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セカイはハルを愛してる  作者: あめふる
別れ──真意──
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消失


 セカイが、私の胸に手を置いている。その手がとても温かくて、心地良い。そこから何かが私に入り込んで来た。それは実体のない何かで、入り込んで来れば来るほど、遠のいていた意識が不思議と戻って来る。


「せか……い?」

「安心するが良い」


 声が出せるようになり、セカイの名を呼んだ。するとセカイはもう一度、ただそう言うだけだった。


「お前は、オレがゆるさねぇ!」

「よせ、アケガタ!」


 遠くで、気絶したタチバナ君を殺そうとするアケガタ君の姿が見える。それをレイコが止めて、アケガタ君にも同じように拳をお見舞いし、地面にめり込ませた。


「せかっちゃん……ハルっち、死なないよね?」

「ああ、死なん」

「でも、血が……!」


 クルミも私の顔を覗き込み、泣き出してしまった。


「ハルカ……」


 更に、レイコも私の下へとやってくる。

 レイコは一番悲しそうにしており、彼女もまた涙を流し出してしまう。

 でも安心してほしい。なんだか楽になってきた。それは死に直面しているからとかではなく、実際楽になって来たのだ。


「私……傷が……?」


 セカイが胸から手をどけると、私の胸の傷は塞がっていた。血が出た跡はあるものの、傷自体はもう存在しない。


「これは……!どういう事だ!?私は確かに、ハルカを刺してしまったはずだ!」

「凄い……!これ、せかっちゃんがやったの!?」

「うむ。ワシの命をハルに注ぎ込んだ。コレでハルは死なん」

「命って……!」

「っ!」


 私は飛び起きた。そしてセカイを抱き締めると、セカイの身体が凄く冷たくなっている事に気づいた。


「嫌……そんなの絶対に嫌!」


 私は全身から血の気が消え失せる勢いだ。死を覚悟した時よりも胸が痛く、張り裂けそう。

 でも、違うよね。私の思い違いだよね。そうだと言ってほしかったけど、セカイの全身から力が抜け、セカイが倒れようとする。私が支えていなければ、セカイは地面に倒れこんでいた。

 そして夢で見たあのシーンとなる。私が生気の失せたセカイを腕に抱きしめ、今まさに死の淵にいるセカイを前にするというシーンだ。


「元々ワシは、世界の残滓。残りかすじゃ。しかし人間一人分の命を繋ぎ止めるだけの力はある。この時のために力をとっておいた。残りの生は、精々有意義に使うが良いぞ」

「い、いらないよ!セカイが死んじゃうなら、命なんていらない!」

「……最初に言ったではないか。ワシは悪魔じゃ。お主らの世界を勝手に終わらせ、多くの生を一瞬にして失わせた。ワシは悪魔じゃ。ワシを嫌え。ワシを蔑め。ワシの死を、喜べ」

「無理だよ、そんなの……!私、セカイの事が好きだもん!大好きだもん!」


 涙が溢れ出て、息が苦しくなる。吐きそうでたまらない。それでも言葉を絞り出し、セカイに自分の気持ちを伝えた。


「ああ……温かいのう。ハルはいつでも、温かかった。じゃがワシは……ワシはお主の事が……き、嫌いじゃ。じゃから、大好きなどと思うな。迷惑じゃ」


 セカイは私の事を、冷たくあしらう言葉を口にした。

 口ではそう言っているんだけど、顔は笑っている。そしてその目から涙を流している。その言葉が本心でない事を、誰でも察する事が出来る。


「分かった。分かったから、だから生きてよ。セカイが生きて私の傍にいてくれるなら、私はなんでもするからさ。だから、これからも私の傍にいてよ。私、セカイがいないともう生きて行けないよ」

「……それは無理じゃ。分かってくれ、ハル。そして生きてくれ。お主が生きる事が、ワシの望みなのじゃ。お主が死んでしまったら、それこそワシが犯した罪が無駄になる。じゃから……全力で生きて欲しい」

「セカイ……!」


 セカイが、目を閉じた。そしてその身体が、光に包まれ始める。


「あ、ああ……!」


 セカイの身体から、実体が消え去った。そして光となり、セカイは空に向かって飛んで行ってしまう。その光を掴み取ろうとしたけど、私の手をすり抜けた。


「……セカイ」


 その場から、セカイが消えた。その事実に、身体が震える。胸が痛い。苦しい。


「あの不思議な子は、一体なんだったんだ……?」


 レイコが静かにそう尋ねて来る。レイコはセカイと面識はないけど、私がどれだけセカイを大切に想っていたかは一連の会話を聞いて察してくれているだろう。

 慰めるように、肩に置かれた手が優しい。


「セカイは……私達が元居た世界そのものだって、そう言ってた」

「私達の世界、そのもの?」

「うん」

「……そうか」


 レイコは深くは追及してこなかった。

 全く意味不明な台詞だったと思うけど、私の心の傷を気遣って黙ってくれたのだ。


「ハルカ。本当にすまない。全部、私のせいだ。早とちりでお前を刺した私を殺す権利がお前にはある」

「しない。絶対にしない。後悔してるなら、悪い男に騙されないでこれからはクルミを大切にしてあげて」

「しかしそれでは私の気が収まらない……!」

「本当に……もう良いんだよ。私達が殺し合う理由なんて、どこにもない。これ以上誰かが死んじゃうなんて、もう嫌だ。レイコの目が覚めてくれただけで、もう充分」

「……すまない」


 レイコが膝をつき、私に謝罪する。

 そんなレイコに、クルミが寄り添った。

 クルミの胸に抱かれ、レイコがクルミに抱き着くようにして涙を流し出す。レイコはある意味、一番の被害者でもある。あんな男に恋してしまったせいで、こんな目に合ってしまった。

 タチバナ君の呪縛から解放された今が、彼女にとって一番苦しい時間のはずだ。


「──ハルカさん!」


 とそこへ、馬に乗ってカゲヨがやってきた。カゲヨの後ろにはケイジが乗っていて、2人で仲良く密着してここまでやってきたようだ。


「カゲヨ……」

「タチバナさんと、アケガタさんが気絶していますね……一体何があったんですか?」


 カゲヨはすぐに馬から降りると、私に駆け寄ってそう尋ねて来た。

 タチバナ君とアケガタ君が倒れていると言う事は、私達の勝利で間違いはない。でも膝をつき、憔悴しきっている私の姿を見て何かを察してくれたようだ。手放しに喜んだりはせず、慎重にそう尋ねて来た。


「セカイが、消えちゃった」

「セカイさんが!?ど、どうして……!」

「私を助けるため。自分の命を犠牲にして、私を助けてくれたの」

「どういう事だ!?消えたって言うのは、つまり死んだって事なのか!?」


 そこに足を引きずりながらケイジもやってきて、私の報告をきいて慌てだしている。

 ケイジは、セカイを置いて逃げた事に罪悪感を抱いていたからね。そのセカイが消えてしまったと聞けば、ショックを受けるのは当たり前だった。

 でも今の私には、それを気遣う余裕もない。セカイが消えてしまった消失感は、まるで私から生気を奪い取るような、そんな出来事だ。


「落ち着いてください、ケイジさん」

「これが落ち着いていられるか!セカイは、オレを逃がすために残ったんだ!オレのせいで、死んじまったんだよ!それなのに、落ち着いてなんかいられる訳がねぇだろ!」

「ケイジさんのせいじゃありません!とにかく、落ち着いてください!」

「コミネの言う通り、オオイソのせいではない。全ては私のせいだ」


 そう言い放ったのは、レイコだ。クルミの胸を押しのけ、カゲヨの前に立つとこの場で何があったのかを細かく説明してくれた。クルミも捕捉しながら話してくれて、私が言う事はなにもない。

 レイコはまるで、全ては自分のせいのように説明したけど、それで誰も彼女を責めるような事はしなかった。説明が終わると、皆で泣いた。セカイがいなくなってしまった悲しみを共有し、タチバナ君という悪に勝ったと言う実感を吹き飛ばすかのように、ただただ泣いた。


 と、その時だった。私の鼻を、麦の香りが通り抜けたのだ。

 顔を上げると、そこにはいつものあの幽霊さんが立っていた。


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