死の運命
麦のような金色の髪を風になびかせ、そこに立つ人物にまず私が気づいた。彼女と目が合って、彼女が優しく微笑みかけて来る。
彼女の服装は、白いドレス姿だ。露出が激しく、胸の谷間やら肩やら背中やらが丸見えの、セクシーなドレスである。普通ならエロくて少し下品に見えてしまいそうだけど、彼女の場合むしろ美しくてそれが普通のように見えてしまうし、なぜかよく似合っている。
「え……?」
続いてカゲヨがその存在に気づき、小さく声を漏らす。その声に反応して皆も顔をあげ、そして気づいた。
「くらちん!」
「何者だ!?」
クルミに促されて、レイコがすぐさま刀を構える。
「待って、レイコ。大丈夫。敵じゃないよ」
「そ、そうか……。しかし、気配を全く感じなかったぞ。一体何者だ」
私が静かに訴えると、レイコはおとなしく刀を鞘にしまう。そしてその存在に対する疑問をぶつけてきた。
でも私にも彼女が何者かは分からない。時々現れて、私を遺跡に導いたり、セカイの下へ案内してくれたりと、よく分からない存在だ。でも悪い人ではないと思う。
「全てが終わりましたね。貴女は己に課せられた死の運命を、自らの力によって脱したのです。誇っていい。素晴らしい人間の力を、久々に目の当たりにしました」
「……?」
褒められているんだろうけど、言っている事がよく分からない。だから首を傾げた。
すると、彼女はニコリと笑いかけて来る。その笑顔は天使のように眩しく、美しい。
「よく、頑張りましたね」
そして、頭を撫でられた。
嬉しいんだけど、嬉しくはない。だって、ここにはセカイがいないから。
「ですが、一つだけお願いがあります。どうか、彼女の事を──貴女をこの世界に連れて来た子の事を、嫌いにはならないであげてください」
「……セカイを?」
「彼女は確かに、貴女が元居た世界を、自らの命を終わらせる事で終末へと導きました。こんな危険だらけの世界に、貴女を放り込みました。ですがそれらは全て、たった一人の……貴女の命を死の運命から逃れさせるための行動であり、そんなあの子を貴女まで嫌いになってしまったら、あの子が報われません。だからどうか、嫌わないで上げてください」
「……?」
私は再び、首を傾げた。セカイが私が元居た世界を終わらせたというのは、本人が言っていた事だから知っている。私をこの世界に連れて来たのも知っている。
でも何故そんな事をしたのかは知らなかった。この人の言う事を鵜呑みにするなら、セカイは私のために世界を終わらせてしまった事になる。
というか、セカイを嫌わないでってなんだろう。そんな事を言われなくても私はセカイの事が、大好きだ。大好きすぎてたまらないくらいに大好きだ。
「何か、話が通じていないようですね。確かに混乱するのも無理はありません。こんな話を突拍子もなくされても頭が混乱してしまうでしょう」
「いや、それもあるんですけど……とりあえず私はセカイの事が大好きです」
「そうですよね。無理もありません。何せあの子は、貴女の大切な世界を終末に導いたのですから──今なんていいました?」
「セカイの事、大好きです。世界を終末に導いたとか、そんなの平気で飲み込んじゃうくらいに大好きです」
「え、ええ?だって、世界を破滅に導いたんですよ?貴女を身勝手にこの世界に連れて来たのも、彼女です。普通は、嫌いません?このーなんて事してくれたんだーて怒りません?」
怒り方が可愛いな。
「怒りません。私はセカイの事が大好きです」
「……本心から?」
「はい」
「嘘をついているようには……みえませんね」
そう呟くと、彼女は顔を真っ赤に染めて自分の頬に手をあてた。どうやら私がセカイの事を嫌い前提で話していた事を、恥じているようだ。
何故、そんな勘違いを……。
「おほん。よろしければ、貴女がどなたか教えていただけませんか?」
咳ばらいをして空気をかえ、カゲヨが金色の女性にそう尋ねた。
「え、ええ、そうですね。私の名は、セルケト。貴女達が元居た世界では、神として君臨していた存在です」
「神様……?」
「はい。ですが彼女と喧嘩して彼女に彼女の世界から追い出されてしまいまして……でもこっそりと存在はしていたんですよ。神様なめたらダメです。実際貴方達の世界の終末を見届けていましたし。オマケに、ハルカさん以外の方をこの世界に連れて来たのも私です。予想外だったのは、偶然この世界の勇者召喚の儀とやらに巻き込まれてしまった事でしょうか。そのせいで、おかしな力を持ってしまった者がちらほら……オマケに、儀式で呼ばれた既定の人数以上の方が弾かれ、世界各地に散らばってしまいました」
「何故、そんな事を?おかげで私達は大変な目に合いましたし、醜い争いを繰り広げた上で深い傷を負う事になってしまったんですよ」
「……」
カゲヨの指摘に、神様は目を瞑って黙った。
カゲヨの言葉には、僅かに怒りが滲んでいる。この世界に来て、カゲヨの言う通り。私達は醜い争いを繰り広げた。そして全てが終わったら大切な物を多く失い、傷ついている。
「待て、コミネ。この人は私達の世界に終末が訪れたと言っていた。つまり、私達がこの世界に連れて来られなければ私達の命もなかったという事だ。違うか?」
「違います」
「ふっ。違った」
相変わらずの迷探偵ぶりである。でもレイコの言いたい事も分かるよ。
セカイも言っていたけど、私達が元居た世界は終わってしまった。その世界にいた人たちも死んでしまったと言っていた。だから、その世界に残っていたら死んでしまうと考えるのが普通だろう。
でも神様は違うという。
「貴方達が元いた世界は、実はまだ残っています。ただ、世界の核たるあの子を失った事でとても不安定な状態ではありますけどね。私の力で、どうにか形をキープしています」
「じゃあ何故私達をこの世界に連れて来たのかという質問に戻ってしまいますね」
「それは、ハルカさんを死の運命から脱させるためです」
「私を?」
「はい」
「それは矛盾しています。私達がこの世界に来たせいで、ハルカさんは危険な目にあうことになってしまいました」
「死の運命は、簡単に抜け出せる物ではありません。いくら世界を離れて別の世界に行こうとも、新たな死の運命が降りかかるだけです。ちなみに死の運命とは、外部的な要因で本来訪れるはずだった死を免れた者に訪れる運命です。今回の場合はあの子がハルカさんと出会う事により、ハルカさんの運命を変えた事に起因します。その運命を授けられた者は、何があろうと必ず死ぬ。寿命に達する事は出来ない。人間なんていずれは死ぬのに、しかしあの子は貴女にどうしても死んでほしくなかったんですよ。貴女を死の運命から救い出そうと、何度も時を巻き戻して世界に干渉。でも救う事は出来なかった。あの子は自分の世界に絶望した。そしてたった一人を死の運命から救うために自らの命である世界を終わらせ、そして新しい世界へと連れ出すと言う行動に出たのです。その事であの子と喧嘩してしまい、私はあの子に嫌われてしまいました」
「ハルカさんの死の運命と、私達に関係があると?」
「その通りです。ハルカさんの死の運命は、ハルカさんが自らの力で乗り越える必要がある。でもこの世界はあまりにも過酷です。この世界での死の運命に巻き込まれるくらいなら、前の世界と同様にクラスメイト達によって巻き込まれる死の運命に抗った方が、マシだった。だから貴方達を連れて来たんです。ですが先ほども述べたように、予想外に力を持つ者が多数……それもまた、死の運命の悪戯によるものでしょう。結局、私がとった行動もあの子同様浅はかであり、あの子を責める資格なんてありませんでした……」
「……」
その場にいた全員が、黙り込んだ。その沈黙の意味は、同じく沈黙する私にもよく分かる。
結局皆は、ただ巻き込まれただけなのだ。巻き込まれた挙句に、醜い争いを繰り広げた。虚しくて、悔しくて……何も言えない。
「セカイは……何も知らなかったんだよね」
「はい。ただ異世界に貴女を連れて来て、貴女が死の運命に巻き込まれた時自らの命を授けて終わりと思っていたようです。とても浅はかで、子供のような考えです」
……ああ。
セカイはこの世界に私を連れて来た時から、私に命をあげるつもりだったんだ。だから、私に嫌われようとしていたんだ。セカイがいなくなってしまった時、私が悲しまないように。
セカイはいなくなってしまったけど、更にセカイの事が好きになってしまった。同時に悲しくて、再び涙が溢れそうになってしまう。