土人形と痩せていく魔剣
「本当に半鷲半獅子の魔物、襲ってこなかったね!」
あたしはほっとして言った。
「岩山に門があるな。あそこから入ればいいのか?」
従兄弟が修道女に聞く。
「はい。しかし、番人がいて、歓迎されていない来訪者である私たちを追い払いにきます。」
修道女が答える。何から何まで知っている風なのが気に入らない。
「番人とは?」
従兄弟が聞く。
「人よりも大きな土人形です。」
「魔女がヒトを呪い殺すときに使役するモノだっけ?」
「はい。呪った相手に抱きついて窒息させます。窒息する前に、骨が折れるかも知れません。」
「怖っ。弱点はないの?」
「魔剣を使えば倒せます。」
簡単じゃん。だけど、従兄弟は少し考えてから言った。
「剣には慣れていないので、まずは斧槍で突いてみたい。弓兵とスカウトは矢で援護してくれ。」
剣には慣れていない? — 従兄弟は気を使うね。
「うっす!」「了解」
弓兵は矢をつがえつつうちらと距離をとり、あたしは弩に矢をガチャンとセットする。梃子を使って矢を装填するので力がなくても撃てるけれども、弓兵の弓ように連発できないのが悔しい。あの弓を引く力はないけどさ。
「ところで、その門番の土人形が見当たらないんだけれども。」
標的の位置を修道女に聞く。
「それは、聞いていません。」
知らないではなくて、聞いていない?
「誰に…?」
あたしが修道女に質問する前に、バサバサと音がして、鷹が門の前に降り立った。その瞬間、地面から腕が二本が出てきて、鷹を掴もうとする。
「地面の下!?」
弓兵が数射して、地面から生えた腕に矢を当てる。腕は粉々になって吹き飛んだ。土で出来た腕だ。鷹は難を逃れて飛び去った。よかった。
だけど、これで倒せたわけじゃない。頭と胴が地面から出てきて、腕をにょきにょきと生やして、起き上がっていく。土人形だ。
従兄弟が斧槍を構えて突撃し、胴に突き刺し、薙ぎ払う。土が飛ぶ散るが、土人形はひるまない。
土人形は従兄弟に掴みかかろうとする。従兄弟は体制を崩しながら避ける。弓兵がタイミングよく矢を放ち、また腕を吹き飛ばす。
「魔剣を使いましょう!」
修道女が叫ぶ。従兄弟は頷くと、斧槍を捨てて、剣を抜いた。漆黒の刀身。その隙に土人形がまた掴みかかるが、また弓兵の矢が土人形の腕を吹き飛ばす。だいぶ離れたところから撃っているんだけど、全部命中。何て腕前!
従兄弟は、本当は斧槍よりも剣の方が得意だ。伯父さんが剣士だったこともあって、その代わりと親父がずっと稽古をつけていたからだ。冒険者になってからは、複数人で大型の魔物と戦うのに向かないからって斧槍を使っているけど、集団戦でなければ剣の方が強い。ほら、もう土人形の腕と脚を切り落として、転んだ首を落とし、胴の中心に剣を突き立てた。ぽっと土人形の中心が光り、それで土人形は動かなくなったと言うか、土の塊になった。
「倒せましたね!」
修道女が興奮して叫ぶ。そう、あんたの言う通りにして倒せた。あんたの予想通りなんだから、もうちょっと落ち着いたら?
修道女は、土人形の方に歩いていった。あたしは、まだ土人形が動きそうで近寄りたくない。この女は気にならないのね。うわ、土人形の胴を手でほじくり返しはじめた。
「何をしているの?」
あたしは思わず声をあげる。美女に土いじりは似合わないと思う。それとも男はこういうの好きだったりする?
「残っていました!」
あたしの声を無視して、修道女は何かのかけらを掲げた。銀色に輝いている。
「何それ?」
泥がかった美女が、微笑んだ。
「魔力の結晶です。」
ええっと、何だって?
「私と皆さんは、食べることで力が出せるようになりますよね。同じように、この土人形は、魔力を食べて動いていました。魔法にも力の源がいるのです。」
心の声が聞こえたかのように、修道女は説明する。
「ふーん。魔道具も同じように、ええっと、そのそれが入っているの?」
「魔道具や魔剣には、魔力の結晶は入っていないことがほとんどです。」
わざわざ魔剣を付け足したのは何で?
「どうやって魔法の力を出すの?」
気になったことではなく、当たり障りの無いことを聞いた。
「ほとんどの魔道具や魔剣は、使用者が蓄えている生命力を吸い出しています。」
「え、魔道具を使うと死んじゃったりするの?」
「いいえ、ほとんどの魔道具は大きな力を出さないので、使いすぎても使用者は痩せるぐらいです。しかし、竜をも打ち倒すような伝説の魔剣になると…」
「生命力を使い果たして死ぬ?」
思わず遮ってしまうあたし。
「はい。魔剣を手にした英雄は、呪われたかのように衰弱するものです。」
まさに呪いなのでは?
「従兄弟も魔剣に殺されちゃうの?魔王を倒せる剣なんだよね?」
修道女はにっこり笑って答えた?
「心配は要りません。斧槍使い様の剣は特別です。」
どう特別だって言うのよ?
話を聞いていた従兄弟が、ぶんぶんと黒剣を振ってから、呟いた。
「やはり妙だ。」
「どうしたの?」
「ほんの僅かだが、軽くなった気がする。刀身も薄くなったかも知れない。」
従兄弟は剣に敏感だ。剣術に優れているし、親父の手伝いもしていて作るのにも研ぐのにも詳しい。剣で打ち合うのを嫌がるぐらい。
「お気づきになられているのですね。その魔剣は、刀身が魔力の結晶でできています。刀身を燃やして、魔法を行使します。斧槍使い様の生命力は吸いません。」
「ほ~。まぁ、頭痛や吐き気はしないな。」
従兄弟が呑気でいらっとくる。
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫です。」
「他の魔剣は、何で魔力の結晶でできていないの?」
「消耗していって、すぐに壊れてしまうからです。」
「なぜ従兄弟の魔剣だけ、すぐ壊れるようなつくりなの?」
「斧槍使い様を思いやる心でつくられた、斧槍使い様を魔法から守るための魔剣だからです。」
使い手ではなくて、従兄弟を思いやる心なの?
「魔剣は簡単につくれるものではありません。あえて磨耗しやすくつくられた魔剣なんて、世界にひとふりしかないでしょう。なんて素晴らしい献身、愛なのでしょうか。」
うわ、この女、なんかハァハァ言い出したんだけど。
「さあ、門を開けて進みましょう。」
気にはなったけれども、先に進まないといけないし、マジでこの修道女が気持ち悪くなってきたから、あたしは黙った。この女、まだまだ知っていることを隠しているよね。