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星 暁&ヒカリ【完】

暁とヒカリ視点の最終話です。

思えばここまで長かったな……。


「……うっ!」


 夜空に刺されて意識を失った俺は……気が付くとベッドの上にいた。

薬品らしき匂いを鼻で感じたので、ここが病院であることはなんとなくわかった。


「お気づきになりましたか?」


 目が覚めた俺に話しかけてきたのは白衣を着た男……まあ言うまでもなく医者だ。


「うっ!」


 起き上がろうとすると……腹部から鈍い痛みが走った。


「無理をしてはいけません。 手術はどうか成功しましたが、重傷であることに変わりはありませんので」


 医者の言葉に従い、俺は無理をせずベッドで横になることにした。

それから俺は、医者から事の顛末を聞いた。

意識を失う前に聞いたヒカリの声は空耳ではなかったらしい。

ヒカリは俺を救うために夜空と争ったらしく……その結果、夜空は頭を打って脳震とうを起こし、ヒカリも擦り傷などのケガを負ってしまった。

俺を助けてくれたヒカリには感謝してもしきれない……でも同時に、彼女を危ない目に合わせてしまった自分の不甲斐なさが許せなかった。

同窓会での一件を許してくれた彼女を……守ろうと誓ったのに……このザマとは。

呆れ果てて笑う気にもなれない。


--------------------------------------


「ヒカリ!」


「暁!!」


 数日後……ヒカリが俺の病室を訪ねてきてくれた。

彼女の元気な姿に安堵するものの、体にちらほら見える治療の跡が目についた。


「俺がもっと注意していれば……夜空のことをもっと警戒していれば……お前にケガまでさせることはなかったんだ……悪い……」


「謝らないで……私はあなたが無事ならそれでいいから。

私のことより、今は自分の体を大切にして……」


 不甲斐ない俺をヒカリは労わってくれた。

自分だって下手をすれば殺されたかもしれないのに……。


「お互いに支え合うのが夫婦でしょう? 私だって妻として夫を支える覚悟くらいあるんだから……責任を全て背負うようなことはしないで」


 夫婦で支え合うなんて……当たり前のことのように聞こえるかもしれない。

でも実際……ヒカリのように行動できる人間はそう多くはないだろう……。

俺も……ヒカリの立場になって彼女と同じ行動が取れるか?と問われれば……正直できるとは言い切れない。

大切な家族のためとはいえ、自分の命を天秤にかけるなんて簡単にはできない。

それを迷うことなくできたヒカリは……本当に心が強い人間なんだな。


「……わかった……ありがとう……ヒカリ」


--------------------------------------


 俺が目を覚ましてから数ヶ月……俺は退院の日を迎えることができた。

腹の傷はほとんど塞がっているし……痛みも感じなくなった。

とはいえ、無理をしてはいけないと医者にくぎを刺されている。

リハビリしていたとはいえ、長い入院生活で大分体も鈍ってしまっている。

日常生活にしても仕事にしても……少しずつ体を慣らしていくのが無難だろうな……。


「おかえりなさい……」


 病院を出た俺を最初に出迎えてくれたのは……俺よりも先に退院していたヒカリだった。

そばには俺の両親とヒカリの両親もいる。


「ただいま……」


 俺はこの日……ようやくヒカリと共に変えることができた。


--------------------------------------


 そうそう……俺を襲ってきた夜空についてなんだけど……。

彼女はあれから意識を失ったまま、病院のベッドで眠り続けているらしい。

頭を打った際に負った傷は大したことはないらしく、普通なら数日で目を覚ますらしい。

それにも関わらず、夜空の意識は戻らない。

医者達もどうなっているのか原因がわからないらしい。

ちなみに入院費は夜空の両親が出すそうだ。


 ”夜空を真っ当な子に育ててられなかったせめてもの罪滅ぼし”……だそうだ。


 俺を刺した報いを受けさせたい気持ちはあるけれど……意識不明ではどうしようもない。

口惜しい部分はあるが……今は自分の生活を取り戻すために努力し続けることを優先しようと思う。


--------------------------------------


 事件から……25年の月日が流れた。

俺は50代に突入し、すっかりおじさんだ。

あれからいろんなことがあった……。


 俺の大親友であった天樹は……数年前にこの世を去った。

なんでもあいつが働いていた工場の製品に使われていた違法な金属が原因だとか……。

俺にそのことを教えてくれたのはあいつの父親……。

天樹の両親はもうかなりの高齢なので、現在終活中らしいが……天樹の遺体は両親が自分達のために購入した墓に入れられたとか……。

あんな親不孝な人間にそんな情けを掛ける必要はないと思うかもしれないが……親子の情と言うものは、常識では計り知れない。

どんな人間に堕ちようとも……血を分けた子供であることに変わりはないんだ。

そして俺も……情を捨てきれなかった1人……。


 実は天樹の訃報を聞いてすぐ……俺は天樹の両親に頼み込んで、あいつの葬式に出させてもらったんだ。

本当は親族だけで済ませるつもりだったみたいだったけど……俺は少々強引に参加させてもらった。

俺にとっては嫁を奪った救いようのないクズ野郎だが……それでも俺の親友だったんだ。

最期くらい……”敵”としてではなく、親友として別れを告げたかった。


『元気でな、天樹』


 あの世に旅立つかつての親友に向けて送った最後の言葉……。

無難でテンプレートな言葉だろうが……見送る言葉なんて単純なものでいい。

要は気持ちだ……。


『天樹どうして……どうして……』


 棺桶に縋り付いて泣き崩れる天樹の母親の姿がなんとも痛々しく……葬式から数年経った今でも鮮明に記憶に残ってる。

父親の方は葬式の最中ずっと平静を常に装ってはいたが……。


『馬鹿野郎……』


 葬式が終わって誰もいなくなった会場内で1人……涙ながらに眠っている天樹へ悪態をついていたのを偶然見かけた。

絞り出すような声音で口にしたたった4文字に言葉……。

それには子を失った悲しみ……親を置いて先に逝った子への怒り……色々な気持ちが込められていたんだろう……。


--------------------------------------


「パパ! ママ! 遊ぼうよぉ!」


 当たり前と言えば当たり前だが……葬式には流も参加していた。

最初、子供のように会場内をはしゃいでいた流の姿に俺はいろんな意味で驚愕した。

こっそり流の両親から聞いたんだが……流はとある事件に巻き込まれて記憶喪失に陥ったらしく、精神年齢が幼児レベルにまで落ちてしまっていたらしい。

介護が必要だった初期に比べて、今は10歳かそこらくらいにまで精神が成長したらしい。

両親や近しい親戚のことはうっすらながらも認識できるようにはなった……とは言っても天樹のことだけは思い出せなかったらしい。

ただ……記憶自体は変わらず戻っていないらしい。

これからもずっとこのままなのかはわからないが……流の両親は現状維持を望んでいた。


『事件の記憶まで戻ってしまったら……流の心は壊れてしまう』


 流の父親は息子の心を守ろうと……今も必死に頑張っているんだな。

これから先、両親がいなくなった後は……親戚たちに流を託すんだそうだ。


「おじちゃんだあれ?」


「えっと……俺は……パパとママのお友達だよ?」


 俺と久々に顔を合わせるも……やはり流は俺のことを覚えていなかった。

話を聞いただけの時はピンと来なかったけど、こうして実際に接してみると……確かに流の言動は小さな子供のようだ。

かつては夜空の浮気相手として……強姦事件の加害者として対立した流……。

会ったら嫌味の1つでも言ってやろうかとも思っていたが……こんな変わり果てた姿を目の当たりにすれば……もうそんな気も起きない。

同情しているのもあるけれど……やっぱり天樹同様……こいつにも友達としての情が捨てきれないんだな……俺……。

 

--------------------------------------


 あの葬式以来……流とは会ってもいないし連絡も取っていない。

会いに行く理由がないし……今のあいつは家族と静かに暮らしている方が幸せなんだと思う。

俺が原因で夜空のことやあの頃のことを思い出させるのもなんだし……。

また……俺は年に1回、”かつての友人として”天樹の墓参りに行っている。

夜空の件で学生時代の友人達や親戚一同に関係を断たれ……夜空と流もあんなことになってしまった今、定期的に天樹の墓参りに来る人間は両親くらいだ。

そんなの……なんだか生きていたこと自体を忘れ去られたみたいで悲しいじゃないか……。

天樹に対して思うところがないと言えば嘘になってしまう。

でもせめて……天樹の両親が天樹の元へと旅立つその日まで……俺はあいつのそばにいてやろうと思う。

甘いと思うかもしれないけど……それが俺の出した答えだ。


--------------------------------------


 そうそう……ほんの少し前に警察から聞いたんだけど……25年間意識不明だった夜空が目を覚ましたそうだ。

ただ……精神が錯乱しているようで、現実と夢の区別がつかないらしい。

何度も自殺未遂を繰り返したらしく、今はどこかの病院で精神のケアに専念しているらしい。

だが相当深い所まで堕ちてしまったようなので、望み薄だそうだ。


『私は今もあっくんの隣にいる』


『あっくんと私は幸せになるんだ』


 呪詛のように俺の名前を何度もつぶやいているそうだ。

俺もはっきり言って夜空が何を言っているのかさっぱりわからない。

事件についても……目を覚ましたとはいえ、夜空がこの状態ではきっと……精神鑑定とかで無罪になるだろう。

まあ俺も今更あの事件を掘り返すつもりはないし、そもそもあいつにはもう会いたくない。

今でもたまに……包丁を振り下ろす際に見た夜空の不気味な笑みがフラッシュバックするくらいなんだから……直接本人に会うなんて考えただけでゾッとする。


--------------------------------------


 まあ色々あったが……一応これで夜空達とのことは決着した……かな?

思い返してみれば……夜空に”3人の妻になりたい”とかなんとかカミングアウトして以来……本当につらいことばかりだったな。

だけどさ……俺の人生は何も暗いことばかりじゃない。

幸せなことだってあった……。

ヒカリと結婚して夫婦仲良く幸せに暮らしている……というのもあるけれど。

実はあれから……奇跡のような幸せが舞い込んできたんだ。


それは…………。


&&&


 暁を助けた際に動いた私の足は事件直後にまた動かなくなった。

残念には思ったけど……暁を助けられたのなら別に良かった。

そう思っていたんだけど……。


「!!!」


 あの事件から1年後……私はいつも通り病院でリハビリを受けていた。

そして一時の休憩の最中……私の足に小さな変化が起きた。


「ゆっ指が……指が……動いた」


 今まで全く動かなかった足の指を……自分の意思で動かせた!

右足の親指がほんのちょっとだけ動いただけだけど……それは私にとって確かな変化だった。

あまりに唐突な出来事だったので、私もその場にいたスタッフさんもしばらく目を丸くしていた。


「とっとにかく先生を呼んできます!!」


 それからすぐ担当医にも足を診てもらったけど……私の足は医学的に説明が難しいほど奇跡的な回復を見せていたらしい。


--------------------------------------


 指が動いた奇跡を皮切りに、私の足が少しずつ動くようになっていった。

最初は指を少し動かすことしかできなかったけど……数ヶ月後には全ての指を動かすことができた。

そして指と連動するかのように、足もほんの少しだけ動くようになり始めた。

足も最初はちょっと浮かせる程度のことしかできなかったけど……。


「たっ立った!!」


 厳しいリハビリを続けていたある日……私はとうとう自分の足で立てるようにまでなった。

立った瞬間、その場にいた暁と抱きしめ合って2人で大喜びしたな……。

思えば暁と抱き合うなんて……私が横になっている時にしかできなかった。

それがお互いに立ったままできるようになるなんて……本当に心から神に感謝した。


--------------------------------------


 最初はほんの数秒しか立ち続けることができなかったけど……それもリハビリを続けていくうちに立てる時間が徐々に増えていった。

そして立てるようになり、今度は歩く練習を始めて……半年後。


「ヒカリ! やったな!」


「うん!」


 この日、公園で暁に手を引いてもらいながら歩く練習をしていたら……私は自分の足を1歩だけ進ませることができた。

この時も2人で大声をあげて喜んだんだけど……ふと我に帰った時に周囲の家族連れが騒いでいる私達に注目していることに気づいたときは、恥ずかしさのあまり2人して顔を赤らめていたっけ……。


--------------------------------------


 奇跡の1歩から1年ほど経つと……私は1人でもベッドから立ち上がれるようになった。

歩行も壁伝いにだけど……家の中を自由に歩けるようにまでなった。

まあ体力不足が理由で少し歩くだけでバテてしまうから、暁は無理をするなと心配してくれていたけど……私は家の中ではなるべく歩くようにしていた。

大きな進化を遂げたとは思うけれど……まだまだ暁達の手を煩わしてしまうことはある。


 ”暁の精神的な支えとなり……日常的な助けになりたい”


 それが私を奮い立たせる大きな目標であり、原動力でもあった。


--------------------------------------


 あの病院の事件から25年の月日が流れた今……私の足は事故前とほぼ変わらないレベルにまで回復していた。

家の中では暁の手を煩わせることなく、家事をこなすことができるようになり……外出の際も短距離なら車いすなしでも行けるようになった。

なんなら走ることもできる……ほんのちょっとだけだけど……。

まあ自由にあちこち行ける訳じゃないから、車いすを完全に断ち切ることはできないけれど……私は一般的な妻としてなすべきことをなせる今がすごく幸せだ。

暁に車いすを押してもらっていた頃とは違い……今は彼と肩を並べて歩くことができる。

かつて足が動かなくなって絶望していた時の自分では、想像すらできなかっただろう……。


--------------------------------------


 ただ……良いことばかりじゃない。

少し前に警察から聞いたんだけど……夜空さんが意識を取り戻したらしい。

でも現実と夢の区別もつかないほど精神が錯乱しているらしく、まともに会話することもままならないらしい。

今でも暁のことを想い続けているような言葉をつぶやき続けているらしいけれど……当の暁は不気味にしか思っていない。

あの時の事件については、精神鑑定で無罪になる可能性が高いらしいけれど……正直、どうでもいい。

もう私達にとって、彼女は過去の人間だ。

今更何をどうこう言う気もない。

彼女への怒りや憎しみは……彼女に投げかけたあの言葉と共に心の奥へとしまっている。

せめて私達に関わらないところで、真っ当な人生を送ってほしい。

今の私が夜空さんに望むことはそれだけだ。


--------------------------------------


 足が動くようになったことは私達にとって大きな奇跡だ。

だけど実は……私達に起きた奇跡は”もう1つ”ある。


--------------------------------------


「おはよう……」


 ある朝……台所で朝食を作っていると、起床した暁がリビングに顔を出してきた。


「おはよう……眠そうね?」


「ふわぁぁぁ……まあな」


「日曜だからって夜遅くまでアニメ鑑賞なんてするからよ。 アニメが好きなのは良いけれど……健康のためにも、十分な睡眠は取ってください」


「はい……」


 全く……私もアニメが好きだから見たい気持ちはわかるけれど……睡眠をおろそかにして体調を崩してしまったらアニメどころじゃないでしょうに……。

お互い決して若くないんだから……健康面には気を付けてほしいものね。

なんて言ったら……またしょんぼりしちゃうから言わないけどね。


「ふわぁぁぁ……ねみぃ……」


 暁が椅子に腰かけるのと同時に階段を下りてきた寝ぼけ眼の青年……。


「おはよう、ひなた


「おはよう……母さん」


 彼の名前はほし ひなた

私と暁の……子供だ。

彼こそが……我が家に舞い降りたもう1つの奇跡。


※※※


 私が壁伝いに家の中を歩けるようになり始めた頃……私は暁にあることを頼んだ。


「暁……お願いがあるの」


「なんだ?」


「私と……子供をつくってほしいの」


「えっ?」


「ダメかな?」


「ダメとかじゃなくて……危険じゃないのか?」


 暁は子づくりのリスクを危惧していた。

ただでさえ、妊娠と出産は想像を絶する過酷なものだ。

奇跡的な回復を見せているとはいえ、自由に歩くこともままならない私が子供を作るなんて、リスクが高すぎた。

暁を結婚してから、互いに子供のことは口にしなかった。

そのことに対して少なくとも私は不満に思ってはいなかった。

だけど……足が回復していくにつれて、私の心に大きな願い……欲が芽生えた。


 ”暁との子供が欲しい”


 夫婦であれば何もおかしくない普通の感情かもしれないけれど……私にとってそれは半分、自殺行為だった。

だけどそもそも……子供を産むというのは命がけのことだ。

母親になりたい女性達はみんな……自らの命を懸けて子供を生んでいるんだ。

リスクだけを言うのなら、母親全員に言えること……。

みんなリスクを負う覚悟で子供を産むと決めたんだ。


「わかってる……自分がどれだけ危険なことを言っているのかくらい……。

それでも……私はあなたとの子供がほしい。

これは私自身のわがままでしかないから、強制はできないけれど……生半可な覚悟で言っている訳じゃない!」


「……わかった。 そこまで言うのなら、俺も俺なりに命を懸けてお前と子供を守る!」


 私の覚悟を聞いた暁は……子供を了承してくれた。

それから互いの両親にもこのことを伝えたけど……みんな私の体のことを危惧していた。

私の身を案じて危険なことはやめろと両親は強く私に言いつけてきたけど……私の意思は変わらなかった。

そんな私の覚悟に、両親達も折れてくれた。


※※※


 そして生まれたのが……陽だ。

名前の由来は”太陽のように温かい人になってほしい”と2人で願いを込めて付けた。

出産までの道のりは想像以上につらかった……。

だけど……決して後悔はしなかった。

自分で言いだしたことなんだから……弱音は言えない。

それに……せっかく私達の元に来てくれた命なんだから……自分の命を懸けてでも生むことこそ、親として当然の責務でしょう?


※※※


「おっ、陽! お前が捕まえた指名手配犯がニュースに出ているぞ」


「捕まえたって……たまたまニュースで見た顔を帰宅時に見かけただけだよ……それに実際に捕まえたのは警察だし」


「感謝状までもらっているくせに……謙遜するなよ」


 実は数週間前……陽が大学からの帰宅時に指名手配犯の男を見つけ、警察に通報したと言う事件が起きていた。

なんでも会社の金を横領した罪で、警察から逮捕状が出る前に逃走したらしい。

その犯人が町中を歩いているのを陽が見つけたらしい。

暁は誇らしげにしているけれど、私は陽の身に危険が及ばなかったことに心から安堵した。


「犯人の名前は伊藤直哉か……随分悪そうな顔をしているな」


「共犯の伊藤安奈とか言う女と横領に一枚噛んでいた娘も逮捕されたみたいだね」


「全く……世の中には恐ろしいことをする親子がいるな」


「ネットで噂になっていたのを見たんだけど……娘の方は旦那に浮気相手との子供を旦那の子として育てさせていたらしいよ……いわゆる托卵ってやつ」


「まぁ……」


「しかも托卵がバレるかバレないかで賭けをしていたんだって……」


「そういえば昔……ニュースで似たような事件が報じられていたな」


「子供や夫を賭け事の道具に使うなんて……ひどい話ね」


「そうだな……きっと、きちんとした処罰が下るさ」


 そうね……きちんとした処罰を受けて、更生してもらいたいわ。

夜空さんのような哀しい人間を増やさないためにも……。


※※※


「じゃあ俺、そろそろバイト行ってくるね」


 朝食を済ませ、仕度も済ませた陽は嬉しそうな顔で玄関へと走っていった。

実は今日……陽は小学校時代で仲良くしていた同級生達とプチ同窓会を開く予定があり、バイトが終わった足でそのまま同窓会の会場に行くらしい。


「待て、陽! 父さんが言ったことを覚えているか? 飲酒できる年齢になったとはいえ……」


「酒はほどほどにしろ……だろ? もう何度も聞いたよ」


「くれぐれも酔っぱらって人に迷惑をかけるようなことはするなよ?」


 同窓会と聞いて、暁は陽のことを心配していた。

かつての自分のように……取り返しのつかない過ちを犯さないように……酒については何度も陽に言いつけていた。

ちなみに暁は今も酒は断っている。


「わかってる! これでも将来、警察官を目指しているんだ! 常識的な範囲で飲むようにいつも心掛けているよ」


 陽は満面の笑みを浮かべて家を出ていった。


「心配いりませんよ……あの子はしっかりとした子ですから……」


「そうだな……」


「じゃあ陽も行ったことだし、私達もそろそろ行きましょう」


 実は私と暁も今日……会食の予定が入っていた。

相手は暁が務めている社員達。

暁の同僚でもあり、私の元同僚でもある。

今も交流がある同僚は何人かいるけれど……実際に会って食事をするのは今日が初めて。

私にとってもある意味、同窓会のようなものだ。


「じゃあ今日は俺が運転するよ」


「寝不足気味な人が何を言っているの? 今日は私が運転しますから」


「だっ大丈夫か?」


「少なくとも、今のあなたよりは安全に運転できる自身はあるわ」


「……」


「だいたい会食を予定していた日の前日に夜更かしなんてしないでください」


「すみません……」


 足が動くようになったことで、私は運転もできるようになった。

あまり長時間の運転はできないけれど……。

半分寝ている暁には運転させるわけにはいかない。

家族のためにいつも頑張っている暁だけれど……こういう抜けているところは変わらないのね……。

まあ……だからこそ、私が支えないといけないんだけどね……。


「さあ行きましょう……」


「おぅ!」


 私達は車に乗り込み……家を出た。

かつては通院のたびに暁に運転手をかってもらっていた私……それが今、暁を助手席に乗せて自分が運転している……なんとも皮肉なものね。


--------------------------------------


 私と暁の今の楽しみは……陽の成長だ。

陽の夢は警察官……。

たくさんの人の安全を守るヒーロー……陽の瞳に映っている警察官とはそういう存在だ。

警察に憧れ……いつから自分が警察となって人を守る仕事がしたいと小学生の頃からずっと夢見ていた。

あの子ならきっと叶えられるわ……。

だってあの子は……奇跡の中で生まれた子なんだから。

私が暁と結婚した奇跡……夜空さんから暁を助けられた奇跡……足が回復した奇跡……そして、私の元に生まれた奇跡……。

たくさんの奇跡が今のあの子を作った……。

夢を叶えるために努力している陽だからこそ、また奇跡は起こると信じている。

そしていつか……私達の元を巣立ち、家族を持つようになる。

その時……あの子に伝えたいことがある。

それは私達夫婦が心にいつも刻み付けている想い。

それを陽の子供へと……そして孫へと……伝えてほしい。


 ”家族は互いに助け合うもの”


 私達がここまでこれたのも……その初心を忘れなかったからだと思う。

そしてこれからも……私は家族と共に幸せへと向かって歩き出していく。

過去を振り向かず……前だけを見て……。

これにてこの物語は完結です。

最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。

気が向いたら、ほかの話も読んでみてください。

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