一本道の迷宮
計算した番号に飛ぶイベントのあるゲームブックへのオマージュです。
岩山の扉には鍵がかかっていませんでした。斥候様が罠が無いか慎重に調べてから、重厚な扉をそっと一部開け、鏡を使って慎重に内部を観察してから、扉をあけて中に入られます。弓兵様が敵襲に備えて、弓を番えてそれを見守ります。
部屋は貴族の邸宅のホールのような広さと天井の高さがあり、壁面に照明がこうこうと輝いています。蝋燭や松明よりもずっと明るく、魔法ですね。斧槍使い様も、斥候様も、弓兵様も驚いています。あらかじめ話を聞いていた私もいささか感動を禁じえません。
部屋の中央には、口をあけたカエルそっくりの像があります。カエルは首から札を下げていて、札には古の帝国の文字で「我の食物と汝の願いを口に入れよ。」と書かれています。カエルの前には大きな皿がおかれていて、中に長方形の金属片が100枚は積まれています。それぞれの金属片には(5 9) (4 7)と言うような2つの数字の組み合わせが書かれています。
部屋の奥には大きな扉があり、扉には古の帝国の文字で「一本道の迷宮。賢きものは入れ替える。」と言う文が書かれ、縦3横3の9マスの正方形の図が描かれています。左上段のマスに6、中央上段のマスに11、右上段のマスに8、左中段のマスに7、中央中段のマスに8と牛の頭の絵、右中段のマスに10、左下段のマスに10、中央下段のマスに6、右下段のマスに9が、また、左下段のマスの下にホール、左上段のマスの上に謁見の間と書き込まれています。
「これにはどんな意味があるの?」
斥候様がこちらを向いて聞きました。
「魔王は、自分に教えを請う来訪者の機転を試しているのです。」
魔法の才がある人がいれば、秘密の言葉を唱えることで門番の土人形を無力化できたことは、黙っておきましょう。
「謎かけってことね。答えは聞いていないの?」
「聞いて」を強調する斥候様。私はそれを無視して、答えます。
「古文書には残っていません。魔王は新たな来訪者が来るたびに、仕掛けを変えているそうです。私たち自らが答えを見出さないといけません。」
「人の頭と獅子の身体を持つ魔物は、謎かけの答えを間違えた人を食べたって聞いたんだけれども…」
南の海を越えた国の伝承ですね。斥候様の心配はもっともですが、命をとるための謎かけではありません。
「幸い、やり直しは何回でもできるそうです。」
じっと図を見ていた斧槍使い様が指摘しました。
「マスに切れ目がありますね。数字の6のマスは上と右に、11は右と左に、8は下と左に、7は右と下に、10は上と下に、6は上と右に、9は上と左に切れ目があります。」
確かにあります。斧槍使い様の観察力に感嘆します。
「番号が部屋の形状に対応している?」
斥候様の意見に同意です。
「この牛、通してくれそうに無いな…」
迷宮の主でしょうね。ここにいるぞと示しています。
「ゃればぃぃ。」
戦士のための試練ではないのです。力技で押し通れるでしょうか。しかし、正解にたどり着くための情報が不足しているのに、話あっていてもよくありません。
「一度、迷宮に入ってみませんか?」
弓兵様の御主張に同意しましょう。
ロビーに逃げ帰って扉を占めると、甲冑を着込んだ牛頭人身の魔物は私たちを追いかけるのをやめて去っていきました。
「この世のものとは思えない強さだったな…」
斧槍使い様がへなへなと座り込みます。
「あの体躯で全身を覆いつくす甲冑は反則だろ…」
隙が全くなかったですね。まさに魔王の衛兵、この世のものとは思えません。
「殺しに来なかったので助かったね…」
先端が分かれた棒で、私たちは追い払われました。
「収穫もあります。数字は確かに部屋の通行口の位置を表しています。」
ルールを把握するのが、第一です。
「しかし、今のままでは、牛頭人身の魔物に通してもらえません。やはり魔剣で倒すべきでしょうか。」
と、斧槍使い様。
「魔剣を使う前に、他の努力をしてしまいましょう。カエルの像が鍵になると思います。」
皿の金属片の数を数えると、120枚ありました。1から16までの2つの数字の組み合わせと言うことです。大小逆の順番の数字もありません。
私はまず(7 10)の金属片を探し、カエルの像の口の中に入れました。
「何も起きないね。」
斥候様が残念そうにつぶやきます。
「発掘される魔道具の多くとは違うようですね。これが使えるはずです。」
私は銀色のカケラを取り出します。
「さっき泥人形から掘り出していた魔力の結晶だよね?」
そうです。
カエルの口に魔力の結晶を入れると、カエルは口を閉じました。
「動きました。もう一度、迷宮に入ってみましょう。」
最初の部屋は、正面と右手に通行口の枠はあるのですが、壁でした。どうしようもないので扉を閉めると、カエルが口を開けて、魔力の結晶と金属片を吐き出しました。
ルールはだいぶ分かって来ました。(7 10)の金属片で、数字10の部屋の通行口の位置が、数字7の位置になったと推測できます。(7 10)の金属片は、7と10の部屋の通行口の位置を入れ替える可能性が高いです。しかし、扉の図にある数字以外の数字の部屋の通行口の位置は不明です。試してみなければなりません。
私は次に(1 10)の金属片を探し、カエルの像の口の中に入れました。入口の扉を開けると、壁になっていました。
いちいち気にせず、どんどん試していきます。
こうやって網羅的に試した結果、数字の4は下、12は上・右・下、13は右・下・左、14は上・下・左、16は4面に通行口があることがわかりました。1、2、3、5、15は下が空いていないこと以外は不明ですが、もうどうすればいいかは分かります。
私は(10 14)、(10 7)、(6 16)、(8 12)の金属片と魔力の結晶をカエルの像の口に入れました。簡単な置換の問題ですね。
「これで牛頭人身の魔物に会わずに、謁見の間にいけます。」
最後の一片で念を入れて閉じ込めるので、帰りに遭遇することもないでしょう。
一本道にさ迷うことになりましたが、いよいよ魔王と対面です。私は首から下げた聖なる象徴を握りました。嗚呼、神よ。斧盾使い様が魔剣を振り下ろす前に、魔王の愛に気づきませんように!