水車小屋の逢瀬
早朝の祈祷と祭儀、そして朝食のあと、私と見習い修道女様で敷地の散策に出ることになりました。
「他の皆様が労働に勤しんでいるときに、こんなことをしていて良いのでしょうか。」
私は背徳感に悩まされて呟きました。
「私は、お嬢様に侍女として使えるのが私の役目で、私の喜びです。」
見習い修道女様の自信に満ちた宣言は、私の不安を解消するものではありませんでした。
「私は…?」
「お嬢様はお嬢様でいらっしゃるのが御役目です。」
私が私でいると言うのがどういうことなのか、このときは分かっていなかったので不安は解消されませんでした。
「背中に背負われているものは何でしょうか。」
寮を出る前から気づいていたものの、聞きづらかったことを聞いてみました。
「毛布です。お嬢様の柔肌を藁で傷めたくないので。」
「ありがとうございます。ところで、水車小屋の見学に行く話でしたよね?」
「はい。水車小屋の中に入りましょう。」
朝から慕われて嬉しい気持ちと、不安な気持ちが交じり合いました。
広大な敷地の外れに、その水車小屋はありました。石造りの古い建物で、川に堰をつくってある中射式水車でしたが、放水路に水が流されていて、水車は回っていませんでした。
「まだ動きそうですが、今も使われているのですか?」
「石造りの水車小屋は古の帝国の時代からのもので、中の機構が何に使えるものか分からず、この修道院が建てられてから使われたことはないそうです。粉引き用の水車は、別の場所にあります。」
見習い修道女様の思惑が怖いので、水車小屋を眺めて帰ろうかと思ったのですが、何百年、いえ、ことによっては1000年もの間、そこに存在する水車小屋と考えると興味が出てきました。
「長い時が過ぎると、川の流れすら変わると聞きました。この小川は昔から同じままなのですか?」
「この小川は用水路なのですが、修道院が出来たときに復旧させたと聞きました。ここより下流で洗濯などに使っております。」
私は水車を間近に観察することにしました。木製に見えるのですが、腐ったりはしていません。
「この水車もずっと昔からここに?」
「はい。水辺にあるのに朽ちずに不思議ですよね。」
苔は生えていますが、朽ちていません。
「木材を強く長持ちさせる魔法があったと、何かの書物で読んだことがあります。」
私は、昔、屋敷で読んだ本を思い出しました。
「魔女の水車であったのでしょうか。」
「そうなのだと思います。そうでなければ、石造りの小屋はともかく、木製の水車が残っているのはおかしいですから。」
古の帝国の時代には、今よりずっと多くのより強力な魔女が存在し、人々の崇拝を集めるほどの力を誇った者もいました。しかし、ある日を境に徐々に魔法は衰退していったとされ、魔女の存在は伝説上のものとなりました。それでも、魔女たちの施設は、遺構として残っているときがあります。
私は水車小屋に入ろうかと近づいたところ、女性の唸るような声が耳に入りました。窓から中をのぞくと、肉付きのよい女性が藁をひいた台の上に座り、股を広げ、痩せた女性が跪いて、肉付きのよい女性の股間に顔をうずめているのが見えました。肉付きのよい女性が、性的喜びに満ちているのは、処女の私にも分かりました。歓喜の声の合間に、痩せた女性になめ方や、舌の使い方に注文をつけています。
「おかしいです。この時間、自由に散策できるのはお嬢様だけに許された特権なのに。」
ぶっきら棒に言う見習い修道女様。
「相手が女性でも、気持ち良さそうですね。」
私の呟きに、そっと私の手に触れる見習い修道女様。
「お嬢様は、女性を意識されたことはありますか?」
「お父様のような引き締まった身体の殿方とのことしか夢想したことがなくて。」
私は正直に申し上げました。見習い修道女様は、なぜか、そこで黙ってしまいました。
それからじっと、快楽に浸る肉付きのよい女性を観察しました。少女二人が手をつないで、女性と女性の行為を覗き見るなんて、今から思うと異常な光景です。
肉付きのよい女性が短い叫び声をあげ、痙攣するとぐだっとなり、そして気だるそうに、痩せた女性に愛撫をやめさせました。痩せた女性は、自分も満たされたいと肉付きのよい女性に懇願しだしました。肉付きのよい女性は、この淫婦がと罵ると、足で痩せた女性の肩を押し倒し、痩せた女性の股間を鷲づかみにしました。そして、ぐりぐりと痩せた女性の股間を指で刺激します。痛みで叫ぶ痩せた女性。
「これは痛そうですね…」
「はい…」
私と見習い修道女様はドン引きでした。それでも痩せた女性はだんだんと苦痛の声が快楽の声に変わっていき、最後に果てました。
肉付きのよい女性が自らの着衣を直したので、私と見習い修道女様は水車小屋の窓から離れて、出入り口が見えて目立たない位置に移動しました。身を潜めていると、肉付きのよい女性がさっさと出てきたあと、しばらくして痩せた女性が出て行きました。
「肉付きのよい女性は、お嬢様よりも少し前に入ってきた、私と同じ見習いです。年齢は35歳だとか。痩せた女性は、正規の修道女様です。年齢は確か45歳です。他の修道女様の取りまとめもこなされています。」
「肉付きのよい女性が、痩せた修道女様の支配者のようでしたね…」
「はい…」
恋路と職位は別でしょうが、不遜な態度に思えました。肉付きのよい女性は、自らの性欲を満たすためのモノとして、痩せた修道女様を扱っているだけでした。相手への愛を感じない行為でした。
「先客がいなくなったので、中を見てみましょう。」
「はい、お嬢様。」
水車の木製の軸が中に引き込まれ、端に大きな、木製の、縁にギザギザがつけられた円形の板、つまり歯車がとりつけられていました。大きな歯車には小さな歯車が噛みあわさっており、それぞれの軸は石材の支柱に支えられています。
「古の帝国の遺構には多くの謎が残されていると、修道院長から聞きました。危ないので、いじらないように言いつけられております。」
見習い修道女様が私に注意します。
「確かに、何をする機械なのか分かりませんね。」
水が流されて水車が回れば、大きな歯車と小さな歯車も回ることは分かりましたが、小さな歯車が回ると何が起きるのかが分かりませんでした。
小さな歯車の軸も長く、2本の金属の棒が挟むように取り付けられていました。軸の歯車に近い部分に金属の輪が2本の金属の棒を押さえつけるようにはめ込まれ、中央部分の左右には2本の金属の柱が接触しないように立っていて、歯車に遠い部分には別の2本の金属の柱が軸を挟み込んで立っていました。また、金属の棒の先端はT字型になっており、軸を覆うように曲げられていましたが、2本の金属の棒は直接接触していませんでした。
それでも私はじっくり観察していきました。しかし、何が設置してあるかが分かっても、それが何をするのかはわかりません。やはり一度、水を流してどうなるかを見たいと考えていると、見習い修道女様がにこやかにおっしゃいました。
「お嬢様、藁と毛布でベッドができました。」
振り返ると、作業用だったと思われる台の上に毛布がひかれていました。
「…ふかふかですね。」
膨らんでいるので、下に藁がひかれているのが分かったので、そう述べました。
「はい。ぜひ、寝そべってみてください。」
「いや、あの、その…」
先ほどの肉付きのよい女性と痩せた修道女様の逢瀬を見たあとでしたから、私にも見習い修道女様の意図が分かりました。
「私にお嬢様に尽くす機会をお与えください。」
息荒く、見習い修道女様が一歩近づいて、私は一歩後ずさりしました。禁欲生活が続いている上に、生理が終わってから一週間と、私の性的欲求は頂点に達していました。見習い修道女様は私ほどではないですが容姿端麗で愛らしい方ですし、それまで手足を揉まれて不快と言う事はありませんでした。婚前交渉で妊娠は大きな失態ですが、女同士ではそういうことにはなりません。
「お嬢様から御情けを頂きたいわけではないのです。ただ、御奉仕したいのです。」
見習い修道女様が望んでいることですから重大な背徳では…と思いはじめたところで、あることに気づきました。
「もしかしてですが、私の身体の周期を把握された上で、今日、ここにお誘いをされましたか…?」
「もちろんです。お嬢様の身体について、すべてを知りたいと思っております。」
見習い修道女様の大きく重い感情に、私はさらに一歩引きました。そのとき、腰に下げた短剣が宙に僅かに浮き、私は背後を振り返りました。
「吸い寄せられています。」
「はい、私の心もお嬢様に吸い寄せられています。」
私は呟きに、見習い修道女様が勘違いされました。
「いえ、短剣が柱にです。」
見習い修道女様のペースから逃れるために、はっきり主張しました。
小さい歯車の軸の中央部分の左右に立つ柱が、短剣を吸い寄せていました。短剣を取り出して接触させると、ピタリと張り付きました。剥がすのに力がいって大変なほどでした。
「これは何でしょう?」
見習い修道女様が泣きそうな声で聞かれました。
「磁石です。こんなに大きなものは、はじめて見ました。」
私は見習い修道女様の声の調子を無視して答えました。
水流の力によって、磁石の傍で鉄の棒をぐるぐる回すと何がおきるのか、お分かりになりますか。異教徒の儀式に思えるかも知れませんが、それにしては荘厳さに欠けます。東方には車輪をまわすことで功徳を積む異教があると聞きますが、水車小屋は明らかに作業場でした。水車にはきっと魔法がかかっています。ここは魔女の作業場であったはずです。
しばらく考えてみましたが、思案しても何も分かりそうにありませんでした。私は諦めて言いました。
「そろそろお昼ですね。戻りましょう。」
「はい。」
目に涙を浮かべた見習い修道女様は毛布を畳みました。




