鍛冶師とじゃじゃ馬娘
あたしと従兄弟が帰宅すると、親父が心配そうに待っていた。おっ母は爆睡していると言うのに。
「ただいま。先に寝ちゃっててよかったのに。」
「帰ったか。あれだけの騒動があったんだ。おまえらの顔を見るまで寝られるものか。無事でよかった。」
魔物が通ってきた坑道の入り口の縦穴は、畑の中にあった。農夫は、朝は穴など無かったと言っていた。鉱夫は、穴の壁面が固められていて、材木で支えなくても崩れないようになっているのに驚いていた。一瞬にして長く堅牢な坑道は掘られた。ヒトができる技ではない。みんな魔術だと言っている。
壁と堀に意味がなくなり、魔物の脅威がぐっと上がって、街はパニックになっていた。
「心配しすぎ。」
強い魔物は街に入ったし、穴はまたいつ掘られるか分からないが、魔物に立ち向かった衛兵と冒険者以外に死傷者は出ていない。
「娘と甥を心配して何が悪い。ところでどこをほっつき歩いていたんだ?」
「領主様の館に呼ばれていた。」
「領主様に?」
「うん。すっごいイケメンだった。」
「…領主様に怒られなかったか?」
「あのぉ~領主様は褒めるために私たちを呼んだんだって。強いの倒したんだよ。」
「領主様に失礼なことはしなかったか?」
「してない、してない。」
「黙って右岸に探索に行くじゃじゃ馬だからな。」
「何年前の話よ!アニキについていっただけだって。何も言わなかったのは悪かったけどさ。言ったら邪魔する親父が悪いよね?」
親父は両親がいなくなった3歳の従兄弟を引き取るために冒険者をやめて、鍛冶師に弟子入りをした。覚えがよく力もあったので、鍛冶師は親父を気に入って娘を娶らせ、あたしが生まれた。あたしにとっては従兄弟は、生まれたときから傍にいる存在だ。従兄弟一人が冒険に行くなどありえない。
「オマエの方が年下だって忘れていないか?」
「あたしの方がしっかりしているでしょ?」
「ところで明日、領主様の命令で、右岸に行くから。」
「街がこんななのにか?魔物が来たらどうするんだ?」
「親父が倒しておいてよ。昔とった杵柄でしょ?」
領主は騎士を招集し、他の街から衛兵を回すと言っていたが、黙っておいた。親父は頼られる方が機嫌がよい。
「お前たちの他に仲間はいるのか?」
「いる。言葉が変なのっぺり顔の弓兵と、すっごい美人の修道女。」
「修道女?冒険者なのか?聞いたことがないな。」
「うーん。見かけない顔。でも、アニキに奇跡を使ってくれたから、本物。領主様とは以前からの知り合いみたい。」
「怪我をしたのか?」
「かすり傷。それももう癒してもらったから心配しないで。」
「それで、癒しの奇跡を授かっている聖女を魔物の領域に?」
「うん。何かを探すみたい。」
魔王を倒しに行く話は黙っておいた。従兄弟の話ではどうせ途中で引き返すことになるし、無駄に心配をさせたくない。
「右岸には古の帝国よりも古い時代の遺跡があって、魔道具も見つかる。ワシも昔はそれを求めて探検した。だが、奥地の迷宮には、ヒトでは太刀打ちできない魔物が待ち構えている。魔王が住む迷宮もあると言う。絶対に無理はするな。」
親父、それは何百回と聞いた。
「分かってる。遺跡の魔物は強いけれども逃げたら追って来ない。あたしらの逃げ足の速さを知らないわけではないでしょ?」
小さい頃からの追いかけっこで、足腰が鍛えられているからだけではない。あたしは目がいいし、従兄弟は勘がいい。鳥がざわめくと言って、魔物が潜んでいてもすぐ見つける。
「おい。魔物の中にはヒトよりも…」
親父は説教がしたらないのか話を続けようとしたが、従兄弟が申し訳なさそうに遮るように言った。
「叔父さんの心配は有り難いのだけれども、そろそろ休まないと明日に響くので寝たい。ごめん。」
親父は頷いていった。
「うむ。そうだな。休息は大事だ。娘よ、甥の言う事をしっかり聞くんだぞ。」
だから、私の方が賢いんだって!