奏石 流④&奏石(父)
前半が流視点で、後半が父親視点です。
どうして視点が分かれているのかは読んでいただければわかると思います。
良い末路が思いつかず、若干非現実的な部分を挟んでいます。
「うっ裏切り者って……僕は裏切ってなんかいないよ。
夜空さんが言ってたじゃないか……誰とも別れる気がないならそれは浮気でも裏切りでもないって……」
「だから自分のしたことも浮気じゃないって言いたいわけ?……あんたマジで頭どうかしてんじゃない?」
「でっでも僕は……夜空さんのことを夫として今でも愛しているんだよ?」
「何が愛してるよ、気持ち悪い。 妻以外の女に気持ちがうつむいた時点でそれは完璧浮気なのよ! 浮気しておいて……裏切っておいて……意味不明な言い訳を押し付けないでくれる?」
「だけど……夜空さんだって兄さんと僕を愛してくれていたじゃないか。
だから僕も……2人を愛そうと……」
「一緒にしないでよ……気持ち悪い。
私のはひたむきな純愛……あんたのはただの醜い浮気よ!
そんな簡単な違いもわからないとか……どれだけ頭が悪いの!?」
正直言って……夜空さんの言っていることはさっぱりわからなかった。
夜空さんが兄と僕を愛することは純愛で……僕が夜空さんとゆずを愛することはただの浮気……。
一体何がどう違うのか……僕には理解できなかった。
「つーか、あんた……その女とシタの?」
「えっ? したって……何を……」
「その女と寝たのかって聞いてんの!?」
「そっそれは……うん」
実は僕とゆずは……1ヶ月ほど前に1度だけ体を重ねた。
溜まった性欲を満たしたいという気持ちは否定できないけれど……それ以上に2人の関係を深めたいという純粋な気持ちが強かった。
僕のゆずへの気持ちが軽いものじゃないと証明するため……互いのぬくもりを感じて深く愛し合うため……決して快楽だけのために行為をしたわけじゃない。
「夜空さんに言いそびれてしまっていたのは申し訳ないけれど……僕は夜空さんのことを忘れたりはしなかったよ? 僕にとっては2人共大切な女性だから……」
「やめてっ! 気持ち悪い!!」
夜空さんに金切り音のような声を張り上げられた僕は驚き、言葉を止めた。
「さっきからぐちぐちと……くだらない言い訳ばかり並べて……そんなので浮気を正当化しようとしないでよ! 見苦しい!!」
「よっ夜空さん……」
「なれなれしく名前を呼ばないでよ! 浮気野郎!!」
「落ち着いてください、夜空さん」
どうにか夜空さんの気持ちを静めようと不用意に近づいてしまった僕は……。
バチンッ!!
「うっ!!」
夜空さんに平手打ちを喰らってしまった……。
彼女の僕を見る目はすさまじい軽蔑に染まっていた。
ずっと僕達に愛を注いでくれていた優しい目の彼女はそこにはなかった……。
「触らないでよケダモノ!! あんたなんかもう……夫でもなんでもない!! 出ていけ!!」
癇癪を起した夜空さんは部屋の中にあるものを手に取り、僕達に向かって投げつけ始めた。
「やっやめて! 夜空さん!」
「出てけ! 出ていけっ! 裏切者!! クズ野郎!!」
本やプレスチック製の物ならなんとか我慢できるけど……さすがに皿とかガラス製品まで投げつけられたらケガをしてしまうし、当たり所が悪ければ死に至る可能性だってある。
僕は仕方なく、ゆずを連れて部屋を出ることにした。
『ゴミカス野郎!! 二度と顔を見せるな!!』
僕達が部屋から出てもなお、夜空さんは投げるのをやめなかった……。
きっと僕達がこの場から立ち去らない限り……暴れ続ける気なんだろう……。
「ゆず……行こう」
「うん……」
僕はゆずを連れてやむなくアパートを去ることにした……。
あとから夜空さんに何度か連絡を入れたけど……彼女は応えてくれなかった。
多分ブロックしているんだろう……。
あんな鬼のような気迫を僕に向け、物まで投げつけてきたんだ……もう僕に対する感情は怒りと憎しみしかないんだろう……。
あの時僕に向けてきた恐ろしい目が呪いのように僕の心を縛り付ける。
夜空さんに対する想いがなくなったわけじゃないけれど……正直に言って今の彼女には近寄りがたい。
彼女との仲を修正したい気持ちはあるけれど……僕の心が彼女を恐れている。
自分がどうするべきなのかははっきり言ってわからないけれど……ひとまず今はお互いのために距離を置いた方が良いと思う。
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「ごめんゆず……迷惑をかけてしまった上に、泊まらせてもらって……」
アパートを追い出されたその日、僕はゆずの厚意で彼女のアパートに泊めてもらっていた。
「気にしないで。 それより……これからどうするの?」
「正直……わからない。 少なくとも、今の夜空さんは僕を受け入れてはくれないと思うから……アパートには帰ることはできない」
「そう……ねぇ、流。 もしよかったら……私の田舎に来ない?」
「田舎?」
「うん……実はさ、近々今の会社をやめて田舎の実家に戻ろうと思ってるんだ。
ウチの親、農業をしてるんだけど……最近腰を悪くしてしまって……人手がいるんだ」
「だから……ゆずが帰るってこと?」
「うん……私自身、どっちかって言うと田舎の空気の方が肌に合っているし……親のために何かしてあげたいって思ってたし……でも、流と会えなくなるのは嫌だったから……ずっと悩んでいたんだ」
「そうだったんだ……」
「それで……どうする?」
「……」
今の僕とこの町を繋げているのは夜空さんの存在だけだ。
今働いているコンビニのバイトにはやめたところで未練もない。
両親とは縁を切っているし……行方知れずの兄とはそもそも関わりたいとも思わない。
交流のある友人も特にいない……。
僕には夜空さんだけだった……でも彼女は僕を拒絶している。
今の僕の居場所は……ゆずだけだ。
そのゆずが……親のために田舎に帰りたいというのなら……答えは決まっている。
「行くよ……僕も行く。 ゆずと一緒に帰るよ」
「ありがとう! 流ならきっとそう言ってくれるって信じてた!」
ゆずと離れたくない……ゆずの願いを聞き入れてやりたい。
そんな思いから、僕は彼女の提案を受け入れた。
時間が今の最悪な状況を癒してくれることを祈り……僕は心機一転してゆずの田舎へ移住することにした。
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「やあ、よく来たね」
「こんな田舎に……よくお越しくださいました」
ゆずの田舎は僕が元いた町からかなり離れた山奥にある村。
コンビニもなければ電波すら通っていない不便な場所だけど……ここには愛するゆずがいる。
それだけで僕は幸せだった。
それに……ゆずのご両親はとても親切で、初対面である僕を温かく迎え入れてくれた。
「いえ……今日からよろしくお願いします!」
なんだか二世帯に住む新婚夫婦って感じで高揚感が湧くな……。
農業なんてやったことはないし、力仕事なんて自信はないけれど……自分なりに頑張ろうと思う。
※※※
「なんだか眠いな……」
その日の夕方……ゆずの実家でおいしい夕食をごちそうしてもらった直後、猛烈な眠気が僕を襲った。
ここまでの移動で疲れたのかな?
「流、眠いの?」
「うん……すごく……」
「じゃあもう休んだら? 仕事は明日からでいいし、お布団は敷いておいたから」
「ありがとう……じゃあ悪いけど、もう寝ることにする」
「おやすみなさい」
僕はゆずの厚意に甘えて、一足先に就寝することにした……。
彼女が用意してくれた布団で横になった瞬間……僕の意識は遠のいた。
これじゃあ就寝というよりも気絶だな……。
※※※
「……うっ!」
「あっ! 起きたの?」
何の兆しもなく、ふと目が覚めると……僕の横に寝巻姿のゆずがいた。
「ゆず……!!」
起き上がろうとした瞬間、僕は違和感に気づいた。
信じられないことに……僕の両腕は鉄の鎖で壁に繋がれていた。
いや……両腕だけじゃない!
両足にも鉄球が付いた鎖に繋がれている。
しかもどういう訳か……僕は全裸になっている。
「ゆっゆず!! これは一体……なんだんだよ!?」
うろたえる僕にゆずはどういう訳か、にこやかに微笑んできた。
ただそれは……今まで僕が見てきた温かなものではなく、能面のように冷たいもののように感じた。
「何を言っているの? お仕事だよ?」
「しっ仕事?」
「うん……あっきたきた」
僕達がいる寝室のふすまが突如として開かれると……大勢の女性たちが部屋になだれ込んできた。
その女性達は少なく見積もっても見た目平均で50代後半で、しかもどういう訳か……全員一糸まとわぬ姿だった……。
「なっなんだよ!? この人達」
「何って、今夜の相手だよ? ここにいるみんなを流に孕ませてほしいの」
「は? 何を言ってるんだよ……訳がわからないよ!!」
「あのね?……」
ゆずの話をまとめると……。
この村は昔……大勢の若い夫婦達が家族を連れて都会に移り住んだことが原因で、住人の数が一気に減少し……村の平均年齢が爆発的に上がってしまったらしい。
今の村には30代以下の人間がゆずを含めて10人にも満たないようで……いずれ村の住人全員が天命をまっとうし、村の血が絶えるのも時間の問題らしい。
そこで都会から若い人間を呼び寄せ……村の人間達と混じらわせることで子供を作り、この問題を解決しようという結論に至ったらしい。
しかも僕以外にも連れてきた人はかなりいるらしく……中には病死してしまった人もいるらしい。
「なっ何を言ってるんだよ……」
「だから今説明したでしょ? 流にみんなと子作りしてもらいたくてここに連れてきたんだって……本当は私も参加したかったけど……私、子供が作れない体だから意味ないんだ」
ゆずの言葉の意味を……僕は1ミリも理解できなかった。
いわゆる少子高齢化が問題であることはわかったが……それでどうしてこんな方法を取ることにしたのか、さっぱり意味が分からない。
「ふっふざけるな!! 僕はそんなこと……承諾した覚えはない!!」
「仕事を手伝うって言ったじゃない……私のために、この村で尽力するって言ったでしょ?」
「それは農業を手伝うって意味で言ったんだ!!」
「私、流に”農業を手伝って?”なんて一言も言ってないよ?」
確かに……今思えば、ゆずは自分が農業を手伝うために帰るとは言っていたが、僕にも農業を手伝ってほしいとは言っていない。
でもだからといって……こんなとち狂った”仕事”なんて引き受けられるわけがない!!」
「ゆず……まさか最初からこうするつもりだったのか? 僕とこの人達を混じらわせるためだけに……ここへ連れてきたのか?」
「そうだよ? だって若い男ができることなんて種をまき散らすことだけでしょ?
一目見た時に、種がいっぱい出そうな男だなって思ってずっと狙ってたんだ。
実際、ホテルでシタ時に確信したよ?
流は大人しい顔だけど、種をたくさん持ってる男だってね?」
「そんな……」
「大丈夫だって! ご飯は毎日3食食べさせてあげるし、トイレも処理してあげるから垂れ流していいよ?
休憩時間も設けてあげるから……ヤリすぎて死んじゃったら元も子もないからね」
「うっ嘘だったのか……僕のことを好きだって言ったのは……嘘だったのか!?」
「嘘じゃないよ? だって村のために種をたくさんまき散らしてくれる人なんだから……大好きに決まってるじゃん」
「なんだよそれ……ゆずにとって僕の価値は種だけなのか? 種があれば誰でもよかったのか!?」
「誰でも良い訳じゃないよ? 流みたいに種をたくさん出せて、なおかつ顔立ちが整っている人が私の理想だったんだ」
結局……僕を男としてじゃなく、種床としてしか見ていないってことじゃないか……。
「あら……まだ始めていなかったの?」
異様なこの空間に……足を踏み入れてきたのは、ゆずの母親だった。
「ごめんね? 流が駄々こねちゃって……」
「まあ……これだけの女性に種を仕込めるというのに……贅沢な方なのね」
「お父さんは?」
「この前来た女性に仕込みに行ったわ。 あの人ったら、可愛い子が来たってはりきっちゃって……フフフ……」
ゆずと狂った会話をしつつ……母親まで身に着けていたものを全て脱ぎ去ってしまった。
「久しぶりに若い男を味わえるわ……」
顔を赤らめて息を荒げるその様子は……盛りのついた獣以外の何者でもない。
「くっ狂ってる……お前ら全員狂ってる!! ここから出せ!! 僕は帰る!!」
「何を言っているの? 女は妊娠したら出産って言う命がけの仕事があるんだよ?
流は種をバラまくだけなんだから……気楽じゃない。 色々子作りのための薬とか買っておいたから、頑張って!」
こいつら子供を……命をなんだと思ってるんだよ!!
もうこいつらは人間じゃない!!
脳みそのないケダモノだ!!
「やめろっ! こっちへ来るな!!」
裸の女達は身動きが取れない僕を取り囲み……僕の体をまさぐり、いやらしい音を立てて舐め始めた。
無理やり舌を絡めた濃厚なキスまでしてきた時は口を閉じて抵抗したけど、多勢に無勢で強引に口を開かされてしまった。
「やめろやめろやめろ……触るなぁぁぁぁぁ!!」
心から女達を拒絶しているはずが……僕の体はどういう訳か熱を発し、子作りの姿勢を維持し始めた。
おそらくゆずが言っていた薬を寝ている間に飲まされたんだろう……。
でなければ、こんなおぞましい場面で興奮する訳がない。
今思えば……あの猛烈な眠気も、夕食に睡眠薬でも盛られていたのかもしれない。
こんなトチ狂っている連中ならそれくらい平然とやるだろうな。
「フフフ……若いだけあって元気ね? ではそろそろ……種を頂きましょうか」
「やっやめろ……やめてくれ……」
「存分にまき散らしてください。 流さん?」
「やめてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
僕の叫び声は空しく部屋中に響き渡り……この時だけで何人もの女性達に種を仕込まされたのだった。
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それからどれだけの時間が経ったのかは……わからない。
部屋には時計なんてないし……窓からわずかに見える外の光景を頼りに日にちを数えていたが……それも1週間を過ぎた辺りから数える力もなくなり、日にちの感覚を完全に失ってしまった。
あれから高齢女性達が入れ替わりに僕の種を採取していく……。
食事や水は定期的に与えられるが……身動きが取れないため、介護のように取らざる負えない。
トイレもその場で垂れ流し……ゆずや誰かが始末する。
1日中天井を見上げ……ケダモノ共を迎え入れるしかない毎日……。
いっそ死にたいとすら思った僕は何度か舌を噛み切ろうとしたが……うまくできなかった。
それどころか自殺未遂がバレて、さるぐつわまでさせられた。
もう僕には種を提供する以外のことが許されない……。
これから天命をまっとうするまで、永遠にこの地獄が続くんだ……。
……。
一体どうしてこうなってしまったんだ……。
夜空さんというものがありながらゆずに気を許してしまったからか?
両親を悲しませたからか?
人妻だった夜空さんに……想いを打ち明けてしまったからか?
もしもこれまでの僕の行為が過ちだったというのなら……僕は一体どうすればよかったんだ?
誰か……誰か教えてくれ!!
僕は……なんのために生まれてきたんだ?
…………。
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俺の名前は奏石……至って普通の会社員だ。
俺には妻と2人の息子がいる……いや、”いた”と言った方が良いのかもしれない。
俺の息子である天樹と流は夜空と言う女にうつつを抜かしていた。
夜空には元々夫がいて、彼らの関係はいわゆる不倫関係に当たる。
しかもどういう訳か……夫であった暁君と共に3人で夜空の夫になると言い出し、暁君が離婚した後もその女と一緒にいると言って家を出てしまった。
俺も妻もどうにか2人を説得しようとしたが……聞き入れてはもらえなかった。
大切に育ててきた2人の息子を奪われたことで、妻は精神的に参ってしまい……精神科に通院するようになった。
もう2人には俺達の声は届かないと半ば諦めて、俺は妻2人で空しくも慎ましく過ごしてきた。
※※※
それから3年後……俺達の耳に天樹と流が逮捕されたというニュースが飛び込んできた。
なんでも夜空と共謀して、暁君に強姦を働いたとか……。
証拠や証言も完璧にそろっており、3人は有罪判決を受けた。
「なんで……どうして……」
傍聴席で裁判の行方を共に見ていた妻が泣き崩れてしまった。
まだ過去の傷が癒えきっていない妻にこの事実はあまりにも残酷なものだった。
無論俺自身もそうだ……。
不倫だけでなく、犯罪にまで手を染め……わずかに残っていた俺達の信頼まで踏みにじった愚かな息子達を思い切り殴りつけたくてしかたなかった。
2人は自分達の保身で頭がいっぱいだったのか……俺達がいたことには気づいていなかったようだ。
いや……もう俺達など眼中にすらないということなのかもしれない。
そして裁判の結果……全員に有罪判決が言い渡されてしまった。
わかっていたこととはいえ……さすがに俺も意気消沈してしまった。
妻に至っては裁判が終わってから数週間……寝込む始末。
面会にも行こうとはしたが……息子達に拒否されたことでか叶うことはなかった。
”俺達に最初から子供などいなかった”
俺は自分自身にそう言い聞かせ、息子達のことを忘れ去ろうと努力した。
これ以上何かあれば……妻の心が壊れてしまう。
妻の心を支えることこそ……今の俺がやらなければいけないことだ。
これ以上息子達を深追いしても……希望はない。
俺は……父親の役割を放棄し、夫としての役割を優先した。
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裁判から1年半ほど経ったある日……俺と妻はとある病院を訪れていた。
そこは妻が通院している精神科ではなく……医療設備が県内最高と呼ばれている大病院だ。
きっかけとなったのは数時間前……俺のスマホに掛かってきた電話。
相手は警察で、端的に言うと”ご子息が入院しているので病院に来てほしい”と言う内容だ。
俺は妻を連れて病院へ向かい、そこで出迎えてくれた刑事に案内されるがまま……息子が入院している病室へと向かった。
「こちらです……」
俺達が病室に足を踏み入れると……ベッドで上半身だけを起こしている流の姿がそこにあった。
その隣には、担当医らしき白衣の男性が立っている。
「流……」
俺が呼び掛けると……流は目を丸くして首を傾げた。
そして次の瞬間!!
「あーう?」
「えっ?」
流が開口一番に口にした言葉は……意味不明な単語だった。
「なっ流? どうした?」
「あう?」
「流! 一体どうしたの!? しっかりして!!」
「あぶぶぶ!」
俺達が何度呼び掛けても、流の口から出てくるのは訳の分からない単語だけ……。
「けっ刑事さん!? 流はどうしてしまったんですか!?」
流がここで入院していること以外何も聞かされなかった俺は、そこにいた刑事に詳細を聞き出した。
刑事の話によると……こうだ。
ひと月前……とある田舎町の交番にボロボロの服を着た女性が”とある村で襲われそうになった”と供述しながら飛び込んできたという。
警察が女性の供述を元に捜査を進めると……その村では若い男性や女性を村人達が監禁し、強姦していたという恐ろしい事実が発覚した。
なんでも年々減少する村の人口を増やしたいがために、若い人達を監禁して子供を強制的に作らせていたらしい。
無論関わっていた村人達は逮捕され……監禁されていた人達も保護された。
そして……その保護された人達の中に、流がいたそうだ。
流もほかの被害者同様に強姦されたらしく……半年以上監禁され続けていたようだ。
逮捕した村人の中のゆずと言う女の供述では……流がそのゆずという女に心を許し、村へと移住したのが事の始まりらしい。
事件発覚のきっかけとなった女性も同じ口とか……。
病院の検査の結果……流の体は目立った異常やケガはなかった。
ただ……。
「一種の記憶喪失です……」
「記憶喪失?」
医師の言葉が理解できず、俺はそのまま聞き返してしまった。
「長い間監禁され、性加害を受け続けたことで……ご子息は精神的に追い込まれ、本能的に自分の心を守るために記憶をなくした……というのが私の見解です」
「そんな……」
記憶喪失とは言われたが……訳の分からない単語を繰り返し、両腕を意味もなく振り回しているその姿は……まるで赤ん坊だ。
記憶喪失と言うより……幼児退行と言った方がしっくり来る。
つまり流は……自分の心を守るために、自分の記憶だけでなく……言葉までなくしてしまったということなのか……。
もはや日常生活すらままならないだろう……。
「あの……息子の記憶は戻るんでしょうか!?」
妻は必死の形相で医師に問いかけた。
「わかりません……何かのきっかけで戻るかもしれませんし……永遠にこのままであるかもしれません」
「そんな……」
「申し訳ありません……今の医学では、人の記憶にまでは及ばないんです」
医師の言葉に、妻は泣き崩れた。
俺もショックのあまり立ち尽くし、妻をフォローする余裕すらなかった。
流は永遠にこのままなのか?
仮に記憶が戻ったところで、流が苦しむだけかもしれない。
俺はどうすれば良いのか……全くわからなかった。
「あーう?」
考えがまとまらない俺の手を……流が無邪気な笑顔で掴んできた。
まるで俺を元気づけようとしているようだった。
なんだかこうしてみると……子供の頃の流に戻ったようだ。
流も小学生の頃は……とても臆病で、外で迷子にならないようにと……俺の手を掴んで離さなかった。
そのたびに俺は言った。
”大丈夫だぞ、流! お父さんがついているからな!”
そう言うと……流は安心しきった笑顔を俺に向けてきた。
……。
そうだ……何を迷っているんだ?
今の流には助けが必要だ……。
そして流を助けられるのは……親である俺達だけ。
記憶が戻る戻らないの問題じゃない……俺達にある選択肢は1つだけ!!
「母さん……流を引き取ろう」
「あなた……」
「流をもう1度……家族として迎え入れよう。
記憶があろうとなかろと……流は俺達の子供だろう?
俺達2人で……流を支えよう」
「……そうね。 あなたの言う通りだわ」
妻は俺の言葉に賛同し……涙をぬぐって立ち上がってくれた。
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しばらくして俺達は退院した流を家に連れ帰り……家族としての生活を再スタートさせた。
赤ん坊のようになった流と生活を共にするのはもちろん大変だ。
金銭面でも生活面でも……俺達には負担しか掛からない。
だけど不思議と……充実感はある。
まるで止まっていた時間が再び動き出したようだ。
妻も以前とは見違えるように、明るくなっていた。
流の記憶がこれからどうなるかはわからないが……どうなろうと、俺達が家族であることに変わりはない。
いつまでもこうして……家族水入らずで暮らしていきたい。
ただ……ここに天樹がいないことだけが心残りだ。
あのバカ息子がどこで何をしているかはわからないが……どうか元気でいてほしい。
そして息子達にこれだけは忘れないでいてほしい。
”俺達はいつまでもお前達の親だ”。
次話は暁視点を少し挟んだ後、夜空視点に行きたいと思います。
いよいよ話も大詰めになりました。
最後までしっかり書ききります!!




