不意打ち
セカイは、怪我をしているけど案外平気そう。心の傷の方は、私が親身になって寄り添う事で癒してあげられると思う。
ケイジとカゲヨは生きている。今頃2人で仲良くイチャついているかもしれない。
失ってしまった物もある。シバ君やアソウ君は、タチバナ君の告白によると彼の手によって殺されてしまった事が分かった。赦される事ではない。その罪は、彼の一生をかけて償って貰わなければならなくなるだろう。
他にも、彼の手によって心を傷つけられた人がいる。彼によって権力を奪われた人もいる。タチバナ君が犯した罪はあまりにも多すぎる。
でも、これで全部終わった。私が勝ったことにより、彼の暴走は食い止められたのだ。でも、勝ったと言うのになんだか勝った気がしない。何かが物足りないと言うか、釈然としないのだ。
「ごめんね、ハルっち。驚いたよね。でももうだいじょーぶ!うちは最初からハルっちの味方だから、安心してね!」
本当に、驚かされて一時はどうなる事かと思ったけど、セカイの事をあだ名呼びするクルミを見るとクルミが本当に味方なんだなという事が分かる。
クルミはケイジとも親しげだったし、タチバナ君とも一歩距離を置いているようで違和感はあったんだよね。レイコを人質に取られて仕方なくタチバナ君に従っていたと聞いて、納得できてしまう。クルミはレイコ大好きっ子だから。
実は私、この2人はお似合いだと思ってた。凸凹百合カップル、いいよね。当人たちにその気があるかどうかは分からないけど、応援したいカップルである。
「……ホントに、冗談は大概にして。もしセカイを傷つけたりしたら、私クルミ相手でも許さないから。コレで、容赦なくバキっといくからね」
「な、なはは。タチバナ君の幻影に対する、ハルっちの容赦のない杖さばきを見てたら分かるよ。あんなので殴られたら、ホントただじゃすまないと思うから勘弁してほしいかな」
「でも、本当によかった」
私は、クラスメイトであるヤギ君と戦った事を思い出す。彼の隣に立っていたナルセさんの事も。2人は私とカゲヨを、完全に敵としてみなしていた。
更にはアケガタ君も敵で、タチバナ君も敵で……もうそんなのは嫌だった。私達は、あの狭い教室の中でクラスメイトとして楽しく暮らしていたはずの仲なのに、それが異世界に来て命懸けでいがみあうとか滑稽すぎるよ。
まぁその主たる原因はタチバナ君だった訳だけどね。彼はこうして負けを認めている訳だし、もう戦いはおしまい。
「まだ終わりではないぞ。この男に惚れているくらっちという人物は、厄介だ。元の世界にいた頃のハルに訪れた悲惨な未来で、かの人物の勘違いによるハルへの攻撃は苛烈を極めた。同じ事になる前に、止める必要がある」
「そ、そうなの?確かに、レイコはあんまり頭が良くないから……」
「それは大丈夫だよ。うちが手紙で、ちゃんと伝えておいたから。少なくともどこかの暴走機関車人間みたいに、急に襲い掛かったりはしないよ」
暴走機関車人間とは、たぶんケイジの事をさしている。私は私でレイコをバカよばわりしているけど、クルミはクルミでケイジの悪口を言って悪い子である。
それがおかしくて、私はクルミと笑い合った。
「……しかし、この男は本当に反省しておるのか?何か企んではおらんじゃろうな」
「本当に、何も企んでなんかいない!この通り、謝るから……だから、どうか命だけは助けてくれ!オレ以外の、皆の命もだ!」
「お主、何を言っておる……?」
大きな声で私達に謝罪し、土下座をし続けるタチバナ君にセカイが疑問を抱き始めた。私も、ちょっと怪しんでいる。特に土下座をする前に見せた彼の笑いがどこから来たのかが気になる。
「……クルミ」
「ん。なに、セカっちゃん」
「クラサワ レイコが勇者として召喚され、得た力はなんじゃ」
「えと……雷光だったかな」
「雷光?どういう能力じゃ」
「光の速さみたいに駆け抜ける事が出来る力。剣も、うちの目には見えないくらいの速さで振り回せちゃうの。もう、すっごく強いんだから」
「ハル。魔眼で警戒を怠るな」
「う、うん」
セカイに言われなくとも、私は魔眼によってセカイやクルミをちゃんと見張っている。2人の身に何かがあったらすぐに対応できるから安心してほしい。
「魔眼てなに?ハルっちも何か力を持ってるの?」
「ハルはほんの少し先の未来をその目で見る事が出来るのじゃ」
「マジ?すご」
「バカな。未来を見る事が出来るだと?勇者の中にもそんな能力を持った者はいなかった。それが何故、勇者でもなんでもないシキシマが……!」
「神が味方したんじゃよ。貴様ではなく、ハルにな」
セカイは、冗談ぽくタチバナ君にそう言って返した。
「……なるほど、神か。神が味方しているなら、オレが勝てる訳がないな」
──その瞬間だった。未来に、変化が見えた。
タチバナ君が悪魔のように笑いだし、クルミが恐れおののき、セカイが私の名を必死に叫ぶ未来だ。その未来は、夢で見るような先の話ではない。ほんの数舜先の未来である。
そしてその瞬間はもう、訪れてしまっていた。
「くっ……あはははははははは!」
タチバナ君が悪魔のような笑い声で笑いだす。
「うそ……」
クルミが恐れおののいている。
「ハル!」
セカイが私の名を必死に呼ぶ。
ああ、原因はコレか。私の胸を、何か熱い物が抜き抜けた感覚はあったけど、それが刀だと気づいたのは今だ。少し視線を下げると、私の胸から刃が突き出ているんだから驚きだよ。
「うっ……ぐ、うっ」
その刃が後ろから引っ張られ、私の身体の中を通って出て行く。身体の何かが通り抜けるのは、とても不快な感覚だ。刺された時は一瞬で熱いだけだったんだけど、抜き取られるときにはハッキリとした痛みも感じてしまう。
そして刃が抜き終わると、視界が揺らいだ。血が噴き出し、意識が遠のいて倒れそうになる。
「ハル!大丈夫か、ハル!」
でも、セカイが身体を支えてくれたおかげで倒れる事はなかった。でも立っていられないので、膝をついて座らせてもらう。
「……セカイ。私──」
「見損なったぞ、ハルカ!人の道を外しし、外道と成り果てたお前に生きている価値はない!」
振り返ると、そこに私の血がついた刀を手に持つ、レイコが立っていた。
ポニーテールの、凛々しい姿は前の世界と変わらない。月をバックに立つその姿も、またキレイだ。
「れい、こ……」
私を見下すレイコのその目は、とても冷たい。
「よくやったクラサワ!危うく殺される所だったが、お前のおかげで助かった!」
「無事か、タチバナ。お前の助けを呼ぶ声を聞き、駆け付けたんだが……間に合ってよかった」
「ああ、本当にあと一歩で殺されてしまう所だったよ。ところで、その様子だとシバやアソウの事は聞いたんだな?」
「……ああ。ここに来る途中ナルセに会い、全てを聞いた。ハルカが、シバとアソウを殺した事をな」
……なるほど。タチバナ君は、今度は私の姿になって傷を負ったシバ君とアソウ君を、カワイさんの目の前で殺していたんだ。そしてあらかじめレイコを呼び寄せておいて、切り札としてとっておいた。レイコの力なら、不意を突いて私に勝てると言う算段をたてていたと言う訳だ。
コレが、タチバナ君が用意していた最後の切り札か。確かに、コレは効く。肉体的にも、精神的にも辛い。