1.10 明日へ
その夜、私は夢を見た。他人の父、転生後の父の夢だ。明晰夢だろうか、夢の中で私は、これが過去の記憶であることを知っていた。夢の中で私は家族と食卓を囲んでいた。
父は、相手が自分の娘であることを疑わない、人が良すぎる人だった。
「レナ、何か思い出したかい?」
父は私が記憶喪失だと思っていた。「ううん」と素っ気なく返すと父は「そうか」と悲しそうに笑った。悲しそうな笑いの中に、娘を気遣い明るく振る舞おうとする優しさが感じられた。他人のことながら、胸がチクリした。
夢の中で時が進んだ。私は魔法の訓練をしている。必死に的に向かい、火玉を飛ばす。しかし、火玉は途中で消え、的には届かない。息を切らしながら自身の魔法が上達しない自分に苛立ちを隠さない私に、「おやつにしないか」と父は私に呼びかけた。私は父とどう話せば良いかわからなかった。他人の娘だ。知らない父だ。返す言葉が出てこない私は、いつも私は父に素っ気なく返す。しかしそれでも父は優しく話す。仕事の休みの少ない父だが、休みの日には「おやつだ」「夜食だ」などと言って、私と話す機会を設けた。
ある日私はと二人、庭でお茶をしていた。父はいつものように明るく話した。同僚の話、人使いの荒い上司の話、あること全てを話し、会話の空白を必死に埋めるのだ。しかしその日、私は泣いた。何も知らない、他人の父が、かつての娘はそこにいないことを知りながらも、愛情を注ぐのだ。そしてその愛情は、私の心を溢れ、申し訳無さに変わった。「ごめんなさい」「ごめんなさい」と何度も言いながら、止まらない自分の涙を恨んだ。父はそんな私を見て、「いいんだよ」とまた悲しそうに笑った。私はそんな父の、悲しそうな笑顔が好きだった。
場面が変わった。鉄の匂い、べったりとした床の液体。見た瞬間、それが死んだ父であることを自覚した。しかし、私の脳はそれが父であることを拒否した。悲しい笑顔、好きな笑顔。父は愛した。私のことを娘と疑わず、全てを愛した。男と目があった。こいつじゃない。父を殺したやつは恐らく逃げた。下っ端のこいつを残して。しかし私は、そいつを恨むより他になかった。炎の呪文。父が見守る中、必死に覚えた炎の呪文。私は必死に撃った。当たらない。それでも構わず撃った。一発当たった。熱がる男に私は苛立った。殺した奴ら、父を殺した、奴らの一人。人殺しのくせに、人殺しのくせに火を熱いと感じる感性だけは持っている、それが許せなかった。私は、気がつけば護身剣で男を刺していた。父を殺したこいつらを、絶対に許さない。許さない。男は痛がった。しかしそれが私を、怒らせた。私はそいつを何度も刺した。次第に反応が薄くなる男の様子も、それはそれで恨めしかった。
どれほどの時間が経っただろうか、私は再びそれが過去の記憶であることを思い返した。そうして終わりつつある明晰夢の中で、私は悟った。
私は父を、愛していた。