奏石 流①
流視点です。
やっぱり長くなったので区切ります。
僕の名前は奏石 流。
父と母と兄の4人で暮らしている平凡な大学生だ。
僕には中学時代から恋焦がれている女性がいる。
名前は上原 夜空さん。
僕の兄である天樹の同級生で、僕の高校の先輩でもある。
夜空さんと出会うきっかけは……高校受験を控えた中学3年の頃……。
受験勉強が思ったように進まない僕を気遣って、兄が彼女を臨時の家庭教師として家に招いた。
「流! 頼もしい助っ人を呼んできたぞ!」
「初めまして……上原 夜空です。
私に何ができるかわからないけど……精一杯サポートするから!」
「よろしく……」
強引とはいえ、兄の気遣いには感謝しているし……家庭教師を引き受けてくれた夜空さんにも感謝している。
だけど当時の僕はこのことをあまり快く思ってなかった。
そもそも僕は友人がたくさんいて毎日楽しくみんなと遊びに行っている兄とは対照的に1人でいることの方が好きな……いわゆる陰キャというタイプだ。
勉強も1人で黙々とするのが好きだし……趣味であるゲームや漫画も1人で楽しむ方が好きだ。
そんな性格だからか……僕は学校で友達もいないし、恋人どころか好きな人すらいたことがない。
家庭教師と生徒の関係とはいえ……自室で若い女性と2人でいれば、普通の男性なら何か思うことはあるだろう。
だけど僕の場合……自分の心休まる自室に他人が入ってくるのは気分の良いものじゃなかった。
勉強時間は休憩を挟んで3時間程度……その時間帯は僕にとって苦痛でしかなかった。
最初はね……。
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夜空さんが家庭教師として僕の家に通うようになってから2ヶ月くらい経った辺りから……少しずつ僕の心に変化が表れ始めた。
「よし……これも正解。 これも……大丈夫だ」
ずっと行き詰っていた受験勉強の進捗状況が著しく前進したことに……僕は。大きな驚きと喜びを感じていた。
そのきっかけを与えてくれたのは間違いなく夜空さんだ。
彼女の教え方はとても上手く、1人の時より非常に勉強がはかどった。
それに……休憩の合間に僕と勉強以外のいろんな話をしてくれたおかげで、1人で行き詰っていた頃よりも精神的に楽に勉強が進んだ。
そしてさらに時が流れていくにつれ……。
「すごいじゃない、流君! これ結構難しい問題集なのに……間違いがほとんどないよ!?」
「そうなんですか……よかったです」
僕を褒めてくれる夜空さんの笑顔がとても眩しく見えるようになり……もっと彼女に褒められたい!……もっと彼女に喜んでほしいと……いつの間にか合格以外の目標が、僕の中で生まれていた。
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そしてついに…僕の運命を決める合格発表の日が来た。
試験の手ごたえはあったし……合格する自信もあった。
だから自分が受かっていたことに喜びはあったが、驚きはそこまでなかった。
だけどそれ以上に……僕の心を支配している感情がある。
それは……寂しさだ。
高校に受かったことで……夜空さんとの2人3脚の勉強は終わる。
それが僕の中でとてもつらかった……。
「流君! 合格おめでとう!!」
「あっ……ありがとうございます」
合格発表後……労いの言葉を言おうとわざわざ家にまで足を運んでくれた夜空さんの優しさは嬉しかった。
だけど僕の心には……ぽっかりと穴が空いていた。
もう2人で勉強する機会なんて……訪れるはないかもしれない……そう思うといっそ、合格を取り消してほしいとさえ思う。
だけどそれは……僕のために尽力してくれた夜空さんに申し訳ない。
でも……寂しい……寂しすぎる。
「これからは後輩としてよろしくね」
先輩後輩として握手を交わした瞬間……僕は僕自身の気持ちに気が付いた。
”僕は夜空さんに恋をしている”
恋愛経験のない僕でも、自分自身の恋心がわからないほど馬鹿じゃない。
僕はどうしようもなく、夜空さんに恋をしている。
目をつぶっても……勉強に集中しても……ゲームや漫画の世界に入っても……彼女の笑顔が頭から離れなかった。
さらには……これまで女性を意識したことがない僕の体が……初めて”反応”を示した。
僕は辛抱溜まらず……合格発表の際に取った夜空さんとの記念写真を握りしめ……彼女と体を重ねている妄想にふけって熱を貯め……一気に解放した。
これが思春期ってやつなのか……我ながらかなり陰湿だ。
だが逆に言えば……それだけ夜空さんを想う心が僕の中であふれ出ているということなのかもしれない……。
夜空さんにこの想いを打ち明けたいと、強く何度も思った。
だけど……それは許されない。
なぜなら……彼女にはすでに暁さんという相思相愛の恋人がいたからだ。
暁さんは兄の幼馴染でもあり……その関係で、僕も多少なりとも接点があった。
この頃はまだ親しくはなかったものの……彼の人柄の良さは遠くから眺めていてもなんとなくわかった。
明るくて友人が多く……頼りになる。
僕とは全く正反対な人間だ……夜空さんが惹かれるのも納得できる。
だからこそ……互いに惹かれ合ってる2人の仲を裂くような真似をしてはいけないんだ。
僕は自分にそう言い聞かせ……夜空さんへの想いを押し殺し……仲の良い後輩として彼女と接するしかなかった。
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「結婚おめでとうございます」
「ありがとう! 流君」
夜空さんと暁さんは高校を卒業してから間もなく、結婚した。
2人が結婚したことに関しては特に驚かなかった。
まあそうなるだろうなと……必然だとすら思った。
でも祝福する反面……夜空さんの愛を独占できる暁さんが羨ましかった。
仕方ないことだとはわかっているけれど……心のどこかで煮え切れない想いが残ってしまっていた。
恋がれるというのが……こんなにつらいものだったなんて知らなかった。
これから一生……こんな苦しみを背負ったまま生きていくのかと……僕は自分自身の将来が不安になった。
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「こんにちは……」
「流君……いらっしゃい!」
「流! 待ってたぜ!」
高校を卒業し、大学生として勉学に励む毎日を送る様になったある日……僕は暁さんと夜空さんの家に招かれた。
その目的はアニメ鑑賞会だ。
夜空さん経由で仲が深まった暁さんと僕の進めるハーレム系アニメを一緒に見る約束をしていたんだ。
まあアニメは好きだけど、今回ハーレム系を見ることになったのはあくまでも偶然の重なりに過ぎない。
僕の心にいるのは夜空さんただ1人だけだ……。
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「ちょっとトイレに行ってきます」
鑑賞会の途中でトイレに行きたくなった僕は、リビングを出てトイレに向かった。
そして……用を済ませてリビングに戻ろうとした時、偶然にも脱衣所のドアが視界に入った。
さらにはシルエット越しではあるけれど……誰がその場で服を脱いでいるのが見えた。
「夜空……さん……」
いや……誰かじゃない。
あれは間違いなく夜空さんだ……たとえシルエット越しでもそれくらいはわかる。
「……」
僕は無意識に脱衣所に近づき……ドアを少し開いて中を覗いた。
そこには予想通り……一糸まとわぬ夜空さんがいた。
僕は生まれて初めて女性の……好きな女性の裸を生で見た。
僕は瞬きすら忘れて彼女の裸体を目に写し続けた。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
心臓は鼓動が早くなり……息も荒れて呼吸が乱れる。
下半身に熱がこもり……ズボン越しに僕のモノがそそり立っている。
これまで夜空さんを想って興奮したことは何度もあったが……頭が溶けそうなこんな衝動は初めてだ。
僕はその衝動に逆らうことができず、本能の赴くままに自分の下半身に刺激を送った。
刺激すればするほど……体中の熱が高まり、大量の汗が噴き出す。
性欲に支配されながらも……頭の片隅では理解していた。
僕のやっていることはただの犯罪行為であることくらい……。
もしもバレれたら……僕は警察に逮捕される。
軽犯罪であろうと犯罪に変わりない。
そうなったら僕の将来は終わりだろう……。
そこまでわかっていながら本能に逆らえない自分がとてもみじめに見えた。
「なっ流君!!」
とうとう夜空さんに見つかってしまった……。
堂々とドアの前にいるんだから当然と言えば当然か……。
だけど僕は……そんな中でも本能に従って下半身に刺激を送り続けている。
彼女が何か言っていることは理解できたが……僕の耳には届いていない。
ただただ……体に溜まった性欲を発散させたい本能だけが、僕の全てを支配している。
まるで僕の体じゃないみたいだ……。
なんて愚かななんだと……正直自分で自分を軽蔑した。
そして間もなく……その瞬間が訪れようとしたその時!!
ガッ!
夜空さんが僕の腕を掴み、力強く脱衣所へ僕を引き込んだ。
「うっ!!」
引き込まれた直後……僕は脱衣所内で性をバラまいた。
まるで体中の水分が抜け出ているんじゃと思うほど、自分でもすさまじい物だった。
「……」
性を出し尽くし、冷静さを取り脅した僕を強い嫌悪感と後悔が襲った。
夜空さんの裸を覗いて……それを糧に性欲を満たして……僕は自分が何をしたのか、ようやく理解することができた。
だけど……もう遅い。
いくら親しい間柄とはいえ、こんなことをした僕を夜空さんは許すはずがない。
きっと警察に通報して……僕は逮捕されるんだ。
それはそれで怖いけれど……それ以上に僕は夜空さんに嫌われることに恐怖を感じていた。
どんな人間だって……好きな人に拒否されるのは怖いしつらい。
僕の自業自得だと理解しているけれど……僕は怖かった。
夜空さんがもう……僕に微笑んでくれない。
前科が付くことより……将来が闇に閉ざされるより……何よりもそれが僕の心に響いた。
「落ち着いてくれた?」
「……ごめんなさい」
今更謝罪したところで許されるとは思っていない。
これはもう……ただの言い訳だ。
「僕……ずっと前から夜空さんのことが好きだったんです」
もう夜空さんと面と向かって会話することはないだろう……そう思うと、今まで口にできなかったこの想いを口にしたくてしかたなかった。
僕は夜空さんにずっと秘めていた想いを打ち明けた。
でもきっと……彼女は僕を拒絶する。
こんなことをした男に好きだと言われて、受け入れるわけがない。
そんなのわかってる。
言ってしまえばこれは……僕の悪あがきだ。
「私はあなたの気持ちを受け入れたいと思っているの……」
絶望のどん底に沈んでいた僕の心に……夜空さんのこの言葉が一筋の光を差し込んだ。
「あなたにだけ打ち明けるわ……実は私、少し前に天樹君に告白されてね?
それからずっと男女の関係を持っているの」
それは衝撃の告白だった……。
兄はどこか軟派な性格で、特定の女性と付き合っても長続きはしない。
そもそもこれはどう考えても不倫関係だ。
もしかしたら、兄は背徳感を味わおうと夜空さんに近づいたのでは?と色々不安が胸をよぎったが……。
「私は2人の内、どちらかを選ぶなんてことはできなかった……だから決めたの。
2人の妻になろうって……」
それは杞憂で、夜空さん自身も兄との関係を望んでいたらしい。
かといって、暁さんに愛想をつかした訳じゃないらしい。
「私は2人の内、どちらかを選ぶなんてことはできなかった……だから決めたの。
2人の妻になろうって……」
夜空さんは静かにそう言った……。
これは不倫ではなく、いわゆる一妻多夫というやつだと。
そんなことは日本の法律では認められていないけれど……彼女はそれでも2人を愛そうと決意を固めているんだという。
「それでね? 流君がよければ……あなたを恋人として……ううん、3人目の夫として迎え入れたいと思っているの」
「さっ3人目の夫……ですか?」
「そう……私はあっくんと天樹君と流君の妻になって……平等に3人を愛する!」
夜空さんは僕を3人目の夫として迎え入れてくれると提案してくれた。
一瞬、意味がわからなかったが……彼女が僕のこともほかの2人と同様に愛してくれる……そういうことらしい。
心のどこかで思った……常識的にこんなの不倫でしかないと……許されないことだと……
でもそれ以上に……夜空さんと愛し合える喜びが僕の心を大きく照らした。
もしもこの提案を断ったら……善人ぶって兄と夜空さんの関係を不倫だと暴露したら……きっともう……夜空さんと愛し合えるチャンスは二度と訪れることはない。
そんなの……嫌だ……絶対に嫌だ!!
「夜空さん……僕を……受け入れてもらえませんか? 3人目の……夫として……」
「フフ……そう言ってくれるって信じてたよ?」
僕は夜空さんの提案を受け入れた……兄や暁さん同様……夫として彼女から愛をささやいてほしいと……そう思い悩んだ結果、この答えに至った。
周囲から何をどう思われてもいい……僕は夜空さんの夫なんだ!!
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翌朝……僕はあれからなかなか寝付けず、寝過ごしてしまった。
当然だ……ずっと想い続けていた女性の夫になることができたんだから……。
「僕……夜空さんとお付き合いさせてもらえるのが信じられなくて……あれは夢なのかなって……不安になって……」
「安心して……夢じゃないから……私は本当に流君の奥さんだからね?」
「じゃあ……証明してもらってもいいですか?」
「証明?」
「夜空さん……僕の”全て”をもらってくれませんか?」
それは僕なりの誓いだった……。
夜空さんを生涯愛し……夫として精一杯支える……。
多少の性欲が混じっているのは否定できないけれど……決して性欲を発散するためだけにこんなことを言った訳じゃない。
「あなたじゃないと嫌です……」
「わかった……」
この日は午後の講義しか受けないし……暁さんはすでに出勤している。
この家にいるのは……僕達だけだ。
せめてこの瞬間だけは……夜空さんを独り占めしたい。
僕達は……そのまま夫婦の寝室へと入り、僕は初めて……女性を知った。
今まで感じたことのないような快楽……解放感……心地よさ……何もかもが満たされていて、まるで天国にいるような感覚だった。
「夜空さん……愛してるよ……」
「私もよ……」
愛し合う幸せを知った僕はこの日……夜空さんを優先し、初めて大学の講義を無断欠席した。
そしてこの日以降……僕はちょくちょく講義をサボり、夜空さんとの仲を深めるようになった。
単位に影響が出るかもしれないけど、今の僕にとって大事なのは夜空さんなんだ!!
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「天樹君……単刀直入に言うね? 私、流君を3人目の夫として迎え入れたの……」
夜空さんと愛し合った日から1週間後……僕と兄は夜空さんに招かれた。
そこで夜空さんは僕との関係を兄に伝えた……。
兄は最初こそ驚いたが……。
「流! 暁と一緒に夜空を幸せにしような!」
兄はその事実を受け入れてくれた。
兄の勢いのある性格は昔からやや苦手だったが……この時の兄はとても頼もしく、誇らしいと思った。
「じゃあ3人で愛し合いましょうか!」
3人の関係が明るみに出た後……僕達は3人で愛し合った。
2人で愛し合うのも良いけど、これはこれで癖になるものがある。
何よりも……夜空さんが眩しいくらいに微笑んでいる。
彼女のこの笑顔こそが……僕達の選んだ愛が正しいと示しているんだ。
暁さんには仕事が多忙で言いそびれているらしいけど……暁さんだってこの関係をわかってくれる。
なんたって……僕達同様……夜空さんを愛しているんだから……。
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それから時が流れたある日……夜空さんは僕達の関係を帰宅した暁さんに打ち明けた。
「ふっふざけんなっ!! なんで不倫を続ける嫁と結婚生活を続けなくちゃいけないんだ!
なんの罰ゲームだよ!!
慰謝料は当然もらうとして……離婚もする!!」
ところが暁さんは……夜空さんと僕達の関係を不倫だと切り捨て、離婚を宣言した。
僕は信じられず、言葉を失った。
2人は高校時代からの付き合いで結婚したんだ……僕や兄よりもずっと長い時を彼女と過ごしている。
それなのに……こんな簡単に離婚を突き付けるなんて……あんまりじゃないか!
「俺を裏切って2人と不倫しておいて4人と付き合いたいとか、乙女ゲームの主人公みたいなこと言ってんじゃねぇよ!! クズ女!」
ボカッ!!
離婚を突き付け、夜空さんに暴言まで吐いた暁さんに怒った兄が暁さんを殴りつけた。
「やめて兄さん!!」
兄の怒りは最もだけど……暴力はいけない。
僕は兄を止め、あくまで話し合いで暁さんを説得する姿勢を保った。
「暁さんお願いです! 僕達のことを認めてください! 僕達ずっと仲良くやってきたじゃないですか! 」
必死に説得すればわかってくれる……僕達は友人を超えた家族同士なんだから……。
そう信じていたんだけど……。
「後日弁護士と俺達の両親を交えて改めて話をしよう」
暁さんはそう言い残し、家を出てしまった。
兄と共に追いかけたが……見失ってしまった。
そして後日……僕達は暁さんの実家に呼び出された。
……離婚と不貞の慰謝料について。
次話も流視点です。
できれば逮捕の所まで進めたいと思っています。