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循環螺旋の上の冒険  作者: 餡子鈴
魔女の眠る場所
23/30

扉の迷路

「あの女は、魔女です。魔法を使いました。祈祷と祭儀を怠っていたので、信仰はないことが分かります。また、ヒトを魅了する魔法(チャーム)があれば、生活には困りません。」


 寮から礼拝所に移動しながら、私は見習い修道女様と痣の修道女様と、あの女(スラット)についての話を続けました。


あの女(スラット)が、今まで修道院で何をしていたのかが問題と言うことでしょうか?」


 見習い修道女様が確認されました。


「その通りです。半年前から出るという女の幽霊は、私はあの女(スラット)が正体だと思います。」


 肉感的な女(スラット)が来た時期からの幽霊話ですから、お二人ももう想像はされているだろうなと思いつつ言いました。


「あの女、深夜、徘徊していたので、朝の祈祷と祭儀に出てこられなかったのですね!」


 見習い修道女様はお怒りでした。


「何かを探していたということでしょうか?」


 痣の修道女様は、私の考えを掴まれたようでした。


「はい。他に考えられません。」


「何を探していたというのでしょうか?」


 見習い修道女様はもうお分かりなのではと言う顔で聞いてきました。


「それを知るには、この修道院がどういうところかを理解しなければなりません。」


 まだまだ情報が足りません。


「この修道院に私たちが知らない秘密があると言うことですか?」


「はい。この修道院の多くの建物の外壁はレンガですが、礼拝所は石造りです。古い水車小屋も石造りでした。礼拝所と古い水車小屋は同年代の建築物なのではないでしょうか。」


「確かに礼拝所が最初にあって、集会室、食堂、作業場、修道女の寮、外来者宿泊施設などが増築されていったと聞きます。」


 痣の修道女様が情報を足してくださいました。私の想像通りでした。


「この南の王国では、異教徒の神殿を改装して教会にすることはよくあります。礼拝所は、異教徒の神殿か何かだったのではないでしょうか?」


 私は仮説を提示しました。


「ここが異教徒の神殿だったとは聞いたことはありませんが、扉の迷路があると言う噂を聞いたことがあります。」


 と、見習い修道女様。


「扉の迷路ですか。どんなものか伝わっていますか?」


「迷い込むと何回も何回も扉をあけて進み、ようやく出られるという迷路です、御令嬢様。何百年もの間、迷い込んだ人は出ていないそうです。」


 痣の修道女様が補足してくれました。


「その扉の迷路の先が、あの女の目的というのはありそうです。どちらにしろ、幽霊が向かった先に何かあると思います。」


 礼拝所にやってきた私は、四つん這いになって床を調べだしました。


「御令嬢様!」

「お嬢様、やめてください!」


 見習い修道女様と痣の修道女様が止めますが、事を急ぎたいところでした。


あの女(スラット)が礼拝所を調べていた蓋然性は高いです。何かあるとしたら地下です。地上部分に隠し部屋が存在できる空間はありませんから。」


 礼拝堂の説教壇の下側は膝下半分ぐらい高くなっていたのですが、段が木製であることに気づきました。また、床に動かした跡があります。3人で説教壇を押すと動いて、地下への螺旋階段が現れました。


「お嬢様。灯りを持ってまいります。」


 見習い修道女様が祭壇にあった蝋燭台をもって食堂にいき、火をつけて戻られました。


「では、いきましょう。」


 私は階段を降りていきました。


 降りきった先に金属製の二枚扉がありました。取っ手のようなものは見えず、押しても、横に引いても動きません。鍵穴はなく、扉と扉の間に隙間もありませんでした。


「扉には彫刻がありますね。埃がないので、掃除されています。」


あの女(スラット)が掃除したということでしょうか、お嬢様?」


「恐らくそうです。この彫刻を観察したのでしょう。」


 蝋燭の灯りでは見づらいのですが、上の方は曲がりくねった一本の線で装飾された方形の文様が並んでいて、下の方は剪定されていない樹木の枝の分岐を逆さにしたような大きな模様が描かれています。「扉に力を注げ」という古の帝国の文字もありました。


「扉の装飾の上の方はミアンダと呼ばれる模様で、川を意味します。」


 と、痣の修道女様。修道院では神の教えの他、語学や教養も学ぶので、年長者は博識です。


「下の方は、樹木でしょうか?」


 見習い修道女様が推測しました。


「樹木だとしたら上下逆さまです。似たものと言えば、落雷?」


 確かに形状は樹木に見えますが、私には違和感がありました。


「扉に力を注げと書いてあります。学習の時間に魔女たちが己の生命力以外で、最初に魔力に変換できた力は雷と教わりました。」


 と、痣の修道女様。


「魔力を注げという意味でしょうか。私たちには魔力はありません。」


 見習い修道女様が残念そうに呟きます。


「いえ、魔力を注げばよいのであれば、あの女はこの扉を開けて先に進んでいるはずですが、開いてはいません。」


 しかし、具体的にどうすればよいかは分かりませんでした。そこにある情報だけでは答えに辿りつけそうになかったので、私は他にできそうなことを考えました。


「川の模様があると言うことは、水車小屋に関係があるかも知れません。一度、水車小屋にいってみませんか?」


 突拍子もない発想だったと思いますが、お二人にも他にアイディアは無かったのでしょう。すぐに行くことになりました。



「堰があるので流速が遅く、泥がたまっていて、ザリガニがたくさんとれます。」


 痣の修道女様の説明に、修道院の拡張で堰が壊されなかった理由はザリガニに違いないと、昨日の酒宴を思い出しつつ、堰と水車の周りを調べました。


「水車を回したいのです。放水路バイパスの水門を塞げば水車の方に水が流れると思います。水門に落とす板があればよいのですが。」


「お嬢様、板ならば、覚えがあります。水車小屋の中でベッドにされていた台は、板を重ねたものでした。」


 そう言って見習い修道女様が大きな板を、一枚づつ運んで来ました。それを私と痣の修道女様で水門の左右についた溝に落としていきました。


「サイズはぴったりでしたね。私たちが座っていた板、水門板だったのですね。」


「はい。お姉様。」


「私たち?」と思ったのですが、詮索しないことにしました。


 堰でつくられる池は大きくなく、あっと言う間に水位があがり、水車の取水口に水が流れ出しました。水車小屋の中に入ると、歯車が回り出しています。


「動いていますが、何をしているのかは分かりませんね。」


 と見習い修道女様。


「分かりませんが、ここではないどこかで変化があるのだと思います。お昼ですし、食堂に戻りましょう。」


 私たちは、水車小屋を後にしました。



 食堂に戻ると、まだあの女は見つかっていませんでした。ヒトを魅了する魔法(チャーム)の影響下にある3名のうち誰かが匿っているのでしょう。匿われている間は、身動きがとれないはずなので、私たちに有利になります。急いでチーズとレンズ豆のスープとパンの昼食を済ませます。


 再び礼拝堂の地下に戻ると、壁面に取り付けられていた球体がぼんやりと光っていました。蝋燭の灯りよりは明るいです。


「お嬢様、これは?」


「魔法…ですかね?」


 二枚扉は開いていました。引き戸でした。


「お嬢様は天才です!」


「素晴らしいです。御令嬢様。」


 お二人から褒められました。


「ありがとうございます。しかし、扉に描かれていた雷のような絵は、水車で磁石の間を回転する鉄の棒を指していたのでしょうか。まったく雷との共通点が分かりません。」


 目的は達しましたが、疑問は残りました。


「魔法ですから、私たちに理解できない理屈があるのでしょう。」


 と、痣の修道女様に慰めていただきました。


「ところで恐縮なのですが、ここから先は一人、地上に残っていただきたいと思います。誰かに水門を開けられると、ここが永久に閉まってしまう可能性があるので。修道女様、お願いできますでしょうか?」


「分かりました。お気をつけて行ってください。」


 私と見習い修道女様で先に進みました。痣の修道女様は、礼拝堂に戻りました。


 二枚扉の先は、すぐ回廊になっていました。不思議な明かりが灯っているので、先に進むのには支障は無さそうです。入った正面に一枚扉があり、数字の1がプレートに刻まれています。同じ壁の左右には、数字の12の扉と、数字の2の扉が見えました。


「右手に一周してみます。」


「はい、お嬢様。」


 回廊は円を描いていて、外周になる右手の壁には入ってきた二枚扉と、反対側に別の二枚扉がありました。内周になる左手の壁には等間隔に12枚の一枚扉があります。入ってきた反対側の二枚扉には「真実を唱え、軌跡に触れよ」と古の帝国の言葉が刻まれたプレートが打ち付けられており、触れると淡く発光してすぐに光りが消える、0から9の数字の板も貼り付けてありました。


「お嬢様…!」


「入ってきた扉が閉まっていますね。」


 閉じ込められました。


「誰かが水門を開けたのでしょうか?」


「明かりはついているので、水車は回っていると思います。ここが扉の迷路なのでしょう。」


 私は落ち着いて答えました。


「お嬢様はここから出られないのではないかと不安になりませんか?」


「過去に脱出できた人はいます。私たちが出られないはずがありません。」


 そう言いながら入り口の扉を見ると、古の帝国の文字で「すべての一枚扉から円形の部屋に入れ。」と書いてありました。


 数字1のプレートの扉を開けて、中に入ってみます。回廊の内周とほとんど同じ大きさの円形の部屋で、12枚の一枚扉がありました。一枚扉はどれもこの部屋につながっているのは自明でした。円形の部屋の中央の床にはくぼみがあり、"Caritas"と刻まれた金属のプレートが見えていました。


「一度出て、他の扉から入って見ましょう。」


 数字1のプレートの扉から出て、数字2のプレートの扉を開けようとしましたが、鍵がかかっていて開きません。数字3のプレートの扉、数字4のプレートの扉…とすべて試しましたが、結局、開いていたのは数字1のプレートの扉だけでした。


「お嬢様、他の扉から入れませんね。」


「はい。他の扉から出られるかを試してみましょう。」


 数字2のプレートの扉から出ることはできました。今度は、数字2のプレートの扉以外は開きません。数字2のプレートの扉から円形の部屋に戻りました。部屋の中央の床のくぼみから見える文字が、"lingua"に変化していました。


 数字3のプレートの扉から出ると、今度は数字4のプレートの扉からしか入れなくなりました。部屋の中央の床のくぼみから見える文字は、"sive"になっていました。


「お嬢様、これはどういうことでしょう?」


 不安のあまり、見習い修道女様が私の腕に抱きつきます。


「迷路に集中したいので、やめてください。」


「解けたら続けてもよろしいですか?」


 解けたら安心してやめて欲しいと思いましたが、私は無視して説明しました。


「出る扉によって、入ることのできる扉と、床の文字が変わる仕組みのようです。パターンを把握する必要があるので、何回も扉を出たり入ったりしないといけません。」


 さて、数字4のプレートの扉から出ると、数字7のプレートの扉からしか入れなくなりました。床の文字は"sive"のままでした。数字5のプレートの扉から出ると、数字11のプレートの扉からしか入れなくなりました。床の文字は"scientia"になりました。数字6のプレートの扉から出ると、数字4のプレートの扉からしか入れなくなりました。床の文字は"sive"になりました。


「数字3のプレートの扉から出た場合と、数字6のプレートの扉から出た場合で、どちらも数字4のプレートの扉からしか入れないのは奇妙です。」


 私は悩みましたが、分からないときは試行錯誤して、情報の量を増やすべきだと開き直り、数字1のプレートの扉から出てみました。


「数字4のプレートの扉の鍵しか開いていませんね。」


 さらに、数字2のプレートの扉から出てみました。すると、今度は数字5のプレートの扉からしか入れませんでした。これで法則(ルール)にあたりがつきました。


「入ってきた扉の数字と、出ていく扉の数字で、入ることのできる扉と、床の文字が変わる仕組みのようです。」


 出る扉を数字2のプレートの扉と決めると、12枚すべての扉から入ることができました。すると、ずずず…と何かが引きずられる音がします。数字1のプレートの扉から回廊に出ると、入ってきた扉が開いていました。


「出られますね。さすがお嬢様です。」


「私たちの目的は進むことなので…真実と軌跡の意味を突き止めなければなりません。真実は、あのプレートの単語を使ったフレーズであるのは想像できました。しかし、Caritas, lingua, sive, sive, scientia, sive, sive, prophetia, destruetur, sive, numquam, cessabunt, sive, scientia, evacuabuntur, Caritas, lingua, exciditでは文としての意味が通りません。12枚の扉ですから、12単語の文が正解でしょうから、並べる順番は想像がつきますが。しかし、軌跡とは?」


「お嬢様ならばきっと分かります。」


 見習い修道女様は考えることを放棄されていました。


「今までは、入ってくる扉と出る扉の数字を足して2を引き、12で割った余りに1を足した扉の番号から入れています。数字2の扉から出ると決めることで、巡回することができました。巡回…奥に続く二枚扉は数字に触れて軌跡を示すようでした。軌跡は数字のはずです。」


 突破口が見えてきました。


「最初から数字2のプレートを使って一周すると、Caritas, lingua, excidit, sive, prophetia, destruetur, sive, numquam, cessabunt, sive, scientia, evacuabuntur.数字6のプレートを使って一周すると…と考えていって、意味のあるフレーズのものを選べばよいわけですね。」


「数字3や4の扉は調べなくてもよいのですか?」


「それらの扉を出るだけでは、12枚の扉から丸い部屋に入れません。数字の3だと6つの扉、数字の4だと4つの扉からしか入れません。」


 私たちは奥に進む扉の前に来ました。私は自信をもってCaritas numquam excidit: sive prophetiæ evacuabuntur, sive linguæ cessabunt, sive scientia destrueturと唱え、数字の8に触れました。一瞬の間があり、扉がゆっくりと左右に開き出しました。


「お嬢様、さすがです。」


「ありがとうございます。しかし、「愛は尽きることはなく、予言が無効になるか、異言が失われるか、知識が消えさるかすることでしょう。」とは、魔女らしくない言葉です。」


 愛を裏切ってでも知識を追い求めるのが、魔女。これは偏見でしょうか?

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