星 暁⑤
暁視点です。
これまでと比べて短めです。
逃走の際に負傷した夜空であったが……ようやく病院の許可が下り、彼女達の裁判が始まった。
証拠の写真や映像も揃っているし……協力者である立花の証言もある。
裁判は俺達が有利のまま進んでいった。
「俺達は何も悪いことはしてねぇ! ただ夜空を裏切った暁に当然の制裁を与えただけだ!
そもそも男のくせにレイプだのなんだの騒ぎやがって!! 俺達に文句があるなら拳で語れよ!!
弁護士だの裁判だの……男にくせにやることが汚ねぇんだよ!!」
被告席でそう叫び続けるのはかつての親友である天樹……。
あいつは悪びれる様子もなく、同じような言葉を繰り返し叫び……何度か刑務官に押さえつけられていた。
現実から逃げている……とかじゃなく、本心からそう思っているみたいだ。
……なおさらたちが悪い。
ここまで来ると怒りよりも哀れみの方が勝ってしまう。
天樹の隣にいる流はうつむいたまま震えている。
自分の過ちに気づいたのか……裁かれそうなこの現状を恐れているのか……。
まあ少なくとも、天樹よりは正常に思えるな。
※※※
「被告……証言台へ」
「はい……」
検査が長引いて遅れていた夜空がようやく裁判所に顔を出してきた。
顔や体にある生々しい傷跡が、悲惨な事故の詳細を物語っている。
まあ同情には値しないがな。
だがどういう訳か……あれだけ騒いていた天樹が夜空が現れた途端、借りてきた猫のように大人しくなってしまい……あっさりと自分の非を認めた。
自分の過ちに気づいてくれた……のか?
「被害者は私です……悪いのは私を裏切った彼です。
私のしたことに、過ちなんて微塵もありません」
天樹と流が自らの罪を受け入れる中……夜空は最後まで自分の非を認めようとしなかった。
だが結局……3人には有罪判決が下った。
だけど不思議なことに……俺の心はあまり晴れなかった。
ざまぁみろと思えるはずなのに……なんだか空しくなってきた。
兄弟のように仲が良かった親友と……心から愛していた元妻……。
自業自得とはいえ……そんな奴らと裁判で争うことになってしまったことを、俺は心のどこかで悲しんでいたのかもしれない。
もうこれ以上、過去の思い出をぶち壊すようなことはしないでくれ。
今後一切関わりたくはないが……願わくばどうか……罪をしっかりと償い、俺達の知らない所で……幸せになってほしい。
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裁判が終わってから……随分月日が流れた。
俺は変わらずヒカリと慎ましくも幸せな日々を過ごしている。
あの一件以来、高校の同期達との交流自体は続けているが……酒自体は一滴も口にしていない。
これはヒカリを傷つけてしまった俺の背負うべき十字架だ。
法的に罪がなかろうと……けじめはつけるべきだ。
会社の飲み会も基本断っているが、一切絶ってしまうというのも……仲間と親睦を深めるという意味合いではあまり良いものじゃない。
だから2ヶ月に1度だけ、飲酒なしの食事会と言う形で仲間達と親睦を深めている。
禁酒の件は上司や同僚達にも伝えており、みんな快く受け入れてくれていた。
本当に俺は周りの人に恵まれていると……改めて思った。
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ある休日の午後……。
俺はこの日、ヒカリのリハビリに付き添う形で彼女が通院している病院を訪ねていた。
ヒカリは週に何度も病院でリハビリを頑張っているものの……依然として良い兆候は見られない。
まあこればかりは長い目で見るしかない。
ヒカリ自身が元気でいてくれるのなら……俺はそれでいい。
※※※
「ごめんなさい……せっかくの休日だっていうのに……」
「好きで付き添ってるだけなんだから気にするな! それより腹減ったからさ、どっかで飯でも食おうぜ!」
「そうね……あっ!」
ザー!
病院から出た瞬間……嵐のような大雨が空から降ってきた。
いや……嵐っていうのは言い過ぎたかも……。
「マジかよ……今日は雨降らないって天気予報で言ってたはずなんだけどな……」
「今、スマホでチェックしてみたんだけど……通り雨みたいね。
1時間くらいで止むそうだけど……」
俺もスマホで天気をチェックしてみたが……通り雨の範囲自体は狭いようで、車を30分くらい走らせら、雨雲の下から抜け出せそうだ。
「俺がひとっ走りして車を取ってくるからヒカリはここで待っていてくれ。
雨が止むのを待っているのもなんだし……」
「大丈夫なの?」
「すぐそこだから大丈夫!」
俺は病院前の屋根のあるエリアにヒカリを待たせることにした。
ここなら大勢人が行き来しているから……ヒカリに何かあっても大丈夫だし、車を取ってくるだけだから5分と掛からない。
俺は雨の中を駆けだし、自分の車の元へと向かった。
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「ひぃっ! これはきついな……」
距離的に近いとはいえ……傘もささずに雨の中を走ればそれなりに濡れる。
早く車に乗らないと……全身ずぶぬれだ!!
ピー!!
俺は車のロックを解除し、ドアを開けようとドアノブに手を掛けようとした時……
ピチャピチャ……。
後ろから誰かが走ってくる気配を感じ……反射的に振り返った次の瞬間!!
ザシュ!!
「え……」
俺はいきなり正面からタックルを受け……同時に腹部から鈍い痛みを感じた。
目線を落とすと……俺の腹に”包丁”が突き刺さっていた。
俺は……刺されたんだ。
そして……おそるおそる目の前にいる俺を刺した相手の顔を見上げると……見知った顔がそこにあった。
「よっ夜空……」
そう……俺を刺したのは……”夜空”だった。
そういえば……出所日は少し前に過ぎたんだったな。
それでどうして……こんな所へ来て俺を刺すんだよ……。
俺への逆恨みか?……そう思ったが、夜空の顔は不気味なほど笑顔だった。
俺に対して憎しみや怒りなどはなく、ただただ愛おしいと言わんばかりに微笑でいた。
ある意味、刺されたことよりも俺は驚愕した。
「迎えに来たよ? あっくん」
「がっ!!」
夜空は意味の分からない言葉を口にし、俺の腹に刺さっていた包丁を勢いよく引き抜きやがった。
当然、傷口から血が噴き出し……俺は血と共に体中の力が抜け、自分の車にもたれかかるようにその場で崩れた。
逃げようにも……出血が激しくて足が動かない。
声を出して助けを呼ぼうにも……雨の音で遮られてしまう。
この駐車場に誰か来てくれたらいいんだけど……俺の運が悪いのか……誰も来ない。
「お前……なんで……」
腹の傷を抑えながら……俺は声を絞り出した。
「やっとわかったんだ……。 私は……あっくんを心から愛している。
あっくんさえいれば、ほかには何もいらない」
「は?……」
何を言っているんだよ……。
お前には天樹や流がいるんじゃないのか?
そう言いたい所だが……うまく言葉が出てこない。
出血がひどいせいだろう……。
「でもね? ”今のあっくん”はヒカリを愛しているんでしょ?
だから私のことを愛せないんでしょ?
最初はあの女を殺してあっくんを奪い返そうと思ったんだけど……それじゃあきっとあなたは私の元に帰ってきてくれない。
だからね? 決めたの……」
夜空は血まみれの包丁を振りかざし……。
「あっくんを殺して私も死ぬ……そうしたら永遠にあなたは私と一緒……どう? 素敵な考えでしょう?」
こいつ……何を言っているんだ?
いや……夜空の思考を読み解くことは俺にはできない。
はっきりとわかることは……こいつは俺を殺そうとしているってことだ!!
「ふっふざけるな……」
「大丈夫! 私もすぐ逝くから……アッチでまた2人で幸せに暮らしましょう?」
俺は傷の痛みを必死にこらえ……その場から逃げようと全身に力を注いだ。
冗談じゃねぇ!!
このままヒカリを残したままこんなところで死んでたまるか!!
俺はあいつをまだ幸せにしてやれていないんだ……。
こんな女の勝手な理屈で殺されてたまるか……。
ちくしょう!!
意識が……朦朧としてきた……。
いやだ……俺は生きたい……。
ヒカリと……最期の時まで生きていたい……。
「あっくん……大好きだよ!」
夜空は俺に向かって包丁を振り下ろしてきた。
もう……ダメなのか……。
あぁ……もう意識が……もたねぇ……。
俺の人生は……ここまでなのか……。
……ヒカリ……ごめん。
「暁!!」
意識が途切れる直前……ヒカリが俺の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。
それがヒカリの自身の声だったのか……ただの空耳だったのか……俺にはわからなかった。
俺の意識はただ……深い闇の中へと落ちていくしかなかった。
次話は夜空視点……の前にヒカリ視点でこの後どうなったかを書いてから、夜空の末路を書きたいと思います。