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03.楊徳妃、呪詛される?



 太皇太后が凍えそうな冷気を放ちつつ梅香殿を去った後、呉三娘は心中で盛大にため息をついた。


 ――あああああ! 絶対に関わり合いになりたくなかったのにー! どうしてこういう時に限って皇太后は来ないの!?


 とはいえ、後の祭りである。

 太皇太后の問い詰め方は、明らかに香淑妃に罪を着せようとしてのものだったし、となれば皇后としては黙っていることはできなかった。

 何より、今、呉三娘の裙に縋りついて大号泣している子供を見捨てることは、たぶんできなかったな、と思う。


「落ち着きなさい、香淑妃。もう大丈夫だから。

 何があったか説明して頂戴」


「うわあああん! お姉様あぁぁ! ありがとうございまずぅぅ!」


「……誰か、説明しなさい」


「はい……」


 侍女の説明によると、ことの次第はこうだ。

 この数日来、楊徳妃が体調を崩して太医を召した。その話を聞いた某妃嬪が「香淑妃が楊徳妃の通り道に何かを埋めたのを見た」と宮正に通報、通報に従いそこを掘り返したところ、呪具が発見されたそうだ。

 宮正は香淑妃に聞き取りに訪れ、心当たりがない香淑妃は正直にそれを話した。ところがその後、太皇太后の令旨を持った宮正の女官が再度やって来て呪詛の疑いありとして香淑妃の幽閉を命じ、同時に太皇太后本人も訪れて香淑妃を詰問したというわけだ。


「何で太皇太后陛下なの?」


「私にはなんとも……」


「まあ、そうだよね」


「はい、申し訳ありません」


 有体に言えば、太皇太后は香家の政敵で、香淑妃を後宮から追い出すために罠を仕掛けたのだろう。だが、それを侍女の口から言うことはできないだろうから、彼女が言葉を濁したのも当然だった。


「それにしても皇太后陛下、遅いね。足止めされてるんだろうなあ。

 まあ、いいや。私は楊徳妃と宮正の話を聞いてくるよ。

 香淑妃の幽閉は取り下げさせるけど、しばらくは下手なことをしないよう、梅香殿から出ないようにね」


 そして皇太后に八つ当たりされるんだろうなあ、と思いながら、呉三娘は梅香殿を後にした。ちなみに、香淑妃は侍女の手によって呉三娘の裙から引きはがされた。





 蓮生殿は、いつになくどんよりした空気に覆われていた。いずれの殿舎の窓も扉も締め切られ、しわぶき一つ聞こえない。香淑妃ほどではないとはいえ、ここも若い娘たちばかりのにぎやかな宮殿のはずである。

 それに何か、よく知った匂いがする。吐しゃ物と、排泄物と、血の匂いだ。


「皇后陛下のお成り!」


 先導の女官が告げると、蓮生殿の正殿の扉が開き、李氏が顔を出した。


「申し訳ございません、本来であれば徳妃様ご自身がお出迎えにあがるべきなのですが、体調が優れず」


「構わないよ。会うことはできる?」


「はい、今日から起き上がれるようになりましたので、皇后陛下とお話しをするくらいなら問題ないかと思います」


 李氏の案内を受けて、呉三娘は楊徳妃の寝室に通された。

 床の上でひじ掛けに身をもたれさせた楊徳妃は、心なしかやつれている。


「このような恰好で申し訳ございません」


「大丈夫だよ、体調はどう?」


 簡単な挨拶の後、勧められた椅子に腰かけ、呉三娘は楊徳妃に訪ねた。


「私は大丈夫です。

 それより、香淑妃様が呪詛の疑いで宮正に告発されたとお聞きしました。

 あの方がそのようなことをするとは思えず、心配しております」


 確かに、やるなら落とし穴とか、虫を仕込むとか、そういう感じではある。


「優しいね、楊徳妃。

 香淑妃は大丈夫とはいえないけど、ひとまず私が間に入ることになったよ。

 というわけで、あなたにも話を聞きたいのだけど」


 褒められた楊徳妃は、ちょっと嬉しそうな顔をする。


「はい、もちろんです。何をお話ししましょうか」


「発生した順番に確認したいから、まず体調を崩した話からお願いできる?」


「かしこまりました。

 私が体調を崩したのは、二日前のことです。夕食の後にお腹が痛くなり、その、少し戻してしまったのと、お腹を下してしまいました。

 昨日は一日何も食べることができず、重湯を少し飲んだだけです。

 今朝から粥を食べられるようになり、もう吐き気も腹痛もありません」


「食あたりのように思えるけどねえ」


「私もそう思います。

 あの日は私以外にも体調を崩した方がいて、太医も慌てていました。蓮生殿に届いた食膳に問題があって、それを利用されたのではないでしょうか」


 なるほど、それで蓮生殿の配殿の妃嬪たちも静かだったのだろう。呉三娘は胃腸を壊したこともないが、それが辛いものであるのは見たことがあるのでわかる。


「まあ、それは食膳をよく調べましょう。

 それから、呪詛について教えてくれる?」


「はい。でも、こちらについては私もよく分からないんです。

 私が退出する際によく使うのは、東側の門なのですが、その門を出たところの(せん)が緩んでいて、その下に何か呪具が埋められていたそうです。

 告発があって初めて見つかったくらいなので、私は全く気付いておらず……」


「なるほど。どうして香淑妃が埋めたという話になったのかな」


「宮正によると、告発した方が目撃したと言ったそうです。確か、香淑妃様と同じ梅香殿の龍婕妤(りゅうしょうよ)様だったかと」


「香淑妃が、自ら?」


「さあ、そこまでは……」


 宮正も調査に必要なことだけ伝えたようで、詳細は楊徳妃も知らないようだ。


「ありがとう。ひとまず今日はここまでで大丈夫。

 もし、また疑問が出てきたら聞きに来るかもしれないけど」


「はい、承知しました。

 あの……」


「なあに?」


「香淑妃様を、助けてあげてください。

 簪の事件の時、私は本当に心細かったんです。だから、彼女もきっと怯えています。

 私が今何を言っても、香淑妃様には信用ならないでしょうから――皇后陛下、どうか香淑妃様をお願いします」


 細面の繊細な顔立ちの中で、黒曜石の瞳がきらきらと輝いている。

 呉三娘は曇りなき眼で見つめられて、一瞬くらりとした。朝から醜い大人の姿ばかり見てきたからだろうか。まぶしすぎる。


「ええ、好きなようにはさせないよ」

せん:煉瓦。ここでは地面に石畳のように敷かれているもの。

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