ヒトを魅了する魔法
修道女の皆様は共同作業を通じてのみではなく、娯楽によっても交流を深めています。修道院ではバックギャモンが流行っていて、その日は勝ち抜き戦が行われました。私も参加して順調に決勝まで勝ち上がり、古い水車小屋で逢瀬に勤しんでいた片方、肉感的な修道女見習い様を破って優勝し、主催した年長の修道女様の秘蔵のワイン樽を賞品として頂きました。
見習い修道女様とお祝いをしようと言う話になりました。見習い修道女様と仲のよい妙齢の修道女様にも、私から声をかけました。顔に大きな痣があるお方です。修道女様はお酒が好きだと聞いておりましたし、見習い修道女様と二人きりで酔うのに危険を感じたので。修道女様は大変お喜びになって、つまみを用意していくから、私の部屋で飲みましょうということになりました。
ビーカーと皿を—見習い修道女様が—用意して待っていると、修道女様がやってきました。
「お待たせしました。」
ボールとポットを持たれていました。ボールの中には、レタスがひかれて上に茹でたザリガニが山のように積まれていました。
「泥抜きしたザリガニがあったもので、茹でて持ってきてしまいました。」
「どこで捕られたものなのですか?」
肉が食べられないこの時期は、魚介類がご馳走です。
「水車小屋の堰の近くでとれたものです。たくさんいるので、夏はよく食べます。」
「お姉様はザリガニ釣りの名人で、よく御馳走してくれます。」
ここはそうでもないのですが、修道院は自給自足が原則です。
「今日は御令嬢様のお祝いですから、特別なソースもつくってきました。」
ポットの中を見せてくれます。淡い褐色の粘性のある液体が見えました。
「ザリガニのソースです。小麦粉をバターで炒めたものに、タマネギやハーブとザリガニを加え、牛乳を入れて煮込み、十分煮詰まったら、ザリガニを取り出し、殻をとって身を潰して濾したものを戻して、ちょっと加熱してから塩と胡椒で味を調えます。御令嬢様の御口にあえばよいのですが。」
説明を聞くだけでよだれが出てきました。
「お姉様、私、いままでそのソースで食べたことがありません。」
「今日は特別ですから。」
見習い修道女様がぷーっと膨れました。
アルコールの助けもあったと思いますが、女三人寄れば姦しいと言うのは本当ですね。話が弾みました。
「顔にこんな痣があって生まれてきたために、嫁ぎ先は無いと言うことで、この修道院に入れられました。主はどうしてこのような試練を私に課したのでしょうか?」
修道女様が悲しそうに言います。
「御令嬢様はどうしてこの修道院に入られたのですか?」
見習い修道女様が聞きます。
「自分で身の回りのことができるようになりたくで来たのですが…」
性欲と妄想が人一倍強いので、殿方と間違いを犯さないように来たとは言えませんでした。
「お嬢様がそれを覚えることは、私が許しません。」
見習い修道女様が宣言します。
「あなた様が病気や不在のとき、私はどうすればよいのでしょう。」
私は反論しました。
「ふふふ…この娘が病気や不在のときは、私が御令嬢様のお世話をさせて頂く約束になっています。ご心配なさらず。」
痣の修道女様が、私の知らないところで結ばれていた約束を暴露しました。私に家事をさせないように、見習い修道女様の策が張り巡らされていたのです。
「お嬢様はお嬢様でいられるのがお仕事ですから、そうあるべきなのです。しかし、あの女のさぼり癖は許せません。」
それを当然と言う見習い修道女様。あの女とは、水車小屋で逢瀬していた肉感的の女性のことです。
「一年前に入った修道女見習いであの姿勢は理解し難いです。年少の修道女や他の修道女見習いは何度も年配の方に苦情を申しているのですが、あの修道女見習いは注意はされていないようで、態度は変わらずです。」
痣の修道女様がおっしゃいました。
「貴族は取り扱いに困った女を、修道院に入れます。御令嬢様のように、出身一族が大変気をかけられている者は他にはおりません。ここに来た女は公平に役務を担うのが原則です。あの女が特別に甘やかされているのは、まったく理解できません。」
修道女見習い様が怒りをあらわにしました。
「年配の方々と、表に言えない関係があると聞くので、それが理由かも知れません。」
と、痣の修道女様。
「そう言えば、私たちは…」
肉感的の女性と痩せた修道女様の逢瀬について話したところ、痣の修道女様は顔しかめておっしゃいました。
「私がザリガニ釣りのときに見かけた方々とは別ですね。その方で3人目です。いったい何が起きているのでしょうか。」
年配の力のある修道女様が、若い修道女見習いに性的に奉仕させる代わりに、優遇をするのはありそうです。しかし、あの肉感的な女性は、年配の修道女様に性的奉仕をさせていました。不自然です。
「お姉様、最近出る幽霊の話は御存知ですかぁ?」
酔ってきた見習い修道女様が、突然話を切り替えました。
「深夜に寮に出る女の霊ですね。」
「修道女の皆様の誰かでは無いのでしょうか?」
痣の修道女様はご存知でしたが、私は初耳でした。
「早朝の祈祷には早すぎる時間ですし、修道服を着ていないという話です。最初、侵入者ではないかと警戒したのですが、外に足跡などは見つかりませんでした。」
痣の修道女様が深刻な顔でおっしゃいました。
「半年ぐらい前から、目撃され…」
突っ伏していた見習い修道女様が睡魔に囚われてしまいました。
「あらいけない。ここで寝たら御令嬢様の邪魔ですよ、起きてください…まったく動きませんね。仕方がありません。他の誰かを呼んできて、この娘を部屋に連れていきます。」
痣の修道女様が申し訳なさそうに言いましたが、私は違う提案をしました。
「それには及びません。私のベッドに寝かしましょう。手伝って頂けますか?」
修道女様はちょっと躊躇ったものの、私がそう言うのであればと、見習い修道女様をベッドに運ぶのを手伝ってくださいました。
女同士の間違いが起きないようにベッドを共にするなと言う規則はあるのですが、これぐらい酔っていたら安心です。
私のバックギャモン大会優勝祝勝会は、見習い修道女様がぐっすり寝ている横で私と修道女様で部屋を片付けて、お開きになりました。修道院に来てから初めてのお片づけでした。
翌日の朝の祈祷と祭儀は欠伸をこらえるので必死でした。自ら試練を招くなんて。
「昨日は失態でした。」
見習い修道士様が、朝食前の食堂でぼそぼそとおっしゃりました。
「3人でワイン樽を空けたのは失敗でした。」
「いえ、そうではなくて、お嬢様に狭い思いをさせたかと思うと、自分が許せません。」
「大きなベッドを用意してもらっていますから、2人で寝ても大丈夫です。」
「そうであれば、毎日、お嬢様と同衾したいです。」
断ると泣かれ、どうぞと言うと堕落させられそうな気がして、見習い修道女様の話は無視をして、痣の修道女様は眠くなかったのかしらと探すことにしました。
「お姉様は…あの女と話をしていますね。あの女、祈祷と祭儀にはいなかったのに、朝食にだけは現れたので、きっと咎められています。」
朝の祈祷と祭儀は修道女の大事な務めです。最も重要と言ってもよいでしょう。肉感的な女のほうが年上のようですが、痣の修道女様も見ていられなかったのでしょう。肉感的な女が食堂を出て行き、痣の修道女様が追いかけます。
私は、古い水車小屋での痩せた修道女様のことを思い出し、立ち上がりました。
「行きましょう。」
「え…あ、はい!」
見習い修道士様も立ち上がります。
痣の修道女様と肉感的な女は、中庭の回廊のところで言い争いをしていました。今は皆さん食堂に集まっているので、他に人はいません。いかに祈祷と祭儀と規律が重要化を説く痣の修道女様。「醜女が私に説教をするな!あんたは私の母親じゃない!」と言い返す肉感的な女。痣の修道女様がさらに注意を続けようとしたとき、肉感的な女はため息をつき、痣の修道女様をじっと見つめました。すると、痣の修道女様も肉感的な女を黙って見返しました。
「…お姉様?」
肉感的な女は痣の修道女様に近寄ると、修道服の上から痣の修道女様の乳房を揉みしだきはじめました。痣の修道女様は抵抗することなくしゃがみこみます。肉感的な女は、痣の修道女様を背中から押し倒し、痣の修道女様の修道服を捲し上げて、下半身を露わにしました。
「…なるほど、そういう事だったのですね。」
私は二人によっていき、痣の修道女様の下半身を撫で回している肉感的な女の顔面を蹴りました。
突然のことに、肉感的な女は短く悲鳴を上げて中庭を転がりました。そして、鼻血を流しながら、こちらを見ます。
「何だこの小娘は!」
「朝から大胆ですね。」
私は肉感的な女の目を見ないように、その影に集中しながら返事をしました。
見習い修道士様が、痣の修道女様に駆け寄って、抱きかかえながら修道服を下げて、下半身を隠しました。
「私の術を避けるとは…何者?」
肉感的な女が、短剣を抜きました。
「やはり魔法だったのですね。」
「それを気づいたヤツを生かしてはおけないね。」
フードがある毒ヘビの家紋にかけて、こんな女に負ける気はありませんでしたが、二日酔いで調子が悪いので他の方法をとることにしました。
「ここで死ぬわけにはいきませんから、女々しい手を使いますね。」
私は深呼吸をして、全力で悲鳴を上げました。肉感的な女が「っち」と言って走り去り、食堂から皆様がぞろぞろと様子を見に来てくれました。
肉感的な女が私に短剣を向けたと聞いて修道院長様は激怒し、すぐさま肉感的な女を連れてくるように全員に指示しましたが、肉感的な女は見つかりませんでした。修道院長様は懇意の貴族に応援を求める早馬を出しました。
「今日は私たち以外は全員で、あの女の捜索をすることになってしまいましたね。」
と、見習い修道女様。私たちは、私の部屋で待機を命じられてしまいました。
「あの女について、分かることを整理しましょう。まずは、あの女に何をされたか覚えていらっしゃるか伺いたいのですが…」
「私には何をされたか分かりません。目を合わせた瞬間から、その…辱めを受けることを望んでしまっていました。胸を揉まれていたのも、股間に触られていたのも、興奮のあまり頭が真っ白になっていて、抵抗しようとも思いませんでした。」
痣の修道女様は赤裸々に話してくれました。
「あの女の術は、ヒトを魅了する魔法だと思います。ヒトと目をあわせることではじまり、ヒトを性的に満足させることで完成するのでしょう。あんな場で行為に及んだということは、必要があったからです。」
私は自分の考えを伝えました。
「半女半鳥の魔物や半女半蛸の魔物が使うとされるヒトを魅了する魔法ですか。」
震える痣の修道女様に、私は頷きました。年配の修道女様に不条理に優遇されていることから、目を合わせた人を性的に興奮させるだけの魔法ではなく、また、水車小屋での痩せた修道女様の振る舞いから、単純に命令に従わせる魔法でも無いと言えました。
「修道院長様に報告されるべきではないでしょうか。」
と、見習い修道女様。私は反対しました。
「誰があの女に魅了されているかが分からないことが発覚すると修道院はパニックになり、私は父に屋敷に連れ戻されることでしょう。」
見習い修道女様が青ざめておっしゃりました。
「お屋敷に戻られるときは、私めも連れて行ってください。」
痣の修道女様は冷静に解決策を指摘されました。
「あの女を見つけて捕まえればよいのではないでしょうか。」
「そうですね。しかし、修道院の敷地は広く、複数の人間が匿っていたら見つけるのは困難ですが…」
他者に偽物の愛を植えつける女は、この手で成敗してやらなければ気が済まないという動機を言うか逡巡しました。
「が…?」
見習い修道女様から結論を言うように促された気がしたので、結論を言うことにしました。
「あの女がこの修道院に来た目的が分かれば、待ち伏せすることが出来ると思います。先に女の目的に到達しましょう。」
見習い修道女様と痣の修道女様が目をあわせました。
「ご令嬢様は何か思い当たることはあるのですか?」
痣の修道女様に聞かれました。
「ひとつあります。そして、あの女は私よりも頭が悪いので、私があの女の先を行くのは難しくはないです。」
見習い修道女様と痣の修道女様が目を丸くして私を見つめました。ごく当たり前のことを申し上げただけなのですが。




