奏石 流③
流視点です。
長くなりそうなので、これも区切ります。
警察に逮捕された僕は警察から事情聴取を受けた後、留置所で裁判が開廷するを待つことになった。
兄も僕と同じく留置所に収監されたと刑事さんが言ってたな。
夜空さんについては命に別状がないとはいえ、治療に専念するために入院しているらしい。
心配だけど……今の僕にはどうすることもできない。
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これからの不安や夜空さんの安否の心配……いろんなものが僕の胸を締め付け続けた。
つらくて……苦しくて……1人孤独に過ごす毎日が……僕にとっては地獄だった。
もしも有罪が決まれば、これ以上の地獄が待っているんだろうな……。
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そして裁判当日……。
僕と兄は被告人席へ座り、暁さんと向かい合った。
互いに弁護士を雇っているが……はっきり言って僕達の弁護士はお飾りと言って相違ない。
弁護士が無能という訳じゃない……圧倒的に僕達が不利なんだ。
夜空さんがマウントを取るために奥さんへ送り付けた行為中の写真や協力者であった立花とかいう人の証言……僕達の”犯罪”を立証するには十分すぎる。
もはやこの裁判自体が茶番と言っても過言じゃない。
最初こそ反抗の意思を見せていた僕だったが……それも徐々になくなり始めてきていた。
突き付けられる数々の証拠……法律に基づいて語られる僕達の”犯罪行為”。
傍聴席から放たれる軽蔑の眼差しと”悔い改めろ”と言わんばかりの重い空気。
留置所での生活で弱り切っていた僕の心はそんな強いプレッシャーに耐えきることができず……判決を待たずして戦意を喪失してうずくまった。
”もう逃げられない”
僕はそう覚悟した。
引き換え兄はずっと……自分自身の無罪を力強く訴え続けていた。
「俺達は何も悪いことはしてねぇ! ただ夜空を裏切った暁に当然の制裁を与えただけだ!
そもそも男のくせにレイプだのなんだの騒ぎやがって!! 俺達に文句があるなら拳で語れよ!!
弁護士だの裁判だの……男にくせにやることが汚ねぇんだよ!!」
熱く語っている兄には悪いが……根拠もなくただただ”自分は悪くない”と言い張るだけなんて……駄々っ子のわがままと相違ない。
僕達が雇った弁護士さんも反論する意思を一切見せず、受け身な姿勢を維持し続けている。
僕達が有罪判決を受けるのも……もはや時間の問題だ。
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「被告……証言台へ」
「はい……」
開廷から2時間くらい経過した所で……検査の関係で遅れていた夜空さんがようやく出廷してきた。
久しぶりに見た彼女の姿は……なんとも痛々しいものだった。
体中の生々しい傷跡……痛々しい顔の縫い目。
一目見ただけで彼女がどれだけ悲惨な目にあったのかがよくわかる。
夜空さんも兄同様……自分が無実であることを訴え続けていたが、結果的に無駄に終わるだろう。
だがこの時の僕には、夜空さん以上に目につく人がいた。
「……」
それは……先ほどまで無実を言い張っていた兄が突如として借りてきた猫のように大人しくなってしまった。
しかも自分の行為が犯罪であったことを全面的に認め、証言台で反省の意まで示していた。
一体どうしてしまったんだ?
なんか夜空さんが現れた瞬間に……態度を翻したように見えた気もする。
まあ何が兄の手の平を返させたのはわからないけれど……僕も兄に続いて大人しく罰を受けるのが賢明だな。
夜空さんのためにも認めたくない部分はあるが……これ以上、僕達が言い争っていても状況はきっと変わらない。
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そして裁判の結果……僕達3人は有罪判決を受け、刑に服すことになった。
ニュースやドラマ等でよく耳にする懲役という言葉を……僕は少し甘く見ていた。
実際に服役するというのは……想像を絶するほどつらく苦しい。
今まで当たり前のようにそこにあった日常がない……これを人は生き地獄と呼ぶのだろう……。
日が過ぎていくうちに時間の感覚が薄れていき、永遠にこのままここで朽ち果てるのではと僕は凍えるような恐怖に震える毎日を送っていた。
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そんな地獄がようやく終わる日がやってきた。
刑期を終えた僕は……あの裁判で失った自由を再び得ることができた。
兄は一足先に出所し……今は音信不通だ。
主犯とされている夜空さんの出所はまだ少し先になるらしい。
だが今の僕には……2人の心配をしている余裕がなかった。
逮捕されたことで勤めていた会社は解雇になった。
それなりの貯金があるとはいえ……アパートにこのまま住み続けるのも厳しい。
要するに今の僕はホームレスの1歩手前まで来ているということだ。
だからといって今更、縁を切った両親に頼ることなんてできない。
兄も僕同様に余裕がないだけで、きっと落ち着いたら連絡をくれるだろう。
兄や夜空さんが戻ってくるまで……僕が頑張らないといけない。
「とにかく今は……仕事を見つけないと……」
出所してからすぐ……僕は仕事を探すことにした。
だが以前違って前科が付いた今の僕を受け入れてくれる職場なんてそうはない。
色々頑張ってみたけど……最終的にコンビニの店員に落ち着いた。
前職と比べると稼ぎは大幅に落ちてしまったが……こればかりは仕方ない。
働けるだけマシだと思うしかないんだ……今は……。
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コンビニで得た給料と前職で貯めていた貯金で僕はなんとか生活を立て直すことができた。
今も変わらず、3人で過ごしていたアパートに住んでいる。
1人でいるのはつらいけど……もう1度、兄や夜空さんと3人で暮らせると信じていた。
それだけが……僕の心の支えだった。
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ピロンッ!!
出所してから2週間ほど経ったある日……僕のスマホに1通のメッセージが届いた。
それは兄からだった。
『久しぶり……急だけど俺、夜空と縁切るわ』
「……は?」
兄のメッセージの意味が僕には全く理解できなかった……。
『どっどういうこと!?』
『だから夜空と縁を切るって言ってんだよ。 だからあいつのことはお前にやる』
あまりに冷たい兄の言葉に僕は心を抑えることができず、すぐさまラインから電話に切り替えた。
『なんだよ……』
「なんだよじゃないよ!! 兄さんあんなに夜空さんのことを愛していたじゃないか!!」
『なんか冷めた……』
「冷めたって……そんなの理由にならないよ!!」
『いや十分だろ? そりゃあ夜空のことは愛していたけど……今はもう完全に冷めた。
つーかお前はよくあんなフランケン女に惚れ続けられるな。 普通、キモくて離れるだろ?」』
「キモいって……そんな言い方、あんまりじゃないか!! 夜空さんだって好きで事故に合った訳じゃないんだよ!? 可哀そうじゃないか!!」
『とにかく俺はもう夜空のことはマジでなんとも思ってねぇから。
あとはお前の好きにしろよ。
じゃあな!』
「ちょっと!!」
兄から一方的に電話を切られ、すぐさま電話をかけなおすも……着信拒否されていた。
ラインもブロックされ……僕は兄との繋がりを完全に絶たれてしまった。
「ふざけるなよ……」
あまりに冷たくひどい変貌に、僕は生まれて初めて……兄に対して怒りを感じた。
同じ人を愛し……同じ血を分け合った大切な家族……そう思っていたのに……兄はあっけなくその信頼を裏切った。
何年かぶりに話した弟に対しても……あんな軽く会話を済ませやがった……。
そんな薄情者……もう兄でも家族でもない!!
僕にはもう……夜空さんしかいない!
彼女を守れるのは……僕しかいないんだ!!
僕は自分の心に活を入れ、自身を奮い立たせた。
兄の裏切りに強いショックと怒りを感じてはいるが……今は感情に流されている場合じゃない。
こういう時だからこそ……僕が夜空さんのために頑張らないといけないんだ。
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そう思い直し……僕は1人で夜空さんの帰りを待っていた。
だけど……孤独というのはこの世で最もつらい環境だ。
夜空さんとは面会で会うことはあるけれど……彼女は未だ塀の中。
愛し合っているとはいえ……僕は少しずつ人のぬくもりが恋しくなり始めていた。
ちなみに兄の裏切りについては伝えていない。
兄を心から愛していた夜空さんが兄の裏切りを知れば……とても悲しむ。
そう思うと……なんと言って伝えたら良いか、わからないんだ。
「こんにちは」
そんな僕の前に……”彼女”が現れた。
「いらっしゃいませ……あっ! 園田さん」
コンビニに訪れてきた女性は園田 ゆずさん。
以前働いていた会社の同僚だった女性だ。
友人と言うほど親密な関係性はなく……あくまでも仕事上での付き合いに留まっている。
会社でもその愛らしさからアイドルのように男性社員達にあがめられていたようだけど……僕には夜空さんがいるから興味はなかった。
「今日もお昼を買いに来たんですか?」
「そうなんです。 できる限り自炊で頑張りたいところなんですけど……仕事が忙しくて……」
「多忙な社会人なんですから仕方ないですよ……」
園田さんはよく僕が働いているコンビニでお昼の弁当を買いに来ている。
というのもこのコンビニ……僕が元いた会社とは割と近い場所に位置している。
正直……園田さんのように元同僚とたまに顔を合わせることもあるからかなり気まずい。
かといって……ここ以外に働き口があるわけでもないからやめる訳にもいかない。
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「あっ、奏石さん!」
いつからか……帰路につくと園田さんとばったり会うようになった
「今日も一緒に帰りませんか?」
「えぇ……構いませんよ」
元同僚ということあり……彼女と一緒に帰ることに抵抗はなかった。
途中で寄り道したりせず、真っすぐ家に帰っているだけだから……夜空さんに対しても後ろめたさは微塵もなかった。
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「こんばんは! 今日も一緒に帰りませんか?」
「はっはぁ……」
最初こそ偶然が重なっていただけだと思っていたが……何度も同じシチュエーションに出くわすと、さすがに故意的なものを感じざるおえなかった。
「あの……園田さん」
「なんですか?」
「僕のこと……待ち伏せてませんか?」
帰路に着く道中……僕は意を決して園田さんにストレートに尋ねることにした。
「最初は偶然かと思っていたんですけど……こう何度も出会っていると、さすがに偶然で片付けることはできません」
「……はい。 おっしゃる通りです……ごめんなさい」
僕の質問に対し……彼女は申し訳なさそうに回答を述べた。
「どうしてそんなことを……」
「……はっきり言っちゃいますね。 実は私……奏石さんのことが、ずっと好きだったんです」
「!!!」
唐突な告白に……僕は驚いて足を止めた。
彼女も僕に合わせるように足を止める。
「なっ何を言って……」
「奏石さんのこと……入社時からずっと想い続けていました。
一目ぼれって……言うんでしょうね、こういうの……」
「でっでもどうして僕なんか……」
「正直……自分でもよくわからないんです。
ただ……気が付いたらあなたのことが好きだった……それ以上、説明することができないんです」
彼女の気持ち……理解できないこともなかった。
僕だって……人妻だった夜空さんのことを好きになり、愛し合うようになっていた。
世間から見たら罪深いように見えるかもしれないけど……それが僕達の幸せなんだから仕方ない。
理屈で割り切れるようなものじゃないんだ……愛というものは……。
「気持ちは嬉しいんだけど……ごめんなさい。 あなたの気持ちを受け入れることはできません」
僕は園田さんの告白を断った。
彼女には申し訳ないけれど……僕には夜空さんがいるんだ。
「僕には愛する女性がいる……だから彼女を裏切ることはできない。
園田さんには申し訳ないけれど……こればかりはダメなんだ」
「そう……ですか……。 じゃあ、愛人と言うことでも構いません!」
「えっ?」
「その女性と別れなくてもいいです! 奏石さんが私のことを好きでいてくれるなら……立場なんてどうでもいい!! 私は……奏石さんと愛し合いたいんです!!」
彼女の想像を絶するような提案に……僕は開いた口がふさがらなかった。
彼女は一体……何を言っているんだ?
「あの……どういう……」
僕が問いかけるより先に、園田さんが僕の手を掴んできた。
手から伝わるぬくもり……久しく感じていなかった人のぬくもり……。
孤独にさらされて冷たくなっていた僕の心にとって……それはある意味、”猛毒”だった。
「お願いします……こんな気持ちになったの……生まれて初めてなんです。
奏石さんに……愛してもらえるのなら……なんだってします!」
園田さんのまっすぐで純粋な言葉が、僕の心の何かをくすぐる。
「明日の朝……またコンビニに行きます。 その時……答えを教えてください」
園田さんはそう言い残すと、駆け足でこの場を去っていった。
僕は考えがまとまらないまま……ひとまず足をアパートに向けた。
だけど、不思議なことに……帰宅しても僕の手には園田さんから伝わったぬくもりが残り続けていた。
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「……」
夕食を終えた僕は明日に備えて、早めに就寝することにした。
だけど……僕の頭にはずっと……園田さんの顔ばかりが浮かび上がっている。
夜空さんのことを想えば……明日の答えはNOが正解だろう。
だけど……僕の中でそれが本当に最善の答えなのか?と疑問に思うようになった。
夜空さんは僕にとって大切な人だ……それは今も変わらない。
園田さんに乗り換える気なんてない……だけど、あんなに僕のことを想ってくれている人をないがしろにできるだろうか?
愛し合うことさえできれば……それだけでいい。
僕も園田さん同様に……夜空さんの愛があれば良いと思っていた。
でもよく考えると……愛は1つとは限らない。
かつて夜空さんが言っていた。
”浮気とか不倫っていうのは欲望のためにパートナーを裏切ってほかの異性に乗り換える最低な行為でしょう? 私は誰とも別れる気はないし……夫婦で一緒にいられれば人生に苦労したってかまわない……。 ほらね? 全然違うでしょう?”
僕は夜空さんを捨てるなんてことはできない……でも、純粋に僕のことを想ってくれている園田さんのことも大切にしてあげたい気持ちがあるのも否定できない。
だから僕は……。
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翌朝……園田さんは昨日言った通り、コンビニにやってきた。
ただ……今日の目的はお弁当ではなく、僕の返事だ。
僕は休憩時間を利用して園田さんとコンビニの裏へ回った。
「昨日の答え……考えてくれました?」
「うん……」
「聞かせてください……」
「僕はやっぱり……夜空さんを裏切るようなことはできない」
「……」
「でも……園田さんの気持ちを袖にすることも……僕にはできそうにない」
「それって……」
「園田さんさえ良ければ……僕の愛人……いや、2人目の妻として……君を迎え入れたいと思っている」
「2人目の……妻?」
「うん……まだ園田さんのことはなんにもわからないけれど……少しずつお互いのことを知っていきたい!……どうだろう?」
「……嬉しいです。 奏石さんにそう言ってもらえて……すごく嬉しいです」
「じゃあ……」
「奏石さん……これからよろしくお願いします」
「こっこちらこそ!!」
「あっ! 2人目も妻になるんですから、奏石さんなんて呼び方は変ですよね?」
「そうですね……じゃあ僕のことは流でいいですよ? 僕も園田さんことをゆずと呼ばせてもらいますから」
「はい!」
こうして僕とゆずはお付き合いを始めた……。
いきなり2人目の妻なんて……少し手順を飛ばしすぎたと今は反省している。
だけど……ゆずがそばにいるようになってから、僕は1人ではなくなった。
彼女のおかげで……僕は毎日を楽しむようになった。
心に平穏を保つことができるようになった……。
これまでの暗く冷たい孤独な生活から……彼女は僕を救ってくれたんだ。
誰かがそばにいるって当たり前だと思っていたけど……こんなにありがたいものだなんて知らなかった。
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夜空さんには出所後に話そうと思っている。
彼女は今、刑期をまっとうしている最中だからね。
でもきっと……彼女ならわかってくれるはずだ。
だって……誰よりも愛を理解している女性だ。
ゆずのことも受け入れてくれるはずだ。
常識的に見ておかしいように見えるかもしれないけど……これが僕達の生き方なんだ!
そう……夜空ならきっと……わかってくれる。
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そう夜空さんに期待し続け、僕は彼女の帰りを待っていた。
そしてついに……夜空さんが出所する日が来た。
「おかえりなさい……夜空さん」
「流君……」
刑務所での暮らしが祟ったのか、彼女はすっかり薄暗い風貌になってしまっていた。
それでも愛おしいことに違いはないけれど……。
「天樹君は……どうしたの? なんで迎えに来てくれないの?」
「兄さんは……」
僕は彼女に兄の裏切りを伝えることにした……。
夜空さんが外に出てきた以上、隠し通すことはできない。
「そっそんな……」
兄の裏切りが信じられなかった夜空さんだったが……アパートに兄の私物がないことや兄の貯金が下ろされていたことを確認し、さらには兄に直接電話を入れたことで、ようやく事実だと受け入れることができたらしい。
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「ちくしょう!!」
兄との通話を終えた夜空さんは、怒りのまま自分のスマホをアパートの壁にたたきつけた。
兄の裏切りに怒りを覚えるのはもっともだが、今はそれよりも話したいことがある。
「夜空さん……話があるんだ」
「……何?」
「入ってきて……」
「お邪魔します……」
僕は電話でゆずにアパートまで足を運んでもらっていた。
「誰? その女……」
「夜空さん……実は僕、この子を……園田ゆずさんを2人目の妻として迎え入れたいと思っているんだ」
「……は?」
僕はゆずとの出会いから今日まで彼女と過ごしてきたこと……そして自分自身の素直な気持ちを打ち明けた。
「兄と僕を夜空さんが愛してくれたように……僕も夜空さんとゆずを心から愛そうと思っているんだ」
僕の気持ちは……きっと夜空さんに届くはずだ。
なんたって……僕に愛を教えてくれた人なんだから……。
僕は愛する妻たちのために……これからの人生を捧げる覚悟がある。
僕にはもう……3人で幸せに暮らすビジョンが頭の中でできていた……だが。
「はぁ? 何言ってんの? 2人目の妻とか、何をハーレム気取ってんのよ!?
あんた……頭が腐ってんじゃないの!?」
「えっ?」
「私がこんなひどい目に合っていたのに……浮気してたってこと!?
マジでありえないんですけど……。
しかも2人目の妻とか……そんな訳の分からない言い訳がマジで通用すると思ってんの?
義務教育受けなおせよ、この裏切者!!」
彼女の答えは……完全なる拒否だった。
次話も流視点です。
次で流はラストにしたいと思います。