星 ヒカリ③
ヒカリ視点です。
ちょっとご都合展開的な場面がありますが、あまり深く考えていません。
暁が夜空さん達にはめられた事件の裁判……。
彼女達は有罪判決を受けて刑務所に送られていった。
当然の報いだとは思う気はするけど……暁の顔はあまり晴れやかじゃなかった。
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裁判が終わってからしばらく経ったある日……。
私は通院している病院で足のリハビリを受けていた。
暁も休日と言うこともあって付き添ってくれていた。
付き添ってくれたのはありがたいけど……せっかくの休暇なんだからゆっくりしてほしかったと言うのが本音だ。
暁自身が言ってきたこととはいえ、申し訳なさはあった。
結局……リハビリの成果はこれと言って現れず、時間が過ぎ去っただけだったんだから。
※※※
「マジかよ……今日は雨降らないって天気予報で言ってたはずなんだけどな……」
リハビリが終わり……病院から出た瞬間、唐突に大雨が降りだした。
スマホで天気予報を確認すると……一時的な通り雨みたい。
「俺がひとっ走りして車を取ってくるからヒカリはここで待っていてくれ。
雨が止むのを待っているのもなんだし……」
「大丈夫なの?」
「すぐそこだから大丈夫!」
暁の言う通り……彼の車が停車している場所は病院の入り口からさほど離れていない。
駆け出せば多少濡れる程度で済むかもしれないけれど……それで体調を崩さないとも限らない。
私自身は雨が止むまで待っていても構わないけど……リハビリ中、ずっと病院で待たせっぱなしにしていた暁のことを考えると……”雨が止むまで待っていよう”なんて安易には言えない。
私は黙って、雨の中を駆け出していく暁の背中を見送った。
※※※
「……あっ! いけない!」
暁が駆け出して行ってから2分ほど経過した……。
私はふと、あることを思い出した。
「駐車券……渡してなかった……」
私がポケットから取り出したのは、この病院の駐車券。
実は先ほど……受付で次回の通院日を予約するついでに駐車券の受付も済ませようと暁から預かっていたんだけど……雨の衝撃で暁に渡しそびれていた。
わざわざ説明するほどのことじゃないけれど……駐車券を駐車場に設置されている機械に通さないと、停車している車を出すことはできない。
「……」
このまま待っていたら、暁も駐車券のことを思い出して戻ってくるだろう。
だけどそれは二度手間だし、さすがに申し訳が立たない。
往復などすれば距離が近くとも、ずぶぬれになってしまう。
「!!!」
私は羽織っていた上着をフードのようにかぶり、意を決して車の元へと急いだ。
それが私と暁の運命を大きく変える選択だったとは……この時は夢にも思わなかった。
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「暁!!」
雨の中、暁の車の元へたどり着いた私の目に飛び込んできたのは……ぐったりと地面に横たわっている暁と、包丁を手にこちらを振り向いている夜空さんの姿だった。
雨で視界が鈍っているけれど……雨水に包まれている暁の体から赤い液体が雨水と共に地面へ流れているのもうっすらと見えた。
「なっ何をしているの!!」
私の問いかけに答えず、夜空さんは倒れている暁の方へと向き直し……包丁を振り上げた。
「やめてっ!!」
私は車いすで勢いよく夜空さんに突っ込んだ。
考えるより先に体が勝手に動いた……暁を守ろうと……。
すでに死んでいるなんて悪い可能性は頭になかった。
暁は絶対に生きていると……私は信じて疑わなかった。
根拠なんてものは現状、もちろんないけれど……。
ガチャン!!
私の渾身のタックルは夜空さんの体に当たりこそしたが……彼女にちょっとしりもちをつかせるだけに留まった。
よくよく考えれば、助走なしの車いすによるタックルなんてたかが知れている。
しかも雨で手が滑って、思うように車いすを漕ぐことができなかった。
「うっ!!」
対して私はタックルの勢いで車いすが横転し、地面に投げ出されて身動きが取れなくなってしまった。
体のあちこちから痛みを感じるが……今はそんなことを気にしていられない。
「お願いやめて!!」
私は必死に這いつくばって、しりもちをついた直後の夜空さんの腕を掴んだ。
その掴んでいる手には包丁が握られている……下手をすれば自分も刺されてしまう危険があることくらい、わかっていた。
だけどそれ以上に……”暁に死んでほしくない”と強い気持ちが恐怖心を押しのけ、私の体を突き動かした。
「!!!」
でも夜空さんは……無慈悲に私の腕を振りほどき、何事もなかったかのように立ち上がってしまった。
振り向きざまに夜空さんが私を見下ろした際に……互いの目が合った。
彼女の顔は冷たい能面のように何の感情も表れていない……もうこの世に未練なんてないと目が絶望に染まっているようにも見えた。
何が彼女をこんな凶行に走らせているのかは私にはわからない……。
だけど、どんな理由や訳があったとしても……暁の命を奪って良い理由にはならない!!
「……」
夜空さんは私に背を向け、再び包丁を振り上げて暁に迫り始めた。
暁の息の根を完全に止めるつもりだ……。
もう私は眼中に入れる価値もないってことなんでしょうね……。
私は無我夢中で彼女の凶行を止めようと必死にもがいた。
だけど……足が動かず地面につっぷしてしまっている私にはもう……彼を助けることはできない。
助けを呼ぼうにも……近くには誰もいない上に雨の音で多少の音はかき消されてしまう。
スマホを使えば確実に助けを呼べるだろうけど……それではもう手遅れだ。
暁を今、助けられるのは私しかいない!!
それなのに……それができない。
目の前で夫が殺されそうになっているのに……助けることすらできない自分を心から呪った。
私が事故に合った時……暁は風邪を引いたまま病院に駆けつけてくれた。
そしてそれからずっと……何もできない私のことを支え続けてくれた。
それなのに私は……暁が殺されそうになっているのを黙って見ていることしかできない。
無力な私をいっそ、暁の代わりに殺してくれとさえ思った……。
「動け動け動け……」
無力な私だけど……諦めることはどうしてもできなかった。
私は歯を食いしばって両腕に渾身の力を込めて上半身を起こした。
もう自分の体がどうなったっていい!!
暁を助ける!!……自分の命と引き換えにしても!!
そう強く想ったその時……私の体に信じられない変化が起こった。
「!!!」
事故以降……指1本も動かなかった私の両足が……突如として動いた!!
そして自分でもどうやっているのかわからないまま……私はその場で立ち上がった。
神が与えた奇跡か……火事場の馬鹿力というやつか……何が起きたのかはわからないけれど、今はそんなことはどうでもいい!!
「わぁぁぁ!!」
私は獣のような雄たけびをあげ……勢いのまま夜空さんの背を突き飛ばした。
今まで人に危害を加えるようなことをしたことがない私には……非常事態とはいえこんな暴力的な手段に訴えることにどこかした抵抗があった。
それを抑えて今は暴力にすがるしかない……。
その決意の表れと迷いが、私の口からこんな声を出させたんだと思う。
「!!!」
私に突き飛ばされた夜空さんは大きく転倒し……駐車場に設置されているブロック目掛けて頭を強く打ち付けた。
私自身は突き飛ばした瞬間……足の力が一気に抜け、駐車枠から飛び出す形で転倒してしまった。
「うっ……」
さっきよりも強い痛みが体中を支配した。
倒れた夜空さんは頭から血を流して動かなくなってしまった。
気を失ったのか……死んでしまったのか……それはわからない。
暁の容態も確かめたい気持ちはあるものの……痛みで体が自由に動かない。
とにかく今のうちに、スマホで助けを呼ぼう!!
そう思っていると……。
キキーン!!
「おいっ! どうした!?」
通りかかった車が倒れている私を見つけ、運転手の男性が私に駆け寄ってくれた。
後で知ったことなんだけど……この男性は入院している母親のお見舞いにきていたらしく、駐車場で空きスペースを探そうと車を転がしていた時に偶然私を見つけてくれたようだ。
こんな視界が悪い駐車場で、彼が気を緩めていたら私は気が付かれないまま車の下敷きになっていたのかもしれない。
「あの!! 主人を助けてください!!」
私は駆け寄ってくれた男性に暁のことを懇願するように伝えた。
車の事故で足を奪われた私が、車の運転手に助けを求めるなんて……なんだか皮肉に感じるわ。
「おい、兄貴! 医者呼んできてくれ! 俺はこの人達を見てる!!」
「わかった! 待ってろ!」
助手席から降りてきた男性の兄が病院へと走って行ってくれたところで……私は一気に意識が遠のいていった。
せめて暁の安否だけでも確認したかったのだけど……。
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次に目が覚めると……私は通院している病院のベッドの上にいた。
両隣には私の両親が涙を流しながら私の目覚めを喜んでいた。
「よかった……本当に良かった……」
「なんで2人共……」
「病院の先生から連絡があったんだ……ヒカリがケガをしたって……」
両親によると……あれから日をまたいで、今は朝の10時らしい。
そんなに眠っていたんだ……私……。
「そう……暁は!?」
「大丈夫。 かなり深いケガだったけど……命に別状はないわ。 後遺症も特にないそうよ」
両親の話によると……暁はあの後すぐに手術室に運ばれて治療を受けたみたい。
病院がすぐそばにあったことと、早い段階で処置が行われたことが幸いして、どうにか一命はとりとめたみたい。
「よかった……」
私はほっと胸をなでおろした……。
暁が生きている……私にはそれだけで十分だ。
だが私には、気になることがもう1つあった。
「夜空さんは……どうなったの? あの駐車場で倒れていたはずだけど……」
「彼女は……」
両親の話によると……夜空さんもあの後、病院で治療を受けて私のいる病室とは別の病室にいるらしい。
外傷は大したことはないらしいが、頭を打った際に脳震とうを起こして意識を失ったそうだ。
ただ……どういう訳か、彼女の意識はあれから何時間も経った今もなお、戻らないそうだ。
彼女を治療した医師もその原因について、打ちどころが悪かったとしか説明できないらしい。
要するに原因不明ということだ。
「そうそう……叔父さんがあなたの意識が戻ったら連絡してほしいって名刺を頂いたわ……事件の詳細を聞きたいそうよ……どうする?」
「うん……私は大丈夫だから、連絡してもらえる?」
「わかったわ……」
母が連絡を入れてから間もなく、叔父さんが私の病室を訪ねてきた。
「すまねぇな……つらいだろ?」
「ううん……大丈夫だから」
「そうか……なら早めに済ませよう」
私は叔父さんに今回の事件のあらましを話した。
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話を終えて叔父さんが警察署に戻った後……私は両親と共に意識を取り戻した暁の病室を訪ねた。
ちなみに足はあれからまた動かなくなった。
理由はわからないけれど……私は特に気にしていない。
あの時に動いてくれたおかげで暁を助けることができたんだから。
「ヒカリ!」
「暁!」
暁の顔を見た瞬間、私は気持ちを抑えきれずに彼がいるベッドへと駆け寄り……彼の手を握りしめた。
「ヒカリ……大丈夫だったか?」
「私は大丈夫よ……あなたこそ、大丈夫?」
「まあなんとか……それよりヒカリ、お前……夜空に何かされなかったか?」
心配そうに私を見つめる暁を落ち着かせるために……私は私自身が覚えている範囲で事の経緯を説明した。
「そうか……お前が助けてくれたのか……」
「私は無我夢中になっただけ……。
あなたを助けてくれたのは、あの場を通りかかってくれた人とこの病院のお医者様よ」
「そんなことはない……お前がいなければ、俺は今頃あいつに殺されていた。
本当にありがとう……」
「暁……」
「それにごめん……俺のせいでお前にケガなんかさせてしまって……」
「それはあなたのせいじゃないわ……」
「いや……俺がもっと注意していれば……夜空のことをもっと警戒していれば……お前にケガまでさせることはなかったんだ……悪い……」
「謝らないで……私はあなたが無事ならそれでいいから。
私のことより、今は自分の体を大切にして……」
「……」
「お互いに支え合うのが夫婦でしょう? 私だって妻として夫を支える覚悟くらいあるんだから……責任を全て背負うようなことはしないで」
「……わかった……ありがとう……ヒカリ」
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それから数週間後……私は退院の日を迎えることができた。
暁の退院はまだ少し先になるようなので、しばらく私は実家に戻ることにした。
しかし……私は病院を出る前に、どうしても行きたい場所が……会いたい人がいるので、両親に少し時間をもらった。
「……」
私はとある病室を訪れていた。
そこには暁を苦しめていた……いや、今もなお苦しめている元凶とも言うべき女……夜空さんがベッドの上で眠っている。
彼女は結局……あれから1度も目を覚ましてないらしい。
医者達があれこれと最善を尽くしてはいるものの……原因が全くわからないらしい。
まるで呪いにでも掛けられているみたいだと……医者がぼやいているのを入院中に耳にしたことがある。
脳は正常に動き、外傷も治ろうとしている。
それなのに意識が戻らないんだから……呪いというもの案外、的を射ているのかもしれない。
とはいえ……事件を起こした張本人がこの状態では、いくら証拠や証言が揃っていても法で裁くことはできない。
自らの罪を償うこともせず逃げるなんて卑劣だと思う……。
でも本音を言えば……私は彼女にこのまま意識と取り戻してほしくないと思っている。
あの駐車場で彼女と目が合った時に理解した……。
この人は普通じゃない……逮捕されることも法で裁かれることも恐れていない。
でなければ、出所して間もなくあんな凶行には出ないはず……。
反省と言う言葉が心にないこんな人間には……どんな説法や罰もきっと意味がない。
どういう理由で暁を殺そうとしたのかは知らないけれど……このまま目を覚まさないでいてくれるなら、知らないままでもいい。
「二度と目を覚まさないでください」
眠っている彼女にそれだけ言うと、私は病室を後にした。
本当はもっと言いたいことはあるけれど……意識のない人間に言った所で空しいだけ……。
だからその私の中に渦巻く感情の全てをこの言葉に込めた。
そして心の中で神に強く祈った……。
”上原夜空と顔を合わせるのはこれで最後にさせてください”……と。
次話は夜空視点です、
夜空は次で最後にしたいと思います。
長くなりそうならまた区切るかもしれませんが……。




