みんなを鍵にする話
3̇と6̇のCombining Dot Above(U+0307)が読みづらいかも知れませんが、一応、数字の上に点がついています。
遺跡に向かうのは明日となりました。弓兵様と弓兵様の愛馬と私で、飼い葉と食料をわけていただきに行きます。
農家は余分に食料や飼葉を備蓄しているので、通りかかった騎士や旅人が頼めば、それらを有償で融通します。飢えて暴れられるより、ずっといいですからね。魔物の領域よりは、ずっと食料の確保が容易です。
どの家でもよいと言うわけでもありません。貧農では売れるモノがないので。寒村では村長様に頼むことが多いのですが、村長様のお宅がどれか聞きそびれたので、裕福そうな大きな家のドアを叩きます。
頭髪がなく、髭が真っ白の高齢の男性が出てこられました。男性は私の身体を上から下へと観察されました。
「失礼します。旅の者です。食べ物と飼い葉をを分けて頂けないでしょうか。」
「それは構わないが、それより修道女様、祈祷をお願いできないか?」
「はい。どうされましたか?」
「妻がずっと寝込んでいて、良くないんだ。」
「分かりました。」
怪我や病気が早くなおるように、聖職者が祈りを捧げてもらう習慣があるので、こういうこともよくあります。
高齢の女性が寝ている寝台のある、奥の部屋に通されました。御子息でしょうか。青年とその妻、その子もいる大家族で、皆さんが後についてきます。教会も無い集落のようですし、聖職者は珍しいのでしょう。
高齢の女性は頬がこけてやつれており、せきがひどいですね。肺炎でしょうか。私は寄り添うと、聖印を手に祈ります。
「主よ、この老婆に慈悲を。彼女の苦しみを取り除きたまえ。」
私が彼女の胸に手をあてて祈ると、彼女の身体が淡い光が発し、消え、そして彼女の呼吸が穏やかになりました。
「もう大丈夫です。病は去りました。」
「ほ…本物の聖女様?こりゃたまげ…あ…こ…腰が…」
高齢の男性が腰に手をあててうずくまりました。驚かせてしまったようです。
「聖女ではありません。奇蹟を給わっているだけです。旦那様のために、もう一度、主に慈悲を請いますね。」
弓兵様の愛馬に飼い葉と食料を載せて、村長様に借りた空家に戻りました。斥候様が品物をチェックします。
「エンドウ豆、キャベツ、タマネギ、シバフタケ、牛乳、塩漬け肉。バターと小麦粉もあるね。何の肉?」
「肉はアナグマだそうです。畑を荒らしに来たのを捕まえたとか。」
「豪華だね。お金を弾んだの?」
「いえ、無料で頂けました。御主人が、ぜひ持っていってくれと。木炭も頂きました。」
「あんた、顔と、顔に目が行って目立たないけど、卑猥な身体で得してるよね。」
「ありがとうございます。」
卑猥な身体と言われてちょっと嬉しいです。卑猥な身体ですって。殿方にそう罵られたなら、もっとよかったです。何か誤解がある気もしますが、身体を褒めていただいたので満足です。
「ところでこの食材、どう料理すればよいのでしょうか?」
「ええっと…あんた料理苦手なの?」
「恥ずかしながら、修道院でも炊事や洗濯はさせて頂いたことがなく。」
「お嬢様だもんね…」
「斥候様は?」
「あたしも…火を通すぐらいしか…」
「斧槍使い様は?」
「従兄弟も焼けば食えるってタイプだから…」
野営のときは手をかける暇がなく、宿に止まるときは酒場で食べてきたので気づきませんでしたが、冒険者の皆さん、料理はされないのですね。おいしい御飯は諦めるしか無いのでしょうか。
馬に飼い葉をやった弓兵様が戻ってきました。うんうん頷きながら食材を見ています。
「クリームにっくる。」
迷いがありません。腕に覚えがあられるようです。 救世主が現われました。主は我々をお見捨てにはならなかったようです。
一刻後、皆さんと囲みをつくって、弓兵様の料理を味わっていました。
「すっごく美味しい。」
「うまい。エンドウ豆は肉と煮込む以外にも、食べ方があったんだ。」
「とても美味しいです。」
「美味しいです。私の故郷では見かけない料理です。」
皆様ご機嫌になりました。とろみのついた炒めたタマネギの甘みと塩気のあるホワイトソースが、エンドウ豆とキャベツ、つるつるした食感のシバフタケにからんで美味しいです。肉がやや堅い気がしますが、口に出すと責められそうな気がするので、ここは黙っておきます。
「どうやってつくったの?」
と斥候様。私たちの言葉に慣れていない弓兵様の説明を、全員で理解に勤める楽しい時間がはじまります。
私は料理をしたことが無いので、正しくレシピを理解できたかは分かりませんが、エンドウ豆を茹でて、次にバターをひいた鉄鍋でキャベツとシバフタケと塩漬け肉を炒めたあと、火から鉄鍋をはずしてエンドウ豆を入れ、具に小麦粉を塗したあとに火に戻し、牛乳を少しづつ入れながらかき混ぜていくそうです。
食事の後、身体を洗うなどして明日に備えます。移動中も浄化の奇蹟で清潔にはしているのですが、水の感触が洗っている実感を与えてくれて心地よいです。
就寝時は、これまでと同じように、斧槍使い様と、弓兵様と、斥候様が交替で見張りをします。私もしたかったのですが、「あんたは信用がおけないから。」と斥候様に断られてしまいました。
翌日、出発前の未明の時間に主に祈りを捧げたあと、祈祷が終わるのを待っていた斧槍使い様が声をかけてきました。
「依頼主の異国風の女ことなんだが、気づいているか?」
「何をでしょうか。」
「酒場であったときは顔が痩せこけていたんだが、今、見ると、そうでもない。袖の無い服だから、身体の方は分からないが。」
「私は気づきませんでした。さすがです。斧槍使い様のお好みになったと言うことでしょうか。それとも、お好みから外れていっているということでしょうか。」
「いや、そういう話ではなく…食べっぷりからも、何であんなに痩せていたのか気になった。」
「そう言えば健啖家ですね。同伴していた騎士の死がショックで、しばらく食欲がわかずに痩せてしまわれたのかも知れません。異教徒の方の一人旅だと、食事が難しかったのかも知れません。」
異国風の方は食事のときも殿方と同様に食べられますし、もっとふくよかでないと不自然なのはそうですが、旅路で痩せてしまう理由は色々考えられます。
「そういう可能性もあるよな…疑うべきではないか。ありがとう。」
日が出ると同時に出発です。依頼主の異国風の方の案内で、遺跡に向かいます。異国風の方をよく見直しますが、やせこけていると言うほどではないですが、やはり痩せ型です。伯母様が憧れる体質、痩せの大食いなのでしょうか。
山中の森の中を登っていきます。一時間ほど進んだところに、崖崩れで開けた場所があって、金属の大きな扉がそびえ立っていました。
「ここが探索したい遺跡です。」
と異国風の方。
「山腹の横穴の扉ですね。巨人サイズです。」
「扉の先は燃える石の坑道かな?」
「燃える石が要るとは思えない。」
斧槍使い様の考えを、周囲の地面などを調べていた斥候様が否定します。
「巨人は薪では暖をとれないのかも知れない。」
「燃える石が要ったとしても、もっと麓の方の、地表に出ているのをかき集めれば済むよ。」
「盗賊団の痕跡はあったか?」
「あった。足跡の数から10は超えると思う。20近くいるかも。」
「監視されていると言うことでしょうか。」
異国風の方が不安そうに聞かれました。
「はい。人数に差があるので、広いところでは不利ですね。襲ってきたら中で応戦しましょう。オレが前衛に立って、弓兵と斥候が矢で援護するので、修道女と一緒に後ろにいて巻き込まれないようにしてください。」
「扉を開ける前に襲われないでしょうか?」
「まだ襲われていないということは、その可能性は無いと思います。」
自分で解けない謎は、競合に解いてもらうのは、定石ですね。
扉を見上げると、ミアンダ模様が刻まれています。開けるのには川の流れが必要と言う意味です。稲妻紋はないので、魔力で動くというわけでは無さそうです。
「斥候様、山の上の方に水路が無いか探して頂けないでしょうか?」
斥候様が斧槍使い様を見て、斧槍使い様が頷かれます。
「いいけど、それで扉が開くの?」
「おそらく。この扉は魔女がつくらせたものだと思います。」
「伯母さんに何か教わっているの?」
「それもありますが、修道院で魔女について学ぶ機会がありました。」
「まぁ、いいよ。ちょっと待っていて。」
斥候様が森の中に入っていきました。
一刻ばかりしたら、斥候様が戻ってきました。
「山中に小川があって、この扉の上まで水路がひかれていた。水も通っている。取水口の下流の苔の具合から見て、最近、水位が下がっている。水路の脇に、土が積まれている。入り込んだ土をかきだしたのだと思う。つまり、誰かが水路を整備して、取水口を開けていた。」
「盗賊団か?」
「たぶん。」
「魔女の神殿のつくりに詳しい盗賊団ですね。」
「そいつらがまだ扉を開けられていないのは、何で?」
「それは思い当たることがあります。魔女は迷路や謎かけが大好きです。」
これまでの経験から明らかです。
「そう言えば、そうだったね。」
「今回は扉なので、おそらく謎かけがどこかにあるはずです。」
「なるほど。人工物の横穴が、扉の上の方にあったから、そこを見てみる?」
「はい。」
斥候様を先頭に、森の中を進んでいきます。
「皆さん、魔女について詳しいのですね。驚きました。」
と異国風の方。
「詳しいわけではないけど、親類がね。」
「今はどうされているのですか?」
「事情により旅に出ました。今、どうしているかは、オレらは知りません。」
「その方は、どんな魔法を?」
異国風の方は、魔女に興味津々のようです。価値の高い貴重な魔道具は魔女がつくったものですから、冒険者や学者の方は魔女に興味を持つものですが。
「ほら、ここ。」
壁面が石材で補強された横穴がありました。
「さっきは詳しく見なかったんだけど…血痕があるね。新しい。」
円筒状の横穴は深くは無く、目が慣れてきたら、外光で中の様子が分かります。
横壁の一方から3つのブロックが浮き出ており、0から9までの数字と、0から9までの数字の上にドットの表記のある目盛りがついています。突き当たりの壁には、数式が2つと図形、そして文字の書かれた金属のプレートがあります。
「丸い穴にブロック…巨大な円筒にピン…巨人の鍵穴みたいだね。」
と斥候様。
「鍵穴だとすると、鍵がないといけませんね。しかし、こんな大きな錠の鍵は、見つけられても動かせそうにありません。」
「鍵はたぶん要らない。鍵は鍵穴の中のピンを決まった分だけ押すだけのもので、それでまわせるような仕掛けになっているのが錠。鍵がなくても決まった分だけ押せれば開くよ。これが鍵穴であれば。」
なるほど。この手の仕掛けは斥候の方が専門でしたね。
「奥の金属のプレートには、古の帝国の言葉で「長さaを3文字で表せ。」とあります。」
「どうやって?」
「ブロックを押し込むのでは無いでしょうか。」
「なるほど。きっとこれは錠だね。確かめる。回さなければ大丈夫だと思うけれども、あたいが逃げられるように、出口をあけて。」
斥候様が横穴に入り、天井を気にしながら、手前のブロックを押します。
「すごく重いけど押せる。やっぱり大きな錠だね。でも、1人では3つ同時には押せない。」
「巨大なピンが押せたとして、どうやって回すんだ?」
「外に把手があるよ。汚れていない。最近、誰か回したね。」
「そして罠で死んだ?」
「死んだかは分からない。血痕から串刺しになったとは思うけど。」
私は斥候様と交替で横穴に入って、突き当たりの壁の2つの数式を観察します。
最初の数式は、
5/3 = 1 + 2/3 = 1 + 1/(3/2) = 1 + 1/(1 + 1/2) → [1; 1, 2]
です。
次の数式は、
3, 3, 3, 3, 3, 3, … = 3, 3̇
です。
これは計算問題を解けというのではなく、例になっていますね。
図形の方を観察します。
大きな四角形の内側に、小さな四角形が、その頂点を大きな四角形の辺に接するように描かれています。大きな四角形の上辺は左から右に1と3、右辺は上から下に1と3、下辺は右から左に1と3、左辺は下から上に1と3の長さに分けられているので、大きな四角形は正方形です。小さな四角形の一辺の長さはaと書かれていて、これも正方形だと分かります。大きな四角形を、小さな四角形と4つの直角三角形で分割した図になっています。
この計算問題を解けということですね。
修道院で四則演算と面積ぐらいしか教わっていない私に解けるのでしょうか。
「皆さん、数学は…」
斧槍使い様と斥候様は「四則演算も怪しい。」と首を横にふりました。
「ごめんなさい。習ったことはあるのですが、得意ではありません。」
と異国風の方。仕方がありません。頑張りましょう。
大きい方の四角形の一片の長さは1足す3で4。面積は4×4で16です。4つの三角形の面積は、3×1/2で、それぞれ3分の2です。4つ足して6。小さい四角形の面積は、16から6を引いた10だとわかります。a×aが10だと分かります。
しかし、aが3だとa×aは10より小さく、4だと大きいです。3.1だと小さく、3.2だと大きいです。3.16だと小さく、3.17だと大きいです。3.162だと小さく、3.163だと大きいです。普通の数字では表せられそうにありません。これは困りました。
最初の数式の5/3にならって書きなおしたら、数字3文字になったりするのでしょうか。
第1項を1にして変形してみます。
a = 1 + (a - 1) = 1 + 1/(a - 1)
aをa×aにして消し去りたいので、第2項の分子と分母に(a + 1)をかけます。
= 1 + (a + 1)/(a - 1) (a + 1)
= 1 + (a + 1)/(a×a - 1)
= 1 + (a + 1)/9 = 1 + 1/(9/(a + 1))
何かおかしいです。この計算は答えにたどり着きそうにないです。
第2項を1未満にしてみます。
a = 3 + (a - 3)
= 3 + (a - 3)(a + 3)/(a + 3)
= 3 + (a×a + 3a - 3a - 9)/(a + 3)
= 3 + 1/(a + 3)
= 3 + 1/(6 + (a - 3))
= 3 + 1/(6 + 1/(a + 3))
= 3 + 1/(6 + 1/(6 + 1/(a + 3)))
= 3 + 1/(6 + 1/(6 + 1/(6 + 1/(a + 3))))
3、6、6、6…と6が永遠に続きます。3が続くときは3̇でしたから、3, 6, 6̇でしょう。
「計算しました。3, 6, 6̇です。」
「間違うと罠が作動するかもだけど、本当にあってる?」
「主の加護があれば大丈夫です。斧槍使い様と斥候様と異国風の方でピンを押して、弓兵様に回せるか試して頂きましょう。」
「あんたは押さないんかい。」
「もしものときに奇蹟を使う必要がありますから。」
頬を膨らませて、横穴に入っていく斥候様。続いて、斧槍使い様と異国風の方が入ります。それぞれがピンに手をかけて、慎重に3, 6, 6̇の目盛り位置まで押していきます。
「押し込んだ」
「やりました」
「いいよ、押し…」
弓兵様が手摺を回すまでもなく、横穴が回りだしました。
「…やべ」「うわ」「っきゃ」
転げられる3名。90度回るとそこで止まりました。
「まだはんぶんだから」
3名が体制を立て直す前に、弓兵様がもう90度回します。天地がひっくり返ってから、何とか出てこられる3名。
「内筒の円周で回転することを忘れていた…」
と、這いずりながらつぶやく斥候様。私もです。
罠が作動せずに半回転したので、正解ですね。難しい計算ではなかったですが、天文学者を除けば証人と簿記係がかろうじて四則演算を習う程度の世の中です。先にここに来た盗賊団が行き詰ったのも不思議ではないですね。
低く重い音も響いてきました。
「扉が開く音?」
「きっとそうです。この大きな鍵が回されると、ためておいた水が器械仕掛けに流れこんで、開くのでしょう。」
「扉が開いたあと、盗賊団がどう出るかだな。ここで遺跡を奪取に来るか、オレたちをもっと泳がしてくるか…」
と立ち上がりながら、斧槍使い様。
「あとは食人鬼の騎士。」
「不死者は昼間は襲って来ないと思います。」
と異国風の方。確かに日中活発な不死者の話は聞きません。
「食人鬼の騎士は盗賊団を襲っているから、盗賊団は日が落ちる前にケリをつけに来るだろうな。」
「探索前に決戦だね。遺跡の中をざっと見たら、あたしは罠を仕掛けるよ。」
「オレと弓兵はバリケードをつくる。」
私と異国風の方は暇をもてあましそうです。先に探索を進めることにしましょう。




