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循環螺旋の上の冒険  作者: 餡子鈴
魔女の眠る場所
24/30

古の魔女の棺

 奥に続く扉の先は大きな図書室でした。


「この世に、こんなに本があるものなのですね。」


「修道院の図書室よりも、ずっと数がありそうです。」


 私と見習い修道女様は圧倒されていました。古の帝国には大図書館が存在したそうですが、帝国の解体に伴う混乱で蔵書は焼失もしくは散逸してしまい、今は各所の修道院が千冊に満たない蔵書を持っている程度と言われています。


「多くは魔道書のようです。私が読めるような本は、見当たりません。」


 私は手にとってぱらぱらと開いて見ましたが、内容はさっぱりでした。


「お嬢様が分からないものでしたら、私も分かりません。」


 見習い修道女様は、一冊も目を通さずに断言されました。


「お嬢様、あの女の目的はこれらの本でしょうか?」


「分かりませんが、可能性は高いと思います。」


 私は図書室の奥に、さらに扉があることに気づきました。


 開けて見ると、もう一つ大きな部屋があり、中央に大きな透明な長い箱が置かれていました。その横には大きな上部が平らに削られた石があります。


「こんな大きなガラスのものは、見たことがありません。」


「私もです。」


 中には女性が横たわっていました。官能的な身体の美しい女性でした。まるで生きているかのようですが、呼吸をしていないので遺体だと分かりました。手には、宝飾品と貴金属で飾られた短い杖を握っていました。


「これは棺桶ですね。中の遺体を保存する魔道具なのでしょう。」


「ここは、この女性のお墓と言うことなのでしょうか。」


 私は石の平らに削られた面に刻まれた言葉に気づきました。古の帝国の文字で「(いと)しき人の手による埋葬を待つ。」とあります。女性の名前もありました。


「どちらかと言うと、霊安室のようです。生きている間に会えなかった、魔法が使えない愛しい人を待っているのだと思います。夫か、恋人か。醜くなった姿を見せたくない、美しい自分を見て欲しいという強い意思を感じますから。」


 私は、あるいは、戻ってきた思い人ががっかりしないように、美しい姿のまま待ち続けた献身だったのかも知れないなと思いながら、透明な棺の蓋に手をあてて言いました。


「この女性の相方は薄情な人ですね。ここにあると言う事は、戻ってきて埋葬してあげなかったわけですから。この女性(ひと)もあのメッセージを聞き流さないように、扉の迷路を作ったのだと思います。私もお嬢様のために、迷路の一つでもつくるべきでしょうか。」


 見習い修道女様が何かを共感したようでした。


「ありがとよ。お嬢さんたち。あのへんちくりんな迷路を解いてくれて。」


 背後に声が響きました。あの女(スラット)でした。修道服は着ていません。(スラット)は続けました。


「ここは古の時代に神として敬われた魔女の神殿、そしてその墓場さ。こんな大きなモノに魔力を注ぎ込んでいたらあっと言う間に干からびちまうので、どうやって動かそうかと困っていたんだが、魔力の無い小娘が動かしちまうとはね。」


「あなたは魔女なのに、川の流れの力を魔力に変換する機構(システム)のことを御存知なかったのですね?」


 私は(スラット)の服に返り血がかかっているのに気づきながら、聞きました。


「そうさ、知らなかったさ。自然の力を魔力に変える術は、普通の魔法使いからは失われちまっている。魔王は自分の生命力を魔力に変える以外の方法で魔力をつくることを禁じ、方法を教えることも禁じた。だから、あたしらはせせこましい術しか使えない。」


 手の短剣(ダガー)を撫でながら、(スラット)は返事をしました。


「あなたのヒトを魅了する魔法(チャーム)は、十分な脅威です。」


「男にかける分には、勝手にはめて、勝手に射精して(いって)、それで傀儡(くぐつ)になってくれるから、確かに便利な魔法さね。だけどさ。魔王は私の師にこれしか教えてくれなかった。一人の魔女は一つの魔術で十分だとよ。」


 ははっと(スラット)は無理に笑いました。


「魔王は、膨大な魔力で無数の魔法を使う魔女同士の争いは、もう見たくないんだとさ。自分は、膨大な魔力で無数の魔法を使っているのにずるいよな?」


 (スラット)短剣(ダガー)を私たちの方に向けました。


「そこで死んでいる魔女の魔力生成技術と魔法、そしてその手に握る魔道具(ワンド)をもらったら、あたしは魔王に並ぶことになる。」


 (スラット)はヒトを魅了する魔法が使えるのに馬脚を現したぐらい頭が悪いで、その三つを得ても無理なのではないかと思いましたが、見習い修道女様の覚えが悪くなりそうなので、違うことを言いました。


「あなたのような(スラット)に、おとなしく渡すとお思いですか?」


 棺で眠る女性の思いを、献身を、踏みにじらせたくありませんでした。


「抵抗してくれても構わない。魔法だけでは足りないので、あたしはこいつの腕を磨いた。あんたのような貴族の令嬢の綺麗なお顔を刻むのも嫌じゃない。」


「その磨き上げた技を披露して頂けるわけですね。」


「お嬢様?」


 私は(スラット)の方に一歩、前に出ました。(スラット)は私の急所を貫かないといけませんが、私はかすり傷を負わせれば勝ちでした。予想通り、小娘にバカにされたと逆上して、真っ直ぐ踏み込んできた(スラット)。これをかわして…と思ったとき、


「危ない!」


 と叫んだ見習い修道女様に、私は突き飛ばされました。そして(スラット)の短剣が、見習い修道女様に突き刺さりました。致命傷。

 私は(スラット)が短剣を構えなおす前に、腰の蛇行した刃に切れ込みが入り、鍔にフードがある毒蛇(アスプコブラ)の装飾がされた短剣(ダガー)を腰から抜いて、女の右足のふとももに突き刺しました。(スラット)は飛びのいて、距離をとります。


「あたしの足を…その鼻を削いでやる!」


 短剣(ダガー)で斬りかかってきますが、微妙に踏み込みが鈍くなっていました。私は短剣(ダガー)で、(スラット)の二の腕に切り傷を与え、短剣を鞘にしまいます。


「なめ腐って…」


 毒を充填していることには気づいていませんでした。やはり、ちょっと頭が弱いようでした。


 しばらくの斬りあいのあと、(スラット)の右足、右腕が満足に動かなくなりました。


「何をした!?」


「筋肉を弛緩させる毒です。もうあなたの両手両足は一刻は動きません。」


 私は(スラット)の顔を踏みにじりながら言いました。そして、顎を掠めるように蹴ります。いい感じに脳に刺激がいったらしく、(スラット)は動けなくなりました。


 見習い修道女様に駆け寄りました。まだ息はありますが、出血がひどく助かりそうにありませんでした。これまでの見習い修道女様の献身が思い起こされます。


「私を庇って死に行くなんて、本当に私を愛してくださっていたのですね。こんなにも尽くしてくれてたあなたが、これからどこまで深く身を捧げてくれるのか、どんなに強い愛を見せてくれるのか、私は知りたくてたまりません。私はあなたを深く愛しているとは言えませんが、この気持ちは本当です。主よ、どうかこの者に私への愛を示す機会をお与えください。」


 私は本心を口に出して、祈りました。彼女の救済ではなく、私の欲望の充足を。そのとき、何と言われたかははっきり覚えてはいないのですが、主の声が聞こえた気がしました。そして見習い修道女様の傷口が突然あわく光りだし、傷が癒えてきたのです。


「お嬢様…?」


 私は見習い修道女様をぎゅっと抱きしめました。不思議と主の恩寵を賜ったことに感謝こそあれ、驚きはありませんでした。


「あなたの命をお救い頂けるように祈り、主と約束しました。私への愛を示してくださいね。」


「…はい。今のは…?」


 困惑している見習い修道女様に、ヒトの身を超越した体験を、説明している時間はありませんでした。(スラット)が返り血を浴びていると言うことは、他にも怪我人がいます。


「さあ、急いでその女(スラット)を引っ張って、礼拝堂に戻りましょう。」


 私が(スラット)の片脚を、見習い修道女様がもう片方の脚をもって、ずるずると図書室、回廊と移動していきました。スカートがめくれ上がってはしたないことになっていましたが、この女(スラット)には相応しい扱いでした。


 階段のところまで戻ると、礼拝堂のざわめきが聞こえます。(スラット)を捨てて、急いで階段を登ると人だかりができていました。


 わきかけて進むと、痣の修道女様が腹を刺されて倒れていました。


「お嬢様…」


 意識はありました。私は迷わず主に奇跡を祈りました。奇跡を授かると、それが行使できることに、疑いを持たなくなるのです。


「主よ、この者の身体の苦しみをお取り除きください。」


 痣の修道女様の腹の傷と、顔の痣があわい光に包まれ、なくなっていきました。周囲で見ていた人々が騒ぎ出しました。


「奇跡です。お嬢様が奇跡を授かっていました。」


「修道院長も癒せなかった顔の痣が…」


 周りにいた修道女様たちから驚嘆の声があがりました。


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