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06.皇后は献立に衝撃を受ける

 この二日出歩きすぎたので、宮正と尚食(しょうしょく)は呼び出すことにした。

 尚食とは、後宮の食膳を司る部署である。その長の役職は部署名と同じく尚食と言い、正五品、二名いる。

 跪いて挨拶した尚食と宮正に楽にするように言い、呉三娘は手渡されたここ五日間の食膳の内容を確認した。


「ええ……私の食事より豪華に見えるんだけど……?」


「付け届けの違いでしょうね~」


 呉家は裕福だが、さして必要性もないのに賄賂を贈る習慣はない。楊家は太皇太后の言った通り、古い家柄なのでそういったやり取りにそつがないのだろう。まあ、育ち盛りの子供においしいご飯を食べさせたい親心はわかる。


「それに主は悪食じゃないですか~。豪華な食べ物をあげてももったいないっていうか~」


「……」


 尚食はうつむいて唇を嚙んでいる。笑い上戸な性質らしい。


(えん)宮正、楊徳妃と同じ時期に体調を崩した者は?」


 宮正は袂から帳面を取り出して何項かめくり、呉三娘に差し出した。


「妃嬪の方々ばかりです。侍女や女官、宦官は特に問題ありませんでした。

 中でもひどかったのが芹充媛様です。いまだに床から離れられません」


 呉三娘は、宮正の帳面と尚食のまとめた食膳の一覧を見比べる。


「妃嬪だけが食べたものに、食あたりになりそうなものはないね。毒見役の侍女も問題ないと。じゃあ尚食の作った食事が原因じゃないのかな」


 尚食がほっとした表情になる。呉三娘は宮正に向き直った。


「食膳以外に妃嬪たちが口にした食べ物は分かる?

 実家からの差し入れのお菓子とか、お酒……はないだろうから、お茶とか」


「はい、お手元失礼してもよろしいですか?」


 呉三娘が許すと、宮正は呉三娘の手にした帳面を何枚かめくった。


「こちらに。共通しているのは翁茶(おうちゃ)です。ご存じの通り長寿の効能があると言われる菊の薬茶ですね。季節のものでもあります。

 他のものは口にしていない方がいたり、時期がずれたりしていて、今回のように同時に体調を崩す原因になったとは思えません」


「へえ、よく調べているね」


 はきはきと答えた袁宮正に感心して褒めると、熟練の女官はちょっと得意げな顔になった。


「呪詛にしてはおかしいと思ったのです。

 特定の誰かか特定のどこかに影響がでるはずなのに、蓮生殿に住む妃嬪だけが体調を崩されたことから、呪詛以外の原因の可能性が高いのではと。

 ただ……」


 それを言い出す前に太皇太后が出張って来たのだろう。


「なるほどね。では、その翁茶も入手しているね?」


「はい、もちろん。入手経路も確認済みです」


「なるほど?」


「芹充媛様がご実家から取り寄せたものとのことです。元々医学に強いお家柄ですので。それを蓮生殿にお住いの妃嬪方にお配りしたと」


「彼女が一番ひどい状態だったのも当然だね。寿珪、冥明明(めいめいめい)を呼んで頂戴」


 冥明明というのは、呉三娘が実家から連れてきた侍女で、医薬の心得がある。呉三娘は病気も怪我もしないので、彼女のためというより連れてきた者たちのための要員だ。

 ややあって、ひょろりと背の高い中年の女が姿を現した。


「皇后陛下、この冥明明をお呼びとか」


 しきたり通りに挨拶をした後、冥氏はその長い首を傾げた。


「ええ、そこの袁宮正が持ってきた茶がどういうものか、教えてほしい」


 袁氏が油紙に包んだ茶を冥に渡した。


「こちらの卓と椅子を使っても?」


 返事を待たずに冥はそちらへと向かい、勝手に椅子に座って包みを開いた。

 ほのかな菊の香りが風に乗って流れてくる。

 翁茶というのは、延命長寿の効果があるとされる菊の花を混ぜた茶だ。中秋から晩秋にかけて作られ、冬の間楽しむものである。


「うーん、これは、変なものを混ぜ込んでますねえ」


「変なもの?」


蕭菊(しょうきく)雪薇(せつび)が入っています。

 姫様なら大丈夫でしょうが、普通はお腹が痛くなります。

 嘔吐、下痢、下腹部痛、妊娠中に服用すると流産の危険があります。というか、堕胎に使われます。さすが後宮ですねえ」


「後宮だけど……樨より使い道がないような……」


「冥様、それは、翁茶に使うものと間違えるようなものですか?」


 宮正が訪ねると、冥は勢いよく頷いた。


「ええ、どちらもいい匂いですからね。

 除虫にも使えるのですが、その場合は干して香袋にしたり、虫の多いところに植えたりします。

 特に蕭菊は翁茶に使う霊菊(れいきく)に見た目も匂いもそっくりです。

 うーん、というか……」


「どうしたの?」


「これ、翁茶っていうか、除虫用の香袋の中身じゃありません? 他に入っている白薄菊(はくぼきく)も除虫に使われますし、煎じても茶と呼べるほど風味は出ませんよ」


 呉三娘と袁宮正は顔を見合わせた。茶と除虫用の香袋を間違えるなんてこと、あるのだろうか。葉盈盈もびっくりのうっかりではないか。


「袁宮正、芹充媛は実家からどのように翁茶を入手したの?」


「確認いたします」





 宮正が調べた結果、翁茶は除虫菊と同時期に、木箱に詰められた状態で届いたそうだ。それをそれぞれ使う分だけ小分けにして、さらにそれを楊徳妃たちにおすそわけしたらしい。

 木箱にはっきり「翁茶」と書いてあったが、小分けにした瓶には中身がわかるようなことは書いていなかった。ここで、翁茶と除虫菊が入れ替わったのであろう、というのが、袁宮正の見立てだった。

 呉三娘も、筋が通っていると思う。


「まさかの現場猫案件……」


「現場猫?」


「今度から飲食物を移し替える時は、中身をきちんと明記させた上で指さし確認を徹底させないとですね~。『名札付け、よし!』って」


 また双子侍女が意味不明なことを言っているが、呉三娘は悩む。

 これは本当にうっかりなのか、楊徳妃への毒殺未遂または香淑妃への冤罪未遂なのか。


 芹充媛は累代の名家の家系である。

 この国の官僚登用制度は三種類あって、一つは科挙と呼ばれる試験での登用。科挙及第者の三代子孫までに所定の官品を与える制度、もう一つは、皇族、三品以上の高級官僚、公侯伯の爵位を持つ貴族による推薦である。

 香家は科挙出身の官僚と、そうして立身した高級官僚による派閥に属する新興派閥、白家や楊家は建国以前からの爵位を持つ貴族層である。一応、呉家もこちらに属する。

 とはいえ、同じ系統にあるからといって、一枚岩ではない。楊中書令は名族出身だが科挙にも合格した知識人でもあるし、高級官僚の中でも名家の娘と婚姻して貴族入りする者もいる。


 何より、現朝廷においては先帝派と今上帝派のどちらにつくかが、生まれ育ちより重要だった。

 だから、生まれ育ちが何であれ、本当に信じられる者の見極めは難しい。

 芹充媛は、名家の出である。そして楊家の派閥に属している。果たして――

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