇らせると、申し訳ないといった様子を見せる。

 私は、“大丈夫です! 気になさらないでください”と身振り手振りで必死に伝えた。

 そもそも前を見ていなかったのは私の方なのだから殿下が気に病むのは違う。


「えっと、大丈夫と言っている?」

「……」


 コクコクコクと大きく頷く。

 殿下はフムッと唸った。


「大丈夫ならいいのだが……しかし本当にすまない───……ところで君、さ」

「……?」


 納得してそのまますぐに立ち去るかと思われた殿下だったけれど、何故かその場に留まり更にじっと私のことを見てくる。


(な、なに?)


 そんなにまじまじ見られるのは困る。

 私はたじろいだ。

 そんな私の気も知らずに殿下はじーっと私を見つめながら言った。


「実はさ、この間会った時も思ったのだけど、君とは初めて会った気がしない。なんでだろう?」

「───!!」


 バックン!

 思いっきり心臓が跳ねて、身体も跳ねそうになるのを必死に堪えた。


(落ち着け! 落ち着くのよ、私!)


 大丈夫。

 今、顔にはこの表情を隠せるくらいの分厚い眼鏡があるし髪色だってジュリエッタとは違う。

 今の私からはジュリエッタ要素は一切感じないはず!

 ずっと見えていなかった殿下に“私”は分からないわ!


「……えっと、確か君の名前はリ……」

「ちょっと───リネット!! 」


(え!)


 殿下が私の名前を呼ぼうとしたまさにその時。

 今度は背後からジュリエッタの声が聞こえた。

 私は慌てて振り返る。


「!!」

「そこにいるのはリネットよね? あなたったらこんな所で何をしているの!?」


 ジュリエッタが不機嫌な様子でこっちに近付いて来る。


(お、怒っている……)


「リネット。こんな所で、使用人のあなたが殿下と立ち話をするだなんて。身の程を考えなさい? 全く何をしているのかしら!」

「……」

 

 ジュリエッタは殿下の前だからなんとか笑顔を保って諭す風に話しかけてくるけれど、明らかにオーラが怒っている。

 これは、後で二人っきりになったら軽く平手打ちくらいなら飛んでくるかもしれない。


「分かっているのかしら? 殿下はね、とてもお忙しい方なのよ?」

「……」


 そう言われても……と私が困惑していると殿下が慌てて間に入って止めてくれた。


「待ってくれ。そこまで彼女を責めなくてもいいだろう?」

 

 うっ……とたじろぐジュリエッタ。


「殿下……ですが」

「ちょっとそこの角で偶然、鉢合わせしてしまっただけだよ。彼女は洗濯物を干しに行こうと運んでいて……」

「洗濯物ですって?」


 ジュリエッタの目が、殿下に見えないところでジロリと私を睨んでくる。

 その目がそれならここから立ち去って、さっさと干しに行きなさいよと言っている。

 でも……

 ジュリエッタはニコッと私に笑いかけた。

 見たことがないくらいの笑顔。


「まあ! ……そうだったのね? でもね、リネット。それなら早く仕事に戻らないと皆に迷惑をかけてしまうわよ?」

「……」


 ジュリエッタが優しい笑顔、優しい口調で私に向かってそう言った。

 それでも怒りのオーラは隠しきれておらず、殿下の前だから怒り狂いたいのを我慢して、どうにか取り繕っているのがばんばん伝わって来る。


(もう、ここから離れたい!)


 私はそうですね、という意味を込めて大きく頷くと散らばった洗濯物を集めて再び手に抱える。

 落としてしまった物は洗い直してもらわないといけないし、急いだ方がいい。


「……」


 私は殿下とジュリエッタに深くお辞儀をしてその場から駆け出した。


(……ん?)


 慌ててその場を離れて、ちょうど角を曲がる寸前。

 こそっと二人の方を見てみると、何だか揉めているようにも見えた気がした。





(ふふ、あはは! いい気味! 惨めね~)


 目障りなリネットが逃げ出した所を内心でバカにして笑う。

 すると、殿下が少し怖い顔で私のことを見ていた。


「えっ!?」


(は? やだ。殿下ったらなんでそんなに怒っているの?)


 そんな顔をされる理由が私にはさっぱり分からない。

 どうして?

 そう思ってオロオロしていると殿下が重たい口を開く。


「最初、なんで彼女にあんな高圧的な言い方をしたんだ?」

「え? こう、あつ?」


 私は首を傾げる。

 嫌だわ。

 まさか、殿下はリネットへの態度のことで怒っているの?

 あんな子のことで? 使用人よ?

 私には全く理解出来なかった。


「仕事中の彼女とぶつかってしまったのは僕の方なんだ。彼女は悪くない」

「……っっ」


 さらに殿下はリネットのことを庇い出したので咄嗟に反論する。


「……殿下、違うのです!」

「違う?」


 殿下が顔をしかめて眉をひそめている。

 私は必死に訴えた。


「実はあの子……リネットは昔から私の見ていない所では仕事をサボろうとする癖があるのです……ですから、今ももしかしたらと思って、それでちょっときつめな言い方に……」


 うるうると瞳を潤ませて適当な嘘をでっち上げて誤魔化し、殿下に縋り付こうと手を伸ばす。


「私はあの子のためを思って──」


(ふふふ。どうせ殿下はリネットのことなんて知らないもの。嘘をついたからってバレることはないわ!)


 そう思ったのに……


「……いや? それは嘘だろう?」

「え?」


 なんと殿下はそう否定すると、縋りつこうとした私の手を振り払う。

 私は今起こったことの意味が分からず、呆然と殿下の顔を見上げた。


 

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