反則
レイコの剣筋は、彼女の剣道の試合を見に行ったことがあるので覚えている。その時の彼女の動きは研ぎ澄まされており、隙がなく、とても美しかった。
この世界に来てから同じく剣士のリリアさんと戦った事があるけど、彼女の動きは敵を殺すための動きだった。対してレイコの動きは、美しく一太刀を入れるための動きであり、そこが違う。
だから、受け止める事が出来る。
レイコの刀を杖で受け止め、睨み合ってからお互いに獲物で突き放し、踏ん張ると斬りかかる。弾くと、弾かれる事を前提していたのか流れるようにして次の一撃が放たれるので、また同じようにぶつかって弾く。今度はこちらが斬りかかると、雷のような速さで刀が通り抜けて杖を弾いてくる。
壮絶な打ち合いだ。
私は魔眼の力も借りながら全神経を集中させ、息を吸うのも忘れて相手に一撃を入れる隙を伺う。それは相手も同じだ。レイコも息をする事もなく、ただただ私の隙を伺って睨んでいる。
「っ……!」
やがて限界が来て、飛び退いたのはレイコだった。
私と距離を取り、息を整える時間をくれる。お互いに、ね。
「お前、剣を習ったな?」
「うん。この世界に来て、鍛えられたよ。ちょっとだけ強引に、だけど」
リリアさんとの修行を思い出し、笑ってしまう。
リリアさんと、ロロアちゃんも、元気にしてるかな。また、会いたいな。
「得物が杖なので魔法でも使うのかと思ったが……」
「残念ながら、魔法は使えない。才能がないみたい」
「そうか。私も一緒だ」
「……この世界に来てから、色んな事を教えてもらったなぁ。剣の戦い方とか、信じてた物の正体とか」
「奇遇だな。私も力を手に入れ、自分の役割を手に入れた。この力があれば、自分が信じるものの役に立てる。この世界が、私に生き甲斐をくれたのだ!」
「生き甲斐?ただの操り人形になる事が、生き甲斐?ぷっ。笑っちゃうよ。前の世界でもそうだったよね。レイコはよく勘違いして暴走して、周りが全く見えてない。自分にとって一番何が大切なのか、もう一度よく考えてみなよ」
「っ!」
私の挑発に、レイコが乗った。いつものレイコらしくない、美しくもなんともない荒々しい一撃が私に向かって放たれる。
まるで雷のように速く、雷のように強力な一撃。それが私に届く事はない。私は身を少しだけ傾ける事によって、その一撃を回避した。
そして隙だらけとなったレイコの顔面に、杖ではなく拳で殴って一撃を与える事に成功する。杖ではないけど、それなりに威力がある一撃だ。レイコの身体が威力に耐え切れず宙を飛んだので、その威力がよくわかる。
「くっ」
でもレイコはすぐに立ち上がって刀を構えた。口が切れて血が出ているけど、ダメージはそこまで大した事ない。
「何をしている、クラサワ!さっさと殺してしまえ!」
「言われるまでも、ない。こんな死にぞこない、さっさと殺す」
「はぁー……はぁー……」
息が、深く遠くなってきた。先ほどまで痛かった胸の傷が、妙に痛くない。視界が、まるで幻のように霞む。
「ふっ……!」
レイコが軽く息を吐き、再び私に斬りかかって来る。
先ほどとは違い、冷静さを取り戻したいつものレイコの動きだ。先ほどのようにはいかない。私は杖で受け止めると、その一撃を皮切りに再び壮絶な打ち合いが始まる。
でも、更に先ほどようにはいかなかった。視界が霞むせいで、レイコの刀を受け止め損じてしまった。その刀は私の頬を斬りつけて通り抜ける。
私は慌てて体制を整えるために、杖を横一閃に振り払ってレイコを退かせた。
頬から血が出て地面に垂れる。でも、痛くない。ただ、汗が止まらない。息も落ち着かない。限界は、近い。
「ハル!」
「ハルっち!」
遠くから声が聞こえる。耳もイカれ始めた。守りたい物がある。守りたい物のために、私は戦っている。この世界のどこかにいるはずの彼女も、まだ見つけられていない。こんな所で倒れている場合ではない。
その想いだけが私を支え、立ち続けさせる。
「いいぞ、クラサワ!シキシマはもう限界だ!殺せ!次で決めろ!」
「黙っていろ、タチバナ!コレは、私とハルカの闘いだ!貴様の指図などうけん!」
「んなっ!?」
突然レイコがキレた。キレた相手は、タチバナ君だ。先ほどから汚いヤジを飛ばし、私も鬱陶しく思っていたのでスッキリしたよ。
段々と、レイコらしくなってきた。今のレイコはタチバナ君に言われて闘うのではなく、自分の意思で闘っている。私との勝負を、望んでいる。
「行くぞ、ハルカ!」
「来い、レイコ」
レイコが合図をしてから、私に斬りかかって来た。
真正面からの突撃。そして突き。その突きは、フェイントだ。先読みした未来を見ていた私は、レイコの動きに合わせて杖を動かしてレイコの刀を受け止める。
レイコの弱点は、この世界で剣を学んでいない事だ。レイコの剣はあくまで剣道であり、踏み込みの速さや一撃をくらわす能力には長けているけど、相手を殺すという気概を感じられない。
それを補うだけのスピードと、一撃の強さはあると思う。だけどそれだけでは、同等やそれ以上の相手に対しては勝利を望めない。
私は片手で杖を持ったまましゃがみこんでレイコの刀を避けるのと同時に懐に入り込み、もう片方の手で刀を掴むレイコの手を掴んだ。
「なに!?」
そして持ち上がらせて身体をがら空きにさせると、そこに杖の先端を叩きこむ。
「が……!?」
レイコの口から空気が漏れだす。痛そうだけど、そこはお互い様だ。
更に私が叩きこもうとすると、レイコが蹴りを繰り出して来た。その蹴りを咄嗟に杖を持っていない方の手でガードすると、腕が痺れる。
たまらず手を離してしまうと、レイコが再び距離を取った。そして体勢を整えると、すぐに片足で踏ん張って再び突きを繰り出してくる。
これはフェイントではない。でも、本人の意図しない出来事が起こった。
レイコの刀が、突然巨大化したのだ。私の全てを消し去らんばかりの巨大な刀が、私に襲い掛かろうとする。こんなのは、避けようがない。未来を見て予想できていても、回避できるような状況ではなくなった。
ならば受け止めるしかない。
私は大きなレイコの刀を、それと比べてあまりにも小さすぎる杖で受け止めた。腕がお押しつぶされそうな感覚に襲われる。でも、負けない。胸にあいた風穴から、血が噴き出す。踏ん張っている足が、地面を抉っている。
「──ハル!」
心配そうに私を見つめる女の子がいる。私が、この世界に来て好きになった女の子がそこにいる。彼女のためにもここで負ける訳にはいかない。
「ああ、あああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
気合をいれるように叫びながら、レイコの巨大化した刀を全力で受け止め、そして刀の威力が弱まった。
すると、巨大だったレイコの刀が消え去り、元のサイズへと戻る。元のサイズに戻ると、レイコとのにらみ合いが始まった。
「……私は一体、何を信じたらいいんだ?」
「そんなの私に聞くまでもないでしょ。レイコのためをいつも想って、レイコの支えになっていたのはタチバナ君じゃない。よく思い返して」
「……ああ。そうだな。そうだった」
レイコが、刀を下ろした。全身から力が抜け、それが戦い終了の合図となる。
「何をしているんだ、クラサワぁ!何故刀を下ろす!早くそいつを殺せ!」
「本気の一撃を受け止められた。私の負けだ。そもそもその一撃に、部外者による助力が入った時点で反則負けでもある。タチバナ。私達の負けだ」
レイコの刀が巨大化して私に襲ったのは、幻影だ。タチバナ君が戦いに割って入り、私とレイコの戦いを邪魔してきた。それでも私に攻撃が通じなかった事で、レイコは自分の負けを認めてくれたのだ。タチバナ君と違い、その辺は聞き訳が良い子で助かるよ。
「……」
レイコの宣言を聞き、私は全身から力が抜けた。前のめりになり、そのまま倒れてしまいそうになる。でもそれを、レイコが受け止めてくれた。レイコのおっぱいが顔にあたり、心地良い……。
「……教えてくれ、ハルカ。本当にハルカが正しく、タチバナが悪だった時、私はどうすればいい。私は、取り返しのつかない事をしてしまったんだぞ」
レイコもまた、気づき始めている。タチバナ君の言動や行動が、おかしいおかげだ。彼は自分で勝手にレイコに愚かな姿を見せ、そしてその行動がレイコを目覚めさせてくれたんだ。
タチバナ君がバカで助かったよ。