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星 ヒカリ②

ヒカリ視点です。

 それからすぐに私と暁は結婚し、私は寿退社することにした。

会社には障がい者雇用という形で残ることはできるけど……この体では仕事と家事の両立は厳しい。

それに足のリハビリを受けるために月に何度か通院しないといけないとなればもう不可能と言った方が良い。

暁に生活面での負担を掛けることになるのは申し訳ないけれど、その分私は家事に尽力することを決意した。

それと結婚を機に、私達はバリアフリー設備の整った家に引っ越した。

お金に関してはお互いの両親も協力してくれたおかげでどうにかなった。

本当に感謝してもしきれない……。


--------------------------------------


 暁と結婚して1年ちょっと経ったある日……。


「ヒカリさんよね?」


 暁を見送って家の前を掃除している私に1人の女性が声を掛けてきた。

その女性と目が合った瞬間、私は背筋が凍り付いた。

睨みを利かせるその恐ろしい目が……”目の間にいる私を殺したい”という強い殺意を物語っているように見える。

そして私は……すぐにその女性が誰かを察した。

顔も見たことないし、直接会ったこともない……でも私はこの女性に心当たりがある。


「もしかして……夜空さんですか?」


「へぇ……私のこと知ってるんだ」


「暁から何度か聞かされていますから……色々と……」


 思った通り……私の前にいるのは暁の元妻の夜空さんだった。


「なれなれしく暁なんて呼ばないでよ!」


「妻が夫を下の名前で呼ぶのはおかしなことなんですか?」


 呼び捨てが気に入らなかったようで、夜空さんは鬼のような顔で私を威圧する……だけど、私はひるむことなく対話を続ける。


「うるさい! 私からあっくんを寝取ったクズの分際で!!」


「あなたと暁はとうの昔に離婚されているのではないですか?」


 彼女と色々話し合ってわかった……。

彼女は暁と離婚したことや暁が自分の元を去った現実を受け入れていないんだ……いや、受け入れようともしていないのかもしれない。

受け入れがたい事実を拒否したい気持ちはわからなくもないけれど……それでは前には進まない。


「立つことも歩くこともできない欠陥女!! あんたなんかあっくんの重荷でしかならないんだから!!」


「確かに私は立つことも歩くこともできませんし、暁の重荷になっている自覚もあるつもりです。

ですが……そんな私を彼は愛してくれると言ってくれました。

だから私も……私なりに妻としての彼を支えようと頑張っています。

それでも力不足は否めませんが……暁が私を妻として受け入れてくれる限り、私は彼の妻として努力を惜しまないつもりです!」

 

 暁自身が受け入れてくれたとしても……毎日家事を頑張っていたとしても・・・・・私が彼の重荷であることに変わりはない。

それは常に肝に銘じている……だからこそ頑張れる。


「欠陥女が何をどう頑張ったって……まともな妻にはなれないんだよ!!

身の程を知れ!」


 挑発のつもりなのかもしれないけれど……はっきり言って怒りよりも哀れみを感じる。

嫌な現実から逃げて……愛する暁に拒まれ……私を寝取り女と罵って憎み続ける……。

それが果たして彼女自身の幸せに繋がるのだろうか……私にはそうは思えない。


「夜空さん……あなたには夫が2人いると暁に聞きました」


「それが何よ?」


「私には理解が及ばない関係性ですが……あなたも”同じ妻”であるなら……自分のことを心から愛してくれる夫を精一杯支えるべきではないのですか?

こんな所で私に噛みついたり……執拗に暁に迫る時間があるのなら……もっとその方々に目を向けてあげてください」


 夜空さんからすれば、挑発めいた発言だったのかもしれない。

このまま彼女が暁に固執し続けても、きっとお互いに良いことは起こらない。

常識的な夫婦としては少しいびつだけれど、互いに愛し合っているパートナーであるなら……何よりもその絆を大切にするべきなんじゃないかと私は思う。

そう思って……言葉を掛けたのだけど……。


「知った風なことを言ってんじゃねぇぇぇ!!」


 彼女には私の気持ちが伝わらなかったみたい……。

怒りに身を任せて私に襲い掛かろうとまでしてきた……さすがに私も身構えたけど……。


「おいっ! ヒカリちゃんに何をやっているんだ!?」


「!!!」


 近所に住んでいる仲の良いおじさんが大声を上げてくれたおかげで大事にならずに済んだ。

夜空さんは驚いた様子で、悔しそうな目で私を睨みながらこの場を去っていった……。

たった数分間の出来事だったけれど……少しだけ夜空さんと言う人間の心に触れることができた。

だけど結局……私が掛けた言葉は彼女の怒りを刺激させただけだったみたい……。


--------------------------------------


 私はすぐさまラインでこのことを暁に伝えた……。

そのやり取りで、彼の元にも夜空さんが来たことを知った。

彼女の異常な行動や支離滅裂な言葉と思考に私達夫婦は強い不安を覚えた。

去り際のあの顔から夜空さんがあのまま大人しくするとは考えにくい。


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 後日……私達は自宅に防犯カメラを設置し、セキュリティ面を強化した。


『ともかく今のあいつは何をしでかすかわからない……少し厳しいけど、家に防犯カメラを設置しよう。

それと……あいつがまたヒカリの前に現れたら、遠慮なく警察に通報してくれ』


 夫婦で話し合い……夜空さんが次に現れたら問答無用で警察に突き出すということになった。

多少心苦しい所もあるけれど……ここまで来たら仕方ない。


--------------------------------------


 それからまた月日が流れたある日……暁宛てに同窓会の招待状が届いた。

それは暁の地元の高校の同窓会らしく……会場も地元のお店らしい。


「同窓会? だけど……夜空さん達も来るんじゃないの?」


「確かに招待状は送ったらしいけれど……幹事の奴を通して夜空達が来ても追い返してもらうようにみんなには頼んでいるから……あいつらが同窓会の会場に来ることはないと思う」


「だけど……」


 はっきり言って私は不安だった……。

地元の同期達が協力してくれるのは心強いとは思うけど……脳裏に蘇る夜空さんのあの異常な目が私の心に引っかかる。

あんな異常な人が……地元に戻ってくる暁をみすみす見逃すだろうか?

会場に入れなくても、どこかで待ち伏せしている可能性だってある。


「心配してくれるのは嬉しいけど……きっと大丈夫。 同窓会が終わったら、始発ですぐ帰ってくるからさ」


「……そうなんだ。 だったら安心だね」


 暁の考えは少し軽率に思えた。

久しぶりに同期の友達に会えるのだから……考えが甘くなるのも無理はないとは思う。

本当であれば、私が暁を諭して止めるべきなのかもしれない。

だけど……同期達との再会を夢に見ている彼のキラキラした目を見ていると……”行かない方が良い”とは言えなかった。

こんなんじゃ暁のことは言えないわね……。


--------------------------------------


「じゃあ行ってくるよ」


「うん、楽しんできてね」


 同窓会当日の朝……私は地元へ戻る暁を見送った。

ここで私が彼を止めていれば……”あんなこと”にはならなかったのに……。


--------------------------------------


 ピコンッ!


 翌朝……私のスマホにライン通知が届いた。

ラインを開くと、相手は知らないIDだ。


「えっ!? なにこれ……」


 そこには大量の写真が送られてきていた。

通知音がバグを起こしたかのように止まらない。

そしてその写真には……夜空さんと暁と見知らぬ男性2人があられもない姿で性交している異様な光景が写し出されていた。

そして送り終えた後にメッセージが添えられていた。

 

 ”クズ女ざまぁ!!”


「なっなにこれ……どういうこと?」


 頭の中がパニックになった……どうして暁と夜空さんが体を重ねているの?

どうしてこんな写真が届くの?

疑問が頭の中で湯水のように湧き出てきて、脳が破裂しそうだった。

一瞬……浮気の2文字が頭によぎったのは否定できない。

だけど写真だけ見て、話も聞かずに決めつけるのは軽率だ。

まず優先すべきは……暁と話をすることだ。

私は深呼吸して心を落ち着かせ……暁に電話を掛けた。


『もしもし……どうしたんだ?』


「急にごめんね。 今、大丈夫?」


『あぁ、大丈夫だ』


 心なしか、彼の声音が震えているように聞こえた。


「あの……変なこと聞くけど……今、夜空さんと一緒にいるの?」


 私はおそるおそる夜空さんとのことを簡易的に聞いてみた」


「どっどういう意味だ?」


「実はさっき……知らないラインが届いて……そこに、夜空さんと暁が裸で映っている写真が何枚も送られてきて……」


 私は送られてきたライン履歴をスクショし、それを暁に送った。


『おえぇぇぇ……』


 スクショを送った直後、暁の嘔吐の声が聞こえてきた。


「暁!? 大丈夫!?」


『だっ大丈夫だ……悪い、心配させてしまって……』


「私こそごめんなさい……いきなりあんなものを見せてしまって……」


 いくら気になるからって、あんな写真をいきなり見せたのは軽率だったのかもしれない。


「ヒカリは悪くないよ……悪いのは……全て俺だ」


 暁は私に謝罪を述べた後、昨夜のことを話してくれた。

要約すると……彼は同窓会で泥酔し、同期の人とタクシーで実家に帰っている最中に眠ってしまい……気が付いたら夜空さん達とホテルにいたとのこと。

本人には記憶がないようだけれど、体の感覚から夜空さん達と関係を持ってしまったのは間違いないらしい。

普段の暁は、泥酔するほど酒を飲むことはない。

だけど今回は……同窓会で同期達に再開してハメを外してしまったんだろう……。

私は泥酔した暁を見たことがないので、彼が酔った勢いで夜空さんと関係を持ってしまったという仮説を否定することはできない。

でもそれ以上に……私は暁のことを信じたい気持ちがあった。

もちろん理屈や根拠なんてものはない……ただの現実逃避と言い換えても差し支えない。


「夜空達のしたことは許せない……だけど、元はと言えば俺が泥酔するまで飲んでしまっていたのが発端だ……。

いくら同窓会だからって……軽率すぎた……」


 説明を終えた暁は嗚咽の混じった声で何度も自分自身を責めていた……。

あなたのせいじゃないと慰めの言葉を掛けるも……暁の自責の念はすさまじいみたい。

電話ではなんなので……ひとまず私達は直接会って話し合うことにした。

本当は私の方から暁の実家に行くつもりだったけど……彼がそれでは申し訳ないと、自宅に集まることになった。

私は両親に連絡して自宅まで足を運んでもらい……事情を話した。

2人共信じられないと驚愕していたけど、これからどうするかは私に任せると言ってくれた。


--------------------------------------


「!!!」


 義両親と共に自宅に帰ってきた暁……。

実家で義父に鉄拳制裁を喰らったらしく、その顔は痛々しく腫れていた。

あまりの悲惨さに私と両親は一瞬言葉を失うも……暁は今回の事情を説明してくれた。


「事情はわかりました……それで、暁君はこれからどうなさるつもりですか?」


「なんとか証拠を集めて夜空達を訴えるつもりです。 泥酔してしまったのは俺に落ち度がありますが、あいつらのしでかしたことは完全に犯罪ですから」


 お父さんからの問い掛けに、暁は静かな怒りを目に浮かべながら答えた。


「そうですか……では、ヒカリとの結婚生活についてはどう考えていますか?」


「……本音を言えば、このままヒカリと夫婦として生活していきたいです。 でももし……ヒカリが俺を許すことができないなら、俺は大人しく身を引きます」


 この返答にはどこか後ろめたさがあったようで、普段聞きなれない小さな声だった。

顔も沈んでいて、遠目に見たら死相が出ているように見える。


「ヒカリ……お前はどうする?」


 お父さんにそう問われた私は、一呼吸おいてその答えを口にした。


「私は……私も……暁と同じ。

夜空さん達にきちんと罪を償ってほしいと思ってます。

みんな誤解しないでほしいのだけれど……私は暁のことを怒ってもいないし、離婚する気もありません。

彼とはこれからも変わらずに……夫婦として過ごしたいと思ってます」


 そう……私の中で答えは決まっていた。

暁の行動に思うところがない訳じゃないけど……今この場で重要なのは私が彼に許しを与えるか否かじゃない。

私の中で何よりも大切なことは……。


 ”これからも暁を夫として信頼できるか”。


 それだけが……今後の私達の人生を決めるのだと私は思う。

そして私の答えは”信頼できる”……それ以外に私の中で答えなんかない。


「ヒカリ……俺に気を遣っているのなら、そんな必要はないぞ? ありのままの答えを聞かせてほしい」


 暁は私が気を遣っていると思ったようだけど……私は微塵もそんなつもりはない。


「勝手な解釈はやめて……私は本心しか話してないわ……」


 私の本心を察してくれない暁の鈍さに少しだけイラ立ち……無意識に声に含んでしまった。


「私を気遣ってくれるのは嬉しいけれど……お互いに信頼し合って支え合うのが夫婦でしょう?」


 私は暁の手を包み込むように握った……。

あの病室で……絶望の底に沈んで全てを諦めようとしていた私の手を握ってくれた……あの時の暁のように……。


「ヒカリ……」


「足が動けない私を……暁は見捨てずに愛してくれた。

だから私も……これくらいのことで暁に愛想をつかしたりしないよ?

それだけは信じて……」


「ヒカリ……ありがとう……」


 私達は……夫婦であり続けることを選んだ。

さらに暁は、私に一生禁酒すると誓った……。

私はほどほどに控えてくれれば良いと言ったんだけど……。


『それじゃあ俺の気が済まない!! 俺は酒を断って二度と同じ過ちを犯さない!! 二度とヒカリを傷つけない!!』


 そう頑なに言ってきたので……私も折れる形で彼の誓いを受け入れた。


--------------------------------------


 夫婦としてのこれからを決めた私達の次なる議題……それは夜空さんのこと。

暁が泥酔してタクシーで眠ってしまったとなれば、夜空さんは意識のない暁に行為を強要させたことになる。

この手の話は男性側が加害者で女性側が被害者であるイメージが強いけれど……必ずしもそうとは限らない。

暁は夜空さんに気を許すような真似はしないと信じている。

もしも夜空さんが合意なく暁と体を重ねたのであれば……彼女には然るべき報いを受けてほしいと強く思う。

私は現役の刑事である親戚のおじさんにこの件の捜査をお願いした。


「それでは……お願いします」


「まあ……やるだけやってみるわ……」


 見た目は強面でやる気のなさそうなおじさんだけど……本当は困っている人を放っておけない警察のお手本みたいな人だ。


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 捜査を依頼してからそれなりの日にちが過ぎたある日……おじさんから証拠が集まったと連絡が入った。

おじさんは私達の自宅を訪ねてきて、集めてくれた証拠を直接見せてくれた。

その内容をまとめると……。

夜空さんは同期の立花と言う人を金を使って協力させ、暁を彼女の待つホテルまで連れてくるように依頼したらしい。

しかも立花を使って暁のグラスに風邪薬を入れて、確実に眠るように仕向けたという。

そして立花が付き添いと言う形で連れ出した暁を夜空さんの夫達を使ってホテルに運び出し……行為に及んだ。

それが一連の流れらしい……。

話として聞いてみると、いろんな意味で冗談みたいな話だ。

あと私にあの写真を送り付けてきたのは、添えられたメッセージと写真から……夜空さんであることは確かだろう。

(彼女の頭の中では)暁を寝取った私にマウントを取ろうとしたんだろう……。


「まあこんだけ証拠や証言があれば、あいつらをしょっ引くのも簡単だろう……」


「よろしくお願いします……夜空達に、きちんと罪を償わせてください」


 私達はこれらの証拠や証言を使い、夜空さん達を起訴することにした。

彼女達が暁にした仕打ちは許せないし……怒りも感じているけれど……つくづく哀れに思う。

逆恨みとしか言えないけれど……それでも自分達の人生を台無しにするほどの価値があるのかな?

3人でつつましく暮らしていたら……人並みの幸せだって掴めたのかもしれないのに……。

私にはまったく理解できない……彼女の何もかもが……。


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 それからしばらく経ち……また私のスマホにおじさんから着信が入った。


「おじさん? どうかしたの?」


『実はな……上原夜空が車にハネられちまったんだ』


「えっ!?」


『俺がしょっ引こうとしたら、あの女怖気づいて逃げちまってな?

必死に追いかけたんだが……一足遅かったみてぇだ……面目ねぇ』


「夜空さんはどうなったの?」


『どうにか一命を取り留めたみたいだが、しばらくは入院しないといけねぇみたいだ。

裁判はちぃとばかり先になりそうだな……』


「そうなんだ……とにかく無事でよかったよ」


 別に皮肉を込めたりはしていない。

彼女には暁を傷つけた罪を”生きて”償ってほしい……。

死んで罪から逃げるなんて……そんなの一番卑怯じゃない!

きちんと罪を償って……また人生をやり直してほしい。

誰かを傷つけるためじゃなく、自分達の幸せのために……。

私が彼女に願うことはそれだけだ……。


次話は天樹視点です。

できれば1話で完結させたいと思ってます。

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