星 暁④
暁視点です。
夜空達が部屋を去り……1人取り残された。
俺はシャワーを浴びてごちゃごちゃした頭を冷やしつつ、汚れてしまった体を清めた。
まあ後者に関しては俺の単なる自己満足だけどな。
「……」
シャワーを浴びる俺の胸を突き刺すのは強烈な後悔だった。
いくら同窓会でみんなに会いたいと思っていたとはいえ……酒を飲んで泥酔するなんて軽率すぎた。
その結果……こんな最悪の結末を迎えてしまったんだ……。
客観的に言えば夜空達がしたことは犯罪で、俺は被害者となるだろう。
だけど……俺自身は自分に罪がないとは思っていない。
理由や状況が何にせよ、俺が夜空と不貞を犯してしまったことに違いはない。
そもそも泥酔したのは俺自身のせいだ……。
夫として……俺にはヒカリに対して説明と謝罪を述べる義務がある。
ヒカリは当然傷つくだろうし、もしかすれば離婚を要求してくるかもしれない。
そうなったら俺は素直に離婚を受け入れるつもりだ。
本当は嫌だけど……俺にそんなことを言う資格はない。
※※※
無造作に放置されていた服と下着を身に着け……俺はホテルを後にした。
費用はあいつが支払っていたみたいだけど、別にどうでもいい。
俺が一番考えないといけないのはヒカリのことだ。
ひとまずスマホでヒカリに連絡を入れて事情を話す。
もちろん、すぐに帰って互いの両親を交えて直接彼女と話すつもりだ。
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俺は家のそばにある公園のベンチに腰を落ち着け、その場でヒカリに連絡を入れようとスマホに指を掛けようとしたその時……。
トゥルルル……。
俺のスマホに着信が入った。
相手は……ヒカリだ。
まあちょうど電話しようと思っていたところだし……ちょうど良いと思って俺は通話ボタンを押した。
「もしもし……どうしたんだ?」
『急にごめんね。 今、大丈夫?』
ヒカリの声音はどことなく不安気に聞こえた。
「あぁ、大丈夫だ」
『あの……変なこと聞くけど……”今、夜空さんと一緒にいるの?”』
「!!!」
想像もしなかった質問に、俺は思わず言葉を失った。
「どっどういう意味だ?」
「実はさっき……知らないラインが届いて……そこに、夜空さんと暁が裸で映っている写真が何枚も送られてきて……」
ヒカリはそう言って、送られてきたライン履歴のスクショを俺にも送ってきた。
そこには俺と夜空達の昨夜の様子が収められた写真が大量に送られていた。
ベッドの上で寝そべる裸の男女4人……横になっている俺の上にまたがる夜空……俺にまたがったまま天樹と流とも行為に及ぶ、いわゆる乱交……ちょっとしたアダルトサイトのようだ。
写真の中の夜空は写真を見るであろうヒカリを挑発するかのような高圧的な顔を向けている。
「おえぇぇぇ……」
俺はあまりの気持ち悪さに思わずその場で吐いてしまった……二日酔いとかそんなんじゃない!
夜空達と夜を過ごしてしまった事実を受け入れることができない俺の心が拒否反応を起こした……そんな感じだ。
ここが公園だったのが不幸中の幸いだ……。
『暁!? 大丈夫!?』
「だっ大丈夫だ……悪い、心配させてしまって……」
『私こそごめんなさい……いきなりあんなものを見せてしまって……』
言うまでもなく、ヒカリに写真を送ったのは夜空だ。
どうやってヒカリのラインIDを入手したのかは知らないが……送った理由はヒカリへの挑発と俺へと嫌がらせだろう……。
こんな決定的な証拠を見れば、もう夜空との関係をヒカリに隠すことはできない。
そうなったら俺とヒカリの夫婦関係に大きな溝を作ることができる……そんなところだろう……。
だが生憎……こんなものを送らなくても、俺はヒカリに全てを告白するつもりだ。
「ヒカリは悪くないよ……悪いのは……全て俺だ」
俺はヒカリに全てを打ち明けた……。
同窓会で泥酔してしまった俺を夜空達が何らかの方法でホテルに運び……そのまま意識のない俺と行為に及んだことを……全て打ち明けた。
『……そうだったんだ』
話し終えた後のヒカリの声音は……至ってやわらげだった。
怒り狂って俺を責め立てるか……悲しんで涙を流すか……色々想像していたが、ヒカリは冷静に事実を受け入れているように聞こえた。
「夜空達のしたことは許せない……だけど、元はと言えば俺が泥酔するまで飲んでしまっていたのが発端だ……。
いくら同窓会だからって……軽率すぎた……」
『そんなに自分を責めないで……初めての同窓会だったもの……多少ハメを外してしまうのも仕方ないわ』
「でもその結果がこのザマだ……。 それに……よく考えたら、俺がこっちに来ている間に夜空達がヒカリに危害を加える可能性だってあったんだ……。
そんなのちょっと考えたらわかるはずなのに……俺は馬鹿だ……大馬鹿だ……」
己の軽率さに……愚かさに……涙がこぼれ落ちる。
同期達に会いたいあまりに周りが見えていなかった……。
いや、それ以上に大切な……家族のことをしっかり見ていなかった……。
情けない……自分が情けない……。
俺がこんなんだから……夜空もあんな訳のわからない逆ハーレムな脳みそに変わっちまったのかもしれない……。
そんな風にまで思ってしまう。
『暁……お願いだから、そんなに自分を責めないで。 とにかく1度直接話し合いましょう……私がそちらに行くから、あなたは実家で待っていて』
「いや、ヒカリは家にいてくれ。 俺が両親と家に帰るから……話は家でさせてくれ……頼む!」
夜空のいるこの街にヒカリが来るのは危険だと思い、彼女のこの提案は却下した。
それに……ヒカリにそんな負担を掛ける訳にはいかない。
『……わかった。 じゃあ私の方も両親を家に呼んで待ってるから』
「あぁ……じゃあ家で……」
俺は通話を終え……おぼつかない足で一旦実家へと赴いた。
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昨日は同窓会ということもあり、俺が朝帰りして来ても両親はそこまで気には留めなかった。
だけど……ボロボロになった俺の顔を見て、両親の態度は一変した。
「どっどうしたのその顔!?」
「何かあったのか!?」
俺は両親にも昨夜のことを洗いざらい話した……。
そしてヒカリにもこのことを話し、これから家に帰って彼女と直接話し合うことも……。
初めは信じられなかった両親だったけど、ヒカリから送られた写真を見せた瞬間……2人共青ざめた。
「この大馬鹿野郎!!」
ボカッ!!
親父は俺の軽率な行動に怒り、俺の顔を思い切り殴りつけた。
足元が元々おぼついていない俺の体は勢いでそのまま壁に打ち付けられ、崩れるように床に倒れた。
「お父さん!!」
お袋は必死に親父を止めるが……親父は構わず俺の胸倉を掴む。
親父は昔から……浮気だの不貞だのと言った家族へと裏切りを心から憎んでいる。
もしも自分が不貞に走ったら、詫びを入れて腹を切ると本気で宣言するほどだ……。
普段は割と温厚だけど、家族を裏切った人間に対しては今のように容赦なく殴りつける傾向がある。
事実……夜空との離婚の場でも、俺やお袋が制止していなければ……夜空達は親父の手によってボコボコにされていただろう……。
個人的にはスッキリするが、どんな事情があっても暴力に訴えたら負けだ。
でもまあ逆に言えば、それだけ家族のことを大切にしているってことなんだけどな。
「それでもイッパシに嫁を貰った男か!?」
「お父さんやめてください! 暁は自分の意思であんなことをしたんじゃありません!!」
「だがそもそも、酔って寝ちまうまで酒を飲んだこいつが事の発端じゃねぇのか!?」
親父が言うことは最もだ……俺自身にもこうなった責任はある。
だからこそ、あとから来た数発の鉄拳制裁も大人しく受けたんだ。
「恥を知れ!!」
そう吐き捨て、ようやく親父は手を放してくれた。
正直、これ以上やられるとマジで意識を失いかねない。
※※※
「向こうに詫びに行くぞ! さっさと歩け!!」
親父に先導されてお袋と共に家を出た時には、俺の顔は目も当てれらないほどひどく腫れて上がっていた。
顔中がヒリヒリとするし、切ったのか口瞼の上も腫れているせいで視界も少し悪い……お袋が救急箱で軽く手当てしてくれたおかげで少しだけマシにはなった。
とは言っても……すれ違いざまに何事かと俺の顔を覗き込む人がちらほらいたが……これも俺自身が招いたことに他ならない。
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「!!!」
家に帰ると……ヒカリと彼女の両親が待っていた。
初っ端3人共、俺の顔のありさまに言葉を失ってしまった。
「あっあの……そのお顔は……」
「当然のけじめを付けただけですので、気になさらないでください」
俺が何か言う前に、親父が義父の問い掛けに答えた。
3人共も口にこそ出さなかったが、”少しやりすぎなんじゃ”と目が引いていた。
微妙な空気になったものの……ひとまず両家でテーブルを挟み、俺は改めて昨夜のことを話した。
とは言っても、義両親はすでにヒカリから軽く説明を受けていたようなので、リアクションはそこまで大きくなかった。
「事情はわかりました……それで、暁君はこれからどうなさるつもりですか?」
「なんとか証拠を集めて夜空達を訴えるつもりです。 泥酔してしまったのは俺に落ち度がありますが、あいつらのしでかしたことは完全に犯罪ですから」
義父に問われた俺は、俺自身の答えを返した。
思えば夜空が再び俺の目前に現れたあの時に、こうするべきだったのかもしれない。
今更遅いと思われるかもしれないけど……あいつらも然るべき報いを受けるべきだ。
「そうですか……では、ヒカリとの結婚生活についてはどう考えていますか?」
「……本音を言えば、このままヒカリと夫婦として生活していきたいです。 でももし……ヒカリが俺を許すことができないなら、俺は大人しく身を引きます」
これは俺自身の本心であるが、同時に親父の意見でもある。
実はここへ来る途中……親父から釘を刺されていた。
”ヒカリさんが離婚を求めてきたら、大人しく受け入れてやれ”
ヒカリをこれ以上苦しめてやるな……俺にはそう聞こえた。
俺だってヒカリを苦しめるようなことはしたくない。
ヒカリに一任する形にはなるけれど……俺自身で出した答えだ。
「ヒカリ……お前はどうする?」
義父に問いかけられたヒカリに全員の視線が集中する。
ここを裁判所に例えるならば、俺は被告人でヒカリは裁判官……。
今まさに、彼女から俺に対する判決が下される。
俺はもちろん、どんな判決でも制裁でも受け入れる覚悟はある。
「私は……私も……暁と同じ。
夜空さん達にきちんと罪を償ってほしいと思ってます。
みんな誤解しないでほしいのだけれど……私は暁のことを怒ってもいないし、離婚する気もありません。
彼とはこれからも変わらずに……夫婦として過ごしたいと思ってます」
「ヒカリ……俺に気を遣っているのなら、そんな必要はないぞ? ありのままの答えを聞かせてほしい」
俺はヒカリの答えを素直に受け入れることができなかった……。
彼女の優しさや温かさは夫である俺が良く知っている。
相手の心を守るためには、迷わず自分の心を押し殺す……ヒカリはそういう人間だ。
「勝手な解釈はやめて……私は本心しか話してないわ……」
「……」
ヒカリの言葉はいつも通りではあるが、その声には怒気が含まれていた。
彼女は怒っている。
だけどそれは……今回の一件に対してじゃない。
俺がヒカリの本心を信じることができずに、聞き返してしまったことに……彼女は怒りを感じてるんだ。
自分の言葉を信じてくれない俺の無神経さに……怒っているんだ。
「ごめん……さっきの言葉は忘れてくれ」
俺はまたもや馬鹿をやらかした……。
ヒカリをこれ以上傷つけたくないあまりにヒカリを信用することができなかった。
つくづく情けない男だと自分が哀れで仕方ない。
「暁……」
ヒカリはテーブルを迂回して俺の横に着き、俺の手に自分の手を添えた。
「私を気遣ってくれるのは嬉しいけれど……お互いに信頼し合って支え合うのが夫婦でしょう?」
「ヒカリ……」
「足が動けない私を……暁は見捨てずに愛してくれた。
だから私も……これくらいのことで暁に愛想をつかしたりしないよ?
それだけは信じて……」
「……」
ヒカリの愛情あふれる言葉に俺の胸の中をくすぶっていた何かが消え去り……彼女の手のぬくもりが俺の心を安堵させてくれた。
それと同時に、俺は思い出した!
”夫婦は互いに信頼し合い助け合うもの”
夜空との一件で忘れかけていた……当たり前の夫婦の在り方。
俺がヒカリを妻として心から大切に想っているのと同じように、ヒカリも俺のことを夫として心から大切に想っているんだ。
「ヒカリ……ありがとう……」
俺はヒカリに……愛する妻に……感謝の言葉を送った……。
互いの両親も、俺達の姿を見て安心しきったような顔で口を閉じた。
親父は俺にそっぽ向いているが、チラリと見えた口元は緩んでいた。
こうして俺は……ヒカリと改めて気持ちを通じ合い……夜空達を訴えるべく行動に出た。
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とは言っても……素人の俺達にできることなんてたかが知れている。
そのため……警察や探偵と言ったプロの力を借りないといけない。
幸運に……というべきかはわからないが、ヒカリの親戚に現役の刑事がいるらしく……彼女の口添えで捜査してくれることになった。
「それでは……お願いします」
「まあ……やるだけやってみるわ……」
見た感じ、イカついおじさんって感じだけど……話を聞く限り、悪い人ではなさそうだった。
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それから何週間か過ぎた頃……刑事さんから証拠が集まったと連絡が来て、再び俺達の家を訪ねてきた。
「まずはこいつを見てくれ、あのホテルの近くに設置されていた防犯カメラに写っていたもんだ」
刑事さんはそう言って映像を現像化した写真を数枚、懐からテーブルに広げた。
そこには天樹と流が、眠っている俺をタクシーからホテルへと運んでいる一連の行動が写し出されていた。
やっぱりあいつらが俺をホテルに運んだのか……。
「それとタクシー会社に問い合わせたら、こんなもんが出てきたぜ?」
刑事さんが自分のスマホを操作し、画面を俺達に見せた。
そこにはタクシー内で立花が夜空に報酬と称して金を受け取っている光景が映し出されていた。
「こっこれって……」
「あんたが乗ったタクシーのドライブレコーダーに映っていたんだ。
どうやらこの立花って野郎も元嫁とグルだったみたいだな」
「立花が!?」
「あぁ……本人にこの映像を突き付けてちょいと威圧してやったらペラペラと白状してくたぜ?
金欲しさにあんたの元嫁に協力したってな……取り調べしておいてなんだが、とんだチキン野郎だ。
完全に人選ミスだな……」
立花が課金か何かで金に困っていたことは知っていたけど……まさか金のために夜空の犯罪に協力するなんて……。
立花を利用した夜空も許せないが、立花のことも許せない!
刑事さんによると立花は共犯者として然るべき報いを受ける予定だそうだ。
「まあこんだけ証拠や証言があれば、あいつらをしょっ引くのも簡単だろう……」
「よろしくお願いします……夜空達に、きちんと罪を償わせてください」
「んなことは弁護士に言え!」
それもそうだった……。
まあともかく、これで夜空達は警察に連行されることになるだろう。
あいつらもこれで少しは落ち着いてくれたいいんだけどな……。
あっ! 言い忘れていたけど、俺はあの同窓会の一件以来……酒を断っている。
いわゆる禁酒だ。
期限なんて設けていない。
一生酒を断つつもりだ。
誰に言われた訳でもないし、なんならヒカリからそこまでしなくても……なんて言われるくらいだ。
だけどもう自分で決めたんだ!
あんなことが二度と起きないようにするために……俺は酒を断つ!
それが俺にできるせめてもの償いだと思っている。
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それからしばらく経ったある日……刑事さんからヒカリに連絡が届いた。
「暁! 夜空さんが車に轢かれたって!!」
「えっ!?」
刑事さんが言うには、夜空に逮捕を促した際……怖くなって逃げ出し、車道に飛び出して車にハネられたらしい……。
すぐに病院に運び込まれて命の別状はないようだけど……何をやってるんだよ、あいつは。
まあ後遺症もないって話だから……後々警察病院で治療を受けて、完治したら改めて裁判にかけられるだろうがな。
あと、天樹と流は大人しく警察に連行されていったらしい。
それがせめてもの救いかもしれない。
「これで終わったんだよな?」
「えぇ……きっと……」
そうは言われるが……正直不安だ。
あの夜空が法の裁きを受けたところで改心するだろうか?
もしかしたら、逆恨みしてまた俺達の前に姿を現すんじゃ……なんて思う自分もいる。
まああの夜空ならそうなっても不思議じゃない。
裁判で接近禁止を言い渡してもらうつもりだが、気は抜けない。
ヒカリを守れるのは……俺しかいないんだから!!
次話はヒカリ視点です。
構想的にはこれで大体半分くらい終わりました。