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循環螺旋の上の冒険  作者: 餡子鈴
裏切りの魔女と痩せていく魔剣
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はじまりの街の板金鎧の大鬼

雑談で生まれたコンセプトで書いています。11世紀頃の中世の欧州に近い技術水準を土台に、魔法と奇跡があって、魔物がこの世を徘徊する世界のお話です。

 辺境と呼ばれるこの土地は、南から北に大河が流れており、左岸はヒトの領域、右岸は魔物の領域とされている。古の帝国の時代にヒトと魔物の間に協定が結ばれ、帝国が滅んだあとも協定は有効であったために、魔物は大河を超えてヒトの領域には入ってこない。15年前までは、人々はこの伝承を信じていた。大河を渡ってヒトと魔物の領域を行き来するのは、魔物の領域を探索するオレたち冒険者たちだけだったからだ。


 今は、月に一度は魔物の群れが街を襲撃する。この水辺の街は、周囲をぐるっと堀と壁に囲まれており堅牢だが、図体に関わらず器用に壁を登る魔物、翼が生えた魔物もおり、城壁が乗り越えられて街中に入られることも度々だ。衛兵だけでは狩り切れない。オレたちが残りを掃討する。この土地を治める領主は、退治した魔物の死体と引き換えに報奨金を出してくれるからだ。魔物の爪や骨や羽根は珍重されており、西や南から来た商人が高く買っていくので、領主の腹は痛んでいないが。


 今日も魔物の襲撃があった。警鐘が鳴り響くとすぐに、堅気の人々は家にこもって戸を閉める。魔物は通りにいる者を襲いつつ、街の中心部にある領主の館に向かっていくので、屋内にいれば安全だ。魔物は家屋に火をつけたりはしない。逆にオレたち冒険者は通りに飛び出て、魔物を探しだす。魔物に見つけられるよりも先に見つける方が、有利に戦いをすすめられる。自分たちよりも強い魔物との戦いを避け、自分たちよりも弱い魔物の不意をつくのが鉄則だ。


 昼から堂々と来たなと思いつつ、オレは鎖帷子を着てから斧槍(ハルバード)をもって外に出た。警鐘が鳴ってすぐに街中に侵入されたことはないし、軽い装備では太刀打ちできない魔物も多い。歩きはじめるとすぐに、街の中心の方から、見慣れた皮鎧を着た女が走ってくるのが見えた。人生のほとんどを一緒に過ごしてきたのに、最近、体型が変わって見慣れなくなった相棒の斥候(スカウト)だ。


「あんたがぐずぐずしている間に、あたし見てきたよ!大変なことになっているよ!」


 と捲くし立てる。もう既に何十匹もの魔物が街中を歩いていると言う。何十匹? — そんな数が侵入されたことは今まで無い。


「堀と壁の下に穴を掘られたんだって!」


 と叫ぶ。


 古の帝国は坑道(トンネル)を掘って城砦を攻め落としたと伝え聞くが、ケモノ程度の、ヒト型でもよくて子供のような知能しか持たない魔物に、そんなことができるのであろうか。しかし相棒の目は確実だ。ものを見間違えたことはなかった。


「今日は選んでいられないかも!私も(クロスボー)をとってくる!」


 と駆け出していった。オレは


「領主の館の方に向かう!」


 と言って歩き出した。気持ちは走りたかったが、この装備で走ると戦う前に息があがる。


 10歳児ぐらいの体格で、鎧も着ずに錆びた短剣や棍棒といった粗末な武器しか持たないが、集団でヒトを襲う子鬼の小団が入り込んでいた。倒しながら街の中心部に歩いてゆく。街に入り込まれたとはいえ、子鬼程度では殲滅は時間の問題だ。大騒ぎすることはない。しかし、領主の屋敷の門の前でそいつと相対したとき、「マジかよ」と呟かざるを得なかった。


 冒険者になって3年目で、それなり場数は踏んできていた。しかし、こいつのようなのは見たことがなかった。人型の魔物だが、ヒトに勝る体躯に角と牙。噂には聞いていた大鬼だ。しかも、古の帝国の正規兵かのように、板金鎧を着込み、片方の手に大型の盾を持っている。獲物は古風な長剣だが、その体躯から短剣のように見えた。もっと大きな魔物と相対したこともあった。しかし、威圧感は段違いに大きかった。逃げたい。しかし、大鬼はこちらを向いていた。


 こちらの得物は大型の魔物を狩るためにつくられた、ヒトの背丈を優に越える斧槍で、間合いは大鬼よりも広かった。一撃で大鬼を仕留めることができれば、勝てる、そう思った。じりじりと間合いを詰めたあと、斧槍を振り上げ飛び込んで叩き付けようとした。だが、大鬼は斧槍が叩きつけられる前に大盾を斧槍にあて、オレの全力の一撃を逸らし、オレの腹に長剣を当てた。金属が擦れる音が響き、オレは横に身体を逸らす。間合いをとってわき腹を触ると、鎖帷子が切れていて、ぬめっとした液体が手についた。


 踏み込むとやられるとすぐに理解した。それで急所を狙ってつこうとしたが、隙が無かった。腕や脚などの露出部を狙おうにも、図体のくせに、いや腕力のなせる技か、器用に大盾で防いでくる。一対一ならば万事休すだと思ったとき、カンと乾いた音がして、大鬼が背後を振り返った。斥候(スカウト)(クロスボー)から放った矢が大鬼の板金鎧にあたって弾かれた。(クロスボー)と言っても女に扱える弓だから刺さりはしない。しかし、隙は十分。オレは、油断しきった大鬼の背中に、迷わず斧槍を全力で叩き付けた。


 大鬼がたまらず膝をついたが、斧槍は弾かれた。オレは「え?」と困惑を声に出してしまった。大鬼はこちらを振り向き、大盾をオレにぶつけた。体躯の差から、オレの身体はたまらず弾きとぶし、獲物を手放してしまった。この大鬼の鎧は普通ではない。地面を転がりながら理解したわけだが、大鬼が近づいてくる。斥候(スカウト)が矢を再び放ち大鬼にあてるが、今度は見向きもしない。逃げようとしたが、脳震盪でも起こしたのか身体が動かなかった。トドメを刺されるかと覚悟したが、大鬼は長剣を鞘に戻し、片手でオレの胸倉を掴んで持ち上げ、濁った声で言葉を発した。


「オマエも一緒にこい。」


「は?」


 大鬼が話せたことに驚いたためではなく、何を言われているのか理解できなかった。呼吸が苦しい。大鬼がオレの身体を投げた。その直後、大鬼の腕に矢が刺さった。「すけだ…助太刀い…たす?」と、たどたどしい声が聞こえた。最近、どこからともなく流れつき、冒険者となった弓兵だ。ここらで見慣れない平べったい顔の男だが、強弓をものともしない弓の名手として知られていた。組んで冒険をしたことは無かったが、頼りになると聞いていた。大鬼は矢が刺さった腕で剣を抜き、弓兵の方を向く。弓兵は二の矢、三の矢を放つ、大鬼は大盾を前に縮こまって耐える。


 澄んだ声の「しっかり!」という声が聞こえた。わき腹に陽光のような暖かい感触を感じ、意識がはっきりしていった。教会に身を捧げる者に与えられるという神の奇跡。見かけたことのない若い修道女であった。一瞬でも分かる美しい顔。


「助かった。」


 と何とか返事をすると、


「これを使ってください!」


 と手に鞘に入った長剣を押し付けてきた。ずしりと重かった。いや、無理だろうと思って、


「あれの鎧は、斧槍の全力でも凹みもしなかった。」


 と説明する。しかし


「そんなことはありません!その長剣は特別です!あなたの敵を撃ち滅ぼす力が込められています!」


 と修道女は迷いを見せなかった。


 弓兵は大鬼の気を引いてくれているが、矢には限度がある。大鬼が背を向けている今が絶好の機会だ。やるならば今しかない。腹をくくって剣を抜いた。そこには金属には思えない、黒色の刀身があった。教会の聖剣としては禍々しい。しかし、考えている時間はなかった。大鬼は兜も立派で首筋も見えない。両手で握って大鬼の背に斬りつけた。正直、弾かれるだろうから、足首あたりを刺して逃げようと思っていたのだが、刀身はまるで野菜を斬るように大鬼の肩から腰にかけて両断した。予想外の切れ味に、驚愕するしかなかった。


 夜、大鬼を殺した功労者として、領主の晩餐会に呼ばれた。斥候(スカウト)と弓兵と修道女も一緒だ。壁にとても大きな鷲の頭と翼が飾られた間で、豪華な食事を振る舞われた。


 領主は初老のはずだが立ち振る舞いは堂々としており、引き締まって腹が出ていたりしない。老人は口をそろえて先代に比べて領地経営に熱心で、以前よりも豊かになったと手腕を褒める。名家の出身で、王家とも親戚らしいが、オレには高貴な人々のことはよく分からない。


 領主の話によると、オレが倒した大鬼の他にも大鬼がいて、苦戦していたそうだ。死傷者も多数でたいた。しかし、オレが大鬼を倒した直後に、他の大鬼や子鬼は、突然できたという大穴から引き上げていった。領主は寛大に言った。


「君がいなければこの街は終わっていたよ。君はこの街を救った功労者だ。大鬼を斬った黒剣は褒章として差し上げよう。」


 一息つくと続けた。


「君は、両親がいない孤児だったそうだね。」


 どこで聞いたのであろうか。


「はい。15年前、3歳のときに魔物に両親を殺され、叔父に育てられました。父は斬られ、母は丸呑みされ、遺体も残らなかったと聞きます。」


 オレは慣れた身の上話をする。


「悲劇だ。実に悲劇だ。魔物に復讐したいとは思わないかね?」


 領主は淡々と言った。


「復讐したいとは思いますが、どの魔物が敵かも分かりません。」


 両親を殺した魔物は逃げたと聞くが、目撃者がいないので特徴は分かっていない。そもそも15年も経っており、既に他の冒険者に狩られているかも知れない。


「魔物を率いるものに復讐すればよい。」


 領主が思いもしないことを言った。


「…魔王ですか?」


 魔王は古の帝国の時代よりも前から生きているとされる、オレたちが祈りを捧げる神に祈らない者とされる化け物中の化け物だ。


「そうだ。魔王だ。古の協定を破り、この街を攻める。今まで防げて来れたが、今日の被害は甚大で、このままでは滅ぼされてしまう。」


 領主の焦りは分かる。


「オレにできるでしょうか?」


 しかし、古の帝国の侵攻を何度も退けた伝説だ。できるわけがない。そう思いながら問い直す。


「できるさ。君にはその剣、特別な加護がある。」


 領主は迷い無く言い切った。

 切れ味がよい剣一本で何ができるというのであろうか。


「この剣には神の加護が宿っているのですね。」


 話をあわせるために、信じてもいないことを口にした。


「誰よりも君を暖かく見守る者の加護だ。魔王を討つことができれば、天国にいる父親も、君の目の前から消えた母親も、さぞお喜びになる。1人で旅立てとは言わないさ。ここで君と君の従姉妹に了解してもらい、君たち4名で旅立ってもらおうと思っている。」


 随分と回りくどい言い方をする領主だと思いつつ、オレは斥候(スカウト)を見た。


「あんたが行くなら私も行く。当たり前でしょ?」


 この街ではあからさまに領主に逆らえない。ここは穏便に従っておこう。オレは頷いた。いけるところまで行って、引き返してこよう。オレたちは冒険者だ。右岸を探索するのには慣れている。

 こうして、オレたち4人の旅がはじまることになった。


 館からの帰り道、下賜された剣を抜いてみた。闇夜に溶け込むような黒い刀身。そしてずっしりと重い…そうでもない?いや、普通に重い。


「どうしたの?」


 斥候(スカウト)が怪訝そうに聞く。


「手に馴染んできたようだ」


「1回しかふっていないよね?バカじゃない?油断していると死ぬよ?」


 オレたちが剣に気を取られていて、もっと注意を払うべきものがあったことに気づいたのは、ずっと後のことであった。


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