決着
レイコの身体は震え、胸から聞こえてくる心臓の音も速まっている。騙されたとはいえ、レイコは取り返しのつかない事をしてしまった。昔のように、レイコの早とちりを冗談で笑い飛ばせるような状況ではない。
「本当に、そうだね……もうちょっと考えて、行動しようよ」
心底そう思う。凄く痛かったんだからね。今はもう、痛みも感じないけど……代わりに怖くなってきた。
私、死ぬんだ。
「ハル!ハル、しっかりするのじゃ!」
そこへ、セカイが駆けつけて来た。レイコの代わりに私の身体を抱き締め、横にならせてくれる。
「……セカイ」
セカイが無事で良かった。夢で見たようにならず、こうして生きている。
ただ、泣かせてしまった。大粒の涙が私の顔に注がれ、罪悪感がうまれる。でも私にはどうする事も出来ない。
「くらちん……」
「……」
クルミが名前を呼んだけど、レイコは無視した。目を伏せ、思いつめたような表情をうかべているのが見える。
彼女もまた、罪悪感にさいなまれているのだ。私を刺してしまった事を、今の彼女は後悔している。
「ああ、もういい!シキシマはどうせ、何もしなくとも死ぬ!こんな状態のシキシマなら、オレだってとどめをさせるさ!お前がやらなくても、オレがやる!」
そう宣言したタチバナ君が、セカイに抱かれたまま横たわっている私の方に歩み寄って来る。
手には剣。目には殺気やら憎悪やらを宿し、本気で私を殺す気だ。このままでは私を抱いているセカイの身も危ない。
「──何をするつもりだ、タチバナ」
しかしその行く先に、レイコが立ちはだかった。
「はぁ?シキシマを殺すんだよ!コイツが殺したクラスメイトの仇を、オレがとるんだ!邪魔をするならお前も敵とみなすぞ!」
「やめろ。勝負はもうついた。ハルカに手を出すと言うなら、私は黙っていない」
「なんだと……?お前、オレに逆らうつもりか?昔オレに助けられた事があるよな?大事な剣道の試合を控えているというのに、盗撮の被害に合った。その犯人を捕まえてやったのだ、誰だ!」
「勿論、あの日の事はよく覚えている。私のために行動してくれて、嬉しかった。それをキッカケに私はお前に絶対なる忠誠を心に誓い、その忠誠はやがて恋心となってタチバナ シュースケという男に陶酔していく事となった」
「覚えているならいい。そこを退いて、黙ってみていろ」
「しかし私が恋したあの時のお前と、今のお前は違う。まるで別人のようだ。それにお前から私にあてた、助けを求めるあの手紙……ハルカが皆を裏切ってタチバナを殺そうとしているという内容だったな。では何故、クルミがハルカの味方をしているのだ?」
「トウドウも、シキシマに協力する敵だった。それだけだ」
「──違う」
レイコはタチバナ君のその発言を、即否定した。
さすがに様子がおかしい事に気づいたタチバナ君が、レイコを警戒し始める。レイコと距離を少しだけとり、身構えるという行動に出た。
「クルミは、いつでも私の味方だ。私の敵になる事などあり得ない。だからそれは違う」
「だがお前はカワイから話を聞いたはずだ!シキシマは実際、オレ達のクラスメイトを殺して力を得たんだぞ!」
「……」
カワイさんからその話を聞いているので、レイコは若干踏ん切りがつかない。だけど、タチバナ君に対する強い疑惑が生まれているという状況だ。
タチバナ君を完全に悪と認識している訳ではなく、現状をこれ以上乱さないために私を守ろうとしてくれている。
でもそこにやってきたある人物のおかげで、全てが解決することとなった。
「──あああああ!なんだ、コレはぁ!」
突然、叫び出した人物。慌ててこちらに向かってやって来て、状況を見て頭を抱えている。
それは、全身から血を流した上で顔面が若干変な形をしているアケガタ君だった。どうやら地下から這い上がって来たみたい。
なんだ。麻酔って言っても、もう動けるようになったんだ。大した事ないじゃん。と思ったけど、足元はおぼつかない様子でフラフラだ。無理に立っているらしい。無理もない。彼の全身には槍が突き刺さった跡があり、満身創痍だ。
それでも、状況だけ見れば敵に援軍がやってきたとも見れる。でもなんだか彼の様子がおかしい。
「トオル……!」
「どうして、なんでハルカちゃんが死にそうになってんだよ!それは、オレの役目だ!そう約束したはずだ!この世界に来てから、それを条件にハルカちゃんを探しながらお前に協力して来たんだぞ!いや、その前からもそうだ!お前がクラサワちゃんを手に入れるため、盗撮犯をでっちあげるのにもオレは協力してやった!なのに!どうしてオレが望んだハルカちゃんをてめぇがやっちまうんだよ!」
「盗撮犯を、でっちあげた……?」
「黙ってろ、トオル!今はそれどころじゃない!」
「黙らねぇ!この世界に来てからもお前の気に入らない女を拷問して、それはそれで楽しかったけど……だけどオレは!ハルカちゃんを拷問してぇんだよ!そのハルカちゃんが死んじまったら、オレがお前に協力してきた意味がなくなっちまう!」
「どういう事だ、アケガタ。でっちあげた?あの事件は、お前が仕組んだ物だったのか?」
「そうだよ、シュースケに頼まれてやったんだ!」
「……」
レイコの全身から、強力な殺気が放たれた。そして鬼のような形相でタチバナ君を睨みつける。
「お、落ち着け。トオルの発言は、でたらめだ。奴は錯乱しているだけで、全部嘘だ」
「嘘じゃないよ、くらちん。全部、タチバナ君がやった事。シバ君とアソウ君を殺したのも、タチバナ君。幻影の力を使ってハルっちにばけて二人を殺して、ハルっちに罪をなすりつけんだよ。そして二人を殺した事で、幻影をまるで実際にある物のようにする力を手に入れたんだ。さっきのくらちんとハルっちの戦いを邪魔したアレが証拠だよ」
「なんだ、それは……!やはり私は、騙されていたのか?こんな、クズのような男に救われたと誤解し、恋心まで抱いてこのクズのため、このクズの敵に襲い掛かってしまったと言う訳か!?」
「ひ、ひぃ!お、落ち着いてくれ、クラサワ。クルミの言う事も、嘘だ。オレが、オレだけが真実を言っている。オレの言葉だけを信じろ。今までも、そうだっただろう?な?」
レイコに睨まれると、タチバナ君は地面に腰をついた。かつて、私と戦った時と同じ情けのない姿を曝け出す。
きっと彼は、打つ手がなくなるとこうなってしまうのだ。手があるうちは自信たっぷりなのに、本当に負けそうになるととことん情けなくなる。
「そうだな。まだ確定ではない」
「なら──」
「しかしこれ以上の混乱を起こさないため、お前には黙っていてもらう。安心しろ。あとでゆっくりと話は聞いてやる。だが今はもう、聞きたくない」
レイコはそう言うと、タチバナ君に向かって拳を放った。その拳のスピードは雷のように速く、タチバナ君の反応速度を遥かに超えている。
本当に一瞬の事で、気付けばタチバナ君は地面にめり込んでいた。そしてその顔にレイコの拳が減り込んでいる。
「……」
タチバナ君は白目をむき、失神した。その瞬間、彼の身体から白い光が漏れだし、空に消えて行った。
ようやく全てが終わったと言うのに、気が重い。目の前に、涙を流すセカイの顔があるから。できれば笑っていてもらいたかった。そう訴える事も、もうできない。
「安心するがよい。ハルは死なせん。ワシはそのために、ハルについてこの世界にやってきたのじゃからな」
優しくそう宣言するセカイはやっぱり泣いていて、とても悲しそうな表情をしていた。