星 暁②
暁視点です。
ヒカリとの出会いを書いてみました。
俺は夜空とも天樹とも流とも縁を切り、他県に異動してきた。
誰も自分を知らないこの地で俺は人生をリスタートさせることにした。
仕事は以前とは異なる部分が多いため、ほとんど新入社員と変わりないレベルだ。
プライベートは夜空と家事を折半していたこともあってなんとか1人でも立て直すことはできた。
最もきつかったのは……頼れる人がいないということ……。
職場での人間関係は悪くないし……近所ともトラブルに発展しないくらいには良い関係を築けているとは思う。
だけど、親や友人と言ったそれまで近くにいた大きな存在がいないと言うのは正直寂しいし怖い。
それに……夜空達の裏切りで受けた心の傷もまだ痛む……。
そりゃそうだ……心から愛していた嫁と心から信用していた親友達に裏切られた上、あんな訳のわからない常識が欠如した馬鹿になってしまったんだ……。
不貞よりもむしろ、あいつらの異様にねじ曲がった思考の方がショックだ。
俺が傷ついていたことも……自分達がどれほど残酷な裏切りをしたのかも……あいつらはまるで理解していなかった。
執拗に俺を付け狙う夜空も正直言って何がしたいのかわからない……。
何があいつらを変えたのはわからなし、分かったところできっと理解できるもんでもないだろう……。
今はとにかく1日でもあいつらのことを忘れて、新しい人生に向かわないとな!
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「星君、本日付けでこの部署に派遣してきた北神 ヒカリ君だ」
「北神です。 よろしくお願いします」
夜空と離婚して半年後……俺は部長にデスクへと呼ばれた。
部長の横にはモデルのように美しい女性が立っていた……。
それが後に俺の妻となるヒカリだった。
「星 暁です。 まだ異動して間もないんですけど……何かわからないことがあったら言ってください」
「はい、ありがとうございます」
なんて初対面ではかっこつけてそんなことを口走ったが……ぶっちゃけて言うとヒカリの方が社員としての能力がズバ抜けていた。
俺が2ヶ月掛けてようやく覚えた仕事を彼女はわずか半月で覚えるばかりか、仕事を効率よく進めるためにマクロを駆使して様々なツールを作成し、そのたびに会社内で表彰された。
その上、人柄も良く……職場でヒカリの陰口を言う人間なんていないとまで言われるくらいだ。
その美貌ゆえに迫る男も数知れないが……仕事人間な彼女に玉砕していった男も数知れず……。
まあ俺のような凡人にとっては高嶺の花ってやつだろうな……。
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『かんぱーい!!』
ある日……俺は会社近くの居酒屋で課長が開いた飲み会に参加していた。
近々結婚する女性社員を祝福するために開かれたんだけど……途中からただのどんちゃん騒ぎになっていった。
強制ではなかったけど……その同僚には仕事で何かと世話になった恩もあるし、これといって予定もないから参加することにした。
酔いが回ってみんながガキみたいに女性社員を冷かしたり、ノリの良い課長の光輝く頭を神様みたいに拝み倒したりと……色々カオスな光景に身震いし、俺は酒をほどほどに楽しむことにした。
「……?」
そんな中……俺の目に留まったのは俺と同じく酒を静かに楽しんでいたヒカリだった。
いや……正直あんまり楽しんでいるようには見えなかった。
もしかして職場の人間関係を悪くしたくなくて、嫌々飲み会に参加したのかもしれない。
「よう! 飲んでるか?」
そう思った俺はヒカリの隣に座って声を掛けることにした。
「えぇ……まあ……」
「無理に付き合わなくたっていいぜ? そんなことで機嫌悪くする奴らじゃねぇからさ」
まあ異動して間もない俺には本当にそうかどうかわからないけど……それは黙っておくか。
「いえ……この会には自分の意思で参加しました。 彼にはいろいろと仕事でお世話になっていましたし……」
「それならいいんだけど……なんか元気がなさそうに見えてな。 なんか悩みでもあるのか?」
「……」
「いや、別に言いたくないならいい。 聞いた所で俺に何かできる訳でもないかもしれないし……」
俺がそういうと、ヒカリは手に持っていた酒の入ったコップを目の前のテーブルに置き……物寂しい目でこの会の中心人物である女性社員に目を向けた。
「別に悩んでいる訳ではないです。 ただ少し……羨ましいなって……」
「羨ましい?」
「愛する人と結婚できる彼女が……幸せそうに笑っている彼女が……羨ましくて」
「羨ましがることもないだろう? 北神はその気になればいつでも結婚できそうなんだしさ……」
この会にだって北神と結婚したい男が何人いることか……。
「私には……できません、きっと……」
「どうしてだ?」
「私……昔、お付き合いしていた男性がいたんです。 正直、結婚も視野に入れていました……だけど、彼が別の女性と浮気をして、相手を妊娠させてしまったんです。
彼は責任を取る形で私と別れてその女性と結婚しました……だけど、しばらくして彼が私の目の前に現れて……”もう1度やり直そう”って言ってきたんです」
「なんでまた……」
「疲れたそうです。 夫であることにも……父親であることにも……。
自分なりに頑張ったけど、もう嫌になったって……。
もちろんお断りしました。
不貞関係になんてなりたくありませんでしたし……それ以前に彼には一切未練がありませんでしたから」
「……」
「彼に浮気されたことはもちろんショックでしたけど……彼が責任から逃れるためだけに私の元を訪ねてきたときは、さらにショックでした。
彼にとって自分はなんだったんだって……。
結局、彼はまた浮気してその女性と離婚したと風の噂で聞きました。
それ以来、なんだか男性と恋愛関係を築く意味を見出せなくなってしまって……」
「それで仕事一筋になったのか?」
「はい……まあ元々仕事が好きだと言うのもありましたし……今の自分に不満があるわけでもありません。ただ……時々思うんです。 1人で真面目に仕事に生きていくのも良いけれど、誰かと一緒に歩く人生そんなに悪いものじゃないのかもって……。
なんて……思うだけで実際に行動に移せたことはないんですけどね」
「そうだったのか……」
「あっすみません。 こんな話を聞かせてしまって……」
「いや……北神の気持ちはわかるよ。 実をいうとさ……俺も似たようなことがあったんだ」
「えっ?」
「俺さ……少し前に離婚したんだ。 嫁とは高校時代からの付き合いでさ?
付き合ってそのまま流れに身を任せる感じで結婚したんだ。
色々苦労することはあったけど、それなりに幸せだったし……嫁のことも愛していた」
「どうして離婚されたんですか? あの……差し支えなければ……」
「まあ平たく言うと……嫁の不倫だな。 とは言っても、俺の場合はちょっとレアなケースかもしれないけど……」
まあ普通に考えたら、一妻多夫を認めてくれなんて言う嫁なんてそういないだろう……。
「そうですか……そうとも知らず、すみません」
「気にするなって! もうある程度は吹っ切れているから」
まあ逆に言えば、今もなお過去に縛られている部分があるということなんだけどさ。
やっぱり信じていた分、裏切られたショックからはそう簡単に立ち直れないってことなんだろう……。
なんて思い返しているせいか……なんだか胸の中がモヤモヤしてきたので、俺は酒を流し込んで少しだけ酔いに浸った。
「星さんは次の恋愛や再婚を考えているんですか?」
「う~ん……正直そう言ったことは考えていない。
相手がいないって言うのもそうだけど、やっぱり北神と同じく1歩踏み出せないでいるんだな……きっと」
俺がもっとポジティブだったらそう考えられたかもしれないけど……実際の俺は結構女々しい方だ。
自分で言うのもなんか空しいけど……。
「元嫁に未練はないけど……次の相手をしっかり大切にできる自信がないんだ。 なんとも情けない話だけど……」
「そんなことはありません。 私にもその気持ち……わかると思います」
「なんだか今更だけど、こんなに北神とスラスラ仕事以外のことを話したことなんてなかったよな?」
「そうですね……いつも同じ職場で顔を合わせているのに……こういった話はしたことがなかったですね」
それからはヒカリと色々な雑談をして、知らないうちに2人で笑い合っていた。
途中でヒカリに気がある男性社員達に俺達の中が怪しいと拷問されるハプニングもあったが……まあ余興ということで落ち着いた。
目はマジだったが……。
でもまあよく考えると……女性と楽しく会話したのは実に久しぶりだったな。
離婚してからというもの、女性と少し距離を置いていた節があったからな。
でもまあ……
※※※
『お疲れさまでした!』
飲み会が終わり、それぞれが帰路につく。
「星さん、今日はありがとうございました」
「いや、こっちこそ楽しく飲めたよ。 またなんか話したいことがあったら言ってくれ。
俺でも話を聞くことくらいはできるし、話せばすっきりするかもしれないしな」
「わかりました。 星さんも何か悩みや気になることがあったら、私に言ってください。
私も話を聞くことくらいはできますから」
「そうさせてもらうよ! それじゃあお疲れ!」
「お疲れさまです!」
その日以降……俺とヒカリの関係に変化が現れた。
最初はちょっとした雑談をしたり、昼休みや仕事帰りに一緒に飯を食う仲の良い仕事仲間って感じだったんだけど……月日が流れるにつれて、俺達はプライベートでも会うようになった。
2人で気になる映画を見に行ったり……アトラクション施設に遊びに行ったり……時にはどちらかの家でゲームや雑談を楽しんだりと……結構な時間を2人で過ごしていた。
客観的に見れば恋人同士のデートだろうけど……この時の俺達はあくまでも仲の良い友達だった。
お互いに独り身だし……2人で遊びに行くことに抵抗がなかったからな。
だけどそう言った日々を送っていくうちに……俺の心に変化が起きていた。
それはヒカリに対する想い……。
俺にとって光は同じ傷を背負った仲の良い友達……それに偽りはない。
ただ……俺の中では徐々に、ヒカリの存在が大きなものへと変わっていった。
ヒカリの微笑みが眩しく見える……ヒカリの声を聞くと心が癒される……2人でいる時間が永遠に止まればいいと思ってしまう……。
いや……回りくどいのはやめよう……。
俺は……ヒカリが好きだ。
いつからそう思っていたのか……何がきっかけでそう思えるようになったのか……そんなのは良くわからないし、どうでもいい!!
大事なのは俺がヒカリのことを好きってことだ!
それはヒカリと一緒にいればいるほど……強いものになっていく。
かつて夜空に対して抱いていた想いと同等……いや、それ以上かもしれない。
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ある休日……俺とヒカリは流行りの映画を見に行き、帰路についていた。
俺の中に渦巻く大きな想いはもう俺自身にも抑えきれなくなり……とうとう俺の口から……。
「北神……」
「どうしました?」
「もし……もしさ……俺がお前のことを好きだと言ったら……どう思う?」
「えっ?」
俺のさりげない告白にヒカリは足を止めてしまった……。
俺も彼女に合わせて足を止める。
人通りがないとはいえ、歩道のど真ん中で2人共突っ立ってしまうのは歩行者にとって迷惑行為だが、今回ばかりは大目に見てくれ。
「お前が好きだから、俺と付き合ってほしいって言ったら……お前はどうする?」
情のままに伝えたとはいえ、ロマンの欠片もない告白だとは思う……。
セリフもそうだけど……場所が歩道のど真ん中っていうのもなんだか味気ない気がしなくもない。
「……」
無言のまま少しうつむいてしまったヒカリ……そんな彼女を見て、俺は軽率に告白してしまったことを後悔した。
彼女の心には、恋人に裏切られた傷が今も残っている。
だからこそ次の恋愛に踏み切れないと悩み続けていたんだ。
そんなヒカリに好きだから付き合ってくれなんて……どれだけ酷なことか……。
それに……もしも俺の気持ちを受け入れてくれなければ、俺達が今まで築き上げてきた関係性が一気に崩れてしまう。
そうなれば関わることすらも苦痛に感じることになるかもしれないし、最悪……赤の他人と同レベルな関係にまで落ちてしまうかもしれない。
こんなこと冷静にちょっと考えたらわかるはずだった……それなのに俺は一時の心理的な暴走で2人の信頼をぶち壊すようなことを口走ってしまった……。
発した言葉はもう取り消すことができない……。
俺はとんでもないことをしてしまったと……強い後悔に押しつぶされそうになった。
「……星さん」
「はっはい!」
不意に名前を呼ばれて思わず声が裏返ってしまった……。
「もし……もしもですよ? 私も星さんが好きだと言ったらどう思いますか?」
「えっ?」
「私も星さんが好きで、できることならあなたとお付き合いしたいと思っています……と言ったら、どうしますか?」
オウム返しの如く……ヒカリは俺と全く同じ言葉を返した。
ただ違うのは……好意の対象がヒカリではなく、俺であるということ……。
「あの……それって……」
「今のこの関係が嫌という訳じゃないんです……ただ、もし欲を言わせてもらえるのなら……もう少し深い関係に進めたい……です……」
ヒカリの言葉を俺の脳が処理しきれないでいた……。
つまりはヒカリも俺のことが好きってことか?
俺達は両想いってやつなのか?
いやまさか……少女漫画や恋愛映画じゃあるまいし……。
「俺のうぬぼれや勘違いだったら申し訳ないんだけど……要するに、俺と付き合ってくれるってことか?」
「……はい」
顔を赤らめるヒカリには申し訳ないけど、まだ心に引っかかるものがある。
「あの……もしも俺に気を遣ってくれているのなら、そんなことしなくていいからな?
俺がフラれたってそれはお前のせいじゃないんだから……」
「いいえ、そうじゃなくて……なっなんと言いますか……」
ヒカリはここでどういう訳か深呼吸をし、改めて俺と目を合わせた。
「私もあなたのことが好きです。 だから……あなたとお付き合いさせてください」
それは紛れもなく俺に対するヒカリの告白……。
一瞬夢かと思った……こんなことが現実にあるのかと……。
互いに想い合っていたなんて……こんなある意味非現実的なこと……あり得るのか?
だけど……本当に惹かれ合っているんだとしたら、俺は……。
「ぜひ……お願いします」
俺はヒカリの手を握り……そう返した。
よく考えたら、俺から告白したはずなのに……なんかいつの間にか俺が返事をしている。
奇妙な感覚だけど……まあいいか……。
「これからよろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
こうして俺とヒカリは、友達から恋人へとランクアップした。
職場にも俺達が付き合いだした話があっという間に広がり……俺はヒカリに好意を抱いていた男性社員達からお祝いと言う名の制裁を受けた。
まあふざけ合いと相違ない範囲だから我慢できたが……ヒカリと間接キスさせろと同僚が俺にキスを強行してきたときはさすがに全力で引っぱ叩いた。
そもそもその時はまだヒカリとキスはしてなかったんだけどな……。
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そんなこんなでヒカリと正式に交際を始めたんだけど……2人で過ごす内容にはこれといって変化はなかった。
元々2人であちこち遊びに行ったり、互いの家に上がり込む仲だったからな。
今思えば独り身同士とはいえ、異様だったな。
職場でも俺達の仲を冷かす連中や俺を妬む連中がちらほらいたが、良好な関係性なのは今も昔も変わりない。
だけど……互いに想い合っていると知った俺達の心情は大きく変わった。
2人でいる時間が何よりも幸せだと感じるようになった……いつまでも一緒にいたいと強く思えるようになった。
ヒカリとなら、もう1度家族になれるかもしれない……そう思っていた。
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ヒカリと交際してから1年半が過ぎたある冬の季節……。
俺はこの日、風邪を引いてしまって会社を休んでアパートで寝ていた。
体は倦怠感で起き上がるのもつらいし、熱もまあそれなりにある。
病院の医者からは薬を飲んで安静にしていればすぐ良くなると言われているから、大事にはならないと思う。
ラインでヒカリから仕事が終わったら様子を見に来ると連絡があったのが、唯一の救いだ。
一人暮らしの身の上とはいえ、病で弱った状態では部屋で1人きりというのは堪える。
プルルル……。
仕事の退社時間を過ぎた頃……俺のスマホに仲の良い同僚から電話が掛かってきた。
「もしもし?」
『もしもし!? 星か!?』
「おぉ佐藤か……どうしたんだ?」
『落ち着いて聞いてくれ……北神が交通事故にあったんだ!!』
「……え? 今なんて……」
『北神が会社の前で車に轢かれたんだって! 彼女血まみれで……意識もなさそうで……たった今、救急車に乗せられていった』
俺は頭の中が真っ白になった……ヒカリが車に轢かれた?
意識がないってことは……生死不明ってことか?
「佐藤! ヒカリはどこの病院に運ばれたんだ!?」
『坊園病院らしいけど……まさかお前!』
俺はそこで佐藤との通話を切り、自分が風邪であること忘れて部屋を飛び出した。
次話も暁視点です。