勝った方が正義
レイコが、タチバナ君に恋していた事はなんとなく気づいていた。レイコはタチバナ君に盗撮被害を解決してもらった時から、彼の言いなりだったから。
助けられた恩という事もあるんだろうけど、そんなレイコをクルミはちょっと寂しそうに見ていたのを覚えている。
その盗撮事件もタチバナ君が発端だった訳で、本来ならレイコが怒りをぶつけるべき相手だ。彼女はその事を知らない。だから、タチバナ君に従ってこんな事をしてしまう。
分かっているけど、でも悲しい。
「ごほっ……!」
血を吐く。身体が、燃えるように熱い。
「ハル!大丈夫か、ハル!今、癒しの魔法をかける。大丈夫じゃ。お主は、絶対に死なせん……!」
セカイが私の傷に魔法をかけてくれると、少し心地が良くなった。だけど、血は止まらない。このままでは死んでしまうだろう。本能でそう察した。
「皆を殺したこの悪魔にとどめをさせ、クラサワ」
「……言われずとも、そうする。それにしても、一撃で命を奪ったつもりだったがかわしたな。さすが、ハルカと言った所か」
タチバナ君に命令されたレイコが再び刀を構えて私を斬りつけようとしてくる。
でもクルミが間に入って手を広げ、止めに入ってくれた。
「なんのつもりだ、クルミ……?」
「気を付けろ、クラサワ!トウドウもシキシマの仲間だ!」
「そうか。クルミもなのか」
「待って、くらちん!私の話を聞いて!」
「必要ない。邪魔をするなら、斬り捨てる。いや、ハルカの仲間だと言うならどの道斬り捨てるまで」
「いいよ、斬りなよ!でもその前に話だけでも聞いて!」
「……」
必死なクルミの訴えに、レイコの動きが止まった。
「話を聞くな、クラサワ。殺せ。そいつらは、オレ達のクラスメイトを殺したんだぞ。トオルもやられたんだ。絶対に赦す訳にはいかない」
「そんなの嘘!皆を殺して苦しめてたのは、タチバナ君だよ!うちはタチバナ君にレイコを殺すって脅されて従わされてたんだから!」
「なに……?いや、あり得ない。タチバナがそんな事をするはずがない」
「だったら、ハルっちやうちならするって思うの!?」
「それは……!」
クルミの訴えで、レイコに迷いが生まれた。クルミの言う通りで、私達がそんな事をする人間に見えるかと問われると、見えないだろう。
でもそれはタチバナ君も同じ。彼女にとって、タチバナ君もそんな事をする人間とは思えないはずだ。
「このオレの、ボロボロな姿を見れば分かるだろう?コイツらは、オレやお前も平気で殺す。そうだ。その証拠に、シキシマは勇者を殺して力を手に入れたんだ」
「どういう意味だ?」
「勇者は、勇者を殺すとその能力を強化する事が出来る。シキシマはどういう訳か分からないが、オレ達と一緒にこの世界に来た存在ではないが勇者だ。その力はオレを遥かに超えている」
「……なるほど。力を手に入れ、力に溺れたか。更なる力を求めてタチバナも殺そうとした、と」
「違う!ハルっちじゃなくて、全部タチバナ君がおこした事だよ!くらちん、私の手紙を読んでくれていないの!?」
「そんな物は届いていない」
「そんな……!」
タチバナ君が、笑う。恐らくタチバナ君が、その手紙をレイコに届かないようにしてしまっていたのだ。
「話は終わりだな?」
「終わってないよ……。悪いのは全部タチバナ君で、ハルっちは勿論、せかっちゃんもうちも悪くない。くらちんは、騙されてるだけ。お願いだから、目を覚ましてよ。こんな男の言いなりになんてならないで。昔のくらちんみたいに戻って。この男と出会う前の、優しくてうちの事を守ってくれる正義の味方のくらちんに戻ってよ……!」
「だ、黙れ!私は騙されてなどいないし、タチバナに正義はある!だから、タチバナの味方をするのは当然だ!」
クルミの涙にも、レイコはなびかない。タチバナ君に対する信頼が、彼女を盲目にしてしまっている。
元々、ちょっと頭の弱い子だとは思っていた。クールな割に、いつもおかしな推理をして皆を困らせたりしてたっけ。でもそれは、レイコが純粋な女の子だからだ。そんな女の子を、タチバナ君は騙している。
「……じゃあ、こうしよう」
「ハル……」
立ち上がった私を、セカイが心配そうに見上げている。私はそんなセカイに心配ないと言うように、頭を撫でてからレイコを見据える。
ふらふらで、倒れてしまいそう。今倒れたら、たぶん二度と立ち上がれない。でも、目の前で起きようとしている悲劇を止めなければいけない。止められるのは、私だけ。
「勝負して、勝った方が正義」
「何を言っている……?勝負なら、もうついている。お前の負った傷は、致命傷だ。じきお前は死ぬ」
「でもまだ死んでない。勝負は……ここからだよ」
杖をレイコに向かってかざし、私は挑発する。
ぐだぐだ言っていないで、早く私の申し出受け入れてくれないかな。こっちは本当に、今にも死んでしまいそうなんだよ。
「ふ、ははは!バカめ、その傷でクラサワに勝てるわけがないだろう!いいじゃないか、クラサワ!その勝負受けてやれ!そしてトドメをさしてやれ!シキシマを殺してくれれば、もうオレ達の邪魔をするものはいなくなる!」
「……いいだろう。勝負して、勝った方が正義だ。お前の過ちを、この私が断罪する」
レイコが勝負を受け入れてくれた。癪だけど、タチバナ君の後押しがあったおかげだ。
そして言質はとったけど、その約束を守るという保証はどこにもない。そもそも勝った方が正義とか、そんなのはバカげているし意味がない。だけど、私が勝たなければ始まらない。
「ハルっち……!」
「大丈夫。セカイと離れてみてて。私が……レイコを止める」
「……うん」
クルミの頭にも手を乗せてそうお願いをすると、クルミは涙を流したままセカイと手を繋いで私達から離れて行った。
セカイはその際私に向かって手を伸ばしていたけど、クルミに連れられて去っていく。その姿が妙に印象的で、頭にこびりついて離れなくなってしまう。
「どうした?やはり止めたくなったか?」
「……なんでもないよ。早く始めよう」
「そうだな。こんなくだらない勝負、さっさと終わらせるべきだろう。こちらはいつでも始めて構わない。好きなタイミングでかかってくるといい」
「悪いけど、遠慮しとく。そっちからかかって来てよ」
「後悔しないか?」
「しない」
しばしの沈黙。でもその沈黙はすぐに破られた。
まるで、雷のような光が走る。その光はレイコそのものだ。とてつもないスピードで私に迫り、刀を振りぬいて来る。
普通なら、受け止める事も目で見る事も不可能なくらいの速度だ。でも私の目には見えるし、集中していれば動きにもギリギリついていける。
最初の一撃も、未来視の魔眼を使って全神経を集中していれば対応できた。そうできなかったのは、アレが不意打ちだったからだ。
そして私は迫り来るレイコの刀を杖で受け止め、せめぎ合いから戦いは始まった。