頭突き
私はまだ、夢の中にいるようだ。思えば、あの時消え去ってしまった銀髪の少女が、私に膝枕をしてくれてしかも頭をなでなでまでしてくるなんていう状況が、夢そのものだった。
どうせ夢なら、少女の裸を見た時、我慢せずに襲い掛かっちゃえば良かったよ。
……いや、それは今からでも遅くないな。
「血走った目でこちらを見て、何をするつもりじゃ?よもや、この幼女の肉体に欲情した訳ではあるまいな?」
「よくっ……する訳ないジャーン」
私の心を見透かしたように言って来た銀髪の少女に、私はビックリだ。見透かされていると分かると、何故か理性が戻ってくる。
いくら夢とはいえ、ダメな事はダメ。私は自制心のきく、普通の女子高生。だから襲ったりしない。みくびらないでくれないかな?失礼だよ。名誉棄損だよ。
「せんのか?ふむ……せんのかぁ……」
何故か残念そうにする、銀髪の少女。
え、何その反応。もしかして、欲情してほしかったの?私、選択肢間違った?
「話が逸れたな。ここは異世界じゃ」
「うん。聞いた」
「驚かんのか?」
「驚いた。驚きすぎて、逆に夢だと思ってる」
「なるほど。だから冷静でいられる訳か。それはそれで構わんが、コレは夢ではない。現実じゃ」
「どうかなー」
「そう思うなら、この木に頭突きでもしてみたらどうじゃ?もし夢なら痛くもなんともないじゃろう。逆に、現実なら痛みでのたうち回る事となるがな」
銀髪の少女が頭突きを提案してきた木は、私達のすぐ傍にそびえたつ、巨大な木の事だ。確かに、こんな木に頭突きなんてしたら、現実なら痛みでノックダウン間違いなしだ。
「冗談じゃ。夢かどうかだけを確かめたいのなら、他に方法が──」
「ふんっ!」
私はその巨大な木に向かい、自らの額を打ち付けた。木は、ビクともしない。なんだか鈍い音が響き、額から私のつま先に向かって衝撃が駆け抜けた。
そしてややあって、尋常じゃないレベルの痛みが額に襲い掛かって来た。その痛みは額に留まらない。頭全体、その中身の脳みそまでもが痛みを訴えて来る。
「ぐおあー!頭が!頭が割れるー!」
私は頭を押さえて、その場に蹲った。しかしそれだけでは痛みに耐えきれない。地面にダイブし、そして右へ左へとゴロゴロと転がり、のたうち回る。
本当に、銀髪の少女の言う通りになってしまった訳だ。こんな事なら、もうちょっと手加減して頭突きをすればよかった。何でこんな強く頭突きしたんだよ、自分。
「す、凄い音がしたぞ。大丈夫か、ハル?」
「ぐおー!うおー!ぶおー!大丈夫じゃないぃ!」
「どうしてそんなに強く頭突きをするのじゃ。少しは現実だと言う可能性を考慮し、加減をせんかバカめ」
お説教は後にして、この痛みをどうにかしてもらいたい。
額に手で触れてみると、血まで出ている。それ程までに強く頭突きをした自分は、確かにバカだと思う。だからどうか、このバカにご慈悲を。痛みを消し去ってください、お願いします。
「仕方のない奴じゃな……。ちとおとなしくしていろ」
「うおお……」
地面を転げまわっている私の正面に銀髪の少女が座り込むと、私の額に手を当てて来た。治療でも施してくれるのかなと思い、私は痛みを堪えて言われた通りおとなしくする。
すると、周囲にキレイな緑色の光が発生した。同時に暖かな力が額に伝わって来て、不思議と痛みが治まっていく。
「ぐあ、おぉう……」
でも、痛い。額からは相変わらず痛みの信号が送られてきていて、私を苦しめる。でも地面をのたうちまわる程の痛みではなくなった。
「な、何したの?」
「何をしたかと聞かれれば、力を行使したと言った所じゃな」
「力って、何それ。魔法みたいな物?」
「そんな所じゃ」
「もしそうなら、完全に治してほしいんだけど。まだズキズキして痛い。というか凄く痛いよー」
「甘えるな。人間を癒すのに、何故ワシが力を使わなければいけないのじゃ。ワシに出来るのは、これくらいまでじゃ。癒してやっただけありがたいと思え」
「……ありがとう」
「うむ」
痛みが軽減されたのは事実である。あの地獄のような痛みを軽減してくれたのだから、お礼は言っておくべきだろう。だから素直にお礼を言った。
すると銀髪の少女が誇らしげに胸を張って、笑顔を見せてくれた。
この、幼女特有の無邪気そうな笑顔がたまらない。本当に可愛い子だ。
「しかし、頬を引っ張る程度にしておけば良いものを……お主はバカなのか?」
「確かに……!」
言われて気づいたけど、別に木に頭突きをする必要はない。こういう時、一番ベターなのは自分の頬を引っ張って痛みを感じる事だ。よく映画とかで見るやつ。夢かどうかを確かめるために、壁のように巨大な木に向かって渾身の頭突きを繰り出すバカはいない。
言い返す言葉もない。私はバカです。でもキレイだし、頭もよくて成績は良いので見くびらないで欲しい。
「それで、分かったか?」
「何が?」
「コレが夢かどうかじゃ。なんのために頭突きをして痛い思いをしたのかを思い出せ」
「はっ」
そうだった。冗談じゃないくらい痛かった。今もずきずきとしていて、私にコレが夢ではなく現実だと言う信号を送ってくる。
「え、じゃあ何?この木も、貴女が私に使ってくれた魔法も、全部現実っていう事?」
「そうじゃと言っておる。じゃから、あまり無茶な事をするでない。本当に死んでしまうぞ?」
「……」
私は改めて、目の前の木を見上げてみた。この高く、太く、どこまで続いているかも分からない上空の枝と葉が、現実?この世界に、このような植物があったと言うのか?いや、確か異世界と言っていたから、私の知る世界の常識が通用しないのか。
いや、待った。異世界?ここが?何故?いつやってきたの?だって私は確か……珍しく時間に余裕をもって登校してきて、朝のHRが始まった所だったはずだ。それで、点呼が始まって返事をして……それ以降の記憶がない。そうだ。確かその瞬間、世界がぐちゃぐちゃになったんだ。それで気を失って、気づいたらここでこの銀髪の少女に膝枕をされていた。
いや、それはとりあえず置いておこう。今はもっと先に、確かめるべき事がある。この少女が、先程言っていた言葉だ。夢なら、流せる。だけど現実だと言うのなら、流す事はできない。
「さっき、世界が終焉を迎えたって言った?」
「うむ。お主が元居た世界は、終焉を迎えた。そこにあった生ある者は消滅し、世界は完全なる無となったのじゃ」
「皆は……。他の皆は、どうなったって言うの!?」
「ワシは言ったはずじゃ。皆、消滅した。後には何も残ってはおらぬ。お主以外は、な」
銀髪の少女はそう言い放ち、何が面白いのかニヤリと笑って見せた。
その笑顔はとても不気味で、初めてこの子と喋った時と同じ、背筋に冷たい何かを感じた。